431話 作戦会議②
「念のため聞いておきますが、皆さんは『剣聖』さんを助けた後はどうする予定で?」
「え? そりゃ逃げますけど……ねぇ?」
「ああ。何処に行くかはともかく、この街にはいないだろうね」
アイズさんの当たり前の問いに、俺とアスカさんはお互いに確認し合いながら答える。
どんな作戦にしろセルベルティアに居るのは危険すぎる。まだ行くアテは決まっていないが街の外に出るのは確定だろう。
「ですよね。少なからずこの街を離れることになりますよねぇ。……この街に留まるわけじゃない」
何度も首を縦に小さく振って頷くアイズさん。それは俺達の言う事がご尤もだと言っているかのようだ。
そして、すぐに懐から折りたたまれた紙をアイズさんは取り出すと足元へと一気に広げる。それは昨日俺達も使っていたセルベルティアの地図であった。
お、なんだか作戦会議みたいになってきましたな。
「皆さんは昨日あちこち歩き回ってましたよね? それなら分かったと思うんですけど、この街かなり広いですよね」
「そうですね。正直他に見てきた街とは規模が比べ物にならないと思いました。道も複雑ですし……」
実際に歩いてみて分かった。この規模だと街の全てを隅々まで周るのは一日二日では到底無理だ。歩いてみたわけじゃないが、街の端から端まででも恐らく二時間弱は掛かる。
高低差もある所はあるし、ただ入り組んでいるわけでもない。街の外から来た人だと少し裏路地にでも入れば迷子になってもおかしくない。
「複雑なのは歴史から見るに戦争の名残りですね。外部からの侵略者を中心部にある城に簡単に近づけない目的があったみたいです」
「へぇー」
ちゃんと意味あったんだ。絶賛ドツボに嵌ってるぞ畜生め。
「……コホン、話が逸れました。私は逃走しないので構いませんが、皆さんは現状三名。更に作戦の当日は『剣聖』さんも交えて計四名での逃走になるわけです。……問題はその『剣聖』さんの状態です」
「っ……。やっぱり芳しくはない、か」
あぁ……そういうことか。俺にもようやく分かった。
アスカさんはきっと最初から懸念していたのだろう。それが的中してしまったからこそ浮かばない表情を今しているのだ。
「昨日どうにかお会いしてきた『剣聖』さんですが、流石に二ヵ月近い間囚われているので身体がかなり弱っているようでした。あの身体では優れた人でも本来の能力の十分の一も発揮できやしません。どんな手段で連れ去るにしても、連れていくにはどうしても彼女を運べる人が必要になる」
ふむふむ。
二ヵ月も囚われて満足に身動きも取れなかったらそりゃそうか。食事も必要最低限みたいだし、それで健全でいられるわけがない。
助ける際は付き添いが一人必要になると。
「昨日フリードさんから流石に空間を移動するような手段を持っていないことは聞いていましたから、どうしてもそこは力技になります。牢獄から街の外まで……『剣聖』さんは誰かしらが運び出す必要があるでしょう」
「この少ない面子でとなると……もう限られますね」
見回すまでもないがこの場にいる面子を確認してみる。
男性三人に女児一人。人数だけで言えばかなり心許ない程度の戦力しかない。
そこから一人が確定で割かれると考えると状況は少々難しい。
「始めに言っときますけど私は論外ですから」
「あ、ハイ」
うん、知ってた。
「精々セシリィちゃんがやっとですかねぇ」
聞くまでもないアイズさんの申し出が先制で繰り出されるも激しく同意する他ない。
非力すぎると言いたいが……そこは驚かんよ。だって貴方だもの。
身体の線細すぎるしさせる気もない。そもそもアイズさんは逃走はしないから候補には挙がらないだろうに。
「じゃあ俺かアスカさんのどちらかになりますよね。身体能力の確認ってのはそれでまず持てるかってことですか?」
「そう、ですねぇ……。人一人を背負って動くのは思う以上に大変な重労働です。そこで負担をかなり感じるようであれば作戦内容にも影響が出ますから。必須項目として考えてもらえればと」
「……?」
今アイズさんちょっと歯切れが悪い気がしたけど、別の意図もあるのかな? まぁ別にいいけど。
なんにせよ、そういうことであれば拒否する理由はない。証明するためにも実演するくらいはお安い御用だ。
これで案の精度が増すなら願ってもないことでもある。
さて、アスカさんの方はどうだろう?
「俺は構いませんけど……アスカさんは?」
「僕も構わないよ。……でもアイツ結構軽いぞ? そんな心配する必要はなさそうだけどな……」
どうやら異存はないようだがそこまでする必要があるか疑問には思っているらしい。
あとその言い方だと『剣聖』さんが尻軽な人みたいに聞こえるからやめた方がいいのでは……? 他意はないんだろうけども。
「ほう? アスカさんのその言い方だと持ち上げたことがありそうな感じですね?」
「まあ結構前の話にはなるんだけどね。アイツ体格は昔とあまり変わってないからそんなに体重も変わってないと思うんだ」
アスカさんがさも普通のことのように口にする。
ほほぅ? 昔にとな?
一体何があったら普段の生活で男性が女性を持ち上げる機会なんてあるんですかね? 俺には全く分からないし縁もない話ですわ。
そんな状況早々ある訳ないだろうに。持ち上げる機会のある女性なんてほぼ運命の人みたいなもんやろ。
「昔っていつの話です?」
「えっと、五年くらい前になるのかな……?」
はぁ? アスカさん、貴方そんな昔からイチャついてたんですか? 好意を自覚しながらイチャイチャを自覚していないとか性質が悪いんですけど。
他人からすりゃそれただの惚気ですから。既に出来上がっているカップルがいつまでも足踏みしていないでいただきたい。
一体この五年間貴方は何をしていたんだ。奥手にも程があるだろ。
そんなんじゃ恋のキューピッドから見放されちゃいますよ。
「……つかぬことをお聞きしますけど、アスカさんって今何歳なんですかねぇ?」
「僕は23歳だな」
へー。やっぱ見た目通りお若い。
ということは『剣聖』さんもか。同い年らしいし。
アスカさんは髭も濃くなければ声や顔つきも中性的であり、パッと見た印象だとまだ老いというものをちっとも感じさせない。
どちらかというとお兄さんという呼び方をしてもなんら違和感がない程だ。
「私は気持ちはハタチの28歳ですねぇ」
「あーハイハイ……大体想像通りですね」
アスカさんに続きアイズさんも答え、何故か知らないが年齢の公表会が始まったようである。
仮面の裏側を知らんから声だけの判断だったけど、アイズさんの年齢は大体想像通りか。
アスカさんより声は低いし妥当かな。あと寝言は寝て言いなさい?
「なら……俺は気持ち永遠の18歳な青少年ですかね?」
この流れだと俺も言わないといけない空気を感じ、取りあえずはそう答えておく。
すると――。
「うわぁ……記憶ないのによくそんなこと言えましたねぇ。まぁ貴方は大人かどうかも分からない見た目してはいますけど」
投げやりにした俺への当てつけか、すかさずアイズさんから白い引き声が飛んできたようだ。
だろう? この子どもみたいな外見のお蔭でセシリィと並んで歩いてても変な目で見られることはないしなぁ。案外間違ったこと言ってないと思うんですよね。
これで俺が周りに老けて見えてたらあらぬことを囁かれててもおかしくなさそうだ。だからアスカさんにロリコン呼ばわりされた時は正直結構凹んでたりする。
「フフン、記憶がないからこそ言えるんですけどね。真実が分からん以上は口にしたもん勝ちですから」
「……それ言い返せば何言っても嘘ってことでは?」
あー聞こえなーい。
「細かいこと言ってたら老けますよ?」
「……逃げましたねぇ」
「逃げたな」
うるへー!
べ、別に図星突かれて何も言い返せなくなったとかじゃないんだからねっ!
「――まぁいいです。二人共、よろしければ確認の方を始めさせてもらっても?」
アイズさんとアスカさんのダブルパンチが直撃し、内心では負け犬の遠吠えをしたのは隠しつつ。
その声を合図にいそいそと俺とアスカさんは石から立ち上がった。
◆◆◆
「ハァ……ハァ……! お、終わりか?」
「ええ。二人共お疲れ様でした」
「ふぅ……お疲れ様です」
――それから、アイズさんの指定するままに身体能力の測定? が始まり、それ程時間を割くことなく無事に終了したようだ。アイズさんが手を叩いて頷いた。
意外にも身体をかなり動かしたことでアスカさんの額には汗が滲み、身体は酸素を激しく求めている。得物である刀を地面に突き刺して身体を支えており、息が整うまで少し休憩が必要なようだ。
直接相対していた俺は手を差し伸べることはやめ、少しそのままの体勢にさせておくことにした。
「いやぁー二人共驚異的ですねぇ。連合軍でもこの数値は例がない。どちらも問題がないどころか頼もしすぎて安心しました」
そんなアスカさんを他所に興奮したアイズさんが近くに置いてあったバインダーを手に取り、挟んだ紙に速筆で何かを記していく。
恐らくは今の測定結果だろう。周囲にはアイズさんが『アイテムボックス』で取り出した謎の機器が鎮座されており、所々音を鳴らし電光板のように明滅している。
先程から何やら俺達の能力を計測したものを集計しているようだ。俺には読めないが、機器には数字や記号っぽい文字も浮かび上がっている。
「これならこの少数でも望みはある。多少想定外のことがあってもある程度は対処できそうですねぇ……フフフ……!」
「な、なんて邪悪な笑い声……」
「連合軍の人は今すぐ逃げて欲しいくらいですね。こんな身内いたらたまったもんじゃない」
アスカさんと共にアイズさんの不適合性さを目の当たりにし、同様の意見をお互いに抱く。
本人曰く形式上だけとはいえ、とても身内に向けるような微笑みじゃなかったからだ。
「アスカさん大丈夫? ハイ水」
アイズさんの笑い声が止まぬ中、そこへ小さな影がトテトテ近づいてきた。
俺達が気が付く頃にはすぐそこまで駆け寄っており、アスカさんへたっぷり水が注がれたコップが差しだされていた。
「あ、ありがとう」
ハイ、天使による天使の所業。
セシリィからの労い……有り難く飲むが良いアスカさん。
「お兄ちゃんは……平気そうだね」
「うん。体力だけは馬鹿みたいにあるからなぁ」
セシリィと当然のことのように言葉を交わすと、セシリィは僅かに微笑んだ。
この結果は予想できたことだ。アスカさんも桁違いの強者なのだろうが、こればっかりは運が悪すぎただけである。実際これまで拳を交えた人の中では断トツで強かったくらいだ。
今回の身体能力の確認は多岐に渡り、腕力、速力、体力を主だって確認していたと思われる。
それと応用として武力の確認があった。その際は街中を想定し被害を最小限に留めるように条件付けされ、自分の行動全てに意識を割きながらの対人戦で締めくくる形となって今に至る。
そして俺らの周りには僅かに草木が捲れている箇所があるのみ。被害という点では限りなく抑えることはできたと言えるはずだ。
お互い全てを解放していればこんな自然な光景は残されてはいなかっただろう。残るのは更地か荒地だったはずだ。
そうこうしていると、アスカさんがコップを受け取って水を飲み干したようだ。
「ふぅー……! フリード君のこれまでの歩みが知れないのが残念だよ。実際交えてみると本当に底知れないんだもんなぁ……! 僕の全部があんなに通じない人は初めてだ……」
「そうでもないですって。何してくるか全く分からなかったんで見切るの大変でしたし結構ヒヤヒヤしてましたよ?」
「息一つ乱してないのにそう言われてもな……」
とは言いましても……。
「だってお兄ちゃんだもんね」
「……ああ、それもそうだね」
アスカさんとアイズさんが悟ったように顔を見合わせる。
二人共……それで説明がついちゃうのはどうなんだろうか。
まぁ若干セシリィが誇らしげにしてるから俺はもうそれでいいけどさ。……照れるやん。
しかし、アスカさんの使ってた流派……絶華流だっけ? あの剣術にはたまげたなぁ。
スキルとは全く違った純粋な技能。それのみでまさかあんな芸当ができるとは……。世界って広い。
アスカさんは『剣術』のスキル技も駆使してきたが、持ち前の流派の技も繰り出してくる多彩っぷりに俺は正直度肝を抜かれたのだ。あれこそまさに駆使するという言葉が相応しい。『剣聖』は既にここにいた。
カウンターで繰り出してきた衝撃波みたいなのはともかく、確か『水鏡』だっけ? あれどんな原理だよ。
なんで俺が放った攻撃がそのまま跳ね返ってくるのか全く分からんかったぞ。ぶっちゃけ意味不明すぎる。
アイズさんも固まって「何故?」とか言ってたし、アレの方がよっぽど俺よりも興味対象じゃないかと思うわ。
「魔法のみならず肉体の方の能力も凄まじいとは……。これは一騎当千ですねぇ。いや当世でしょうか?」
「大口叩いたからにはそれくらいは見せつけないといけませんしね」
多少冷静さを取り戻したアイズさんが俺らの元に近寄って声を掛けてきたので俺はそう返す。
今回の計画の鍵は俺なのだ。出せられる範囲なら本気を出したつもりである。
手を抜いて見当違いな算段でも組まれても困るのは結局俺達だ。失敗が許されないのだから必要なことに対し不真面目に望む気など起きなかった。
「それでもまだ序の口なんでしょう? まさかデコピン如きで木がへし折れるとは思いませんでした。清々しいまでの全身凶器ですねぇ」
「それ褒めてます?」
「褒めてますよ? でも凄すぎてちょっと引いてもいます」
「さいですか」
狂人に引かれた所で今更どうとも思わない。狂人でもなければ変人でもない、純粋でまともな娘が隣で俺を許容してくれているからそれだけで俺はいい。
……というか、第一木がへし折れたのって力加減が分からなくて中途半端になったってだけだしな。流石にオルディスに向けた時の威力じゃ強すぎるだろうし……。
さて、これで一体何がしたかったのかは知らんが確認は終わりのはずだ。
この結果を基にアイズさんがどんな案を切り出してくるのか……注目だな。




