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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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429話 探り合い(別視点)

 ◇◇◇




 セルベルティアに鎮座する王城はこの街のシンボル的存在である。厳かな佇まいに相応しい存在感に細かな説明など不要であり、それは街を超えて別の大陸に轟くまでに知名度は大きい。

 噂を聞きつけた者がこの街に訪れいざ見ようものなら瞬く間に虜に、そして神聖視さえしてしまっても不思議ではない。それだけの魅力がここにはあるのだ。

 街に人が溢れ活気に満ちている状況も、この存在が生み出した産物と言える。


 当然、このような場所には迂闊に一般人立ち入ることはできない。街の活気と裏腹に喧騒などというものは無縁であり皆無だろう――。王族がいることもあり街に住む者達はそう思っているのが大半で、王城内に勤める者ですらそう認識しているはずだ。


 それ故に、その厳かな佇まいの中に封じ込められた秘密が公に出ることはない。

 一度封じてしまえば二度と漏れることのない隠れ蓑として、むしろその機能が最も有効的に使われていることを知る者はほんの僅かである。


「随分と短かったようですが、もうよろしいのですか?」

「ええ。少しこの場所とあの方を見てみたくなっただけですからねぇ。用は済みましたよ」

「はぁ……?」


 王城内部、東棟へと続く連絡路の入口で言葉を交わしたのは、交代制で見張りをする者とアイズの二人だった。


「無理を言ってゴメンナサイねぇ。では私はこれで」

「あ、ハッ!」


 アイズは自らの目的が終了したことを告げるとその場を去り始める。

 ふらりといきなり訪れたかと思えば、それ程時間を必要とすることもなく去っていくアイズに見張りは首を傾げつつ、上官への礼儀は欠かさない。敬礼したまま見送り、その予想できない足の向かう先を無駄だと知りつつ考えるのだった。


「~♪」

「(っ!? なんだなんだ!?)」

「(ヒィッ!?)」


 上機嫌な人とは放つ雰囲気も和やかなものが多く、周囲にもその波長を伝えて影響を多大に与える。本来であれば見ていて安心できる印象に映るものである。


 だが、ことアイズに関しては別の印象を覚えさせていたようだ。

 連合軍所属ならばアイズのこれまでの所業は知らない方が珍しい。だからこそアイズの機嫌の良さは裏目に出て不気味さが勝り、見る者は戦慄を覚えて悪寒を感じてしまう。


 アイズは周りの視線には目もくれず、東棟から中央部へとスキップにも近い足取りで闊歩する。勤務中の軍関係者で運悪く出くわした者達はアイズを遠目で確認すると途端に身体を強張らせ、凝視し、出来る限り姿を隠した。

 そしてすれ違うことが避けられない者らは、道端の小石のように視線を合わせずにその厄災が過ぎ去るのを待つのだった。


「『白面』……? 何故ここに?」


 ――ただし、例外的な人物は存在する。

 その声がしたと同時に、この場を絶対的な安心の二文字の雰囲気が包み込む。更に声の人物が姿までも晒したことで、身構えていた周囲の者達の硬直は瞬く間に解けていく。


「これはこれは……! ロアノーツさんじゃありませんか。そちらこそどうしたんです? 執務中に出歩くなんて珍しいじゃないですか」


 アイズの進む正面の曲がり角からスッと人影が現れると、そこには群青のマントを揺らめかせたセルベルティアの連合軍の最高司令……エルヴィオン・ロアノーツ本人がいた。

『白面』とはアイズが連合軍の中で呼ばれている呼称だ。何を隠そうその常時身に着けている白い仮面が元となっている。


 周りからの視線は毛ほども気にせずにいたアイズだが、自分に向けられた呼びかけには当然の如く応じたようだ。アイズは狂喜を振りまく口笛を目が覚めたように吹くのを止めた。


「私とて常に机に噛り付いているわけではない。休憩がてら他の者達の様子を見て回っているだけさ、息抜きにな」

「……それ休憩じゃないと思いますよ? 休憩してないじゃないですか」

「私のことは気にするな。それよりも貴殿はもう少し真面目に働いてくれるとこちらとしては有難いのだがな」

「……フッ、ご冗談を。そこは気にしないでいただけると」

「……フッ、無茶を言うな。タダ働きは感心せぬな」


 アイズへと近づいたエルヴィオンが苦笑交じりに諦めのついた様子で首を振った。恐らく何度も繰り返してきた問答なのだろう。

 売り言葉に買い言葉の二人の会話。それは人によれば一触即発の会話にもなり得る。

 しかしお互いに本気で言い合うことはせずあくまで挨拶程度。それは長年共にいる気が知れた友人のようであり、感情が爆発するような兆しは見られなかった。


 エルヴィオンのこの規律の細かい軍の総司令とは思えない物腰の柔らかさはまるで余裕の表れにも見える。しかし、この相手に合わせた話し方がエルヴィオンが多くの者から慕われる理由の一つでもあり、本人の才でもあった。

 実際エルヴィオンは素の口調はもう少し堅苦しいが、今はアイズに合わせて少し砕いている状態だ。


「まぁそれはいい。それより貴殿とこのような場所で会うのは珍しいな。これまで一度もこちらの棟で会ったことはなかったと思うが……」

「フフ、なんせこちらの方に顔を出したことはこれまでなかったですから。図面で構造は知ってますが実際に見て知っておきたくてあちこち見て回ってたんですよ。今後の施設企画の一環に必要でしてねぇ」


 仮面は辺りを見回しながら答えると、どこからともなく取り出したメモ帳を開きながら不敵な笑い声で身体を震わした。

 アイズの様子から良からぬ何かを察したのか、エルヴィオンは神妙な顔つきから次第に訝し気な表情へと変わっていく。


「施設企画の一環……それは確かに必要だ。しかし、あちこち見て回っただと……?」

「あらら? やっぱり(・・・・)話が早いですねぇ。ご察しのとおり近い内にここいらもちょちょーいと手を加えたいなぁと思っていm「却下だ」あらぁー……これまたお早い返事ですこと」


 エルヴィオンのキッパリとした否定に、やる気なくアイズが呟く。

 ただ、何かを予感したエルヴィオンに対し、アイズの仮面の下にはその反応が予想通りであったと書かれているかのようだった。


「機嫌が良いのはそのせいか……。私がいる場で貴殿の発言には簡単に答えるつもりはない。大抵ロクなことにならんからな」

「じゃあ一か八かで二か三でも目指してみますか。四の五の言っても仕方ありませんし」

「……何の話だ?」

「さぁ?」


 まるで意味の分からない投げかけにエルヴィオンが本気で困惑すると、アイズは自分に非があったと、申し訳なさを隠してすぐに有耶無耶にする。


 ――たった少しの一幕であったが、これは少しでもエルヴィオンの注意を逸らすための意図的なものだ。狙い通りにいけば儲けもの程度の気持ちで踏み切っていたりする。


「理解不能なのは相変わらずか。貴殿とてつい最近の過剰な防衛設備の解除……この尻ぬぐいで隊士十数名の時間が犠牲になったことを忘れたわけでもあるまい」

「忘れるわけないでしょう? 私としてはもっと仕掛ける予定だったのに……!」


 アイズの目論見通りとなったのかは分からないが、エルヴィオンが溜息をつきながら言った。すると、対するアイズは演技をしつつ内心ホッと胸を撫でおろすのだった。


「……その悔しさは忘れて後悔を代わりに覚えろ。そろそろ隊士達に後ろから刺されてもおかしくないぞ」

「無理じゃないですかねぇ? だって皆さん怖がって近づいてくれませんし」


 過去の過ちを振り返る素振りのないアイズが周囲を軽く見回すと、周囲にまだ僅かに残る者達は目を逸らしてその視線から逃げ始めた。

 別の方向に忘れ難い記憶として当時を振り返った様子のアイズにエルヴィオンは呆れ、原因はお前にあるだろと、言葉にはしないが内心では思うのだった。


 連合軍の中に、アイズと関わりたいと思う者は殆どいないのだ。噂だけで会うのを躊躇う程に警戒されているのが常であり、このようにエルヴィオンと堂々と話している姿も普通ならばあり得ないこととして認知され、可笑しい人物像を形成させる原因に繋がっていなくもなかったりする。

 触らぬ神に祟りなし。相対すれば何をされるか分からない人物にわざわざ近づくのは、自分を顧みない者くらいだ。そのためエルヴィオンはそれができる特別な存在として、軍の一部では敬われている。


 別に近づかれたところでアイズは興味のある者にしか直接何かをしでかすつもりはない。あくまで間接的に被害を出すかもしれないというだけのことであるが、そんなことは誰も知る由もない。本人がまず語らなければ、そのお眼鏡に適う者はそうそういないからである。

 第一、つい先日に強烈すぎる興味対象のフリードを見つけたばかりであり、そもそも眼中に今は入れる余裕もないのが実情だった。


「私にも限度というものがある。王がまだ貴殿の存在価値を高く見てるからいいものの、逆鱗に触れればひとたまりもないぞ。次は厳罰は免れんだろう」

「分かってますって」

「だといいがな……」


 エルヴィオンの再三に渡る忠告を受け流し、アイズはメモ帳をポケットへ押し込む。この動作を見ただけでエルヴィオンは微塵も意味のない忠告だったことを悟った。

 ここで話を聞き入れるようであればそもそも誰も苦労はしていない。


「まったく……折角の善人が完全に日の目をなくしているな」


 アイズのことを誰も彼もが擁護できないのは周知の事実。だがエルヴィオンの口からは意外な呟きが飛び出した。


「……私をそう見てる人なんてロアノーツさんくらいでしょうねぇ。まさかまだそう仰いますか」


 アイズは意外だったのか一瞬目を丸くして放心したが、思い当たる出来事は記憶にあったようだ。しかし思い出せば思い出す程に感じるのは、自分のどの部分を見てそう至ったのかという疑問だけであった。

 仮面越しに覗かせた瞳をエルヴィオンにぶつけ、その眼光が薄く鋭さを増すと、エルヴィオンもその意図に気が付いたようだ。


「普段の貴殿ならば信じはしなかったさ。しかしあの時ばかりは……これは理屈ではなく勘、なのだろうな」

「ロアノーツさんの勘はとてもどころか異常な程当たりますからねぇ。貴方がそれを言い出したら否定できなくなるのでやめてくれませんか? 私そんなつもりサラサラないので」

「そうだな。――だが貴殿のことだ、大方私のその異常さの秘密にも検討はつけているのだろう? だからこうして私がハッキリと言えていると」

「アハハ……怖い怖い。流石、とだけ言っておきますよ」


 アイズは仮面の下で一粒の汗を垂らし、エルヴィオンの特異性に畏敬の念を抱く。

 まさに組織のトップに相応しき力だと。自分の『眼』よりも優れた着眼点を探り当てていると。


「怖いのはどちらだ。貴殿の『眼』には到底敵うまい」


 エルヴィオンもまた無意識に身構えたくなるのを堪え、アイズの底知れなさを今一度体感する。

 隠した素顔同様にまだ何を隠しているのかと。一体いつ手を抜くのをやめてくるのかと。


「「……」」 


 二人はそこまで語り合い、無言の対峙が暫し続いた。

 それまでの軽快な会話からの急な静寂はあまりの落差があり、エルヴィオンを見て安心しきっていた周囲の者達を不意打ちで急速冷凍し、釘付けにした。

 周囲の者達には今、無音の中で矛を交えて拮抗する二人が見えているようであった。




「――さて、時間を取らせた。くれぐれも騒ぎは犯さぬようにな」


 永き、或いは刹那とも言えた時間。この鍔迫り合いに終わりを告げたのはエルヴィオンだった。

 見えない矛を収めるとアイズの脇をすり抜けて通路を進み始め、東棟の方へと向かっていく。まるで特に何もなかったかのように。

 周囲の者達は凍り付くような緊張は解けることにはなったものの、次は困惑という形で別の硬直が続く状態へと移行した。


「犯さぬ? 起こさぬではなく?」

「フッ、些細な違いだ。貴殿の場合は大抵既に犯している後で正しいだろう?」

「んー……確かに」

「……少しは省みてくれ、頼むから」


 後ろからのアイズの声にエルヴィオンは振り返らずに答えたが、否定して欲しいところで肯定されたため流石に振り返ったようだ。

 その表情は苦笑に塗れてはいたものの、二人のこの時の会話では一番笑みに近いものであった。


「――ハイハイ、分かりましたよ。今回は程々に(・・・・・・)しときますので」

「程々に、か。私には既に嫌な予感しかしないのだがな」


 見送る形でアイズが不敵な笑みを浮かべたのを見届けると、エルヴィオンは今度こそその場を離れていくのだった。


 突然険悪な雰囲気と思いきや、二人の間には更に状況が悪化するような予感は一切見られないままであった。そもそも前提として仲違いがまず起こりえないのだから当然と言えば当然なのだが。


 妙な詮索をせずともお互いに腹の内を大分理解している以上、二人には本気で争う理由がないのだ。

 アイズはエルヴィオンとは仲が良いとフリードに言っていたが、それはあながち間違いではない。二人がお互いに知る共通の認識は程度はあれど、結果に大体予想をつけることができるためである。


 二人が警戒しあいながらも何気なく会話を弾ませることが可能なのは、主にここに起因している。絶対的ともいえるその共通認識こそが二人の独特の距離感を保っているのだ。




 ――ただ、今回は少し事情が違った。

 そしてお互いにそのいつもとは違う感覚は自ずと理解していたのだろう。


「(やれやれ、いつ来るのかと警戒はしてましたが最後の最後でとはねぇ……。本命は逸らせましたがこれは骨が折れそうです)」

「(彼が興味のないことに労力を割くはずがない。優先度の低い施設企画程度で動くとは到底思えん。大ごとにならなければよいが……)」



 二人は別れた後に、交わることはないが互いの見えぬ思考で再びぶつかり合う。

 水面下の見えぬ場所では既に戦いは始まっている。巨大な壁が道を塞がんと動き出していることに、フリード達はまだ気が付いていなかった。


※2/5追記

次回更新は明日の予定です。

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