397話 嵐の海域③
ちょっと短めですが区切りいいので投稿です。
「いっちょやる前にと――おおうっ、さぶっ……!」
「……?」
カタをつける前に一旦準備をする必要がある。俺はずっしりと重みを増していた羽織っていたコートを脱ぎ、一度シャツ一枚になった。濡れていても厚みのあったコートと違い、廊下を吹き抜ける風は薄皮のようなシャツだと寒さが直に伝わって身体が一瞬ブルりと震える。
ヒィイイイッ!? ちべてぇええええっ!? 一気に体力持ってかれるわコレ……。
「……うん、これなら覆えるしむしろ丁度良いか」
寒さに耐えながらセシリィとコートを重ねて大きさを見比べる。小さすぎず大きすぎない……羽織っていたコートが絶妙なサイズであったことを確認したら後は処理を施すのみである。
服はかなり傷むだろうけど即興で代わりになるのがないから仕方ない。これならセシリィもすっぽり入って動けはするはずだ。
……ついでに俺とセシリィも一緒にやっちまえ。こっちはちょい弱めにして――。
「『ドライ』」
「え、熱っ……!?」
「あ、スマン。服乾かすから少し我慢してくれ」
補助魔法である『ドライ』を使い服を乾かそうとしたのだが、セシリィが火傷しない程度に抑えたつもりが少し熱かったようだ。最初だけで辛そうにはしてない辺り火傷には至っていないようだが、やはり繊細な力加減は難しいとしみじみ思う。確かに出だしの熱風は少々熱かった。
「――まだ濡れてるか?」
「う、ううん。乾いたみたい」
ぴっちりと張り付いていたセシリィの服が目に見えてゆとりを作ると、不快感がなくなったことがセシリィの表情からも見て取れる。かくいう俺も軽くなった身体に快適さを覚えていた。
さて……服はこれで乾いたようだ。髪の毛については女の命とも言うしちょっと我慢してもらうとして……なら次の処理にいくとしよう。
「『属性付与・土』」
両手で広げていたコートに向けて魔力を込める。黒いコート全体に仄かに発光が走ると、見た目にそこまでの変化はないがコートの手触りがザラザラからやや滑らかになった。少し硬めになった質感を指で確認して処理が終わったのであれば、あとはこれをセシリィに羽織ってもらうだけである。
「――うん。まぁこんなもんだろ。はい、セシリィ」
「え?」
「雨を弾く処理しといた。それ纏ってれば濡れないから多少マシにはなると思う。女の子なんだから身体は冷やしちゃ駄目だ」
「あ、ありがと……」
セシリィにコートを差し出すとおずおずと受け取って目を点にしている。折角乾かしたのにこんな暴風雨の中に飛び込めばまたびしょ濡れになるだけであるし、そうならないためには当然の処置をしたまでではあるが……。
土属性の付与がもたらす恩恵は属性追加の付与ともう一つある。物体の強度を僅かに高めるという第二の追加効果なるものが。
主に属性付与は魔力的な観点からの使用が多いこととその性質と実用性から、流石に過度な物理的接触に耐えうる程の効力は持たない。だが雨風を弾いて凌ぐ程度はできるため、布や装備に付与して耐久性を保ったりするということは可能だ。
これをレインコート代わりにすれば無駄に濡れることもないはずである。それに土属性は元々風属性に耐性もある。
「んじゃ準備はいいか? さっさとカタつけにいくぞ」
「う、うん!」
セシリィがコートに身を包み、フードも被ったのを確認して声を掛ける。セシリィの手を引きながら揺れる廊下を突っ切って後ろの甲板まで走り、顔を見合わせて暗い外へと俺達は駆けだした。
「あぅっ!? ――わぷっ!?」
「さっきより風が荒れてるか……! 踏ん張りが利かないのも厄介だし――『エアブロック』、『障壁』! こっちだセシリィ!」
外へと出るとたちまち自然は容赦なく猛威を振るってくる。先程よりも強まった風が一気にこちらの身動きを取らせまいと容赦なく吹き荒れ、前後左右滅茶苦茶に暴れまわった。
俺でも手を焼く突風である。小さな身体のセシリィが耐えられるはずもなく、出た途端に襲った突風によって身体を煽られるセシリィを飛ばされないよう片手で引き寄せ、せめて揺れる足場だけでも安定させるために宙へと足場を作ってすぐさま飛び乗った。
「船……こんなに揺れてたんだ……!」
「ギリギリ耐えてる状態、だな。でも転覆しなくても中にいる人達が危ない。当たりどころ悪かったら普通に死ぬだろうからな」
『障壁』で風を遮ったことで身の安定は確保した。船から足を離したことで徐々に船と引き離されていき、船の全容が大分確かめられるようになって事の大きさを再確認できた思いである。
まさに今転覆してもおかしくない程に船は揺れていた。そして船を襲っている波の高さもこれまた恐ろしい程に高い。
……最早猶予はない。
「……」
目を瞑って脳内でこの嵐の強さと自分の持てる力を天秤にかけ、今の自分の状態を加味しておおよその結果を出すための条件をイメージしてみる。
生半可な力では押し負ける。出来れば全解除して撃ち出したいけど……そうすると正確に狙いが定められるか微妙だ。足場なしは論外……セシリィもいる以上身の危険が迫る手段はなるべく避けたいが……。
――でもここは折れるしかない、か。
「セシリィ、ちょっと今から風がまた襲うけど耐えて欲しい。あと両手を使いたい。ちょっと手ぇ放すことになるから全力で俺にしがみ付いてくれ!」
「っ……!?」
「Okか?」
「は、はいっ!」
俺の呼びかけに対し、慌てて腰回りにしがみついたセシリィはキュッと目を閉じて力を思い切り込めているようだった。まぁ俺がそうしろと言った訳だが……今までにないくらいの圧迫感に必死さがこれでもかと伝わってくるようであった。
チッ、こんな状況じゃなかったら昇天してたかもしれんな。残念だ。いや、ある意味助かってるのか? この際どっちでもいいけど。
「ど、どうするの?」
「あの人達が目玉の相手はしてくれてるからこっちはこっちで集中できる。……好都合だ。誰にも見られていない内にまずはこの天候をどうにか収める……!」
「天候を!?」
自然に人は抗えない。けど俺にそれが出来ないとは言ってないし、俺自身そう思わない。
何故なら俺も、天変地異を起こせるだけの力はあるつもりだから。
「思いっきりしがみついてろよ。そんで気になるなら見とけ、今からすげぇ光景を作るからさ」
『障壁』を解除し、自分の負担を最低限まで減らした。当然風を遮っていた壁がなくなったことで風が吹き荒れるが、揺れもしない足場なら吹き飛ばされることもない。
嵐に対抗するための案として、『アルスマグナ』で原因の一つである雲を吸い込むという案もあった。でも『アルスマグナ』は範囲も狭すぎるから消しきれない可能性が高い。それに嵐が核なるものを中心に展開していたとしたら運任せもいいところだ。こんなに広がった雲相手には無駄撃ちに終わってしまうだけだろう。この時点で選択肢からは外れたも同然だ。
それなら多少威力は劣っても、確実に目に見える範囲全てに波及する超広範囲の魔法を使うしかない。
となるとやっぱ選択肢はアレっきゃねーんだよな。規模だけで言えば多分魔法の中では最も大きい超広範囲魔法のアレしか。
自分のビジョンが最も良く望めるのはそれしかないと、迷いのなくなった意思で両手を広げて手を合わせる。それと同時に潜在していた己の魔力を引き出し、練り上げてイメージと準備も並行して進めていく。
身体で感じるのは内に秘めたこの力のことだけでいい。寒さ? 風? んなモンはどうでもいい。今は周りのことなんて捨て置いて、集中を限界まで高めることだけを意識しろ……!
「『禁忌を犯す我を許したまえ!』」
力には力。そして……嵐には嵐だ。
「『ヘヴンホライズンッ』!」
この空に見えるモン、全部吹っ飛ばしちまえ……!
※8/6追記
次回更新は今日明日くらいです。多分。




