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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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403話 海神④

 


「あの娘の運が良いわけねぇだろ。家族全員と死に別れしてんだぞ……!」


 運が良かったらそもそも悲劇に遭ってなんかいない。集落という狭い世界の中だったとはいえ、それまでのセシリィの生活は幸せであったはずだ。

 でも全部、その幸せは奪われたのだ。ものの一瞬で。この出来事は恐らくセシリィの一生のトラウマになるし、むしろトラウマで済めばまだいいと思えるくらいだ。


『其方が言うと言葉の重みが違うな。成程、その原点ある故に『守護者(ガーディアン)』というわけか』

「話を逸らすなよ。何言ってるか知らんが俺のことは今どうでもいい」


 オルディスの言葉に無性に腹が立っていたため、今は俺が何故『守護者(ガーディアン)』と言われているのかさえどうでもよかった。今はとにかく何故セシリィの悲劇を軽視したような発言が出来たのかその理由を言及してやりたい衝動に駆られていた。


「あんな小さな娘が身体中を痛めつけられて、死ぬ寸前にまで陥ってたんだ。苦しいなんてもんじゃない、あんなのは地獄だ。それを大した理由と根拠もなく言いがかりを付けられて、あの娘の家族を奪われたやるせなさが分からないわけじゃないだろ?」

『無論だ。一般的な見方であれば幸運とはとても言いがたいのだろう。――しかし生きている。私達からすればそれだけで幸運と呼ぶに値するのだよ。其方がいなければあの娘は本来確実に死んでいた。……果たしてこれで運が悪いと何故言えるのか? 死ぬ筈の命が今も鼓動していることが幸運である何よりの証拠ではないのか?』

「っ……俺が偶々傍にいたってのは運が良かったかもしれねーよ。けどな、俺がいたところでいなくなった人達は結局帰ってこない。助かった程度のことがあの娘の幸運に繋がるってわけじゃねーだろが……!」

『ではあの娘は死んだ方が良かったとでも言いたいのか?』

「いや、そうじゃない……そうじゃないけどっ! ……ああくそっ! 俺が言いたいのはそういうことじゃねーんだよ……!」


 オルディスの言葉に俺は思ったことをそのまま口走っていた。これがただムキになっているだけであり、自分を抑えられていない癇癪であるということは頭では分かってはいるのだ。でもセシリィの心情を直に聞いた以上は素直に聞いていられることなんてできない。


 多分俺はこの時、オルディスからセシリィへ謝罪の言葉が欲しかったのだと思う。


 しかし――。


『我ながら嫌味なことを言っている自覚はある。すまないな、このような言い方で』

「あ……!?」


 ここでハッと我に返った。


 そうだ、オルディスは遠回しにしか話せないんだった。この言葉をそのまま真に受けてどうすんだ。


『其方の言うことは分かるさ。しかしその当然の主張などお構いなしに世の中には理不尽というものが存在してしまうのだ。目を瞑りたくなる程の理不尽がな』


 俺から視線を逸らして話すオルディスを見ていると、天上から見守っている存在でも何か感じる部分があるように思う。

 大抵のことは無理矢理為せてしまいそうに思える神獣程の存在が、それでも無理だと悟ったような表情をしているのだ。今の俺とでは見ているものがそもそも違う気がしてしまい口を噤むしかなくなった。


 そしてここから先、俺は一気に押し寄せる情報量に圧倒される。


『其方は何故天使が憎悪を持たれているのか知りたがっていたな。そして何故自分が周りとは違うのかと疑問に思っていた』

「あ、ああ。そうだけど」

『私が運が良いと言ったのもそこに起因している。これに関しては其方に話したところでどうにもならないことだから言うぞ。――そもそもの話、天使程穏和な種族はどこにもいない』

「っ!」

『どの種族も天使に何もされてなどいない。天使達に何かをしようとする思惑もなければその気質すらない。だがそれでも天使は憎まれ滅ぼされなければならなかったのだ。世界の意思によってな」


 世界……? 


『均衡は保たねばならなかった。始めは些細だった小さな力が年月を経て膨れ上がり、天使という存在はあまりにも種としての巨大な存在を世界に主張してしまっていたのだよ』

「巨大な存在……。それって天使が他と比べて遥かに能力で優れてるってこと、か?」

『左様。故に今という刻のために天使は世界に見放されることになったのだ。誰が悪いわけでもない……そういうものなのだ』

「そういうものって……」


 オルディスが語る天使の現状。それは残酷にも言葉一つで言い表せる『そういうもの』であるようだった。俺には納得以前に理解がまず出来なかった。


『例え話を一つしよう。海は途轍もなく深く、広い。この私が矮小に思える程に。今も地上よりも遥かに多くの命が散っては生まれ、この世界の『今』を刻んでいる』

「……」

『大小様々な力が世の中に蔓延ると同時に廻り、その輪の中にこの私もいるからこそ海の中には均衡というものがある』

「っ!?」


 突然、すぐ近くを水の流れる音がした。意識を向けると周囲の暗闇から抜け出してくるように大小様々な魚が現れ、オルディスの周りに集まり始める。深海に似つかわしくない見た目をした種類から、明らかに屈強でモンスターに近い見た目をしたものまで。それら全てがオルディスの座る椅子を取り囲むように一斉に回り、悠々と泳いでいる。


『そしてこの海も所詮世界の一部に過ぎない。世の中に存在する様々な分野の中で、それぞれ適した均衡というものがあるからこそ世界があり今があるのだ。……全ては奇跡的なバランスによって成り立っているのだよ。――これそのものが『流れ』。人によって例えは違うだろうがな』


 そこまで言うと集まっていた魚を散らすようにオルディスは手を軽く振った。すると役目を終えたように魚達は再び暗闇の中へとその姿を消していった。


 今のは世界が成り立つにはこの『流れ』が必要ってことを言いたかったんだろうか?

 つまり俺もオルディスも何もかも、それは世界の一部に過ぎないってことだよな? 機械の部品の一部みたいなもんであると。

 でもそれがさっきの話にどう関係してるっていうんだ。


『この『流れ』を敢えて大きく乱す真似は世の不条理を招く。そして――天使という存在が持つ特異な力の数々は不条理を生み出すものだったというわけだ。人の社会でも逸脱した思想や力を持った者ははみ出すだろう? それに近い』

「それはなんとなく分かる……気はする」


 世の中の普通とは大多数の数がそう認識しているから使うことができる。その認識の中にある基準から外れてしまったと考えるならオルディスの言うことは分からないでもない。天使に秘められた力が極めて強力なものかはまだ未知数の部分は多々あるがそれなりに理解している。


 心を視る力に、誰かを傷つけ壊すことのできる力の他にも色々あるわけだからな。

 でも……俺も俺で割と似たようなもんだろ。天使がはみ出している感覚ってのは人並み以上には分かるし共感もできると思う。

 ――だからこそ俺は言える。


「でも天使程温和な種族はいないんだろ? なら大きな力を持っていても問題ないんじゃないのか? 大きな力だって要は使いようだろ」


 ただはみ出すと言っても様々である。逸脱した思想があっても口にしなければ良いだけであるし、力があるなら常に抑えればいいだけのこと。力を自制することができるのが人というものであり、それが人の中にある心の可能性ではないだろうか。

 普通の中にだってはみ出し者は数多く紛れ込んでいる。何故その人物達が普通の中で生活ができるかといえば、自分を理解した上でその普通に合わせられるからに他ならない。天使が穏やかな気質を備えていたというなら不条理を招く事態はむしろ普通の人よりも低いように思う。


『別に天使が大きな力を持つこと自体は然程問題ではない。逆にその力を有効利用し世に平和をもたらしてくれる役を担ってくれたといってもいい。――元々そのような役割を与えられて生まれた種族であるからな』

「え……」



 今何かとんでもないこと聞かなかったか? 俺。



 まるで椅子に張り付いたと思うくらい身体が固まった気がした。只でさえ話の流れが変わっていたというのに、その流れは一段と増して俺の緊張を更に高まらせてくることとなった。


「ちょっと待て、天使が世の中の平和のために生まれた……? なんだそりゃ……」

『言ったとおりの意味だ。しかし一番の問題はそこではない。問題はその力を持ったままその数を増やしてしまったことにある。大きな力を持つ種族のはずが……あまりに多くなりすぎたのだよ。だからこの現状が生まれている』

「今の現状……? それが憎まれる……? 天使が増えたことと関係して――っ!?」


 うわ言で言葉を零しながら単語をまとめていると、独立していただけの情報が一気に結びついてある解答へと変わった。何故急にオルディスから均衡という話が出てきたのかの意味も分かってしまい、とても認めたくない気持ちで思考が埋め尽くされていく。


「嘘だろ……。均衡って、まさか……!?」

『気づいたか。そう……天使という存在がこれ以上増えることで起きる不条理を恐れ、事態の収拾を図るべく世界はある力を世界に蔓延らせた。……天使以外にこの世に生まれ出た知性ある種族達、彼等の意識に天使という存在自体を無理矢理憎むよう仕向け、それが当たり前の共通認識であるように刷り込んだのだよ。憎しみが生む行動原理は単純明快だからな』


 明かされた事実はあまりにも残酷で、そして身勝手で……。仄かに抱いて息巻いていた俺の希望がどん底へと叩き落された瞬間だった。


「間引きのつもりか……! しかも自覚無しの」


 原因不明の憎悪の正体はこれか……! これがウィルさん達の意識に潜りこんでそうさせている。こんなの誰も気が付くわけがない! 

 探したところで犯人だって見つからない。仮に見つけられないし届きもしない。そもそも天使以外の人が当たり前と思いこまされてる時点で誰も探すという考えすら持つこともない。こんな状況では絶望的なまでに天使の命運は詰んでいるも同然だ。


 でも……だからって素直に仕方ないと言える訳がない! 世界の意思? ふざけんな糞が!


「勝手すぎるだろ! 世界の意思だか知らんが人の命を弄んでるつもりか! 必要として生み出して要らなくなったから捨てる……こんなのが認められてたまるか!」

『そう、まさに理不尽の極みだ。だが世界の意思は下したのだ。この世のあらゆる決定権を持つこの意思に私達は逆らえん。仮に逆らおうと思っても次元の違う力に何かできることもない。……正直なところ事実を知る身として腹立だしい気持ちは私も同じだ』


 冷静なままのオルディスの様子が今は癪に障って仕方ない。俺とではこの事実を知った時期も違ければ立場だって違うし、呑み込んで抑えつけられているのは時間があったからかもしれない。


 ――だが俺は今知ったばかりだ。冷静になれという方が無理だ。


「誰が悪いわけでもないってのはそういうことかよ。他の種族も全員利用されてるとはな……! これじゃ全部掌の上で踊らされてるようなもんだ……やってることがとにかく気に入らねぇぞ……!」

『ああ。まさに、な……』

「お前らの君主はどう思ってんだ? 同じく次元が違う存在で神に近いんだから何かできないのかよ?」

『その気になればできる可能性は、ある』

「じゃあ!『しかしそれができない理由があるのだ』……理由?」


 まさに神頼みのような思いだったが、早口で動かしていた口を牽制するようにオルディスが口を挟む。

 勢いのままに話していたが熱くなっていたところで少々熱を奪われたようだ。やや不服ではあったものの、おかげで少しだけ頭の混乱は整理できた気がした。

 いつの間にか立ち上がっていた自分の身体に気が付き、一旦椅子に座り直してオルディスを俺は見る。


 でも理由って何だ? この事態を悲観することができるなら何かしたいと思えてはいるんだろうが……。

 一応本当に天上の力が関与している話だし、もしかしたら自分の保身に走っているとかの場合もある。

 ……それなら無理強いは俺如きができるものじゃない。世界中を掌握できるような意思が相手だ、消される羽目にでもなったらと思うと……流石に無責任が過ぎるか。




 どんな理由であれ、駄目だという理由があって動けないならそれは仕方ないから割り切るべきだ。


 ならたとえ届かないのだとしても、俺一人でその意思に抗ってやるまでだ……! 天使への憎悪? 知ったことかよ。普通じゃないこの気持ちが俺にとっての普通なんだからな。

 セシリィが……本当に何の言われもなかった天使達がそんな理不尽な目に遭っていいわけがない! 




『――それだよ。君主が何も出来ない理由は。そして其方が特別で異質と言われる所以はそこにある』

「な……!?」




 自分の意思を再確認した俺の心を読んだオルディスは、困ったように笑ってそう言った。


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