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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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409話 夕暮れのセルベルティア



 


 ◇◇◇




「あー腹減った~。帰ったらすぐ飯食いてぇなぁ」

「(――行くよセシリィ)」

「(うん)」


 お腹を摩って独り言をするオジさんに気がつかれないようにコッソリと荷車から降り、そそくさと路地裏へと退避して視界から外れる。お世話になったオジさんを利用したことに罪悪感はあるが、知らぬが仏という言葉もある。そう思うことにして離れていくその姿を陰から見送る。




 街に着いた俺らには早速難関が待ち受けていた。街の入口では関所みたく門兵が手荷物の検査をしており、馴染みのあるオジさんはともかく余所者である俺達が素通りというわけにはいかなそうであった。

 そのため一旦は街まで送ってくれたオジさんに別れを告げ、入場待ちで列をなした輪の中に入っていくオジさんを見届けた後、コッソリと荷車に裏から乗り込んで光属性魔法である『インビジブル』を発動。姿を消して何も乗っていないと思われたまま街への入場を人知れず果たしたというわけである。

 動くと効果が解けてしまうこの魔法だが、歩く程度の速度であれば問題はない。列が進む速度は極めて鈍行のため、効果が切れてバレることもなかったことが幸いした。


 まぁ内心は心臓がドキドキしっぱなしではあったんですけどね。この魔法で本当にそんなことできたっけ? って不安になったし。冷や汗半端なかったけど杞憂に終わってよかったわ。

 バレたらその時はその時で夜にでも空から侵入するまでのことではあったが――あれ? そっちの方が楽だった可能性あるんじゃね? 


「わぁ……!」


 裏路地から再び正門通りへと出ると、興味津々に辺りを見渡すセシリィから感嘆の声が漏れる。これまでとは規模の違う光景の数々はセシリィに大きな驚きを与えているらしく、目を輝かせて身体も目もクルクルと回っている。


 これがセルベルティアか……。


 街全てを石造りの壁で高く覆って囲い、街の中心部には非常に大きな城がそびえ立つのが見える。街に連なる建物もこれまで見てきた木製のものとは違い、全てが石材を用いた造りをしているようだ。

 まさにこの街の豊かさの象徴と言え、これまでに見てきた街とは規模が比較にならないと確信できる。連合軍の本隊がいるというのも頷けた。


「スーラよりも人いるね。もうすぐ夜なのに」

「うん。それだけ住んでる人も多いだろうからね。結構灯りもあるみたいだし」


 正門通りで開けた場所でもあるからか、夕刻でも人の出入りはかなりあるようだ。ランタンのようにあちこちに備え付けられた不思議な灯りが照らしているため暗闇にはならないようで、オジさんから聞いてはいた通りの光景が広がっている。


 あれが例のマナとやらを使った器具ってわけですかい。全く便利なもんだなぁ。そこかしこにあるみたいだ。


 灯りが存在を主張し始めた街中ではオジさん同様に仕事帰りの行商人が数人街の中心部へと向かい、夕食のために街へと繰り出してきた主婦層の方々が今日の追い込みをかけた露店に殺到している。

 もうすぐ日も暮れるし俺らも早い内に今日の寝床を探さないとマズそうだ。情報収集をするなら明日からになるだろう。


「露店は明日にでも見て回れるし、今日泊るところをまず探すか。疲れたろ?」

「う、うん。そうだね」

「街は逃げたりしないからさ。楽しむのは明日にしよう」


 ハハ、今日はぐっすり休んで明日はなるべく早くに街へ繰り出すとするか。


 これまでいくつか他の街や村を訪れ通ってきたが、セシリィが感じた好奇心はそれまでとは段違いのようである。疲れの感覚が麻痺したのか隠しきれていない高揚した表情には思わず俺も顔が綻ぶ。

 敵地のド真ん中にいるはずが、まさか明日を迎えるのが待ち遠しい気持ちになるとは思わなかった。




「あ、見てお兄ちゃん。お城見えるよここから!」

「ん? ああホントだ」


 足元がお留守でいつ転んでもおかしくないセシリィを宥めては見守り、正門通りを抜けて横通りへと入る。そこでどうやらセシリィの背では先程俺が見ていた城は見えていなかったようで、改めて城の方角を見ると確かに城のほぼ全貌が見通せる吹き抜けが丁度出来ていたようだ。正面ではなく少し斜め掛けになってはいるものの、そびえ立つ城が悠然と俺達の視界に飛び込んでくる。


 ここからでも相当大きく見えるとかやっぱりスケールが違うな最早。どんだけデカいんだよあの城。


「全く立派なもんだねぇ。あそこの玉座とかに王様はいるんだろうな。――こーんな感じで」

「フフッ……王様ってそんな感じなの? 私見たことないから知らないけど……」

「多分な。俺も実際に見たことないから分かんないや」

「なにそれ。変なの」


 なんとなく脳裏に浮かんだ馴染みのある気がした印象を元に、馬鹿っぽく見える王様のモノマネをセシリィに見せる。

 王族なんて実際は厳格な人の方が多いとは思うが、それを面と向かって伝えてもいい気はしないに決まってる。天使を狙うことに尽力する王族の真似などしたくもないし、俺が求める優しく良い王様のイメージを今は伝えることにした。


「それにしても綺麗だな……。夕焼けに染まる城。その中から街を見渡すのは云われもない罪で囚われた麗しの姫君……って展開だったりして……」

「どういうこと?」

「……ただの独り言だよ。そういうありきたりな物語みたいな展開がありそうだなぁって思っただけ。実際はそんなんあるわけないない」

「ふーん?」


 夕陽が照らす城はそれは見事な佇まいだった。不意に脳裏にあった気がかりと上手く噛み合って絶対とは言い切れない想像をしてしまう程に。零した言葉にセシリィが反応するも、深く考える必要はないと返事をしておく。


「……?」


 セシリィが歩みを止めて城を眺めてしまったため俺も一旦立ち止まって城をもう一度じっくりと見てみた。するとさっきは気づかなかったが、城の頂上部付近の側面に小さな縦筋の隙間が見えることに気が付いた。


 あれは亀裂……? いや、それにしちゃ整いすぎてるか。通気性をよくするための隙間でもあるんだろうか……。

 でもなんであそこにだけそんなのあるんだろ。


 そこまで気にする必要のないことであっても、時には酷く気になってしまうときはある。俺は今そんな衝動に刈られていたといってもいい。その目についた隙間の存在がとにかく気になって仕方がなくなっていた。


「――っ!?」


 少々隙間に意識を集中して注視していたがここからでは何も見えるはずもない。そんなことは自分でも分かっているのだが、あろうことか急に視線の先がズームアップしてくるかのように一気に押し寄せ迫ってくる。

 そのこちらが逆に引き寄せられたようでもある感覚の訪れにはまず驚き、そして理解できず一旦集中が途切れてしまうことになった。




『……』

「(……!?)」




 な、なんだ今の……!? 


「……!」

「お、おにいちゃん……今のって……?」

「え……?」


 急な立ちくらみが俺を襲い、目を塞ぐように押さえてなんとか足から崩れないように持ちこたえる。立ちくらみはほんの一瞬だけのものであったため一見すると回りからは特に気が付かれないものであったはずだ。しかし何故かセシリィが俺を見つめて固まっていた。


「今……何かしてたの……? 目が……」

「目……? いや、何もしたつもりはないんだが……」

「う、ううん! な、なんでもない。私の気のせいかな……」


 言われたことの意味がよく分からなかったので俺も疑問を抱えて返事をすると、セシリィは首を横に振って城の方を見つめ始めた。


 流石にセシリィには気が付かれただろうか? 隣で急に目を押さえたら気にもなるだろうし。

 だけど驚いてるのに少し違和感があるのは気のせいかな……。


「……」


 セシリィの反応にどこか差異を感じながらも最後にもう一度だけ同じ場所を俺は見つめた。だが今さっきの見通しは起こらずに城の全貌を眺めることしかできず、立ちくらみも当然起こりはしなかった。



 隙間からは薄暗い部屋の中に鉄格子、それと壁際に人影のようなものも見えた。それ以外は分からなかったがそもそもこの距離で見えるはずもない光景が見えたことがおかしい。俺の視力はそんなによくはないのだから。


 今のが幻覚というのは体感として腑に落ちないものがある。それか俺はこういう力が元々あって忘れてただけなのだろうか?




 ――ならなんで急に思い出したのかって話になるわけだがな。理由もなく今のが引き起こされるってのはやっぱり変だ。




 一体あそこには何がある? そして俺の身には今何が起こったんだ? 

 この街に来たことと関係してる……?



 セシリィと天使のためにこの街には来たつもりだった。しかし俺自身のためにもなると改めないといけないかもしれない。


 俺の知らないところで俺の中の何かが動いている。根拠はないが何故かそんな気がした。


※10/11追記

次回更新は本日です。

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