表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
401/531

399話 暗き深淵へ

 



 ◆◆◆




「……」


 陽の代わりに月が海を照らし、不気味な波間の音が心地良く聞こえる真夜中の時間帯。昼の嵐の騒ぎは大分収拾がつき、船員が警戒態勢を敷いてはいるもののこれまでとなんら変わらない旅が再開していた。

 あの嵐が残した船への被害は決して小さくはないが、幸いにも簡易的な処置で修復可能な軽微の損傷で済んだことについては勇敢にも戦ってくれた人達がいた影響が大きいだろう。あの人達がいなければ船は運航が出来ない状態にされていた可能性は高い。そうはならなかったのは不幸中の幸いである。


 なんにせよヒュマスへの運航は一先ず確保されていた。




「(そろそろ、か……?)」




 俺は船室のベッドの中でその時を待ちながら、隣で寝息を立てているセシリィに気を配る。


 全てにカタを付けた後、コッソリと船に戻って何食わぬ顔で船室に身を隠した俺達であるが、俺らがコソコソと動いていたことに気が付いている人は気にする限りどうやらいなさそうであった。当時の騒ぎはとにかく素知らぬふりで静観することに決め込み、そうして時間が過ぎ今に至る。


「セシリィ、起きてる……?」

「……」


 現在は真夜中ということで当然就寝している真っ最中……のはずだったが、例の声が言うとおりなら今夜にまた声が掛かって来るらしい。そのため寝ないでその時をじっと待っていたのだが、その間何も知らないセシリィは普通に寝てしまっている。もし起きていたらそれはそれで困るので都合は良く、起きていないか囁くように確認してみると規則正しい寝息を立てるのみでセシリィからの反応はなかった。横になっている俺の胸の中で蹲る姿勢を崩さないままであった。

 今日は色々あって疲れてもいるのか割と熟睡しているようである。


 ――まあそれは置いておいて……。

 う~む……多少慣れたとはいえこうしてくっついて寝るのが当たり前になっちゃったなぁ。肌寒いしそういう面を考えたら合理的なんだろうけど、背中にくっついてくるならともかく正面から潜り込んでくるあたり愛くるしいといいますか。しかも離れようとするとしがみついてくるし……。

 いやね? 年頃の女の子がこんなに無防備なのってどうなんかなってやっぱりどうしても思うわけですよ。今更ですけども。


 セシリィの精神衛生が心配になる気持ちはここ数日だけでも増すばかりだ。なぁなぁで済ませてはいるがこれに慣れてしまうと不安がどうしても残ってしまう。




 ――ま、まぁこの問題は後回しにしよう。すぐに直せるもんでもなさそうですし、おすし。

 とりあえず奴と会っても問題ない準備くらいはしておかねば。


「『転移』」

「……」


 身じろぎしてセシリィを起こしてしまわぬよう、『転移』で強制的に身体を移動させて静かに身支度を整える。

 海へと出てこいと言ってきたということはまた海上に出る必要があると考え、コートには当然ながら対策として土の『属性付与』を。また戦闘になった時に備えて『アイテムボックス』から大剣も取り出して背中に背負っておき、生身と魔法のどちらの対処もできるようにする。


 もう遅れは取らない。不測の事態があろうと力技で全力でゴリ押してやる。




 ――その時だった。




『起きているだろうか?』

「っ!?」


 きた……! ああ、起きててやったぞコンチクショー。


 やはりその時はやってきた。先程同様に誰の姿も見えず、無音の空間でハッキリと脳内に直接声が聴こえてくる。


『準備が済み次第海原へと出て欲しい。急ぐ必要はないのであしからず』


 ああん? 急いで出向くぞ? こっちはさっさとカタつけたいんじゃい。


 声の主の謎の配慮の意図は俺には分からないが、それも含めてこれから知ることになるだろう。

 相手は人なのか化物なのか……。どちらにせよテレパシーという高度な力を持った上に対話が可能な存在であることは確定している。平凡という単語が出る展開は一切望めはしないはずだ。

 穏便に済むならそれに越したことはないし、荒事になるならそれはそれで構わない。既に腹は括っている。


 あとはそうだな……今回の被害の落とし前をどう付けさせてくれるかも問いただしたいところだ。多くの人に多大な迷惑掛けといて何もなしなんてふざけるなって話だ。


「……」


 セシリィ、ちょっくら行ってくる。すぐ戻るからそのまま寝ててくれ。


 月明かりに少し照らされたセシリィの寝顔を一目見た後、部屋の扉を静かに開けてほぼ暗闇の廊下へと出る。そして僅かな明かりを頼りに見回り中の船員に見つからないよう忍び足で甲板へと躍り出た。


 甲板から見る外の風景には室内とはまた違った印象を与えられてしまう。波の音がより鮮明に聞こえて臨場感に溢れていることもあるが、周りに何もないことで月が海全体を照らしており、白く反射した海原が絨毯のように地平線まで広がっている。表の昼と裏の夜が見せる自然の二面性は同じ空間内でも別世界へと変えてしまうのだと思わざるを得ない。




『人目は極力避けたい。船から離れてはくれないか?』




 俺が心の中でそう感じていると、俺の状況が分かっているかのようにまた声が飛ばされてくる。


 人目を避けたいってことは遂にお出ましってことか? それならこちらも願ったりな話だ。

 だが……俺が船から離れたスキに何かするとかじゃないよな? ……そこんところどうなんだ?


『何かするつもりは毛頭ない。波も風も落ち着かせるので船の安全はむしろ約束してもらって構わない』


 向こうがテレパシーで俺の心の声を読み取ること出来るというのであれば考えだって伝えられる。そう思って実際色々と言いたいことを考えていると案の定返答はしてくれるようであったが……どうにも信用できない都合の良い言葉にかえって怪しさは増してしまったのであまり意味はなかったが――。


『警戒されるのは承知の上だ。しかし夜が更けるまで待っていたことを是非考慮してもらいたい』

「……」


 う~む……確かに化物を沈めた後に今まで何もされなかったのは確かだ。逆恨みでもされてたらコッソリまた襲撃してきてもよさそうではある。

 そう考えると一概に聞く耳持ちませんってわけにもいかないし……このままじゃ埒があかんなぁ……。



 ――しゃーないか。



 ここまで来てしまえば誰かに見つかるという心配はいらない。夜に黒いコートならば保護色で上手いこと景色に溶け込めるし、全方位を監視する中での俺という小さな一点など目に付くとは思えない。人知れず船を離れることなど昼間の状況の時よりも簡単である。

 警戒は続けたまま声に従い、一旦船を離れて空中へと身を置く。少しずつ遠ざかる船が俺を少しずつ置き去りにしていくのがどこか不安を煽るが、正直セシリィとの距離が引き離されていることが原因だったりする。ただ、今は我慢である。


 すると――。


『其方とは直接対面して是非話をしたい。これより海に穴を開ける――そこから私の元まで降りてきてもらえるか? 海の底に私はいる』

「なっ……!?」


 声がしたと同時に目を疑った。俺の真下で急に水音が大きくなったかと思って凝視してみれば、白く反射していたはずの水面が一点だけ黒で塗りつぶされたように重い色をしているのだ。

 まるでそこだけ異次元に繋がっていると思ってしまう程の存在感を放っており、一度足を踏み入れれば二度と戻ってはこれない想像が脳裏をよぎった。


 ……海の底ってくだりはホントだったのかよ。お前は海の神様か何かなんですか? 

 しかも向こうが会いに来るんじゃなくて俺が会いに行くとは……。これはヤバい、予想の少し斜め上をいかれてた……てかイカれてたわ。


『フフ……神ではないが、その意味を冠した存在ではあるな』


 うへぇ……これ絶対普通の展開は起こらないわー。触れてはいけないものに絡まれてたみたいですわー。触らぬ神に祟りなしに触ってたパティーンでしたわー。

 でもちょっと待って? 見ず知らずの奴のホームに突っ込むって馬鹿なんじゃないの? 出会い系並に危険だと思うんですがそれは……。


『……是非』


 だ・か・らっ! 是非じゃねーんですよ! 俺の心境がどうなのか分かってますかぁ!? 無茶苦茶突拍子もないことさっきからしまくりやがって……。

 その言い分も、今起こっている現実も、まだ俺の中では理解して認識するには程遠い。全然まだ噛み合ってないんだよなぁ……。


『……』

「……」


 ハイ出ました無言最強論。

 あーもうっ! 分かったよ、分かりました! 是非お会いさせていただきとうございますぅ!

 てかさっきから思ってたけど是非って言葉好きだなオイ。


 俺の意思に反応するかのように、下に出来上がっている穴が波音を立てながら更に広がった。まるでこちらを歓迎しているみたいに。




 チッ、仮にも神を冠す奴が推奨する出会い系だ。そこらの出会い系よか多少マシだとは思うことにしよう。

 うじうじして足を止めていたって何も始まらない。出会い系と一緒だ、始めるからこそそこに出会いがある――って何を言ってんだ俺は。アホか。


 自分の思考をしばき倒し、俺は足場を解除して『ライトボール』で下を照らしながら真下の穴へと垂直に落ちた。

 海を下に横切るのは初めてのことだったため一瞬奇妙な気持ちになったものだが、それ以上に暗闇に身を投じた瞬間の感覚が不思議で興味がそちらにすぐに移る。水の中に入った感覚もすれば、普段どおりただ空気に触れているだけの二つの相反した感覚……今までに味わったことのない感覚はまさに理解不能だったからだ。


 その感覚を浴びながら、俺はそのまま真っ暗な海の中へと僅かな光を頼りに落ちていった。


※8/17追記

次回更新は明日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ