415話 点火
「俺らもお兄さんみたいに感性が周りとちょっとおかしいんですよ。だからお兄さんのやろうとしたことは間違いだけど間違いじゃないって思ってる」
「それって……」
「同類……みたいなもんでしょうね。いや同罪ですかね? 世界の常識なんて所詮は世界の常識です。俺らの中の常識とは違う。だからハッキリとお兄さんのやろうとしたことが間違っていないって俺らは言えます」
困惑するお兄さんに俺らも似た考えを持っていることを打ち明ける。そうしなければお兄さんは更に困惑するだけだっただろうし、真実を語ってくれたお兄さんとフェアじゃないような気がしたということもある。
「このまま素直に連合軍に突き出されるくらいだったんだ。だったらここから更にいっちょ大きな罪を重ねたところで変わらないでしょう? その『剣聖』さんとやら……一緒に助け出す気はまだありますか?」
「分からないな……。君は今何を考えてる? そんな調子のいい言葉騙しなんて……それとも僕をもっと貶めようとでもしてるのか? ――ハァ、意味がまるで分からないよ」
――尤も、こちらがどう思おうがお兄さんはお構いなしなわけだったが。
「回りくどい真似ならやめてくれ。もう覚悟はついてるんだからさ」
あーらら。これは疑われてますねぇ。それとも突拍子もなさすぎて気に障っちゃったか。意気消沈しておられる。
お兄さんは打って変わって肩を落とすと、冷めた眼差しで俺を見つめる。それは一瞬期待した気持ちを裏切られたかのようであり、こちらが罪悪感を覚える程だった。
こっちは上げる気満々であったのだがどうやら逆に下げてしまったようだ。
……まぁこれは予想はしてなくはなかった。この状況で手を差し伸べるような輩はまずいないし、そんな奴いたら真っ先に疑うに決まってる。
「なら意味が分かるまで言うまでだ」
――尤も、いくら疑おうが俺は戯言みたいに心のままに事実を言うだけだけどな。俺は考えて行動ができないから現にこんな状況に直面してるんだからさ。
「最初はこの娘が助けたいって言ったから助けたつもりでしたけど、事情が変わった。気になることもできましたし、俺自身にとってもお兄さん達のことは見捨てられなくなったんですよ。不可能じゃないならやれることはやってやるまでだと思った……それだけが今俺がお兄さんから話を聞いて感じたことです。それ以外に意味なんてありません」
そっちが真実を語ったんならこっちも真実を語って信じさせるまでだ。どうせ真実しかないなら俺のロからボロが出る心配も要らない。
いくらでも張り合える。正直にただ話せばいいだけなのだから。
「その言葉を僕に信じろと?」
「ええ。まぁ俺らの事情はともかくとしてこっちはお兄さんの言う事全てを信じますよ。だからお兄さんがどう思おうが知ったことじゃないし、今の話に偽りがなかったと決めつけて今後も本来の目的のために動きます」
「……本来の目的だって?」
さて、どんな反応するかね?
「『剣聖』さんが幽閉されてるっていう噂話は情報屋から裏ルートで聞いて元々知ってました。「え?」そして俺達がこの街に来た目的の一つには、その噂がもし本当なのであれば『剣聖』さんと一度会って話がしてみたかったというのがある」
俺がお兄さんの語ってくれた話を元々知っていたことを告げると、少しだけ目に力が戻ったような気がした。僅かにではあるがお兄さんが俺の話に食いついた印象だった。
「え? そうなの?」
うん。そうなの。
「セシリィには変に期待させるのも嫌だったからまだ言ってなかったけど……悪ぃけど実はそんなこと考えた。ゴメンな?」
「あ!? 別に怒ってないよ!? ちょっと驚いただけっていうか……」
そして食いついたのはセシリィもだ。というかこちらの食いつきの方が大きかった。
セルベルティアに来たのは情報収集という名目としか言っていなかったことが原因であるが、事実かどうか分からない噂を鵜呑みにするわけにもいかなかったとここで言い訳をさせてもらいたい。
まぁセシリィには後でまた誠心誠意土下座で命を削る覚悟で謝るとして……今はこっちだ。
「連合軍に逆らってまで自分の意思を貫いた人。それが俺が『剣聖』さんという人に対して感じていた印象でした。そしてそれは実際にお兄さんが話してくれた内容と遜色がないって知って一層思ったんです。ホント……どんな人なんだろう? って」
「……」
「お兄さんの話で噂が確定となった今、俺は自分の目的のために遠慮するつもりはない。俺にも守りたいものがありますからね。……だから絶対に会って話をする。そして一つだけどうしても聞きたかったことを聞く。それだけだ」
ウィルさんやお兄さんのように世界の意思に抗う姿を見せている人もいるが、現時点で最もセシリィに明確な希望を与えられるかもしれないのが『剣聖』の存在だ。
天使すらも傷つけたくないという『剣聖』ならば或いは……と、そんな期待はせずにはいられない。
「き、君の目的が……アイツと会うこと……? でも会うって……」
「まぁ元々罪もない人です。これだと助け出すと言っても過言じゃありませんね」
「っ!?」
よし、手応えアリだ。
なんだ、やっぱり心の内ではそうなんじゃないか……。
「いや、だけど……。仮にそうだとしても、とても連合軍を相手に出し抜けるとは……」
「――出し抜くさ」
相手が連合軍だろうが一度に全部を相手にするわけじゃない。むしろ戦わないで済む方向でしか考えていないから尚更出し抜けるはずだ。
神獣からお墨付きをもらった自身の力……俺はそれを信じてる。誇張でもないただの事実として。これで見栄を張ってお兄さんが動いてくれるなら安い虚勢だ。
ここは押せ押せ。自尊を主張してでも伝わせろ……!
「お兄さんは俺がどんな奴か知らないから無理もない。こっちもお兄さんの話を聞いた時相当運が良いと思ったもんですけど、お兄さんの方も相当運が良いですね」
「運? 一体どういう意味だ……」
そのままの意味だ。貴方が今一番望んでいるものがすぐそこまで迫ってきてるっていうな……。
「俺ならやれるってことです。『剣聖』さんを助け出す程度のことくらいなら」
「なっ……!?」
言ってやった。それも大したことじゃないと付け加えて。
これで俺も後には退けない。嘘はつかず本気を出すしかなくなった。……でも後悔の気持ちなんてのは一切なく、怖気づいたりする気も一切湧かなかった。
「勿論生半可な気持ちでなんか言ってませんよ。一般的に見ればほぼ絶望的な局面でしょうし無謀だと笑われるだけですから。……けど、俺もそれが分かった上で提案をする程腐った性根はしてないんで」
「……」
「気に障ったらすみませんけど、ハッキリ言ってお兄さんの直面してる困難程度なら大したことでもないんですよ。俺らに比べたらよっぽど可愛いし生温い」
「っ……」
お兄さんがムッとした顔で俺に無言の睨みを向けてくる。察するに俺の言葉に馬鹿にされたと思われたのだろう。
しかしどう言い繕っても今回の件は人の手でどうにかできる領域にすぎない。でも俺らの問題は次元の違う神にしかどうにかできない領域だ。この時は勢い任せに挑発染みたことを言ってしまったが、俺らの境遇が到底想像できない以上お兄さんの苛立ちは仕方がない。
「……言いたいことは分かります。どうせ会ったばかりの俺がどうこう言ったところで信じるのなんて無理な話だ。だからこっちも言葉でなんか信じてもらおうとは思いませんから一つ提案があります」
「提案?」
だからそう……その苛立ちの原因を払拭する必要がある。
今回の問題を簡単だと言ったこと。自信過剰な想像もつかない台詞を信じてもらうために、俺は示さないといけない。
自分が直接体感したもの以上に信じられるものはないはずだから。
「たった一人でこの街まで来れる人だ、お兄さん自身もそこそこやれるんでしょう? なら俺がここまで言い切れる自信を目の当たりにすればいい」
「それは……僕と君が戦うってことか?」
「なんでも構いませんよ。ただ……どんな形であれ一度見れば俺が普通じゃないって言った意味がよく分かると思いますよ。大抵の無理は押し通せますし、強さだけなら世間……いや世界中で強者と謳われる程度の人じゃどうにもならないですから」
ここまで誇張した台詞を吐くとなんだろう……度が過ぎて恥ずかしくなってきたんですけど。
多分これ少し時間経つと後悔で悶絶するやつじゃね? というかもう既に死にたいし痛い。
「相当腕には自信アリってことか」
いやそんなレベルの話じゃないんだよなぁ……冗談でもなく。
お兄さんの捉えている認識と俺が伝えたい事実はやはり噛み合っていないようだった。伝えることの難しさがよく分かるとはこのことだと、この時切に思ったものである。
「相当程度で済むんなら良かったんですけどね。でも生憎とこの世界の人じゃ俺とは戦いにすらなりませんよ」
「……」
……ん?
淡々とある意味無慈悲な事実を告げていると、ここでお兄さんが若干首を傾げたのが気になり……俺は違和感に気が付いてハッとなった。
あれ……? なんか自分で言っておいて変だったな今の言い方は。
この世界って何だよオイ。世界は一つしかないですやん。
まったく俺ってば馬鹿だわ~。国語ができないの浮彫ですね……こりゃ赤点だな。
「一つ……聞いていいかい?」
「あ、はい」
「それだけ力があるというなら……なんで僕なんかに手を差し伸べるんだ? 黙って一人でやればいいじゃないか。なのになんで……」
お兄さんに話が伝わらないのは俺の話し方に問題があるとしか思えずにいると、有難いことにその失態をお兄さんは無視してくれたようだ。そして心底分からないと言いたげに疑問が飛んでくる。
フッ、愚問だな。
「大切な人が助けられるのを男が指を咥えて待ってるだけなんて恰好つかないでしょ? お兄さんみたいな熱い心を持った人がそんな姿をするって考えると……な~んか嫌だったんですよね」
「は?」
「だって『剣聖』さんのこと好きなんでしょ? どうせ助けるならお兄さんが恰好良く映ってた方がいいに決まってんじゃないですか。いや、勿論お兄さんを助けると『剣聖』さんとのやりとりもスムーズにいきそうだなとかは考えたりしましたし、当然別の理由もありますよ?」
こういうシチュエーションに限らず、志半ばで想い果たせず散るのはどんなに悲痛なことだろうと想像した時、俺だったら多分自分を呪い殺すかもしれないと思ったのだ。もしセシリィを守り切れなかったらと考えた時、それから先はもう考えることすら止めていると。
程度はあれその域に片足を突っ込んだ人がいたら放って置けるわけがない。まだ引き戻せる段階ならその手を引っ張って戻してあげたい。
本来在るべきではない悲劇に見舞われた人を……助けたいんだ俺は。天使じゃなくても関係ない。
「君は変な奴だな……」
カッチーン。心を読んだみたいに自然なディスりどーも。
あーそうですよ。俺はこういう展開に弱いんじゃい! 途方に暮れてる人がいたら放っておけるわけねーだろうに。なんか文句あっか。
「変な奴で結構です。後で悶々と後悔するよりマシですからね。自分が嫌な気持ちにならないようにするだけです」
「え……? ああいや!? 別に馬鹿にしたわけじゃないんだ。気を悪くしたなら謝るよ」
別に気を悪くなんてしませんけど? 馬鹿にされたとかちっとも思ってませんから。
「クスッ……。お兄ちゃんはね、そうやって私のことも助けてくれたんだよ?」
「「え?」」
セシリィ?
「君を……?」
「うん。死にかけてた私の命を救ってくれて、でも何もかも失ってどうしていいかも分からなくなって……途方に暮れそうになってた時にね? お兄ちゃんは私を見捨ててもいいはずなのにそれでも見捨てないでくれたの。自分には何の得もないのに、私のことを自分のことみたいに大事に守ってくれた。……それは今もずっと」
急に口を開いたセシリィがゆっくりと語り始めると、俺ら二人はその姿をまじまじと見つめることしか出来なかった。
笑うのではなく、微笑むというのが正しいのだろうか。俺の目にはなんというか、天使が映っていた。
セシリィは俺とお兄さんを交互に見やると、話を続けた。
「お兄ちゃんはそういう人だよ。誰かが困ってれば助けずにはいられない。そして……必ず助けてくれるの」
報われるってこういうことを言うのかな? ヤバい、泣きそうです。
セシリィがそう言ってくれると感慨深いというか、俺がしてきたことが肯定されていくみたいで……。
「だからね、お兄さんもお兄ちゃんの言うことを信じていいんだよ? だって今まで出会ってきた人の中でお兄ちゃん以上に誰かに優しく出来る人はいないもん。『剣聖』さんにも負けてないって私は言い切れる」
「「……」」
最後は強めの口調で締めくくったセシリィに対し、大人二人? が何も言えず放心する始末だった。
幼い少女の語る内容に気圧され、芯に直接何かをぶつけられたような気がしたのは俺だけだろうか? 少なくとも今の言葉で心が洗われたように軽くなった。
「――分かったよ。一度は諦めて捨てたも同然の身。二度目は君達を信じて託すことにするよ」
「お兄さん……」
セシリィの力説にある意味観念したとも取れる態度と共に、お兄さんから降参という名の奮起が掲げられた。セシリィもまるで別人のようだったが、ゆっくりと顔を上げるお兄さんもまた別人のように見えた。
これは男の目ですわ。漂う雰囲気からしてまるで勝てる気がしてこない。……何にかは知らんけど。
「不思議だな……今さっき会ったばかりなのに、君達の言葉に揺れ動かされてる自分がいるよ。変な言い方だけど生き返ったみたいだ」
俺もそう言う時あるから超分かりますわ~。
セシリィが良い例なんですよねー。この娘の言葉には最初から何故か逆らえんし、喜んでもらえると確かに生き返るし。
「……できるんだよな……?」
「できますよ」
「……そうか……」
俺に頼るように確認するお兄さんの声は少し小さい。だがその目には先程まではなかった意思が奥底で燃え揺らめいている気がした。
本人が言ったように完全に息を吹き返したようだった。だから俺は念押しでこちらからも確認を取る。
「大きな賭けかもしれませんよ? 俺なんかに本当に賭けていいんですか?」
「君は最初、その娘を信じて僕を助けてくれたんだろう? なら僕は君とその娘に賭けさせてもらうよ」
「私も?」
自分は蚊帳の外とでも思っていたのかセシリィが驚く素振りを見せる。急に名指しで呼ばれて身体が跳ねた様は和みを周囲に振りまいており、本人の緊張とは対極であった。
「そうさ。なんだか全て見透かされてたみたいで恥ずかしいけど、余計なことに気を遣う余裕まであるみたいだからね。それに罪と一緒で信じることが一つ増えたところで大したことじゃないだろ?」
「それもそうですね」
冗談を言えるくらいには余裕が生まれてきてますね。少しは火を取り戻せたみたいでなによりだ。
「君、名前は? まだ聞いていなくて済まない」
お兄さんはここで改まるとベッドから立ち上がった。胸を張った姿で、迷いを吹っ切った眼差しを向けながら俺と向き合う。
「フリードです。こっちの娘はセシリティア」
「フリード君に……成程、だからセシリィちゃんか」
「ええ。諸事情あって俺のフリードって名前はこの娘から貰いました。――古き英雄の名前だそうですよ」
「名前を?」
俺が貰った名前を名乗っていることに興味を示しているようだったが、これは今話すようなことでもない。それとなく受け流して今度はそちらの番だと示唆する。
「それで、お兄さんの名前は?」
「っ……あ、ああ。僕はアスカ……アスカ・マーライトだ。――僕だけじゃもうどうにもできない。どうかアイツを助けて欲しい……!」
「分かりました。救出したその後のことも含めて策を練る必要があります。アスカさんもどうか俺に力を貸して下さい」
セシリィの最後の一押しによりお兄さんの火は無事灯された。
敵地の真っ只中に幽閉されている『剣聖』を救い出し、お兄さんと共に故郷へと連れ帰る。もし俺らが腰を落ち着けられるとしたらそれはきっと全てが解決した時に違いない。恐らくそれまでは現実に翻弄され、揉みくちゃになりながらも諍い続ける日々なのだろうと、心のどこかで悟った日がこの日だったのかもしれない。
セルベルティア到着初日。早くも『剣聖』救出作戦が始動した。
※11/13追記
次回更新は金曜日です。
※11/17追記
更新もう少しお待ちくだされ。




