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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
407/531

405話 海神⑥

 

 ◆◆◆




「――それじゃあな。色々教えてくれて助かったし会えて良かった。楽しかったよオルディス」


 随分と長く語らい続け、少しでも会話に間ができたことを今は運が良かったと強く思う。でなければ恐らく外も見えぬ深海で次の日の朝を迎えていたことだろう。来た時と何も変わらない海の底の景色は時間間隔を大きく狂わせようとしているかのようで、オルディスのふとした一言がなければ更に長い時間をここで過ごしたに違いない。


 でも、その時間にも終わりが来たようだ。


『私もだ。まともな会話など数十年振り……やはり友との語らいは良いものだ』

「……そうだな」


 オルディスが見送りで席を立ちあがった姿を俺は少し上から見降ろす。これは今俺の足元には両足に張り付いて上へと押し上げようとする水の力があり、少しずつ視線が高くなりつつあったためだ。水流の渦巻く音が大きくなるにつれて少しずつだが視線は更に高くなりつつある。


 地上と変わらずに過ごせてしまっているので忘れそうになるがここは深海である。地表よりも遥かに深い場所であり下手に地中を潜るよりも遠い場所。行きはただ落ちるだけで楽なものだったものの、帰りに来た道を上がる形で戻るとなればその労力は段違いだろう。

 そこでオルディスが自身の力で海面まで送り出してくれるとのことで、その申し出に甘えた次第である。


 ……まぁあの上下感覚も分からなくなる暗い道中を進めってのも若干不安だし、途中何かあったら洒落にならん。潰れてペシャンとかそんなのイヤン。


『大したもてなしもできなかったのでな、これは餞別だ。娘と一緒に是非味わってくれ』


 もうすぐ本当のお別れが差し掛かると、オルディスは不意にまた底から泡を大量に噴出させる。そして手品みたいに泡の中から飛び出した魚の群れを俺の前に寄越すと、なにやら魚達が透き通る輝きを放つ箱を背に乗せているのが目に付いた。

 オルディスに身振りで促されるままに手に取って箱の蓋を開けてみると、また中からも白い光沢を放った輝きが零れだし、その眩しさに少し目を細めた。


「おおっ……。めっちゃ美味そう? というか綺麗だな……。何コレ?」

『世俗の噂で知る限り、海の食材で最も美味とされるもののようだ』

「ふーん?」


 へー、こりゃまた……。見た目からして当然極上? で相当良いモノなんだろうけど、なんちゅー箱の無駄遣いじゃと言いたくもなる。

 こんなの宝石で作られた箱に生鮮品入れてるようなもんじゃね? 宝の持ち腐れとはよく言ったもんだ。


 箱の中に入っていたのは宝石のような鱗を持つ魚だった。深海魚なのかは分からないが、緻密かつ綺麗に感覚を揃えて並ぶ鱗はまるで設計された作り物ではと疑う程で、鱗の中に宝石が宿っているようにさえ思える。正直海で最も美味だと言われても、その味を知らないので食べるという気が進まないのが正直なところだった。


「いいのか? もらっちゃっても」

『ああ』

「まぁ、そういうことなら有り難くいただくわ」


 まるで金品をもらっている気がして素直に受け取るという訳にもいかなかった。――が、まるで興味も後悔もない反応をされると気にするだけ無駄な気もし、厚意を無下にしないために素直に受け取ることに決める。


 流石海を支配する水の神獣ことオル君。こんなのが簡単に捕れるなんて……これはチート級ですわ。

 なんにせよ……うわ~い、なんかよく分かんないけどピッチピチでピッカピカのええ身体した海の幸ゲットですわ。目利きなんてできんけど、よく見たらこれ滲み出てる油が宝石みたいに輝かせてるのかな? じゃあまるで日焼けオイルを塗ったお姉さんみたいってことですなぁ。じゅるり……。

 焼いても刺身でもどちらでもいけそうですわ。ここぞという時にセシリィと一緒に食べよ。……ここぞってなんだよって気がするけど。




『フフ、これから先も気を付けてな』

「ん? ああ、なんとか上手くやってくさ。無理なく無茶なく堅実にな」


 旅の無事を祈ってくれるオルディスに相槌を返しつつ、その言葉に基本となる行動理念を再度思い返す。

 理不尽に対して無理も無茶もなく立ち回るなどとはおかしな話だが、世界の『流れ』を乱す以前に必要以上に俺が動きすぎてセシリィの身に危機が迫る状況を作り出してしまうことも怖いことだ。

 俺に今一番大切だと思えるのはあの娘の存在だ。天使であることを抜きにしても。その部分はしっかりと気を付けないといけないし、時には俺の意思を自制してでも守らないといけない。


 でもそうなるとどうすっかねぇ。セシリィに今日のことは話すべきなのかな。セシリィには知る権利が当然あると思うし、けど俺としてはまだマズイ気しかしないし困ったな……。


『今日私と会ったことは娘には言わぬ方が良かろう。傷ついた心のままで真実を知るには酷すぎる内容だからな。まだあの娘には時間が必要だ』


 俺が今日の出来事で知った事実をどうするかで悩んでいると、オルディスが助言するように口を挟んでくれた。


「やっぱりそうだよな。……でも心視られたら一発でバレるからやっぱり意味ないか」

『フフ、その心配はいらぬだろう。あの娘の良心……あれは本物だ。其方の心を無断で見るような真似はしないはずだ』

「だといいんだけどなぁ。でも、今はそれに賭けるっきゃないのか」

『……其方はもう少し自分に自信を持て。あと私の言う事はある程度信用してもらって欲しいぞ』

「そりゃ分かってるよ。さっきまでの話だって疑ってないっての」

『そうか』


 オルディスが呆れ声になるのも分かる。自分でもウジウジしている自覚はあったから。


 本音を言えば俺もセシリィは心を視ることをしてはこないだろうとは思っている。実際夜寝る時に潜りこんでくる時以外は使ってないだろうし、日頃の会話で微塵も視られている感じたことがない自然な会話しかしてこなかった事実がある。


 それでも俺が今後この件で悩んでいれば怪しまれる可能性は否定できないし、優しいあのセシリィのことだ。俺の様子がいつもと違ければ必ず何があったのか心配して聞いてくるだろう。その時に素面で誤魔化せられるかといわれると自信はない。


 この根拠はありますよ? だってさっきオルディスと話してる時に俺顔に出やすいとか言われちゃったんだもん。

 ねー? そこの人。


『その、それは済まなかった……?』

「ん、素直でよろしい」

『何故私が謝らなければならんのか些か疑問だな。う~む……』


 腕組みしながら不服そうなオルディスが俺をジト目で見ているが……うん。今のは流石に悪ノリしすぎた気がしますわ。素直にゴメンちょ。


 心の声がそのまま伝わるのをいいことに言いたい放題した自分に若干罪悪感が芽生える。軽く心で冗談だと伝えるとオルディスは小さく肩を竦めるのだった。


 実際問題、セシリィに視られない云々については一応オルディスがこう言ってくれるからには何かしらの根拠はあるはずだ。その根拠の詳細が何であれ、そのような事態にはならないという助言があったこと自体が俺にとっては安心材料になるし心強い。なんたって神獣様のいうことだし。

 オルディスが問題なしと思うならこれはもう……そういうものなんだろう。なら俺が抱いたこんな心配は忘れてしまうとしようか。


『それと彼らともし会うことがあればよろしく言っておいてくれ』

「うん。……ヴォルカウルにフォン、それとルゥリアだったよな? 了解」


 先の談話で教えてもらった各地にいるという他の神獣達の名前を俺は伝える。忘れてないから平気だと分かるように言ったところで、いよいよ足裏の水音がかなり大きくなってきたようだ。今にも弾けそうで震動が足裏から骨を伝って身体の芯まで届いている。


 いよいよか。

 それじゃオルディス、またいつか会おうn――。


『あ、それとこれを……』


 って引き留め多いな! 名残惜しさ満点かよ。


 流石にもうお別れだろうと思った次の瞬間にはこれである。一体こちらは何回別れの心の準備とタイミングを計らなければいけないのだと言いたくなるくらいであったが、そこは心の声が聞こえているだろうから口にはしなかった。


 オルディスは今度は泡を出すことはなく、持っていた槍を上に掲げ始める。その瞬間、槍が呼応して発光したかと思うとオルディスの周囲には見たこともない文字の羅列が刻まれた魔法陣が浮かび上がった。陣はゆっくりと回転を始めると中心部から一筋の蒼い光を一本差し始め、更には別の陣からもう一本、二本三本とその数を増やして一斉に一点に集結して光を注ぐ。

 やがて光が差し終わって魔法陣が消えると、そこには蒼い雫を零しながら浮かぶ小さくて神々しい力の塊が出来上がっていた。


「これは?」


 俺の目の前までふわりと揺れながらやってきた蒼い光、それは先程見た魚の光沢に感じた美しさとは訳が違った。ただ美しいだけでなく、俺の内側を芯からざわつかせるナニカを秘めているような気がして思わず魅入ってしまっていた。


 俺……これと似た感覚をどこかで知ってないか? 気のせい……じゃない。多分、どっかで知ってるはずだ。一体どこで……。


 記憶がないのに身体は覚えている。今の俺の直感を信じるならまさにそれだった。形容し難い感覚に囚われたまま光から目を離せない。


『それは私との繋がりを確保する証。触れても平気だ……掬って胸の前に持っていってくれるか?』

「……?」


 言われるままに、恐る恐る塊に指先で触れてみる。しかし何も起こらず、また感触すらなかった。

 しかし、感覚はなくともしっかりと触れることは出来ているのか。動かすことは出来ているのを見て掌で掬ってみると、多分乗せることはできたらしい。光らしく重量がなく実体もないため実感しづらいが、そこにちゃんと存在はしているようだった。


 そしてオルディスの言ったとおり胸の前まで持って来てみると――。


「ってちょっ!? え、嘘だろ!? な、なんか入っちゃったけどこれ平気なのか!?」


 信じられないものを見た。否、体感したというべきか。

 胸の前まで持ってきた光は突然独りでに動き出し、まるで吸い寄せられるように俺の胸の中へと消えていってしまった。

 慌てて胸付近をペタペタと触って力がどこに行ったのか探してみるがどこにもない。あれ程感じていたナニカの気配も消え、俺の目の前で完全に消え失せてしまっていた。


『慌てずとも其方に害はない。出来ればその加護は肌身離さずに持っていてくれ。できるだけ其方の力になりたいのだ』

「は!? 加護?」

『是非とも其方達には協力を惜しみなくしたいところなのだが……何分誓約下では私にできることは限られる。私は海から離れることもできぬし、神獣にそれぞれ与えられた活動領域を侵してしまうのは禁じられているのでな。済まぬがこういう形を取らせてもらったぞ』

「こういう形? さっきからなにそれ、訳分かんないんだけど!?」


 肌身離さずどころか身体の中にもう入ってんですけど? 俺の驚きなんぞ知ったこっちゃないのやめーや。


 オルディスの言葉に耳を貸さず俺一人が少しの間騒いでいたが、暫くして身体に何か別状があるわけでもないのがようやく分かって受け入れることができた。

 これで次に進めると判断したのかオルディスは続ける。


『結局其方の言う落とし前もつけさせてもらえなかっただろう? これはせめてものお詫びと思ってくれ……』

「落とし前? ――あー、もしかして最初言ったやつのこと? あの時はああ言ったけど俺に咎める資格なんて結局なかっただろ。もういいって」


 何を言ってるのか最初はピンとこなかったものの、落とし前と聞いてようやく理解がいった。船を襲う形で試しを行ったことに対する償い……それをオルディスはまだできていなかったことが原因のようだった。


 律儀だなオイ。どっちみち船が多少被害に遭ったのも俺っていう面倒な奴が原因だったんだから気にする必要ないだろうに。

 世界問題が見えない後ろに控えてたんだ。この事実を踏まえれば船が仮に沈没したとしても世界にとっては軽い出来事にすぎないし、むしろ少しもたついてさっさと撃退できなかった俺の行いが悪かったのは明白だろ。


「それにこんなことしたら危ないんじゃないのかよ?」


 俺が『流れ』に深く係わる立場である以上、何か施しをされたということも大きい。

 あれだけ俺に関わることが危険を伴う話をされた後だ。今の出来事の懸念は勿論乱れが発生するのではという不安を覚えてしまう。


『所詮はこれも其方にとってはあってもなくても大して変わらないものにすぎぬ。あればほんの僅かに助けになる程度……。決して必要ではないものと捉えてくれ』


 本当に? あんな変な力を感じたのに僅かにしか機能しないなんてことあるのかな……。その辺のことは俺には分からんのだけどさ。


「うーん……そういうことなら。分かった、持っておく」

『うむ。驚かせたな』


 というかもう入っちゃいましたし。こんなの無理矢理押し付けられたみたいなもんじゃないですか。

 もうオル君ったら強引なんですから全く。そういうとこやぞ?


 今後に害を及ぼすものではないのならそれはプラス要因である。多少強制的なものだっただけなので不問にすることに決めて受け入れることにした。


『海を渡る機会があれば私に代わり、其方らをその加護が導こう』


 俺の冗談は完全スルーかよ。というか加護? 今のってそんなスゲーやつだったのか。

 だって神獣の加護でしょ? それが僅かってのがもう嘘くさいんですがそれは……。


 非常に限られた人しかいないが、世の中には何かしらの加護を受けているという人がいることは知っている。例え実感がなくても自分もその中の一人になったと考えると、少しだけ他者よりも優越感を感じてしまいそうだ。



 ま、取りあえず何か凄そうだし……有り難く受け取っておきますかねぇ。




『――さらばだ『守護者』よ。其方との語らいは実りある時間であった』

「え? おっとと……!?」


 ここでいきなり足元が騒がしくなり、足裏から感じる水流の圧が明らかに変わった。俺は転倒しないようにバランスを取る対応に追われたが、力の発端であるオルディスは気にした様子もなく俺を眺めていた。


「流石にいよいよか……」

『うむ。伝えるべきことは伝えた。『流れ』も安定したまま加護も渡せた。私が今回やるべきことは全て終わったよ』


 もう何も悔いはない――オルディスは口にせずともそう語っているかのように振る舞っている。身体の力を抜いたせいか清々しいまでの自然体を最後の最後で初めて見れたらしく、最後くらいは神獣としてではなく、ただの友人として気楽な気持ちで見送りたいと言っているような気がした。

 だから俺も、最後くらいは何も考えずに別れようと思う。


「また土産話を持ってここに来るよ。その時は誓約とか全部抜きにしてもっと話せるといいな」

『ああ、楽しみにしている。――其方の望む先に光あれ。世界に見放された幼子とその種族の行く末……この暗き海の底より見守っている』

「っ……」


 身体が下に引き寄せられる感覚を咄嗟に堪えると、一気にオルディスとの距離が突き離されていた。足元の水流は激しい飛沫を巻き散らして上方へと推進し、落ちる速度と遜色ない速さで間欠泉のように思い切り俺を上へと運んでいく。

 やがて暗闇に閉ざされた空間に入って上と下が分からなくなりそうになる間際、オルディスのいるであろう真下で一際大きな光が何度か明滅を繰り返した。その明滅はこちらへと徐々に近づくと一気に俺を抜き去り、海面へと続く回廊を照らして道しるべとなってくれるのだった。


 その明かりのおかげで見えるのは常在暗闇の中にある深海の姿だ。昼間に見た化物のように大きな魚もいれば、地上じゃ絶対に見られないような不定形かつ歪な形状をした生物……それすら疑わしいものまでもが溢れんばかりに映り込む。

 中には俺が餌にでも見えたのか猛スピードで追いかけてくる魚までいる程で、地上と同じように連鎖のある世界がここにもあるように思えた。


 未知なる領域、知られざる海の世界。今俺が見ているのはまさしくそれだ。


 その海の世界の頂点に君臨するオルディスと俺は会っていたんだ。そう思うととんでもない出会いをしたと今更ながらに実感するし、できもする。




 神獣ってやっぱスゲェ……。こんなのとあと三体も会うかもしれないのか、俺……。



※9/11追記

次回更新は明日です。

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