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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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410話 ターニングポイント

 

 ◆◆◆




「橋を渡った先って言ってたからこの辺りだよね?」

「そうだな。ちょっと建物の雰囲気も変わってるしこの辺で間違いないと思うんだけど……」


 道行く人に聞きこみをしながら街を練り歩き、橋の下を整備された水道が流れる立地の区域へと辿り着く。

 宿屋を探しているとすっかり日は暮れてしまった。お腹も空腹を訴え始め、セシリィの声もさっきまでの高揚感はナリを潜めて落ち着いているようだったが、ようやく聞き及んでいたと思しきところまで来れたことで安堵の面が見えている。並んでいたが少し駆けだして俺の前へと出て振り返る姿が愛らしい。




 この区域に来るまでにそれなりに歩いたものだが、それまでの間に二つの区域を通り過ぎたことでこの街について分かったことが少しある。

 それは、この街は区域の境目が目に見えてハッキリとしているということである。


 例えば今ならこの橋の下を流れている水道が境目を作っているようで、俺らの後ろにある興行区域と前方にある商業区域が隔たれている。興行区域の方では大きな闘技場や芸術館等が見受けられ、点在するレストランと酒場では活気が溢れ出て騒がしかった。しかし目の前の商業区域では喧騒は聞こえず活気も感じない。まるで役目を果たしたように大小様々な建物が静かな佇まいを見せているのみ。灯りが寂しく表を照らしている。


 同じ街なのにいくつもの街が入っているみたいだ。少し歩けば違う街にすぐ行けるって感じかな。

 城を中心におおまかな円を描いてこのセルベルティアは形成されているそうだし、割と複雑な機構はしていないっぽい。


 ――明日から行動を開始するとなると、区画によって得られる情報にも大きな違いはあるはずだ。どこも興味深いし足を運びたいが……連合軍が在中するなら当然避けるべき区画もあるはず。まずはこの街について詳しく知る必要がありそうだ。

 その過程で噂の真偽も確かにしていきたいところである。




「――お兄ちゃん、あれ……」

「ん?」


 既に明日以降のことを考えながら橋を渡り切って商業区域へと踏み入った俺達。商業施設の店じまいを始めている人達を横目で見送りながら更に進んでいると、不意のセシリィの示唆に俺も視線を移す。


「何か……騒いでるな?」

「怒ったりって感じではなさそうだけど……」


 どうやら灯りの一つが建物の看板を照らす下で、二人の人影がライトアップされて映し出されている。声はそこまで大きくないようだが人気の減った夜では声が響いて目立っており、周りに少なからずいた通行人も視線だけはそちらに注がれているようだった。


「何かあったのかな」


 建物を背に困惑する店主らしき人と、身振り手振りで懇願する男性が一人。看板の文字と雰囲気を察するにどうやら俺達が探していた宿屋であるようで、その目の前で少々揉めているようである。


 あちゃー、せっかく見つけたのにこりゃ運が悪いな。取り込み中なら諦めて他のとこ探しますかねぇ。


「余計な面倒事には首を突っ込まない方がいい。別の宿屋探そっか」


 表情を見ている限りは大ごとではなさそうなのだが、それなら俺らが首を突っ込む必要もないというもの。これが流血沙汰であろうものなら介入の余地はあれど、それ以外での無闇な突飛な行動は慎むべきだと判断する。


 しかし――。


「え、待って! でもあの人、悪い人じゃなさそうだよ……? 誰か助ける為にこの街に来てるみたいだけど……」


 当案件をスルーしようとするも、セシリィの制止の声にもう一度考えさせられることとなった。


「そうなのか……? どっちが?」

「黒髪の人の方みたい。……揉めてる理由とは関係ない、のかな……? ちょっとよく分かんないけど……」


 店主ではない年若い黒髪男性の方を見ながらセシリィが唸る。必死に状況を知るために探っているようだがこれ以上の真新しい情報は得られなかったのだろう。それ以上の続きはなく、後は自分の中で補完をするように考え込んでしまっていた。


 ――まぁとにかくだ。揉めている理由に直結しているかは不明だが、あの若いお兄さんは誰かを助けようとしている人ではあるようだ。

 ということは善人ってこと? 助けたい人がどういう人なのかってのにもよるけど、セシリィのお眼鏡に適うくらいってことなのは確定しているわけで……むむ。


「……」


 んん~?


「……」


 あれれ~?


「……」

「……え、えっとぉ……?」


 うっ……!? せ、セシリィちゃん? 

 そんな期待した眼差しされても僕困るんだけどなー。アハハ……。


 少し視線を下げて隣を見るといつの間にかセシリィが俺をジッと見て何かを訴えている。やや困惑して眉を垂れ下げた目は弱弱しく見え、その訴えかけはか弱い小動物に見つめられた時を彷彿とさせる。




 あのぅ……その目は反則すぎますわ。




「――ハァ。分かったよ……見て見ぬフリはやめるとしますか」

「っ! ありがとう……!」


 俺がその訴えに観念して了承を告げると、セシリィが灯りのように笑みを広げた。この笑みが見れたなら安い案件だと思える辺り俺も現金な奴ではあるが、実際一々表情の変化が可愛いのだから困るものである。

 それに自分の立場に余裕がないこの娘がもどかしさを感じていたのだ。その思いやりの精神を無下にするというのはどうにも後味が悪いったらない。


 ……でもこういう中途半端な厄介事ってやっぱり面倒だなぁ。

 どうか大ごとにだけはならないでくださいお願いします。プライド捨てて靴でも足でも舐める所存ですのでどうか……。


「お兄ちゃん、ちょっと面倒くさいって顔してない……?」


 あるぇ? そんな顔してましたかねぇ僕。

 セシリィちゃんそれ節穴ですよ節穴。この僕がそんなルーキーみたいなヘマをやらかすわけがないだろう? ルーキーなのは人生経験だけですって。


「そんなわけないない。お兄さんいつだって困った人は放っておけない人だから。神様もビックリするくらいの超良い人ですから」

「うん。それは知ってるけど」

「ぐふっ!? ――全くコイツめ……!」


 こちらの冗談交じりの発言に対して冗談抜きの即答には吐血せざるを得ない。脳天に突き刺さるセシリィの笑みとボイスが噛み合って思わず腹を抑えて捩れそうになる。


 チッ、流石セシリィ。心を視なくても俺の扱いを心得ているということか……やりおる。

 計算してんじゃねーかってくらいなのに、これをガチの天然でやってるってんだからとんでもー天使(ばけもの)だぜ。

 ……まぁそれが分かる俺も人のこと言えん気はするけどね。


 ――さてと。


「どうかしましたか?」

「「え?」」


 何故揉めているか話の内容が掴めていないのでタイミングを見計らう意味はあまりない。半ば強引に二人のやりとりに割って入ると、二人の意識が俺へと集まった。


「君は?」

「……旅人です。ここらを歩いてたらお二人のやり取りが聞こえたのでどうしたのかと思いまして。それで一体どうしたんですか?」


 急に関係ない部外者が現れたのだ。そこへ出てくる疑問は当然当たり前であった。

 予想通りの反応を簡単にあしらいつつすぐに本題へと移るため強引に話を進めると、店主らしき人も揉めていた理由をすぐに話してくれるのだった。もしかすると埒が空かない状況をなんとかしたかったのかもしれない。


「いやね? この人ここ暫くの間ここにずっと泊ってたんだけど……お金がもう尽きちゃったっていうのさ」

「お金? じゃあ今所持金がないってことですか?」

「うん」


 ふむふむ。


「ウチとしては今は閑散期だから部屋は空いてるし泊めてやるのは全然構わないんだ。この人部屋も散らかさなければ静かに過ごしてくれるから有難いし。だけどこっちも商売だからね……無銭で泊めるってのは勘弁して欲しくて」

「うぅ……」


 ほうほう。確かに無銭で泊るってのは無理がありますよな。

 成程……揉めてる原因はお金がないけどもうちょっと泊めて欲しい的な感じかな? それはちょっと厳しくないですかね……。

 アニムならともかくここはヒュマス、それも栄えてるセルベルティアだぞ。温情だけではどうにもならない実情があるもんなぁ。


 今の話を聞いてからお兄さんの方を見るとこちらに向ける顔がないという具合に顔がしおらしくなっている。本人に無理を言っている自覚はあるようで、無理を承知でのお願いをしていたのは明白だった。


「ちなみに、あとどれくらい泊る予定だったんですか?」

「そ、それが……まだ見通しが立ってなくて……」

「……というか、稼ぎのアテとかはあったりするんですか?」

「それも……」

「……それはなんというか……うーん……」


 えー……そりゃアカンやろ。一日だけなら情けで温情にあやかれそうだけど、それは無理な相談ですわ。

 そんなことしてたら商売あがったりだし妥当というか当然じゃね?


 お兄さんの今後の予定も収入も決まっていないという絶望さには返す言葉が正直なかった。

 これが仮にほんの数日とか、稼ぎのアテがあるというならばまだ条件込みでの泊りも視野に入っただろう。だが完全無欠の無一文を言い渡されてしまったらこちらとしては妥協一択しかなくなってしまうも同然だ。ぶっちゃけ話にならない。

 その相手の話にここまで付き合っていたというだけで十分に優しさがあると思える程だ。この店主さんの器の広さに驚くというものである。


「やっぱり君もそうなるだろう? ――お兄さん悪いけど他を当たってくれ。ウチじゃ泊められないよ」

「そこをなんとか……一日だけでも!」

「あのなぁ……」


 俺が言葉を失くしていると店主の人がハッキリとお兄さんに向かって追い出し宣言をした。ただお兄さんはしつこくも引き下がることはせず妥協の打診を申し込むのだった。

 また振り出しに戻ってしまう形となり膠着状態が続くかと思いきや、流石に先程よりも店主さんの顔は引き攣りが目立つ。

 堪忍袋の緒が切れるのも最早時間の問題だろう。誰にだって我慢の限界はある。


 お兄さんが一体何故ここから離れようとしないのかは不明だが、できれば離れられないその理由でも教えてもらいたいところである。それがもし話せないというならもう取り合う意味はないのかもしれない。


「……」

「セシリィ?」


 あまり聞いていても意味のなさそうな二人の押し問答を俺が聞き流していると、隣のセシリィの様子が少し気になった。

 第三者がいる場面だと比較的口数の少ないセシリィだが、今は口を挟めない状態に陥っているようだ。口を開いたまま目を丸くし、まるで何かに驚いた様子を見せている。

 そして――数秒の間の後に落ち着きを取り戻したのか、意を決したように俺に向かって言うのだった。




 後々に何度も思うことになるが、この時セシリィが勇気を出して俺に無理あるお願いをしてくれたことには一生俺も感謝しなければならない。でなければ逆に俺は一生後悔する羽目になったことだろう。




「お兄ちゃん。理由はあとで話すからこの人を助けてあげてほしい」

「「「え?」」」

「お願い……!」


 俺のみならず、お二方とも一緒に同じ声が重なった。俺からすればセシリィのハッキリとした言い分があったことに対し、そしてお二方にとってはあまりに突然すぎる発言だったから。



 お兄さんを間近で見ていたセシリィには見過ごせない何かが視えたようだった。




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