表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
400/531

398話 深海への誘い

 



 俺という存在を起点に周囲を取り囲む流れの渦を一つ作り出す。そして高速回転させて風を風で防ぐバリアを形成しつつ、魔力を注ぎ込んで徐々に大きく成長させる。

 どんなに途方もない力でも最初はどれも小さなものだ。これを見るとその一部始終が本当によく分かる。


「……え? 風が止んだ……?」

「……」


 またもピタリと止んだ風にセシリィが疑問を唱えるのも不思議ではない。しかしその疑問に答えてやる余裕は今の俺にはなかった。

 流石に超級の域とまでなると片手一本でお手軽に発動……なんてことはできない。イメージも一瞬ではなく継続し続けなければならず、そこを崩せば折角注ぎ込んだ魔力も時間も水の泡だ。そもそも詠唱動作に両手を使っている時点で無理である。


 しかも特に『ヘヴンホライズン』は他の超級魔法と比べても発動させるまでに若干の準備が必要になるのだ。その準備という時間は周囲の状況によって異なり、風が吹き荒れていればいる程に発動が早まるという変わった性質を持つ。そういう意味では今回の悪天候は発動に適した状況と言えるだろう。


 想像していた以上に風の量が多いのは計算外だったけど、この暴風のお蔭で滅茶苦茶成長は早い……! どんどん風が取り込めてる。


「っ……!」


 通常は見えないはずの風の流れが視覚的にも分かる。俺の作り出した風の流れを更に広げつつ、支配下に入った風を全て取り込んで流れを一つに統一。その全てに魔力を纏わせて大きな力の塊へと変換していく。

 瞬く間に成長した風の流れは船の大きさを次第に越え、その成長速度を更に加速させて広大な海へと広がり続ける。


 船の進路に出来上がっていた渦潮が霞んで見える程の規模。この風の渦の中心は俺達のいるこの場所だ。




 周囲全ての風を取り込んだそれを今、天に向かって解き放つ――!




「弾きかき消せ!」




 片手を天にかざし、引きつけるように抑えつけていた風の流れの行く先を変えた。すると周りを大きく周回していた風の流れが一点に向かって空に伸び、空に突き刺すような風の柱が何本も海上に出現する。

 それぞれの柱が暗く分厚い雲を貫き、雲が煙のように粉を吹いたのを確認して抑えつける力を俺は解除した。当然無理矢理操作していた力は元の正しい形へと戻ろうとし、元の暴れ様を取り戻したかの如く雲の中心で秩序なく解き放たれる。



「っ!?」



 目に激しい眩しさを感じた。そして眩しさに付属している温もりも。薄闇だった世界が中心から晴れ渡っていく様はさながらスポットライトから全体の照明に切り替わる様であった。


 分厚い雲が押しのけられるように動いて見えたのも一瞬だ。一体どこに霧散していったのかも分からない速度で消えていく雲が現実と幻想を錯覚させる。

 雲の中心から並行線に、周囲へと拡散する力は全方位へと広がりながら目でしか追えぬ速度で範囲を拡大させた。衰えることを知らないどころかこの海域全てを晴らす勢いで瞬く間に広がったことに気が付けたのは、今の状況を認識したのとほぼ同時である。


「……うわぁ……!」


 そして当然というか予想通りというか、それはセシリィの目を奪ったようだ。

 一瞬で暗闇が晴れ、対照的な清々しいまでの青空が姿を現していた。つい先程まで暴風雨に晒されていたことを現実にさせるのは、空気中に未だ残っている水気に突然後光が差したことで出来上がった虹の乱反射くらいだろう。辺り一帯は既に穏やかな風当たりに包まれている。


「凄い……キラキラ光って……綺麗……」

「ふぅ~っ……。――ああ、そうだな」


 目を見開いて上を見上げているセシリィの隣で息を盛大に吐き、上手くいったことにまず安堵した。

 ただ超級魔法を使うとやはり身体が脱力して気怠くなってしまう。一気に魔力が減ったことによる反動だろうが何度味わっても嫌なものだ。――でもそれもこの光景が見れたのなら安いものだったのかもしれない。


 あぁ~……そうだよな。ホント綺麗な光景ですわ。

 これで隣に気になる人でもいたら最高だったのに……。告ればムード的にOK貰えそうなくらい最高のシチュですよこれは。ロマンチック部門世界三大シチュに指定したい。

 ……ま、状況がどうだろうがそんな度胸どうせ俺にはないんですがね。セシリィが喜んでるならそれはそれでいいけど。




 ――さて、空は晴れた。それと同時に渦潮も緩やかに規模を縮小して収まっていき、海の高波も一気に落ち着きを取り戻し始めた。これを見るにやはりこの二つの現象は互いに連動していたようだ。


 なら残るは……。




「あとはあの化物だけか……!」




 残る不安の元凶は突如出現した目玉だらけの奴のみだ。明るい状況に晒されたことでその全容が正確にようやくハッキリと分かり、それが得体の知れなさを更に主張させてくる。



 うっわ……快晴の大海原のド真ん中、かつ辺り一面がキラキラ光るこの状況でうねうね主張してるのがなんかいますよ。場違い感半端ないなぁアイツ。ムードもクソもない。

 目玉も眩しいってなってるんかね? というか触手同士で目を擦ってるのなんかシュールなんですけど。


「なんか……気持ち悪いなアレ――」


 ギョロリ……!


 見たまんま抱いた感想を口走ると、途端に目を擦っていた動作を止めて化物が目を大きく見開いた。血走る勢いで限界まで開ききった目は痛々しく、見ているこっちが痛くなるようだった。


 てか……うへぇ。なんか心の声聞こえたのか知らんけど一斉にこっち見始めとるし。俺がやったのもしかして見破られたのか? なんなんですかねあの化物。地獄耳にも程がありゃしませんかねぇ。


「もしかしてこっち見てない?」

「もしかしなくてもこっち見てると思うぞ。セシリィもそう思うんなら多分そうなんだろ」


 良くも悪くも現実に引き戻された俺らの声が重なった。

 遥か遠くに離れていても、こちらに視線を向けてきているのがそれとなく分かった気がしたのだ。


 まぁまぁ。それにしてもこんな沢山の視線を浴びるなんて気分はまさにアイドル気分ってやつ? そう考えるとアイドルの人ってスゲーな、俺はこんなの耐えられん。白目ひん剥いて倒れますわ。

 まったくそんな熱烈に見つめられても困るでしょーが! だから照れ隠しにその目ん玉目潰したるわ!


「逆恨みか知らんけど、死に掛けた仕返しはしないとな」


 どうせ奴も排除する段取りを組んでいたのだ。今は暴風雨が止んだことに反応して大人しくなっているが、いつどんな行動に出られるか分かったもんじゃないし、嵐をまた呼ばれたら発狂ものである。

 先手必勝――今度はこっちから仕掛けてやるに限る。まったく人気者は辛いッスね。



 日中かつ光を遮る雲は無し。そしてこの天候である。晴れ渡った今の状況なら最大限に使える。


 眩しい眼差しには眩しいお返しをするのが妥当ですよね? ――いえ妥当なんです!

 物理的に、魔力的に、そして視覚的にも潰れちまえ! 俺の熱い眼差しの代わりに……このUV光線を受けてみろ。



「天より来たれ! 『スターダスト』!」


 サッとかざした手を振り下ろし、遠方の化物に向けて俺は描いたイメージを全て差し向ける。多少のラグの後には天に無数の煌めきが瞬き、直後に打ち付けるように照射された光線が目に入った。向かう先は当然化物の巨体である。



『オオオォオオオオオオッ――!!!』



 過ぎ去った光線の全容は一瞬しか映らない。化物の岩に覆われたような外装を破壊する勢いで砕き、その下に隠れた本体ごと光線は何本も海までをも貫いていく。化物の貫かれた箇所からは身体が溶けだして燻ったような煙が立ち昇っており、その威力を物語る影響が野太く発せられて聞こえる化物の雄叫びとして表れているようだ。声は余りにも大きく、洞窟や反響する空間でもないのに木霊したように聞こえてくる程であった。

 しかしその声も連射される光線の圧力に途切れ途切れとなり、次第に力を弱くしていく。化物の身体が沈み、身体が沈まないように耐えていたのもすぐに終わりを迎える。まるで力尽きるように、静かにその動きを止めるのだった。



『スターダスト』は対象を狙い撃つのが通常はかなり難しい。ただ空から降る高速の弾丸はあの巨体じゃ良い的でしかない。発動のラグも気にならないし目を瞑っていても当たるというもの。――いや、それは流石に言い過ぎかもしれんが。


 俺の魔力範囲は大した距離じゃないが、発動地点の射角を調整すればこのように長射程の使い方も可能だ。他の魔法も同様に。

 魔法の使い方に限界はない。苦手な部分は応用でカバーすればいいだけである。


「これで終わりだ」


 沈む間際に触手を海面に出そうともがく姿は溺れているような気分にさせられ正直気分はあまりよくない。――が、こんなに危険極まりない存在を放置するわけにもいかないため無理矢理にでも納得した。俺はやるべきことをやったと。


 やがて化物の姿が海中へと消え、その拍子に起こった波が船へと到達するが……その波のなんとか弱いことか。船からは一切の声も聞こえてこず、無音が平穏と乗客達の状態を表わしていた。


「お、さっきの人達も落ち着いたみたいだ。あの人達いなかったらもっと手こずっただろうな……」


 化物からの飛来物を任せていた人達がゾロゾロと甲板の中心へと集まっていく様が小さくだが確認できる。そこまで騒ぎになっていない辺り大きな怪我を負った人は出ていなさそうだ。戦果としては死人が出ていないなら十分すぎる結果ではないだろうか。


 もうこれで安心だろう。そう思うと気が軽くなる。濡れて冷えた身体も日差しが温めてくれて不快感よりも若干気持ちの良さの方が勝っている。肩の力を抜きながらまだしがみついているセシリィの手を解きつつ、少しだけその場に腰を掛けて休を取る。

 怠い状態ですぐに動き出すのは億劫だったということもあるが、自分自身を見つめ直す良い機会でもあったからである。


『ドライ』、『属性付与』、『エアブロック』と『障壁』、『スターダスト』。そして『ヘヴンホライズン』。初級から超級まで同時発動で極端な魔力消費もあったはずなのに、この程度の怠さで収まっているのは正直俺としては驚いていることでもある。

 魔法は毎日使っているしその分だけ魔力も増えているのは分かる。ただ……俺の魔力量もここ数日だけでも随分増えたもんだな。体感で分かる程に。

 多分超級なら一日三回くらいは使えるんじゃないか? 万全の状態に限りますけども。もしかしなくても俺……まだ成長の見込みあるってことなんですかね? 今でも十分なくらいなのに。




『――映し身と私の天変をも易々排除するか。想像以上だ』


 っ……また……!? 


 油断していたところに不意打ちで直接声が届き、ハッとなった。一瞬忘れていたがまだこの声の主の正体については判明していなかったと。


『よもや本当にこれ程の力を持った者が存在していたとは驚きだ。余力も十分……人の身とは思えぬな』

「……」

「……? お兄ちゃん?」


 俺がまた気を張り始めたことに気付いたのだろう。セシリィが顔を上げて俺の顔を覗きこむ。

 やはりセシリィにはこの声はどうやら聞こえていないらしい。俺だけが聞こえているようで、声の主も俺に向けて語りかけてきているという確信がここでようやく生まれた。


『誓約に従い試しは無事果たされた。今宵、私は海の底より再び其方に声を掛けよう。聞き次第是非其方一人で海原へと出て欲しい』


 ……は? なにそれ。


 一方的な会話はまるでキャッチボールになっていない。俺の意思を無視した要求なのかお願いなのかも分からぬ言い分に一体俺はどうすればいいのかさえ分からなかった。そもそも俺には会話を飛ばす力なんてないわけで、声の主に対する返答さえ何も出来ないのだ。無茶が過ぎるとはこのことだ。


『また会おう』


 うん、俺別に会いたくはねーですから。

 また今度にしてくれません? そのうち行きますよ、そのうち。


『……是非』


 是か非ですか? じゃあ否で。

 てかこっちの思考筒抜けなんかーい。ならさっさとそのこと伝えてくれや! 


『……』

「……」


 ってオイ!? 何無視決め込んでんの!? こっちの意思を無視して逃げんなよ!? 無言とか反則だろちょっと!?

 散々こっちに迷惑掛けといて目的果たしたら「是非会えませんか?」とか都合が良いにも程があんだろうに。




 しかしそれ以降、声は一切のナリを潜めて聞こえてはこなかった。数分経っても聞こえてこない時点でこれが強制的な要求であることが分かり、俺は厄介な面倒事がまだ終わっていなかったと思うに至った。


 ……え? もしかしてこれ会わなきゃいけない感じなの? しかも夜に? こんなか弱い俺一人で?

 これ行かなかったら面倒なパターンのやつな気がしてならないんですけど……俺に選択権なんてないようなもんじゃないですか。解せぬ。


「――勘弁してくんないかな、全くさ」

「うん? 何に?」

「いや、なんでもないよ。取りあえず船に戻ろっか」




 何も知らないセシリィに余計な不安を抱かせるのも憚れる。今の出来事は一旦隠すことに決め、諦めの気持ちを溜息で誤魔化した。


※8/11追記

次回更新は明日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ