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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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416話 探索

遅くなってすみまそん。


 ◆◆◆




「――それじゃあ東の方の出身かも分からないのか?」

「そーなんですよね、ホント何もかも覚えてなくって……。そのくせ要らん事は色々覚えてるし思い出すというか。……まぁ自分のことは思い出せたらいいなーくらいに考えてますね」

「ハハ……なんというか前向きだなぁ」


 お互いの顔を横目で見ながら談笑し、道行く人の一部となって風景に溶け込む。

 昨夜アスカさんと協力関係を結び、その翌日のこと。セルベルティアの街を闊歩しながらコミュニケーションを取り、俺達はお互いの事情を共有し合っていた。

 俺達のアスカさんへの信頼度は既に十分すぎる確証があるから今更だが、アスカさんは俺らに対してそう確信を持つ根拠が存在しない。時間に焦る必要がそこまでないこともあり、俺達はゆっくりと堅実に事を進めるべく小さなことからコツコツを念頭に出だしを切り始めていた。


「前向きというより向こう見ずなだけですって。でもそれが俺の取柄みたいなもんですからね。記憶がないお蔭でセシリィとの記憶で一杯ですよ」

「お兄ちゃん、その言い方だとちょっと恥ずかしいから……」

「そう? そりゃゴメンゴメン」

「仲良いな君達」


 途中会話に冗談を入れたりして肩の力を抜くと、セシリィとのやりとりにアスカさんが笑った。でも実際俺はセシリィと一緒にいる記憶が殆どだから嘘ではない。




 さて、今後の動きも考えんとなぁ。




 作戦開始初日。現時刻は正午過ぎ――。

 まず俺らが最初にやろうと決めたことは、この街について把握するということだった。昨夜アスカさんに見せてもらった街の地図の全体図を確認し、話に聞いていたとおりこの街はかなり広いことを再確認した。そして複雑でもあり、人の数も圧倒的に多いということも。

 午前中は泊まっていた商業区域と興行区域を一通り回り、今は街の入口がある正門通りへと向かっている最中だ。

『剣聖』がどこにいるかは不明だが救出後はどうやっても逃走しなければならない以上、極力人目に触れないように土地勘を得ておくことは必須。また今後行動するに当たりどこに何があるかを知っておくのも重要だった。実際に聞いていただけの話と目で見てきた記憶じゃ段違いである。


 正直、今頭の中では色んな案が覗いては隠れ、ひたすらに逃走時のイメージが駆け巡っていたりする。


 繰り返しになるが俺は『剣聖』を助け出すこと自体は簡単だと考えている。その程度『剣聖』のいる場所さえ分かれば俺がそこへ適当に突撃すれば片が付く話だ。結果は語るまでもない。

 ただ、いかに連合軍に気がつかれずに『剣聖』を連れ出し、また人目にもつかず追っ手も来ないようにするかとなると話は変わる。世界的に『剣聖』は有名な人物であるし、その人がいなくなれば騒ぎになるのは必然……それ故に脳筋思考の案は論外である。

 ――が、勿論現実的観点から見ればイレギュラーがないとはまず言い切れないのだが。


 気は進まないが作戦次第では強行突破という案も最悪視野に入れなければならないのかもしれない。一応基本情報として昨夜アスカさんが掻き集めたという話も頭には入れているが、その中で気になること……というよりも厄介と思われる人物が三名この街にいると聞いてしまっては楽観視はできない状況だった。




 この街にはどうやら放置できない警戒すべき人物が何名かいるらしい。尤もそれは全て連合軍に属した組織なのだが、あくまでも戦力的というよりか厄介な立場というか。

 戦闘力が高い者もいるが、これはあくまでそれら以外の能力も加味したうえでの俺の見解である。この人達には俺らの存在を今知られたくないと心から願うばかりである。




 まず一人がこの街の連合軍を束ねるというエルヴィオン・ロアノーツという人物。

 元々セルベルティアの王族に忠誠を誓っている王の側近の一人であるが、王の意向を汲んで自ら連合軍の指揮を取る立場へと転換。僅か数年の歳月で並々ならぬ功績を残し、名実共にその地位を確立したという本物のエリートである。

 武術にも優れ、その本人が得意とする長槍の巧みな捌きは見る者を魅了し近づこうとする何人をも寄せ付けない絶対領域を持つと言われる程の腕とのこと。曰く回せば旋風、穿てば天を衝くと称されてもいるようだ。

 武術の腕もさることながら本人がわざわざ志願したように組織の統率力にも非常に長けているそうで、的確な状況判断の元出される指示に対処できない問題はないとさえ言われる。また部下達からの信頼も厚く、個々の能力と性格を把握して完璧に立ち回ることからついた異名が『高潔』のエルヴィオンとのこと。

 王族はもとよりこの稀有な才能は当然民衆からの信頼も厚く、彼なくしてこの街の連合軍は成り立たないというまでに存在感を放っている。


 上と下からも好かれるとかまさに理想の上司ですね。俺、いつかこんな人の下で働きたいッス。




 そして二人目は近年新しく組織されたという特殊部隊に身を置く一人、アイズ・マーロックと言われる人物だ。

 この特殊部隊というのはどうやら武術を使うことを重要視しておらず、魔道具を主に用いる部隊であるようだ。以前アニムで見た連中が使おうとした術式とやらもこの特殊部隊は得意としているようで、まだ実際に見たことがあるわけではないが術式は魔法のようなものであるらしい。

 魔道具はともかく聞けば聞く程に術式が魔法に酷似しているという点は気になるが、今は一先ず置いておく。

 このアイズという人物は非情に好奇心旺盛な人物のようで、とにかく新しい技術を取り入れることに余念がない変人として知られている。幸いにも本人の戦闘力は皆無であるものの、問題はやっぱりその人物の性格と気質、そして考えの読めない行動力だろう。

 新技術を生むことは勿論、その元となるきっかけをどこからともなく嗅ぎつけることに異常に長けており、まさに神出鬼没とはこのことを言うのだろう。ここ数年で一気にこの街の魔道具技術が発達して至る所に展開しているのもその人の貢献であるようだ。

 ただ、本人は自分の欲求が全てで好き勝手やっているだけであると周りに公言しており、この成果を評価すべく謁見を許可したセルベルティア王の前で堂々と自分に利が無くなれば平然と連合軍を裏切る発言までしたということから相当ぶっ壊れた人物のようだ。ある意味命知らずとも言う。

 今は興味が魔道具に移っているからマシだが、以前は糾弾される寸前の動物実験を始め人体実験に近いことまでもやっており、その際には返り血を浴びながら吐き気を覚える所業を平然と行いつつ、時には高笑いしたり不気味に微笑む姿が目撃されているようだ。当然だがあまりにも常軌を逸した一面があるため同じ特殊部隊の中でもかなり距離を置かれているらしい。


 色々と言いたいことは多いけど、このご時世でそんなことを堂々と言える感性が訳わからん。しかも王の前で。でもそんな無礼を働いても自由に好き勝手が出来てるからよっぽど有能ではあるとも取れる。

 なんにせよ根幹に信念でもあるかは知らんがこれを所謂狂気……サイコパスというんでしょうね。頭狂ってるわ。




 最後の警戒すべき人物については、これは予てより気になっていた連合軍に現れたとんでもない奴という人本人であった。こちらに関しては単純に変わった能力や気質があることが決め手ではなく……単純に戦闘力が警戒すべき理由となっている。

 まずなんということかこのとんでもない人、普段はこのセルベルティアに在中しているというからかなり驚きだった。初めて聞いた時は何故こうもピンポイントなのかと一瞬緊張が走ったものである。。

 しかし、幸か不幸か現在はこの街にはいないらしい。ただでさえ高すぎる練度の更なる向上のため、今はセルベルティアの王族特務と呼ばれる精鋭と共にヒュマスを離れ遠征に出てしまったそうで、既に三週間程はこの街を空けているようだ。

 その名をエイジ・モリサキ。どことなく変わった名前をしている気がするが、曰くそれは異世界から来たとされることに起因するようである。

 本当に異世界から来たのかは正直怪しいところではある。それこそお伽噺でもあるまいし。しかし、連合軍にやってきて早々に見せた特別な出自を本気と思わす他を寄せ付けない強さ、そしてまだまだ成長段階で伸びしろの底が見えない才能とセンスの塊。日を追うごとにその力は増し、今じゃ手が付けられるのは連合軍内でも数える程しか存在しないとすら噂されているそうだ。司令官である『高潔』のエルヴィオンも近い内に技量は抜かれると零している噂もあるという。

 連合軍内では実際に何名もがその当人の実力を目の当たりにしていることもあり、単なる噂に留めずに尊敬と畏怖の念を込めて既に『英雄』と呼んでいるとかいないとかも囁かれる。


 ……この人色々設定盛り過ぎじゃないですかねぇ? 完全に物語の主人公的ポジションにいる人ですやん。

 そんな人がこの街にいなくて本当に良かったとつくづく思いますよ。多分俺は世間じゃ悪役でしょうし。




 以上の三名が暫定的な危険人物と判断できる人達だろう。もっと増える可能性はあるだろうが今はこれ以上のことは分からない。でもその危険人物が一人この地にいないことに関してはチャンスと言わざるを得ない。


 作戦を決行する機会としてはまさにこれ以上の機は伺えない状況が整っている。『英雄』はまだセルベルティアに戻ってくる見立てもなく、動くなら不在の今だとアスカさんも言っていた。

 絶対に失敗は出来ないな……。




 ◆◆◆





「ふぅー……こりゃ流石に一日で回り切るのは無理かな」


 適当に露店で見繕ってきた串肉とパンを口に放り込み、一気に水と一緒に飲み込んだ。

 正門通りへと向かう途中、丁度休むのに良さげなベンチを見かけて小休憩を俺達は挟んだ。思えば朝っぱらから行動を開始してから一度も休んではいなかったと途中で気が付いたからだ。

 アスカさんとセシリィの様子を伺うとまだ余裕はありそうな気はしたが、昼にもなり少々小腹も空いてきているのは事実だった。始めから飛ばしすぎるのも良くないと考え、一度こうして昼食をとることにした次第である。


「そりゃヒュマスでも際立って大きい街だからね。王族もいるから王都とも言われるくらいだ。……でもまさかこんなに複雑なところまで調べるなんて思ってもなかったけど」

「結構歩いたよね。なんかいつもと一緒な気がするけど」

「……まぁそうだな」


 午前中までを振り返った会話には頷くという選択肢しか浮かばない。

 確かに移動だけなら旅をしている間と比較しても良い勝負だろう。ずっと立ちっぱなしだし足腰の疲労はそれに近いし、普段外へ出歩かない人ならこれだけで足腰にきていることだろう。


「でもこんだけ動きっぱなしでも平然としてるからセシリィも大分体力ついてきたよな? 最初はもっと歩くペースも遅かったし」

「ちょっとは体力ついたかな……? 歩くだけならこれくらいは……。それに荒れ道じゃないし」

「成長したなぁ……お兄さんは嬉しいぞ」

「お兄ちゃん、食事中はやめてよ~」


 逞しくなった事実に思わずセシリィの頭をポンポン撫でると、パンを片手にセシリィが苦笑いで反論してきた。


「……」

「あ、そうだ。アスカさんメシ足りなかったら言ってくださいよ? 午後もこんな調子で動く予定ですから」

「え……あ、ああ! どうもありがとう。僕はこれで十分だから気にしないでくれ。というより……」

「というより?」

「いや、なんでもないよ。ただ、君達を見てると微笑ましいなって思っただけだからさ」


 アスカさんは俺に答える間も与えないまま、フッと笑うと身体を伸ばしてほぐし始めてしまう。


 はて? アスカさんが何か言いたげな気がしたんだけど気のせいだろうか。まぁ……いっか。


「さてと、これで大体二……いや三割くらいは回れたことになってー……こことここが終了と」


 俺とアスカさんの腹ごしらえは済んだがまだセシリィは食べてる途中だ。その間に折りたたんでいた地図を懐から取り出して広げ、見て回って調べた場所に赤字の印をつける。利用しそうだったり目印となりそうな店もメモ書きしつつ、一色だった地図に赤字の書き込みが次第に増えていく。

 全体図から計算して地図を見るに、午後で正門通りは一通り回れそうだ。今日の終了時点で探索は四割を超えるとみて良いかもしれない。


 まぁ順調にいけてるよな、何も問題なく。

 欲を言えば連合軍が普段在中してる区画も調べたいところだけど……でも流石に今日は無理か。


 今は手始めに一番近い場所から潰してはいるものの、一番脅威かつ興味のある区域を真っ先に知りたいという思いはなんとなくだがスリルを求めるものに近いものがあるのかもしれない。距離を取らなければいけないが近づかなきゃいけないという俺らの立場に対し、近寄ってはいけないが近寄ってみたいという感じが。


 まぁ簡単に言えばどうせやらなきゃいけないってだけなんだけどな。やらなきゃいけないことならさっさと知っときたいってだけだろう。

 御褒美は最後に取っておくとでも思っておくとしますか――む?


「……」

「なぁ、フリード君」

「――ん? なんです?」

「君を疑うつもりじゃないんだが、この調子で本当に大丈夫なんだろうか……」


 地図を漠然と眺めているとアスカさんがふとそんなことを言い出した。首だけアスカさんの方へと向けて表情を伺うと若干戸惑ったような様子をしているようであり、俺はなんとなく理由を察せた。


「焦る気持ちは分かりますし焦れったいかもしれませんが、だけど最低限のこともやらないで失敗なんかしたら馬鹿らしいですよ?」

「っ……」

「一度失敗したら二度目はない。ただ助け出すだけじゃ何の意味もないんですから」


 う~ん……昨日威勢の良い言葉を吐いた俺も悪いっちゃ悪いんだけど、こればっかりはちょっと我慢してもらうしかないんだよなぁ。


 察するにアスカさんはまったりとしている俺らのこの行動に不安を感じたのだと思われる。『剣聖』が囚われている中でこのようにゆっくりしていていいのか? アスカさんが良い人なだけにその気持ちは強いに違いない。なんせ想い人でもあるのだ。


 ――でも、その焦れったさを感じているならちゃんと前には進んでいるのだと俺は思う。


「ただでさえ昨日来たばかりで俺達には土地勘が全然ないんだ。頭で分かってるだけでどうにでもなるならあの人(・・・)なんて誰でも助けられますよ。一つずつ、地道でもやれることをやっていかないと」


 焦れったいのは俺も同じだ。俺だってさっさと片がつくならそうしたい。

 それでも現実的にその策を取れないから遠回りでもこんなことをしているのだ。必要なことならそれは避けては通れない。




「――んで、一体何か御用でも? 隠れてないで出てきたらどうですか」

「「え?」」


 話の続きだが言いたいことは言った。丁度良いので話を終わらせると共にこっちの対処に切り替えよう。

 ……ハァ。挟み撃ちですかい。


 俺はアスカさんから顔を背け、地図を懐に戻して立ち上がると大通りへと続く曲がり角に目を向ける。

 人気が少なめの裏路地、そして丁度通りからは死角となる場所。ここには好条件という名の悪条件がそれなりに整っている。

 人が多く活気溢れる街でも暗く陰湿な側面は存在する。それは規模にあまり関係なくどの街にも言えることだ。


「へェ? 気が付いてたのかよ。気配は消してたつもりなんだけどなァ?」


 姿は見えないが俺の声に反応したのか野太い男の返事が曲がり角からは返ってくる。


 ここのベンチが昼時でも空いているのは当たり前かもな。狙うには打ってつけの場所だし。

 それに人が多いんだからこういう輩もそりゃいるわな。

 いらっしゃい。糞がつくお客さん達。


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