432話 作戦会議③
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「落ち着きました?」
「もう大丈夫だ。……始めてくれ」
一旦小休憩を挟み、再び石へと腰掛けて少しが経過した。アスカさんの息も整い、それを見計らったアイズさんが声を掛ける。
人が座るには丁度良い具合の石がこうして草原の中に四つ生えているのは偶然としか言いようがない。この場をもう少し整えることができたなら、屋外の溜まり場として人知れず利用されていたかもしれない。丁度良く生えている木も木陰を作って良いアクセントになっている。
「……ふぅ」
「あぁどうも。助かります」
アイズさんがセシリィに向かってペコリと一礼すると、一人だけ集う石の中心で草原の手入れをしていたセシリィがそそくさと石へと飛び座った。
既にセシリィにより会議の場は整えられた。無造作に地面から生えていた雑草は芝生程度に抑えられて均一に揃えられている。
地肌が見えている部分はなく、まるで草の絨毯が敷かれたように様変わりしていた。
相変わらずこの娘多才や……。何やっても想像の上をいく。
誰が言うまでもなく善意でやってのける辺りに良い娘みを感じる。……いやマジで良い娘なんだけども。
「えー、では私の考えた案をお伝えします」
整った雑草の上に広がった地図が落とされた。地図に視線を落としながらアイズさんが説明の幕を開けると、俺らも合わせて地図を覗きこむ。
「二つある内、まずリスクの低い方法から。ザックリ言うと夜間での隠密活動による救出作戦になります」
夜間、か。
人目に付かないなら妥当な時間帯だな。
「街の中心部にあるこの建物が城で、昨日皆さんと私が会った場所が大体この辺り……。ラボがここら辺ですかねぇ。それで東西南北に門があり、今現在の私達がいる場所はセルベルティア郊外・東……およそこの付近になるはずです」
アイズさんが地図に指を指しながら要所となる部分を説明し、俺達に位置をイメージさせてくれる。
城を実際に見た感覚に、街を歩いた距離。それらを自分の体感してきたものが地図上でどれ程に縮尺されているかを把握し、おおよその感覚を掴み取ることが今俺はできていた。
地図上だと現在端っこにいることもあり非常に位置関係も分かりやすい。
ただ知識として知っているだけということにならず、感覚として理解できたことは大きい。
やっぱり昨日歩き回って置いて正解だったな……。
「『剣聖』さんを救出後は東の地に直行することを考え、そのためにこちら方面に集まっていただいたわけです。街を出てここまで来ることが出来ればもう安全圏と判断してよいでしょう。今は取りあえず最終目標をそれで仮定とします」
仮定とな? ハイハイ一先ず了解です。
まさかもう逃走の予行演習が始まっているとは思わなかったな……。でも、ちょっと駆け足気味な気がするのは気のせいだろうか?
「分かった。――となると、結構距離が厳しいな……」
「そうですね……」
街の中心部からここまでとなると相当な距離だ。隠密行動とはいえ、この距離は純粋に難易度を表しているようなものか。
アスカさんの呟きには同意だった。
しかも距離があるということは純粋にその分時間も比例して掛かるということになる。ゆっくり時間を掛けられない以上は迅速な行動が求められるはずだ。
しかし、スピーディな行動はミスの元でもある。
焦りつつ慎重に迅速に完遂するとなると……無茶ぶりもいいところである。その間に何が起こるかも分からないのだから。
「それで……概要の方は?」
まあその辺の心配をするにはまだ早いか。難度は内容次第で変化するだろうし……。
心配事は身の内に保留し、俺はアイズさんへと説明を求める。
「はい。行程としては複雑化は避けて二段階構成で考えています。城内も夜間であれば昼間よりも警備は手薄になります。勿論要所要所の警備は強化されますが、その分要所以外の警備に隙ができます。まずはそこを巧く利用し城の敷地に侵入……『剣聖』さんのいる東棟の最上階を目指します」
「……城の周りには結界が張ってあるという話だろう? 侵入の糸口はあるのかい?」
どんな形であれ、セルベルティアの城の周囲に張り巡らされている結界……これは俺が救出の際に一番厄介に思っていた要素である。
「……」
ここからでは全く姿は拝めないが、昨日も見た城の周囲にはとんだ仕掛けがあったものと思うしかない。
いきなり技術の発達性が飛び抜けていてあまり現実味がなかった話だが、なんとセルベルティアの城周辺には半球のようにマナを検知する目に見えない結界が張られているというのだ。
結界自体に人体への影響や危害はないそうだが、その結界に触れると侵入者を知らせる警報が発令、迅速に連合軍が警戒態勢へと移行するようになっているそうだ。
小型の動物や生物にもマナは含まれているが、試行錯誤の末に一定以下の小さなマナには反応しないように設定しているらしく、感知の基準は人以上という点も細かい。
誤作動を防ぐ配慮も備えた高性能な警戒システム、それが常時展開されているというのだから頭を悩ませていたのだが……。。
「当然糸口はあります」
――まあそこは当然アイズさん様々だったか。
「昨日の内に既に仕込みは済ませてあります。結界への対処は複数の手段を用意していますのでそこは心配要りません」
うわ……何このチートキャラ。
なんといいますか、この敵キャラが味方になっても強いままという公式チート感がアイズさんにはあるなぁ。
ちなみにその結界の発生装置を開発、配備したのは目の前にいるアイズさんである。既にこの時点でチートだと思うのはご容赦頂きたいものだ。
俺らからすればなんてモン作ってんだと言いたいところではあるが、作った経緯は俺達とは無縁の頃の話。今更言ったところで仕方のないこと。そこはアスカさんと共に昨日の段階で割り切っている。
苛立ったところでそれはただの身勝手な言い分に過ぎないのだ。
……ちなみに完成したのは丁度二ヶ月程前、『剣聖』さんが囚われるタイミングと偶然にも重なったようだ。チッ。
それよりもこの人マジで天才で乾いた笑いしか出てこねぇんですけど。
そりゃイカレてても王も寛容になるわ……有能すぎる。人によっては有能の前に屑が付きそうではあるけどな。
昨日の話だとどっちが未来から来たか分かったもんじゃないな最早。ここまでだと作戦の鍵を握ってんのアンタや。
「……分かった。続けてくれ」
アイズさんが小さく頷き、説明が再開する。
それに合わせて俺も思考をリセットして再び聴き入る状態を作る。
「作戦の開始位置はまだ検討中ですが、この最上階まで到達するというのが第一段階となります。この時、終了した段階で誰にも悟られていない状態を保ったままであることが望ましいです」
「……難易度が更に高くなりましたね」
「あくまで案の段階での話ですから。確定じゃありませんよ?」
「へぇ……」
アイズさんを軽くジト目で見てみると素知らぬ対応で言葉が返ってくる。
俺を使うというのが予告通りであることは確かであるのだが、遠慮のなさが少々要求を強くしているようである。
「第一段階は見つからないことに全神経を注いでいただければ構いません。なので時間は目一杯使っても良いと思っています」
「了解です。隠密作戦で見つかりでもしたらそれはもう隠密じゃありませんからね」
「ええ。……あ、けど夜明けまで時間を使うとかは流石に駄目ですよ?」
「……分かってますよ」
そりゃそうだろうよ。そこまでいったら見つかる可能性を後回ししているだけになってしまう。
明るさは隠密活動において天敵に近い。暗いというそれだけに価値がある。
「一段階目の流れについては取りあえず理解しました。それで二段階目は?」
「ハイ。二段階目ですが、『剣聖』さんと合流後は今私達がいるこの場所を目指してもらいます」
アイズさんが最初仮定として最終目標と称した俺達のいるこの場所、そこを示唆するように辺りを見回しながら言う。
ただ――。
「簡単に言いますけど一体どうやって? 『剣聖』さんのいる場所まで行くのはともかく……まずそこにいるであろう看守に気付かれずに外に出れますかね? 一番誰かに気付かれる可能性の高い場所なのに」
出来るか出来ないかで言えばまだ分からない。だがかなりの確率でバレると思うのが俺の素直な感想だ。
昼夜どの時間でも必ず牢屋の目の前に看守はいるはずだ。そんな至近距離で堂々と気づかれずに脱出が出来るとは思えない。最低でも何かしら気を引くようなことをしなければならないだろう。
「確かに……牢屋はほぼ完全封鎖された密閉に近い空間です。出入り口も一つだけですし人目に触れずに抜け出すことは不可能に近い」
「ですよね」
「フリードさんは『転移』があるから脱出は容易でしょう。しかし『剣聖』さんはそうじゃありませんからねぇ……」
自覚があるのかアイズさんもしきりに頷いている。
『転移』は自分以外の人を移動させられない。あくまで自分と所有物のみに限られる。
『インビジブル』は夜の時間では使用は出来ないから身を隠すこともできないし、影に潜る『シャドウダイブ』だって俺一人しか潜り込めない。
第一使ったところで部屋から『剣聖』さんが牢屋から出れる要素は一つもない。
となると物理的に壁を抉じ開けて脱出する必要があるわけだがそれがほぼバレるわけで……。
「ここは少々苦汁の判断にはなるんですけど、運にも身を任せて強引に行くところですかねぇ」
「というと?」
「床に穴をぶち空けるしかありませんねぇ」
「「「……」」」
いきなりとはこういうこと言うのだと、俺は思った。
アイズさんが大きな溜息をついた直後にいきなり物騒なことを言い出すものだから呆気に取られてしまった。
いきなり割り切りすぎているというのもあるが、隠密の趣旨はどこにいったのか全く分からなかったからだ。これなら始めから隠密にしなくていいくらいである。
「フリードさんは聞いた限りじゃ全ての術式もとい、魔法を扱えるんですよね? だったら『エアブロック』で部屋を覆って『ジャミングノイズ』で音が漏れないように隔離すればバレないで床に穴を開けるくらい簡単でしょ?」
「いや、そうかもしれません、けど……」
確かにそれなら音で看守に気付かれることもない。たかが牢屋程度のサイズの『エアブロック』を作ることなんて造作もないし方法としてはアリだ。
しかし、音が聞こえないだけで見えはするのだ。その時に丁度看守に見られない保障なんてどこにもない。
「納得いってないのはぁ~、私も一緒ですぅ~。だぁって~、それしか方法思いつかないんですもーん。しょーがないじゃぁないですかぁ」
明らかに俺達が呆けていた姿に触発されたのだろう。アイズさんが不貞腐れたような声で心情を吐露する。
う~ん……アイズさんでその考えに至るしかないのか。
ここだけ雑になってるからか? 意外と納得いってないんだな……。
「全く案は浮かばないと?」
「んー……一応裏技を使えば看守にバレはしてもやり過ごすことは出来なくはないんですけど、それやったら私の身が危うくなりそうで怖いんですよねぇ。せめてこの街に残る身として保身くらいは掛けさせて欲しいですし……」
それを言われると何も言い返せなかった。
俺らがいなくなったあとでアイズさんが不幸を被るのは俺らとしても望んでいない。できれば何事もない日常? に戻って欲しいと願っている。これは冗談などではない。
一方で上手くいきそうな作戦の肝心な部分での見通し不明な報告はかなりの不安材料であった。アスカさんが駄目押しで再度お願いのように確認してみると、そこでポロッと気になることをアイズさんは言うのだった。
「バレはしてもやり過ごせる……? それはどういうことだ?」
「まぁそのままの意味ですねぇ。それ以上でも以下でもないです」
「……?」
なんだ……? 一体どんな方法なんだろうか? 気になる……。
「まぁ今言った裏技はやる気はありませんので忘れてください。……丁度牢屋の下にあたる部分は物置きのスペースになってるんです。そこなら外に飛び出せるくらいの窓はありますのでそこから脱出する形を取りあえず提案します」
「っ……」
気になることを言うだけ言った後、アイズさんは打ち切るように強行案を打ち出すのだった。
作戦の安定した遂行の方法をチラつかせておいてそれができないという流れに対しては少し……いやかなりもどかしさが残る。
でもアイズさんの意思は固そうなので説得するのは無理の様に思えたため、それ以上の口出しを俺達はしなかった。
なんだかんだお互いの利の為に協力しているのだ。アイズさんが無理だと言うなら俺達が無理強いをすることはできないし、アイズさんの立場では裏技という名の切り札を使う局面ではないということだろう。その判断がアイズさんの中で定まっているなら覆すのは容易ではない。
「外に脱出したら『剣聖』さんを担いでそのまま空を渡ってここまで来て……ハイ終わりです。そのまま『希望の未来へレディーゴー。自由の幸せを謳歌せよ』……完、ですねぇ」
タイトルいらんわ。一気にチープさに溢れる作戦に成り果てたなオイ。
「折角バレずにそこまで行くわけですし、出来れば最後までバレずに事を運びたいところですが……難しいですね、やっぱり」
本来ならバレずに最上階まで行くこと自体も危うい。既にそこに行くまででも十分すぎるとも言えた。
「まあ最終的には結局バレますからねぇ。あくまで『剣聖』さんの脱出を悟られずに行うことで騒ぎを最小に抑える試みもありますから。騒ぎが多くの人に知れ渡る程後々がキツくなると考えたまでですしねぇ」
そうなんだよなぁ……。
連合軍は『剣聖』さんを監禁していることを世間には伏せている。それが突然大々的に『剣聖』が脱出したと発覚すれば大きな騒ぎに発展するだろう。
唐突なスキャンダルは一般人の好物だ。一気に噂は広まり拡散する。連合軍側としては信用問題に繋がりかねないのでこの騒ぎは避けたいはずだ。
そして、それは俺達にも言えることである。
俺達自身が騒ぎを抑える努力をすることで、連合軍側の行動は大きくせずに済むのだ。
世間にバレれば一度大きくなった騒ぎの規模での捜索や行動が起こされるだろう。既に俗世に知れ渡ったことにシラを切るよりも、潔く騒ぎを明瞭にして腹を括った敢行の方が事態の収拾を図るには楽と思われるからだ。
そのため、今回の隠密計画はそうさせずに小規模にさせる狙いがあるというわけだろう。
皮肉なことにアイズさんの案はお互いにとって被害を最小限に抑えるものなのだと思われる。違ったら恥ずかしいが。
……ま、欲を言えば連合軍と『剣聖』さんとで一切の関係を断てればとは思ったもんだがな。
「連合軍に『剣聖』さんの生存を諦めさせる措置は取らないんですか? 昨日もちょっと言った怪死した的な。死体の偽装とか……」
俺的には死んだと思わせられればそれだけで結構効果ありそうな気がするんだけどなぁ。
昨日から考えていたということ。既に根付いていた考えはそう頭から離れていなかった。
そして単純な思考で口走ったことを俺はすぐに後悔した。
「正直取りたいですが、そうするにはちょっと騒ぎの規模が小さすぎるというか……。やっても裏目に出そうな気がしますよ?」
「裏目?」
「居なくなるだけで騒ぎが最小に抑えられる算段なんです。そこに追加で不確定要素を組み込むことは避けたい。突拍子もない出来事は違和感がどうしても拭えないものです。疑問を抱かれる可能性が怖いんですよねぇ。多分真っ先に疑われるのって私でしょうし。犯人の判断材料が何もないことで私が疑われる可能性は高いんじゃないかなぁと……。流石にそれは嫌です」
アイズさんが唸ったのち、重々しく口を開いて理由を述べた。
俺はその重苦しい言い方に本気で言っていることを感じ、口をすぐに閉じた。
「……すみません、浅はかでした」
そうだった……この人既にリーチ掛かってるんだった。
喉元に刃を突き立てられてる状態でそれを押し込む真似を許す人がどこにいる……!
今のは既に疑いの目を向けられている人に向かってそれを助長するような発言だった。アイズさんの抱いた不安を実行に移すのは酷な話に他ならない。俺が同じ立場なら確かに全力で拒否しているはずだ。
履き違えちゃいけない。あくまでこの一案は騒ぎを最小に抑えるという一点に尽きる。
まだただの一案にそれ以上を求めてはいけない。
欲で身を滅ぼすとはこういうことを言うのかもしれない。……一つ教訓にしよう。
しかし、成程。アイズさんも味方にいるとなるとその辺の事情も考慮しないといけないのか……。
アイズさんの存在は確実にメリットであるが、少なからずデメリットもあるということが分かり、しかもそれがちょっと厄介であるのは少しだけ痛手に思ってしまう。
「もしそれをやるなら二つ目の案に組み込める余地はあるので候補に入れておきましょうかねぇ」
反省した直後、アイズさんの気遣いかは知らないが俺の案の打診がされたようだ。
意図はさておき、有り難いと思う反面つい先程の発言があるのでまずそちらの方が少し気になった。
第一案では実行が難しいのに第二案ではできるかもって……それはどういうことなんだろう?
となると、第二案って隠密系じゃない……?
「ハイ、取りあえず作戦一の概要はこんなトコです。何か質問あればどうぞ」
ふとした疑問は当然の如く気づかれぬまま置いて行かれる。アイズさんは一息ついたように俺らの顔を微かに伺い始めた。
今まさに聞くタイミングとしては絶好の機会なのだとは思う。ただ、今はそれを戒めが邪魔した。
俺のこの疑問は次の第二案を聞けばどうせ分かることだ。今だと後に不必要だったと気付くことになる可能性も……。
だからまだここじゃない。質問をするにはこのタイミングでは浅はかというもの。というより早計だ。
ここは……辛抱だ。
「なぁアイズさん、今の流れだとさ……僕って別に必要ないんじゃ?」
俺が言葉を呑み込んでいると、代わりにアスカさんの声が飛び出してアイズさんの気を引いた。
……そういえばそうですね。言われてみると確かにそうだ。
アスカさんの活躍の場面というか、必要な場面ってあったか……?
「そうですよ? この作戦はフリードさんと私のみでの作戦になりますから。アスカさんの出番は予定にはないですねぇ」
「オイオイ……じゃあさっきの身体能力の確認は何だったんだ? やる意味があったのか……?」
……なかったんじゃないですかね? 酷い話だ。
「だから言ったじゃないですか? スマートじゃないって。これが第一の案、隠密でありながらフリードさんの持つ力をフルに活用しての力づくの作戦です」
落胆に似た気分の落ちようが目に見えて分かる肩の落とし方をするアスカさん。アスカさんの吐く溜息は酷く哀愁さに溢れていた。
今日の本人の心境としては、これまでの経緯を顧みるに意気込みは十分にあったことはよく分かる。
そこからのこれだ。その意気込みを全てパァにするアイズさんの一言の凶悪なこと……これにはちょっと同情する。
まあ俺に極振りしてる辺り、その精神は潔いという点である意味スマートなのでは? と思わないでもないんだけどさ。
「……あくまで念には念を、です。アスカさんが本作戦に大きく関わらないことに越したことはないんですよ。それはつまり、それだけ安定した勝算が生まれるってことになるんですから」
「それはそうだけどさ……」
「アスカさんが『剣聖』さんを助け出すことに全力を尽くす所存なのは重々承知しています。――だからこそ、その抑えられない衝動を今は全力で抑えてください。感情に身を任せた行動力は作戦の崩壊を招きます」
「っ……そうか……」
アイズさんの容赦のない物言いを前に、アスカさんもハッとなったように何かに気付いたとでも言うべきか。これ以上は特に口出しすることはせずに静かになった。
そのやりきれない思いは握った拳に表れており、それでもなお零れる思いは身体の震えとなっているようだ。思わず声を掛けたくなるも……それは余計な真似な気がした。
「なのでアスカさんにはセシリィちゃんと一緒にここで待っていてもらいます。精々指でも咥えて待っててください」
「くっ……!」
オイ仮面!? その一言は余計じゃい!
あのさぁ……何故そこでわざわざ挑発した? 折角説得力あること言って迫力もあったってのにさぁ……。
「――それじゃ次の案いきますよ~」
「……ああ。どーぞ」
あーあ……今度はアスカさんが不貞腐れちゃったよ。何コレ……。
少々違った意味でピリピリとした雰囲気が出来上がっていく中、その原因である張本人は忘れたように前へ前へと進んでいるようだった。
俺達の手を引こうと差し出される声は有り難いが、出来ればその先で刃物を携えて待っているような気がするのは気のせいだと思いたい。
こうなったきっかけはアイズさんの不貞腐れからが始まりだったが……成程、確かに一度流れが崩壊すると終わりですね。良く分かります。
けどわざわざ実演まですることないんじゃないですかねぇ? 作戦の勝算以前の問題になったらどうすんねん。




