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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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417話 投影

 


「「っ!?」」


 四……いや五人か。よくもまぁゾロゾロと面倒な。


 曲がり角からガタイの良いゴロツキの風貌をした男が一人現れると、途端に物陰からは続々とガラの悪い見た目の者達が続いて現れていく。年齢層は恐らく三十代手前程といったところか。良からぬ雰囲気を感じ取ったアスカさんとセシリィも身体を強張らせ始め、いつの間にかこんな事態になっていたことをようやく認識したようだ。

 とにかく、一瞬で俺達は計五名に囲まれる形へと追い込まれてしまっていた。


「いつから気づいてたんだァ?」

「今さっきこの道を塞ぐように全員が配置についた時からですかね。お宅らが早く出てきたそうだったんでこっちから呼ばせてもらいましたよ」

「なにィ?」

「数を揃えた割に随分と弱腰なようで……。さっさとしてくれますか」


 これで気配を消してたとは笑わせる。

 全然消せてねーから。集中してなくても気がつけたぞオイ。


 どいつもこいつも揃ってニタニタと卑しい笑みを浮かべているのがとにかく気持ち悪かった。コイツらの狙いを察していることもあり、非常に不快な気持ちにさせられたため俺も挑発めいた発言が出てしまう。


「チッ……見た目の割に中々鋭いみたいだな。それに生意気だ。俺らの望みも分かってるってことか」


 挑発したことで笑みを浮かべる表情からすぐに怒りを抑えつける真顔へと変わったらしい。ガタイの良い男はリーダー格に見えはするが沸点はかなり低いようだ。この分ならまだいきなり声を荒げられなかっただけマシと言えるだろう。

 なんにせよまさしくチンピラという表現が正しい者の集まりのようだ。


 さて、生意気なのは果たしてどっちなんですかね……。


「っ……!」


 セシリィが萎縮して言葉を失くしている。何が視えたかは分からないが相当ガラが悪いということは明らかだろう。


 チンピラが……。世界の意思関係なしにこういう輩はどうしようもないな。


「最近黒髪の兄ちゃんがここら辺をほっつき歩いてるって話があってよ。聞けば東の連中はそこそこ裕福な奴が多いって言うじゃねェか? 二人いるってのは聞いてなかったが――へへ、恵まれない俺達にち~っとだけその幸せを恵んでくれねェかと思ってな」


 うわ……もっと単刀直入に言えばいいのに。金寄越せって。

 見た目も言葉もイキってますね。中身がスカスカで張りぼてなの笑えるけど。


「済まないフリード君。どうやら彼等は僕のことが目当てだったみたいだ」

「みたいですね。――ま、アスカさん微塵も悪くないみたいですけど」


 アスカさんが難しい顔をしながら俺に詫びた。どうやらこれまで『剣聖』の情報収集をしていたことが原因で目を付けられていたようだが、別にアスカさんが何かをしたわけでもなさそうだ。謝る必要はないと思う。


「そっちの坊主も黒髪ならそれなりにありそうだ。――分かったら痛い目を見ない内に有り金寄越しな。そうすりゃさっきの発言も全部チャラにしてやるよ」

「生憎だけど今持ち合わせはなくてね……」

「ハッ、そういう奴に限ってしこたま持ってんだよなァ。ヘヘ、こりゃあ愉しみだぜ……!」

「あの……。参ったな……」


 一攫千金を前にしたかのように、チンピラ達が前と後ろで歓喜の声を各々あげてうるさい。

 俺達はというとただ呆れの眼差しでその無意味な喜びを哀れみたいくらいだった。アスカさんに至っては頭を掻いて困っている様子だ。


 お楽しみ中のとこすみませんけどアスカさん本当に持ってませんから。正真正銘の無一文ですから。無理です。


「……っ!?」

「アスカさん。相手にする必要ないですからいいです」


 この事態を打開するため、自らが招いたと思い込んだ気持ちがあったのかもしれない。アスカさんが腰に携えた自らの得物である刀に手をかけるが――それを俺は制止した。

 これは別にアスカさんの腕を心配しているわけではない。むしろチンピラ共ではいくら数を揃えようとアスカさんの相手は務まるとは思えないといってもいい。アスカさんは相当な腕前を持っているのは多分間違いないから。



 そうだ。こんな奴等如きにアスカさんの刀を汚す価値はない。

 だって俺の推測が正しければこの人……多分世界上位に入るくらいめっさ強いはず。



 アスカさんは『剣聖』のことばっかりで自分の腕前については語ろうとはしてくれなかったけど、昨日チラッと気になること言ってたんだよなぁ……。


『アイツには昔から負けてばっかりでね。特にここ最近だと……一年くらい前になるかな? 一本しかまともに取れてなくて……』



 ……これ、どういうことですかねぇ?

 本人は苦笑交じりにポロッと零してただけなんだろうけど、鉄壁の守りを持つ『剣聖』相手に一本取った……? それってかなり凄いことなんじゃないのか? と思いました。というか驚愕しました。


 結局アスカさんは俺の実力に関しては信じてくれたので直接立ち合いとかをしたわけじゃない。だから俺もアスカさんの実力を真に知ってるわけではないのが悔やまれる。




 ――まぁわざわざアスカさんが手を出す必要はねーってこった。そして俺も。

 第一こんなところで騒ぎになって目立ちでもしたら動きづらくなるだけだ。ここは暴力沙汰はナシでいく。


「俺達が痛い目を見ることはないよ」

「あん?」

「いい年して暇人のアンタ達と違ってこっちは予定が立て込んでて忙しいんだ。こんなアホらしい茶番に付き合ってる暇はない」

「テメェ……さっきから調子に乗りすぎじゃねェか?」


 せやろか? というかその言葉そっくりそのままお返ししますわ。


「そりゃこっちの台詞だ。相手との力量差も分かってないくせに……。俺がこの人を止めたことにまず感謝してもらいたいもんだな。――アスカさん、今から言われた通りにしてもらっていいですか?」

「え?」

「俺がいいって言うまでとにかく喋らないでその場に立ち尽くしててください」


 これ以上無意味なやり取りをしても仕方がない。チンピラ達にはさっさとどっかに行ってもらいましょうか。


 一瞬で意識を刈り取ってやりたい気持ちを抑えて別の方法を取ることに決める。この街に入る時にも使った方法だ。

 アスカさん程の御仁なら心配は要らないとは思うが、協力してもらいたいので一応端的に必要な事は伝えておく。


「セシリィ、昨日もやったやつやるからジッとしてくれな?」

「っ! うん」

「なにごちゃごちゃ言ってやがる。テメェ馬鹿にすんのも「『インビジブル』」んなァッ!?」


 昨日の今日のためセシリィはすぐに俺が何をするか察してくれたらしい。チンピラの言葉が終わるよりも前に魔法を発動、光を利用して姿を眩まして俺達は景色に溶け込んだ。その瞬間、あり得ないものを見たと言わんばかりに目を剥いて驚くチンピラの姿は見ていて滑稽だった。


「消えた……!? そんな馬鹿な……」

「嘘だろ……!?」


 一瞬で目の前で三人も消えれば狼狽えるのは自然だ。人が消える光景なんて日常で見るようなものじゃないし、非現実的なことを目の当たりにして平常心を保てるとしたらそいつは大したものだ。チンピラ達にそれができるかと言われても……この様子では到底不可能な者達であったのだろう。前と後ろでただ騒いでいるようだった。


『言ったようにアンタらと遊んでる暇はない。こんなことに時間を費やす暇があるなら真面目に働いた方がずっといい。それじゃ』

「「「っ!?」」」


 姿を消したままチンピラ達に向かって言葉だけ放つ。何もない場所から声だけが聞こえるのはさも奇妙なことだろう。

 所詮見せかけ任せにイキることでしか自分の心を保てないような輩達だ。そんな心なんて些細なこと一つで一気に崩壊するだけの脆い心も同然。だから慌てたところへ駄目押しの驚かしがあればさっさと散ってくれると思ったのだが――。


「さ、探せ! まだ近くにいるかもしれねェ!」


 リーダー格の男だけはほんの少しだけ見どころのある心をしていたのかもしれない。いや、こんなものならない方がよいのだが。

 俺の目論見どおり消えたことを逃走したと勘違いしてくれたところまではいいのだが、何故か他の奴等に号令を掛けると諦めずに捜索を開始してしまったらしい。手分けして周囲に散っていくチンピラ達に少し唖然としながら、この諦めの悪さには少々選択を間違えたと思わされてしまう。


 これは別の意味で大した連中だったのかもなぁ。金の亡者かよ。


「――二人共、もういいですよ」


 まぁいいや。さ~て解除解除っと。


 発動していた『インビジブル』を解くと、自分にも見えていなかった自分の姿がスゥッと浮かび上がるように見えるようになった。そしてセシリィとアスカさんの姿も。


「ん、上手くいったみたいだね」

「おお、ちょ~っと期待どおりとはいかなったみたいだけどな。でも俺以下の馬鹿達みたいで良かったよ」


 取りあえずあの状況を脱したのは確かなため、そのことについて一先ずは安堵する。セシリィはともかくアスカさんもしっかりとやることはやってくれたので非常に助かった。


 この手は事前に知ってたりしないと失敗するかもしれんからなぁ。害はないとはいえいきなり自分の姿が見えなくなるのも相当な驚きだろうし。


「……」

「……アスカさん?」

「今のは……もしかして術式かい? でもどうやって……」


 アスカさんは極めて落ち着いてはいたものの、今自分達に起こっていた事実がどういう理屈で引き起こされたかが理解できなかったようだ。俺の全身をあちこち見ながら、まるで何かを探しているように瞳を動かしていた。

 流石にいきなり魔法を使ったことはアスカさんの虚を突いてしまったらしい。


 術式ってやつならパイル? とかいう機器が必須なはず。それもなしに似たようなことやってんだからそりゃおかしいわな。

 けど安心せい、俺にもよく分からんから。


「今後もこの力は何度も使うことになるから話しておきましょっか。でも一旦ここから離れましょう。ここにいたら奴等が戻って来るかもしれない」

「あ、ああ……」


 本来ならこの奇跡のような現象は専用の機器がないと引き起こせないのが一般らしい。俺の使う魔法が術式と何の違いがあるかは実際よく分からないが、機器を必要としていないということだけは確かである。実際に実演して見せた以上、一応分かる範囲での事情説明は必要だろう。


 納得とまではいかなくても、懐疑的な気持ちが薄まるなら御の字だな。




 そうして一旦探索を仕切り直すつもりで俺達がその場を後にしようとすると――。


『それは私も是非お聞きしたいものですねぇ!』

「え……」


 チンピラ達とは違う、別人の声がどこからともなく聞こえてくるのだった。


「「「……?」」」


 声がしたのは後ろからだった。しかし振り返ってもそこには誰もいない。石造りの階段が何度も折り返しながら上へと伸びる光景が続くのみで、誰一人としてそこにはいなかった。

 今回は以前と違って俺だけにしか聞こえなかったというわけでもなく、セシリィやアスカさんにも聞こえていたようだ。俺と一緒に不思議な顔をしながら周囲を見渡していたが結局は見つからなかったのだろう。最後は三人顔を見合わせながら困惑してしまうだけだった。


 ――そんな俺達の様子をまるで見計らっていたかのようだった。また声が聞こえ出したタイミングは。


『フフフ! 気分転換に外に出たと思ったら……。こんな場所にとんだ逸材がいるとは思いもしませんでしたよ……!』

「「「っ!?」」」


 やっぱり誰かいる!?


『貴方……とても面白い力をお持ちのようですねぇ? 少し私とお話していきませんか?』


 俺達は一斉に階段の上段を見上げた。何もそこにはないが確かに声はそこから聞こえてきたから。ジッと目を凝らして一点を見つめていると、何もない場所から薄っすらと人の姿が徐々に浮かび上がり、色を濃くして景色を上書きするのだった。


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