427話 拒絶①
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連合軍特殊部隊所属、アイズ・マーロック。彼は俺が提案した条件を呑んで俺達の計画に正式に加わることが決まった。
連合軍の人物と協力関係を結ぶという結果は当然アスカさんの批判を買いはしたが、俺の強引で根拠の薄い手腕でもセシリィが賛同してくれた影響がかなり大きかったようだ。セシリィが言うならばと、アスカさんが渋々了承してくれる流れに落ち着いたのは内心ホッとしていたりする。
彼を引き込んで考えられるデメリットは多い。しかし逆にメリットを運んでくれる魅力が多いのもまた事実だ。
連合軍の内部事情に精通し、目的地である『剣聖』さんのいる城へのアクセスが容易。昨日別れた後に直近の警備体制やルーチンの把握をしておきますと言われた時は頼もしいことこの上なかったくらいである。
聞けば彼は連合軍内での地位は本当に高いそうで、基本業務は下の者に任せる立場にあるとのこと。魔道具の開発部門担当だそうなので現場監督みたいなものらしい。
それ故にあちこちを徘徊し昼間に俺らと遭遇できたと言っており、自由に動き回れることは周知の事実のため、例え何処にいようが怪しまれる心配が殆どないそうだ。
正直彼に自由を許す行為は流石にどうなんだと連合軍に対して抗議したいくらいだが、これはある意味当然の配慮なのかもしれない。単純にこれが有能だが厄介な人物への扱いなのだと察してしまった以上は。内心で同情にも近いがその配慮に尊重の念を持って頷くほかない。
まあ現状では俺が城に近づけないことを知ってしまった以上は無闇に動き回ることはせず、彼に情報収集を任せるのが得策と判断してお願いしている形である。
というのも――。
『おっと? 少し話し込んでしまいましたねぇ。ロアノーツさんに勘付かれそうなので一旦私は軍に戻りますよ。一応定時までには戻らないといけませんし』
『はぁ……?』
『この面子で後れを取るとは思いませんけど、ロアノーツさん……あの人だけは要注意する必要がありますから。流石に初日で勘付かれたらたまったものじゃありません』
『え……大袈裟じゃないか? それはちょっと……』
『彼を甘く見てはいけない。私が何故か面白い事によく出会うなら、あの人は何故かその面白い事を感じ取るって言うのですかねぇ? 私が面白い企画を企てても何故か未然に阻止されることって多いんですよ。今回ばかりはそうはさせないようにしないといけませんから』
『……アイズさんがそう思うならそうしましょう。じゃあ――』
やはりというか、エルヴィオン・ロアノーツという人物は彼でさえかなり警戒する程の切れ者であるようだ。
昨日聞きかじった程度の情報しかないので大したことは言えないが、流石にトップの噂は伊達じゃないらしい。
アイズさんが悪評で名高いなら、ロアノーツなる人は正当な評判で名高いのだ。今回の作戦の最大の障害なのは間違いないだろう。
ちなみに定時までに戻るという言い方は俺の認識が正しければ明らかにおかしい発言であると思います。
そんな不労所得は良い子は真似しちゃいけません。ちゃんと真面目に働いてお金は稼ぎましょう。そのトップ様を是非見習ってほしい。
『ではではまた明日のお昼にでも。皆さんアデューでぇす!』
『はい、先程話したとおりで。アイズさん、よろしくお願いします』
ちなみに、流石に協力関係になった以上は彼のことを仮面と呼ぶのは失礼なので、正式にアイズさんと呼ぶことにしている。
――尤も、多分イラッとしたらその時は仮面呼ばわりしているとは思うが。
もう今から何度その呼称を使う羽目になるのかと予想してみるも、恐らく両手の指では到底足りないのだろうなとは思う。
早速行動内容を決めてまとめると、かなりキマった様子で別れを告げられた。辺りが暗くなるまでもう少し街を散策して一日を終えた俺達はその後、探索記録を整理して宿屋へと戻り眠りについた。
それが昨日の密談の後の経緯となる。問題は特に何も起こっていない。
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そして――その翌朝のことである。
「……っ……ぁ……」
無意識に堪えきれない声を出していた。
何の夢を見ていたのかも分からないまま、目が覚めて間もなく少し霞んでハッキリしない天井が目に飛び込んでくる。意識があるようでない、そんな寝ぼけた状態で何もない天井の一点を見つめて放心しつつ、身体中に徐々にだが活力が灯っていく感覚が主張を始めるのを待った。
「――ふっ……っ~~……あ゛ぁ゛……」
感覚が分かり始めたその頃には意識も冴え、俺は身体を解そうと無意識に身体を伸ばしていたようだ。身体が解れる心地良さにはいつも通りの声が漏れた。
やっぱり野宿と違ってよく寝れるなぁ。
森や街道で夜を過ごすのと違い、一定の安全が常に確保された街での宿泊はまさにストレスフリーと言えた。
暖かいとまでは言えなくても外の空気に晒されるわけでもなく、起きた時に喉は痛くならない。更に獣の気配や雑踏、木々が風で騒ぐ雑音が耳に入って途中で目が覚めてしまうようなこともない。
俺自身安心できる環境に入ったことで存分に休息を貪れている自覚もあり、また実感もできている状態だ。
「ぁ……ぅ……っ……!」
「……え?」
それが仇になったのかもしれない。安心できる環境に気が緩みすぎていたのだと、自分に弊害が出ていることに気が付いたのはその時だ。
朝起きると、規則正しい寝息がすぐ隣からは聞こえてこなかったのだ。代わりに聞こえてくるのは苦しそうに呻いている声であり、いつもは身体を起こす際に感じていた重力も感じない。
セシリィは俺に背中を向けて、弱々しく身体を縮めていたのだ。もう既に俺の意識は一気に覚醒していた。
「セシリィ……!」
うなされている状態に対してそっとしておく方がいいのか、それとも起こしてしまった方がいいのかは俺には分からない。でもこの時は慌てていたこともあって、既に起こす真似に俺は出てしまっていた。
肩を揺すり、何度かセシリィの意識を確認する。
「っ……ぁ……おにい、ちゃん……?」
人肌と感触、そして声が届いたのだろうか。薄く目を開いたセシリィと目が合った。
程遠いが安堵の気持ちを胸に肩を撫でおろし、肩を揺する手を止める。ピタリと一瞬時が止まったような状態が過ぎる中、俺はセシリィの状態に注目する。
呼吸が僅かに乱れ、寝間着に着用している服には汗がびっしょりだった。湿り気を帯びたシーツと掛け布団がやや重く、汗で濡れた髪は額に張り付いており苦しみの大きさが伝わってくる。
「随分うなされてたけど……大丈夫か?」
「……」
俺が声を掛けるとセシリィはゆっくりと無言で上半身だけを起こす。そして何度か呼吸を挟んだ後に目を細めると俯いてしまった。
「……」
「セシリィ……?」
「……といて……」
「え? 何て?」
ボソボソとセシリィが何か言ったが聞き取れなかった。もう一度聞き返してはみたが……セシリィの反応はない。
「……? セシリィ?」
「ほっといて」
「へ?」
「ほっといてっ!」
「っ!?」
もう一度確認した時、俺はすぐにその行為が間違っていたことに気がついた。
突然セシリィが大声を出したことに思わず俺の身体が跳ね上がってしまった。普段からは想像ができない拒絶の声は正直辛く、驚き以上に俺はショックを隠せなかった。
「わ、わかった……ごめん。タオルここ置いとくから汗拭けよ? あと水も置いとく……。俺一旦外出るから……」
自覚ありに自分がすくんでしまっていると思った。だからか言われた通り俺はベッドから起き上がり、そそくさと自分から締め出されるように自ら部屋の外へと出ることにした。
部屋の扉を出て閉めた時、セシリィとの関係も絶たれたような……そんな気がした。
……な、なんかよく分からんけどやっちまった気がする。本当になんかよく分かんないけど。
うわーお、早速問題勃発ですかよ。
フリードさんこの状況はちとマズいのでは?




