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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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436話 『英雄』一行(別視点)


 ◇◇◇




「くっそぉ……! なんなんだよこの嵐は!? 兆候なんて微塵もなかったってのに!」


 風と雨が入り混じる嵐の中、怒号さえ掻き消されようかという状況で微かにその声が木霊した。


「ホッホ、急いでるというのに……なんとも運のないことじゃのぉ。こうも大きな嵐にいきなり巻き込まれるとは。――おっと危な」


 平衡感覚が麻痺しそうな甲板は立っているだけでも一苦労し、その場の者の神経をすり減らす。安定しない重心は人体に酔いを覚えさせて当然とも言える状態だった。

 老人のクロスはたたらを踏んで崩れそうになった態勢を落ち着かせると、近くにあった船室の壁に手を付いて苦笑し、同じく苦労している銀髪の若者に視線を向ける。その苦笑はこの事態に参ったと言っているかのようだ。


 フリード達の作戦会議も終了間際の時を同じくして、ヒュマスとアニムを繋ぐ海域では『英雄』達一行が現在航海の苦戦を強いられていた。


 アニムからヒュマスへと渡航中、不自然にも突発的に発生した嵐に見舞われたのだ。一行の中に航海士はいたものの、予兆のない嵐というあり得ない現象を避けることは出来ず、気づいた時には既に船は嬲られるように嵐へと呑み込まれてしまっていた。


 如何に自分達の乗るこの船が特別製であっても、こんな出鱈目な規格外の自然の力には抗えるはずもない。

 荒れ狂う風と波に自由を奪われ、船の限界ももう近い。今にも沈没しそうな危機的状況に惑い苦しむしかなかった。




『『流れ』を乱さぬため加減はしているとはいえ中々にしぶとい。噂は聞いてはいたが……』


 そして――その状況を誰の目にも見えぬ場所から覗く者がいた。深海の奥底に身を置く世界の神獣が一体、オルディスだ。

 この状況はオルディスが持つ力で意図的に作り上げられていた。


『(まだ脅威に成り得ぬと侮っていたが違ったようだ。……それともこれが正史の運命力なのだろうか……?)』


 フリードを試した『嵐』を使い、暴風雨と荒波の渦潮が海上では暴れまわる。オルディスは船の自由を奪おうと試みるがどうにも想像通り上手く引きずり込まれてこないことに違和感を感じ、考えを巡らせる。

 考えられる原因としては妥当な理由にはそれしかないと思いつつだった。

 勿論『英雄』一行の乗る船が通常のものではなく特別製であるからということもあったのだが、オルディスの力の前ではその程度は些細な違いに過ぎない。そのため通常の船と同様の扱いで事足りると考えており、しかしそれが辛うじて状態を維持するだけの抵抗すら出来てしまっている現状が不思議でならなかった。

 奇跡的な確率で彼らは今助かっていると、腑に落ちない現実を直視していた。


「ちょっとゼグラム、『錬金』で何か創れないの!? このままじゃ持たないわよ!?」

「無茶言うな! 『錬金』は理論と材料の二つがあって成り立つんだよ! そうホイホイなんでも打開できる万能なものじゃねーよ!」


 船では眼鏡をかけた銀髪の男性、ゼグラムと呼ばれる男と女性の騎士が大声を張り出していた。


「そういうお前こそ『狂月』でも使って暴れられねーのか!? 今十分暗いだろうが」

「暗けりゃ使えるってものじゃないのよ! 例え遮られていても昼間は昼間、『真の夜』じゃないわ! それなりに制限があるのよ!」


 お互いの力をアテにした言い合いは果たされない結論を持って収束する。

 その言い合いが聞こえているかは分からないが、船が渦に呑み込まれる様を嘲笑うように見物しつつ、彼等に追い討ちを掛けているのは例の怪物も一緒だった。

 フリードに海に沈められた傷は短期間で癒えたのか……。それとも使役するオルディスによって回復を施されたかは不明。ただ、貫かれた胴体に傷も見当たらない完全な状態でこの場にそのおぞましい姿を曝け出している。


「お? 今度は何か大量に飛んできたぞい」

「な……乱れ撃ちかよ!?」


 クロスが目を丸くして怪物の方に注意を呼び掛けると、触手にある目玉からは粘性の強いシャボンが飛ばされているようだった。その数はフリード達に向けられた時よりも遥かに多く、まるで大砲の弾が波の如く『英雄』一行の船へと押し寄せる。


「チッ、術式展開ッ! パイル起動ッ! 『アイテムボックス』!」


 着弾時の破壊力は然程ではないが、彼等はそんなことは知る由もない。焦ったゼグラムが一足先に苛立ちと共に行動を起こし、甲板を船室から船首まで一気に駆け抜けながら詠唱する。


「え、アンタ何する気よ!?」

「邪魔だから全員動くなよ!」


 パイルもであるが、本来術式を行使する上で欠かせないのが詠唱である。しかしゼグラムは詠唱無しでの高速展開をそつなくこなし、鉄と火薬、その他諸々を通り過ぎた甲板に大量に取り出して転がせた。

 その行動の不可解さは女性の騎士には突拍子もなく見えたのだろう。呼び止めようとはしたようだがゼグラムはそれを無視して叫ぶのだった。

 一応、火薬は湿気から守るために木箱に密閉されているようで、この暴風雨の中でも即座に湿気ることはないように施されている。


「砲撃に船の動力は回すなよっ! そのまま出力に全部回すんだ! 俺が代わりをやる!」

「は、ハイッ!」


 全体命令で自分の行動を明らかにしたゼグラムは自分の走り抜けてきた方へ振り向くと、一列に並んだ素材に向かって手をかざす。

 ゼグラムの掌にマナが集中し、力が発動する。


「『素を代価に我が想像する形へと姿を変えよ』!」


 ゼグラムが呼びかけるように叫ぶと、転がる素材達の姿が一瞬ぐにゃりと歪んだ。ほんの僅かな間だがその歪みが元に戻る時にはあるべきはずの姿が変わり、甲板にズラリと……まるで最初からこの船に備え付けられていたように、精巧で立派な大砲が何処からともなく並んでいた。

 波に煽られた船が傾き、傾斜によって近くを倒れた樽が転がるが大砲は一切微動だにしない。固定されてその場に定着している。


「発射ァッ!」


 並んで間もなく、一斉に砲撃の音が怒涛の勢いで空気を揺らした。

 大砲から放たれた榴弾はそれぞれ空中で弾けて分散すると、どれか一つが爆発した。そしてその連鎖で近くの榴弾を巻き込んでさらに爆発を引き起こし、ほぼ全てが弾け飛んで視界を爆炎で覆い隠す。


「……いつ見ても反則級よね、それ」


 ものの数秒で凄まじい瞬間的火力を誇る一芸を披露したゼグラムに女性の騎士がポツリと言った。


「馬鹿言え。事前にかなり準備してなきゃ使えもしない力が反則なわけあるかよ。……って、まだ残ってやがるか……!」


 ゼグラムは何を思ったのか、決して使い勝手の良い力ではないとその意見を否定する。

 それを示すように、砲撃により出来た黒煙は嵐によって即座に吹き飛ばされて何処かへ消え、場面が暗転するような間を設けた後、同じ視界には化物が追撃を迫ろうとする同様の規模の攻撃が続いているのが目に入る。


「一時凌ぎにしかなってないみたいね」

「みたいだな。――だがよ、反則ってのはアイツみたいな力のことを言うんだよ」

「……あ、エイジ……」


 今のでさえ一時凌ぎに過ぎなかった事実には誰もが狼狽えてもよいところではあった。ただ、その必要がないことをゼグラムは分かっていたのだ。

 適役は自分以外の他にいると。


「残りは僕に任せてくれ! 『レイディアントブレード』!」


 シャボンが船のすぐ近くまで迫り、大砲よりも大きく視界を遮り始める頃。甲板が一瞬だけ並行を取り戻したタイミングを見計らい、状況を見極めていた『英雄』が誰よりも前に踊り出す。

 船の端から端へ。自分が踏みしめて絞り出した勢いと、技を放つ際に滑る勢いすら利用し、手すり間際で抜き身の剣を構えて回転切りを放った。

 剣が放つ眩い輝きがシャボンの群れを呑み込み、弧を描いて光が前方へと突き進む。


「……な? たかがマナを消費するだけでこれだぜ? しかも即座に使えちまう。こういうのが反則ってやつだろうがよ」

「それもそうね」


 光が収まるとシャボンの群れは姿を瞬く間に消していた。

 自分の力とは比べ物にならない性能の差を確認するように、ゼグラムは一息つきながら語るのだった。そして女性の騎士も確かにと思うのであった。


「チッ、うねうねしやがって化物が……! この嵐もだがなんなんだあの生物は。あんなの聞いた事ねーよ!」

「海の底には魔物がいるって小さい頃言われなかった? ……空想上のものと思ってたけどホントにいたみたいね」


 船の状態は依然変わらずであるが、一行が対処すべき問題は二つ程あった。

 一つは渦潮からの脱出、もう一つは見たこともない大きさの化物をどう対処するかということであった。

 見たこともない存在に対し対処法をその場ですぐに考えつくというのは難しい。多少の危機であればまだしも、海上で動きの制限される状態では手段もかなり限られてしまっている。


「まるで我々の行く手を阻んでいるかのようじゃなぁ。困ったのぅ……」

「全っ然困った顔してねぇじゃねぇか! むしろ楽しそうにすんなジジイ!」


 そんな中、この状況を笑い飛ばすのは一行で一番の老齢であるクロスだ。

 この場の空気を全く読まない気楽な発言は沸点の低いゼグラムを一気に刺激し、クロスの元へと詰め寄らせる。


「ホッホッホ、まーまーそう怒るでない。怒ったところで今の状況は変わらん、ならいっそ楽しむべきじゃろうて」

「今まさに死にそうなのに楽しめっかよ!? 老い先短いテメェと一緒にすんな!」

「ホッホ、全く最近の若者は余裕がないのぅ~。だらしないのぅ~。……え? 何それ超ウケルんじゃけど」

「くたばっちまえクソジジイ!」


 襟を掴まれながらもクロスは煽りを続ける。

 確かに一理あると言えばそうではあった。――が、それを口にしていいかは別問題と言えた。

 少なくともクロスの考えはかなり少数派であり、素直に同意できるものではない。ゼグラムはクロスに向かって行き場のない苛立ちをぶつけるのだった。


「流石クロス……余裕そうね」

「そうだねー。……わー……アレどうすれば攻略できるかなー……」

「……アンタも大概ね。何事にも臆しないのは凄いと思うわ」

「そーぉ?」


 その二人のやりとりを見守りつつ、目をキラキラと輝かせて子どもみたいな眼光を化物へと向ける『英雄』に危機感は感じられなかった。むしろクロスの言うことに全く同意だと言わんばかりに純粋な愉しみを味わっているようで、女性の騎士は肩を落としたくなりそうになっていた。

 ゼグラムはまだともかく、クロスと『英雄』の二人はどこかこの場の者達とは違う感性が働いているようにしか見えなかったのだ。最も、これは今に始まったことではなかったりするが。


「――けどさ。姫様から聞いたけどそういう君達だって幾度となく死線を潜り抜けてきた猛者だって言うじゃないか? ゼグラムさんも騒ぐわりにこの状況に順応して対応してるし、まだまだ平気なんじゃないの?」


 ここで、女性の騎士の反応に何を思ったのか『英雄』が疑問をぶつけた。その瞳には子どもっぽさはなく至って真面目なものであり、どことなく試しているような雰囲気を纏わせてもいる。


「……まぁね。この規模は経験はないけど、間違ってはないわ」


 そして実際『英雄』の問いかけは本当のことでもあった。

 まだこの危機に対しての心の余裕はあり、絶望するには程遠いのは事実だったのだ。自分達の過去の経験が心の余裕を生んでいた。


「間違ってるわボケ! 俺はこんな経験ねぇんだけど?」

「……あれで口やかましくなければアイツもかなり有能なのだけど……」

「聞こえてんぞゴラァ! 俺をテメェらと一緒にすんな!」


 一方で、一人だけは違うようだったが。

 ゼグラムだけは別に心に余裕を感じているわけではないらしく、女性の騎士が皆の総意のように答えたことに反論した。

 元々研究が本職の後方に構える立場上、ゼグラムは前線に立つことは殆どない。これはこれで最もな答えと言えた。


「あ!」

「お、オイ見ろ! 嵐があそこで途切れてるぞ! このまま一気に抜けられるぞ!」


 暗かった景色に少しの変化が見られ、いち早く『英雄』とゼグラムが気が付いた。

 黒い雲が一面を覆う中、端の方では陽の光が差して続いているのを見つけたのだ。


「機関室の出力を最大にしろ! スペアはある。最悪機関部を駄目にしちまっても構わねぇ!」

「ハイ!」


 そこが嵐の境目だと決め、ゼグラムは船員に指示を飛ばす。

 今のままではこちらが浪費するだけなのが目に見えている。スピード勝負で一気に渦潮を脱却しようと考えた様だ。


 それから指示を飛ばしてから少しして、船が波の抵抗を感じぬように前へ前へと進み始める。渦潮に逆らい、光の指す方向へと進路を取り始めた。




 ――一度動き出してからは非常に早かった。


「よし……! 抜けたぁっ!」


 渦潮を抜けると、船の速度は枷を取り払った勢いで更に増した。

 波を割くように船は進み、波の煽りとは違うグラつきで船に全員がしがみつくこととなった。しかしその甲斐あってか光の指す場所までたどり着き、そこから広がる青空にゼグラムは嵐の終わりを確信するのだった。


「(化物は……追ってこねぇか。あんなのとここでやってられっかよ……!)」


 ゼグラムが後ろを振り返ると、嵐で霞む景色の中に山のような存在感を放つ化物姿が視認できた。どうやらこちらを追って来る気配はなく、距離は引き離せたようだった。


「(活動領域でもあんのか? 嵐の中でしか動けない……?)」


 まだ心臓が騒ぐ中化物の特徴を確認するゼグラムは状況からそう予想する。

 予想ではあったが、あんな化物がこれまで本当にいたという情報がなかったことも踏まえ、遭遇したらまず助からないという点に着目。そう考えると情報がないのは不自然ではないようには思えたのだ。


 なんにせよ、とにかくもう立つだけで厳しい風も雨もぱたりと止んだ。波はまだ多少荒れているが通常の範疇だろう。

 濡れた髪の先から雫が落ちるだけとなり、ようやく危機は去ったのだ。今は助かったことだけが分かれば十分だった。


「ゼグラムよ、ちょっとこっち向け」

「あ?」

「ホレ、この後光……儂にも遂にお迎えが来たみたいじゃろ?」


 そんな折、ゼグラムの緊張が収まるとまだ多少後光が差す場所にて、安堵の余韻に浸るゼグラムにクロスが声を掛けた。

 目の前にいるクロスの方へとゼグラムは目を向けると、そこには後光を背景に両手を広げて目を瞑り、感想を待っているクロスがいた。


「……」

「ふぅ……」

「ハッ……」


 ゼグラムから何も返答がなかったからなのか。髪の毛をかきあげて水滴を飛ばして爽やかさも演出するクロス。

 その仕草がきっかけとなり、ゼグラムが鼻で笑った。


「おう。じゃあ存分に逝け」

「おふっ!?」


 そして……爽やかにクロスは死ぬのだった。


「クロスさん!?」

「今ここで死ねクソジジイ!」


 ゼグラムがクロスの腹を思い切り蹴飛ばし、クロスの身体が宙を舞った。そして山なりの軌道を描いて船から離れ、そのまま海へと落ちた。

 後の心配よりも今抱えた腹立たしさを優先し行動に走ったのである。

『英雄』が慌てて海の下を覗きこむも、船の下で何かが落ちた音が聞こえた後ではどこにも姿は見えなかった。落ちた時の波紋も波にさらわれ、クロスの身体は海へと奪われてしまっていた。


「――全く危ないのぅ。この海に落ちたら死んでしまうじゃろうが」

「フン、やっぱりまだ余力残してんじゃねぇかよ。だと思ったぜ」

「フォッフォッフォッ! 儂、降臨!」

「え……?」


『英雄』が思わず振り返る。

 振り返ると、そこには今海へと落ちたはずのクロスが何事もなかったように元の場所にいたのだ。ゼグラムと二人で先程の会話を続けており、自分だけ時間から取り残されたような錯覚さえ覚えてしまう。


「またやってる……。クロスもゼグラムに殺されるの何回目よ(・・・・)


 そしてこれは幻などではない。全員が同じ光景を共有し、その上で今の状況を認識していた。

 女性の騎士はこの状況の理由を知っているらしく、過去にもこのようなことが何度かあったことを思い出しているようだった。




『くっ……『流れ』にはやはり逆らえぬというのか……! 出来れば友に彼奴等を近づけたくはなかったが……済まぬ』


 各々で様々な胸中を抱える一行を遠目に、一人深海に身を置くオルディスはこの状況を嘆くと先日できたばかりの友に頭を下げる。

 自分の力が及ばなかったことに対し、覚悟はしていたはずの運命力がほぼ確定付けられていることに対し。この場で自分の行える全力を持って『英雄』一行を滅ぼすことが叶わなかったことを、世界を呪いながら悔やんだのだった。


 オルディスの想いに呼応するかのように、いつしか化物の姿も海へと消えていった。



※4/8追記

次回更新は明日です。

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