401話 海神②
◆◆◆
「それで良ければ使ってくれ」
「ああ……ありがとう」
コポコポと時折立ち昇っていく気泡の行方をいくつか見守っていると、いつの間にか後ろに珊瑚で作られた腰掛けが用意されていた。オルディスに目で問いかけながらその気遣いに甘えることにし、長丁場覚悟で腰を落ち着かせる。
「そういえば海の底なのに呼吸できるんだな?」
『それは当然だろう? 可笑しなことを聞くのだな。其方も私も魚ではないのだ。エラもなければ水に適応した体質もしていないではないか』
「へぇ……じゃあここだけ特殊な空間にしてるってことか。泡があるのに水の感触がしないのが変には思ってたけど……」
『無論私がそうしている。深海ではあるが環境的には地上と変わらないと言えるだろう。光さえあれば草木を育てることも可能だ』
水の中にいる光景が広がっているはずなのに、自分の身体はその中にいると感じていない。ずっとこの違和感が気になってはいたがどうやらそういうことらしい。
今でさえ既に洒落てるってのに、ここにガーデニングまで加わったらとんでもないな。意識高い系通り越して狙いすぎですって。
てかオルディスさんよ、アンタ意外にも肺呼吸してることに驚きですよ。そこは神獣補正で平気とかじゃないんかい。
『――さて、どこから話せばよいか悩むところだが……まず今回の試しが執り行われた理由を話そうか。……事の発端は数日前のことだった』
「え……数日前って滅茶苦茶最近だな」
『まぁ、な……。今回に関しては異例だった故、私も同胞達にも動揺が走ったものだ。しかし、その理由を知ってからはその意味も分かってしまったさ。ゆっくりしている暇などなかった……早急に手を打たなければならないと全員が思った。だからこそ君主自らが先に動いたのだろうからな……』
俺の思考も含め、余計な時間を潰すよりも先へ先へ……。俺の反応は軽くあしらわれて本題へと入っていく。
オルディスの声には落ち着きと真剣さの両方を感じられる。既に腰を据えているからか身体も話に順応したように固くなっていくのが分かってしまい、思わず生唾を呑み込んでしまっていた。
『昼間の一幕で分かるとは思うが、試しとは其方の現時点での実力を図る意味で取り行った』
「実力ねぇ……」
まぁこれはなんとくなく分かってたしそれ以外ないとは思ってた。なんせ何かを告げられてから直後に嵐が巻き起こってたくらいだからなぁ。
でも現時点ってのはちょっと引っかかるが……。
『実際のところ私は試しには適任ではなかったのだが……其方は想像を遥かに上回る実力だったと言えるだろう。私が君主より授かりし『嵐』の力を、其方は特別でもないただの力のみで排除したのだからな。ハッキリ言うがどの神獣よりも其方の力の方が確実に上だ』
「いや待て待て。どっちが上かってことよりも、だ。特別じゃない……? 俺のこの馬鹿げた力ってのは特別じゃないのか……?」
自分で言うのもアレだけど俺のこの馬鹿みたいな力が特別じゃないならなんなんだ? 常識狂うんですけど。
だって天変地異を起こせる力がただの力に負けるっておかしくね?
『言い方によっては特別ではある……が、それは厳密には特別と呼ぶには及ばないものとだけ言っておこう。今はそれほど重要ではないので気にしないでもらえると有難い』
あ、ハイ。そういうことなら質問はしないでおきます。黙っていい子にお話聞いてますです、ハイ。
「そういうことなら……。それでその俺の実力? ってのは合格だったのか?」
『うむ。少なくとも私は任された身として確信している。随分と時期が早まっていたとはいえ申し分ないだろう』
あれま。なんかよく分からんけど抜き打ちテストで合格点もらえたみたいだ。
やったね! これなら追試はなしだな!
『――ただあくまで君主がどう思っているかは不明だ。既に本来ある流れとは少々異なっている故、今回の報告の末にどんな評価を下すのかは私にもまだ分からない』
「おおぅ……マジっすか」
試験的なものをなし崩し的に突破していたことを喜ぶのも束の間、まだ安心はできないようなものだと釘を刺されてぬか喜びに終わる。
「えっと……質問いいか?」
『何だろうか?』
「俺の実力を図ったってことはだ。俺にはこの先、その実力に見合う事態が待っているってことだったりするのか?」
ここでふとした疑問をぶつけてみる。
試験は何かの目的のために行われるのが通常である。今回で言えば俺の強さを知る目的であったようだが、その結果が基準値以上であろうと以下であろうと、そこに何の懸念と原因があって行うに至ったのかの理由はあるはずである。
意外と君主? とやらが手厳しそうなのはともかくとしてだ。でもあそこまでやってもオルディスが君主の答えを憶測で回答も出来ないってことは相当なモンだろう。
俺の力をもってしてもまだ不安がある。それだけの力を必要とする場面が待ち受けてるってことじゃないのか?
『……』
オルディスは口を閉ざして何も答えてはくれない。どうやら例の誓約とやらが関わっているため無理な要求であるとすぐに察した。
「……保留にしとくわ」
『うむ』
例え返答がなくてもそれだけで十分な回答にはなってる。でもそれを口にできないってことは結局あるってことでもあるし、ないことでもあることの裏返しみたいなものだ。恐らくどっちつかずで断言ができないからの無言と今は捉えていいはずだろう。
――それなら俺の答えは決まってる。万が一に備えてもっと力をつければいいだけだ。
どちらにしろ俺はセシリィを守る必要がある。俺に何が起こるのかは関係なく、誰かを守るための力なら幾らあっても足りないから俺ももっと欲しいくらいだ。
この懸念が杞憂であればそれは一向に構わない。けどいざという時、力を抑えて発揮することはできてもその逆はできない。そのためにより大きな力を身につける意味はある。
『随分と落ち着いているようだな?』
「いや……糞真面目に言ってるのが分かってるからな。なら俺も真面目に受け止めないと駄目だろ」
『……既に適応は始まっているか……』
「……?」
それは俺が事態を受け止めてるってことと捉えてよろしいのか? 別に現実逃避するつもりはないけども。
オルディスの反応は少々気にはなる。ただ遠回し的な態度を取らざるを得ないという点を踏まえると判断がかなり難しくもあり、俺としては現時点での細かい部分には目を瞑っておいた方がいいように思う。
「んじゃ次。神獣ってのはどういう存在だ? そんでその神獣よりも更に上にいる君主ってのは一体なんだ? 察するに生みの親とかって考えればいいのか?」
世界には色んな力を持った生き物が存在している。その中で特に際立った力を持った別格の存在がいるということにもまた意味はあると思われる。神獣がどんな理由で生まれ、何を理由に存在しているのかも。
『左様。君主はこの世界よりも上位次元……私達では不可侵の領域に身を置く神にも近しい存在のことである。遥か昔、この世界が生まれた時に君主は私達をお創りになられた。私達はそれぞれ分散して与えられた活動領域を持ち、その領域内を統括し見守ることで世界の均衡を保つ役目を仰せつかっていることになる』
うわぁ……本人が言ってたように本当にお伽噺みたいな話だな。人々から畏怖と尊敬を集めるような存在の前に俺は立っているってわけかよ。
むかしむかし、すごいひとがしんじゅうをつくりました。
しんじゅうたちはせかいじゅうをまもるためにうまれてきたそうです。
とってもすごいなっておもいました。
そしてげんざいぼくは、しんじゅうといっしょにおしゃべりをしています。
いますぐいえにかえりたいです。
――フリード――
俺の今日の出来事を綴るなら既にもうこんな感じになるんだろうな。
……なんかタメ口利いてるのがマズいんじゃないかと思ってきたり。
「そっか。じゃあオルディスは多分……海だろ?」
『その通りだ。私の場合は世界中の海が活動領域。神獣の中では最も領域が広いのでな、それ故に私という個ではなく、広域に力を及ぼす『嵐』を授かった次第だ』
ですよねー。これで君の活動領域が陸ですだなんて話だったら驚き通り越して放心してるもん。
でもまぁ納得ですわ。
「とんでもない力を授かってんなぁオイ。……こんなのが複数いるのかよ。世界に全部で何体いるんだ? 私達って言ってたよな?」
『私を含めて四体だ。私達の意思は君主に沿うのが絶対ではあるが……万が一の処置として互いに優劣が存在するよう調整してそうなったようであるな。――火、水、風、土。これら四つの基本元素を象徴する性質をそれぞれが備えている』
へぇ。火、水、風、土とかまるで魔法みたいだ。これで牽制と制圧のサイクルを構成してるってことか。なんか不思議。
「じゃあオルディスは水か」
『うむ。――まあ生まれてこのかた私達の間に不和が生じたことなどないので心配するだけ無駄な気もするのが実情だ。それでも絶対ではないからこそであるし、元より私達がそうしなければいいだけのことではある』
自分の君主に忠誠を誓い、その意思を共有する仲間との間でその心配は微塵も必要ない。オルディスは一切の迷いもなくそう語る。だがその裏で君主の用心深さには納得と受け入れもしているらしく、絶対にそんな事態にはさせないという意気込みを感じられる。
仲間達と仲が良いのはいいことだ。オルディスがこの考えなら他の三体も大丈夫っぽい気がする。
だけど基本元素そのもののような奴が仮に四体も集まったら一体どうなるんだろうな。そんな事態が起こるかもしれないことが考えづらいけど、もしそうなった時は世界が崩壊でもしそうな気がする。
君主、か……。もしかしてあの時の声がそうだったのかな。
神にも近しい程の存在が俺に何かを求めてるとは……。幸運なんだか不幸なんだか訳が分からんな。
※8/26追記
次回更新は明日です。




