424話 密談③
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「――フフフ、これで一応調書も軽く済みましたねぇ。ご協力感謝しますよ。お疲れ様です」
仮面の質問に答えること早三十分。いくらか結論をまとめたのか仮面が機嫌よく終了を告げた。
ずっと座っていた身体は徐々に固くなりつつあった。丁度良い頃合いだなと思いつつ緩和するようにほぐし、短いような長いような時間が終わったことにまずは安堵する。てっきり日が暮れるまで根掘り葉掘り聞かれると思っていたがそんなことはなかったからである。
だけどもう少し言い方あるだろ! その言い方じゃ犯罪者か俺は。いやまぁ間違っちゃいないんだけどさ。
「術式を使用するにはパイルで己のマナをこの世の形として変換し、パイルに組み込まれた『陣』に変換したマナを流し込む必要があります。そして『陣』に集まったマナが必要量を満たした時、ようやく形として顕現できる。……それは先程話した通りです」
「さっき言ってましたね。そしてそれが定説だとも」
どうやら術式とはそういうものであるとさっき説明は受けたのでもう混乱することはない。――というよりも諦めているのが実情だったりする。
最初術式の話を聞いた時はずっと疑問しかなかったものである。そして説明を受けた今でも俺は疑問しか出てこないくらいに意味が分からないままだったりする。聞く度に俺に浮かぶのは疑問符だけ……お前は何を言っているのかと。
更に――。
「ええ。我々は単体では決して術式を扱えないはずなんです。これまで私は各地を巡って様々な方を見てきましたが、私のように何かしらの異能は持っていても術式をパイル無しに使えた方は見たことがない。パイルとは術式には必要不可欠なものであるということはほぼ確定的……だった」
「……」
「フリードさん。貴方と会うまでは」
パイルという機器なしに術式を使える人が誰もいないという事実、それが紛れもなかったのがこれまでだ。だがそこへ俺が現れたことで疑問が生じることになってしまったと。
全く俺って人は……すっげ迷惑な人ですわー。まさに全部ぶち壊すいちゃならない人じゃないッスか。話聞いてる間に何回ゴメンナサイって思ったか分からんよ。
だが仮面さん、水を差すようで悪いんだけどその恋愛ドラマの運命の出会い的な言い方は勘弁してくれ。なんかゾワッとするんで。
俺はセシリィでもう間に合ってます。こっちの方が運命的とは言えないかもだけども。何せ酷い登場の仕方したし俺。
「これ以上は考えても埒が空かない。フリードさん自身に直接聞きたいこともあるので現時点で話を伺った限りでの結論を申しましょう。術式と魔法は同一のもの……それは間違いないと思います」
……へー。そうですかパチパチ。
俺の両隣の二人は息を呑んで仮面の話を聞いている。ただ俺はというと内心そうじゃないかと思っていたのでそれ程驚きはなかったりする。
まぁ発動する内容は一緒なわけだしな。過程はともかく結果が一緒なら同一でも何らおかしくないし。
「ただ、フリードさんが魔法を顕現させるまでの過程もじっくり視させてもらいましたが、顕現は同じでも顕現に至るまでの過程が随分異なるみたいです。そこが魔法と術式の違い……或いは我々とフリードさんの違いになるのかと思われます」
「「……?」」
アンタがそう思うってことは……いよいよ有り得たりするのかもしれんなぁ……。
誰にも否定ができないからこそ、な。
仮面は神妙な雰囲気を纏わせると少々声に張りがなくなったように見えた。俺も仮面の立場ならそうなる気がするので気持ちは分かる。
これは俺も薄々思っていたことだ。術式を知る仮面と、魔法を使える俺……。俺らならこの可能性が高そうだという共通意識があってもおかしくはない。互いの常識が同等の力でぶつかり合った産物だ。
「お兄ちゃんと私達の違い……?」
「……」
「詳しく言うとですね、フリードさんの魔法は術式で言うところの顕現までの段階を色々とすっとばしているんです。必要なはずのマナの変換も、『陣』の展開も、それら全ての所作が不要。機器に頼らずともその身一つで賄えてしまっているんです」
そらそうだ。だってそんな訳分からんことやってる自覚なんてねーもん。だから術式の無駄過ぎる工程が俺には理解できなかったんだ。
「それって凄いことなんじゃ……」
「……そんな凄いの一言で済まされるものなんかじゃありません。視たからこそ分かるんです……この信じられない域に達した事実が。多種多様な人種がいるこの世の中でもこんな真似ができる人がいるとは私は思えない」
うん、ここにいましたけどね。事実として存在を主張させてもらうけど。
「――過程がないだけと言えばそれまでです。しかし、たったそれだけがこの世の概念を覆しちゃうんですよねぇ……ハハハ……。術式を理想的なまでに簡素かつ強力に昇華したものが魔法……正直フリードさんの使う魔法は術式の完成形にしか見えなくなりましたよ。あまりに理想的すぎる」
空笑いした声と共に仮面と俺は目が合った。交わされた視線だけで俺は今仮面の気持ちがなんとなくだが分かった気がした。
その気持ちは俺も一緒だ。当事者として俺も空笑いしたいよホントに。
「そ、そうなのか……? でも僕は術式は使えないけどさ、結果事体は一緒なんだよな?」
「はい。結果だけなら一緒ですよ」
「ならフリード君が特別だったっていうだけの話じゃないのかい? そう聞こえてくるんだが……」
「そう単純な話じゃないと私は思っています。特別と言えば特別……なんでしょう。ですが我々……全種族の身体の構造にはマナを溜め込むことはできても変換する機能は一切ないんです。それ故にパイルという機器を使う方法が生まれたわけで……」
俺の身体には変換する機能があり、世の中の人達には存在しないってわけか。
言ってしまえば俺の身体は有り得ない構造をしているってことですね。……よく分かります。
聞けば術式に使うマナとスキルで使うマナは別物のようだ。俺で言うなら魔力だが。
アニムでウィルさんが『身体強化』を使っていたのはスキル用のマナの変換機能を単純に持っているからであり、術式用の変換機能は持っていないためパイル無しには使用ができないということになる。
「ならフリード君はその変換ができてしまう人ってことか」
アスカさんはまだ術式を知ったばかりの人だ。ぼんやりと覚えたての知識では漠然かつ当然な疑問が至る所にあるから仕方がない。
「……ええ。それは間違ってません。そう……間違ってはないんですよ。間違っては」
そう。だからもっとよりよく知る俺達とは見ている部分が違くても仕方がないんだ。
俺もこんな展開に発展するとは思わなかった。
頭では理解していてもどこか心がそれを受け入れられていない。仮面の心境を察するにそんなところだろう。仮面はソファから立ち上がると壁際へと進み、誰もいない道端を窓から眺める。
曲がりなりにも研究者。説明のつかない俺の存在は研究者として困るに決まってるよな……。
「――『アイテムボックス』!」
「「っ!?」」
唐突だった。いきなり仮面が勢いよく俺らに向きなおったと同時に手を振りかざし、勢いよく叫ぶ。声の大きさや大きな動作に二人が動揺し、呆気と驚きを覚えて歪な姿勢のまま動けずにいた。
「……ってあれ……?」
「何も起こってない……?」
「そうか……一人だけ使えるって言ってましたけど貴方だったんですか」
「……まぁ。これでも術式の先駆者ですし。術式だけなら結構扱いに自信はあります」
そして今の行動の意味は多分――。
「本来術式をパイル無しに展開した場合、体内のマナはそのまま変換されずに放出されるだけとなってしまいます。ただの無駄撃ちに終わるだけで何も起こりません。――今のようにね」
「あ、なんだそういう意味だったのか。いきなり大声を出すものだから驚いたよ……」
「すみませんねぇ。……しかしこれがフリードさんの場合だと成功するということです。才ある人でも顕現までには十数秒は必要です。マナの変換、『陣』にマナを送り込む時間……。大規模なものは更に何倍もの時間を準備に要します」
やはりこれまでの説明を確かな事実だと立証するために仮面は実演してみせたようだった。見るのと聞くのでは説得力も違ってくるというものである。
今度はパイルを用いて顕現させようとしているのだろう。仮面は床に転がっていた棒状の機器を適当に拾い上げると、先程は出なかった『陣』を展開して『アイテムボックス』を成功させる。
「フリードさんのこの力が先天的なのか後天的なのかは分かりません。突然変異でその能力を備えていたという線もあるかもしれません。――が、生物学的観点から考えてもいきなり完全な能力を備えて生まれてくるとは考えづらいんですよ」
いきなりこんな化物が生まれるようだったら世の中にはもう少し化物がいるだろう。これは人だけじゃなくてモンスターにも言えることだ。これだけ数多く生物のいる世界でよりによって人である俺が何故? という気持ちは多分にある。
「まぁ……不自然と言えば不自然……ですよね。術式はここ数年で発展し始めたみたいですから。――でもそうだと俺の説明がつかなくなる。現にいきなり使えてしまう俺がいるわけで……」
「そこなんです。私も存在する以上は認めないわけにはいきませんから事実として認めてはいるんです。ただ――まだ信じ難さが残ってるんです」
なんというか、違う常識を持って一人だけ放り込まれたような感じか……?
「魔法と術式……呼称の違い。――私はどうもそこが気になっていました。始めからその呼称を使っていたということ。術式を全く知らないのに扱えるということ。マナを魔力ということ。しかも聞けば中身は同じなのに呼称のみが違っているというだけ。フリードさんには発言からして不可解な点が多い」
「……自分でもそう思いますよ」
「全く同じものでも古代と現代では呼び名が違うものは割とある。廃れても進化しても同じことが言えるでしょう。フリードさん……もしかして貴方は――」
「……どうしました?」
一瞬仮面の次の言葉を予想した時は胸が詰まるような気さえした。だが仮面はすぐそこまで出かかっている言葉を呑み込むと押し黙ってしまう。まるでそれが言っていいことなのか自問するように。
持ち出せばそれだけで理由が済んでしまいそうな安い言葉。でもある意味絶大な言葉。
そんな理論や常識を全て無視して納得させてしまう魔法の言葉を俺は知っている。
「いえ……研究者と謳いながらこのような考えをしてしまう自分が可笑しくて。こと貴方に関しては私はもう諦めているのかもしれませんねぇ。それこそ研究者失格と言われそうなものなんですけど……」
ハッキリ言ってくれて構わんぞ。言わなきゃ分かるものも分からないままだ。
「言っても構いませんよ。自分だけの意見じゃなくて他人にまで言われるなら俺も有難いですから」
自分の正体は知らない。だが予想をつけることくらいは可能なはず。
何を言われようが結局は真実は分かるはずもない。だからこれはただの予想にすぎない。
あくまでも可能性の話……それだけだろ?
「フリードさん。貴方は……本当に人族ですか? いや、それどころか一体何処から来ましたか?」
仮面が真っすぐに俺へとぶつけた言葉はこの場の空気を一気に緊張の中に引きこむ。
アニムで異世界って言葉を聞いて、オルディスと会ってこの世に俺を知る人が誰もいないということを聞いた時、僅かにだが冗談のようなその可能性を俺は疑った。
オルディスは俺の正体について知っているみたいだったからさり気なく聞いたりはしてみたものの、その場ではさり気なくはぐらかされて終わってしまうだけだった。でも俺には記憶がないというこの状態は都合が良すぎるとしか思えないんだ。
本当に俺の存在が有り得ないなら、有り得ないところから来ていてもおかしくない。少なくとも可能性はゼロじゃない。神に近い存在にまで認知された身で否定なんてできるわけがない。




