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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
397/531

395話 嵐の海域①

 ◆◆◆




「む……くっ……!」

「おー……出来てる出来てる。その調子」


 俺とセシリィの目の前に、ポツンと小さな透明の箱が現れる。どこからともなく現れたそれは時折霞んで消えかかったり、またはブルブルと震えて形が歪になったりとやや不安定な印象を受ける。それでも必死に元の正方形の形に何度も戻ろうとし、決して崩れまいと存在を保とうとしているようだ。

 ――それと同時に、セシリィの身体もプルプルと震えている。


「うぅ……っ……ぷはぁ~っ! はぁ……はぁ……ちょっと出来たけど……全然ダメだ……」


 息を止めて顔を真っ赤にしたセシリィが堪えきれずに息を吐き出すと、箱は崩れるように消えてしまう。息も絶え絶えにセシリィは嘆くと、ちょっと悔しそうに目を細めるのだった。




 船がスーラを出向してから早三日。現在特に何事もなく旅は順調に進行中である。

 当初はこんな長距離移動で何を目印に進むのか疑問だったのだが、チラホラと点在している無人島を目印に進んでいるらしい。それに加えて最近はヒュマスにて開発された方角を示すコンパス的なものがあるようで、航路を見失うリスクが減って割と安定した船旅の確保が出来ているとのことだった。


 毎度大体同じで半月程の船旅を予定しているみたいだが、今回は随分と海が穏やかかつ追い風が吹いたりと天候に恵まれているそうだ。その分ヒュマスへの到着が早まるのが見込まれているようでこちらとしては非常に有り難いことで、このまま順調に進んでくれることを祈るばかりだ。


 ――というのも、想像以上に船旅が暇すぎる。

 最初に感じたワクワクなどもうない。広がる視界は海一面の大海原のみ。真新しいものが一切なく同じ光景がひたすら続くという時間感覚を奪う淡々とした地獄が広がっているだけだ。――それは現在も絶賛進行中である。

 今ではさっさとヒュマスに着いてくれとしか思うことが出来ず、他に暇つぶしもないためこうしてセシリィから持ち掛けられた法術の特訓に付き合っているのが現状だ。


「昨日よりも長く出来てるしちょっとずつ進歩してるなー。この調子だとそのうちもっと大きいのが出せるのも近いかもね」

「……うん。頑張る……」


 俺の励ましにコクリと頷くセシリィと目が合う。普段眠たそうな目がキリッとしていて非常に凛々しく見える。


 あらぁ……やる気満々で微笑ましいですこと。小さな成長一つが楽しいし嬉しい。




 何故わざわざ甲板に出てまでこんなことをしているのかというと、一応理由はあるにはある。

 元はといえばセシリィが法術を練習してもいいかと言い出してきたのが発端だ。勿論俺が拒む理由などあるわけがなく、喜んで練習のGoサインは出したのが最初である。そして聞けばあまりスペースを取る必要もない練習になることが予想されたので、最初は俺らに割り振られていた自室で行おうとは思ったのだ。

 ――が、何故か室内で練習を試みたところ、セシリィが不思議にも法術を行使すること自体ができなかったのである。

 故郷でも全く使えないことはなかった法術がいきなり使えなくなるのは流石におかしかったので、原因は一体なんぞや? とあれこれ状況考察を続けるうちに、俺らはある一つの回答に辿り着いた。




 あれ? これ多分……俺がセシリィの邪魔してるんじゃね? と。正確には俺から漏れ出る魔力だと思われるが。……この言い方だと俺が恥ずかしい奴みたいに聞こえるのが悲しい。




 セシリィ曰くなんでも形成する際に何か周りから妨害を受けるような感覚がするとのことで、恐らく俺的に言わせれば魔力を練れないみたいな症状に近いらしい。

 当初は原因がサッパリ分からなかったものだが、一度俺が室内から出てトイレに行って帰ってきたらこの事実が発覚した次第である。……なんてしょーもない解明ですこと。


 多分、隔離された空間内だと自然に漏れ出てしまう魔力が逃げきれなくなってその場に留まるのだろう。通常であれば魔力は放出された後は空気中に溶けて広がっていくだけなのだから。そして今回みたいに密度の高まった魔力がセシリィの力の発現を邪魔してしまったと思われる。



 まぁ実際のところ確証はないが外に出てる理由はそんなもんだ。

 勿論周りに人がいないことは確認した上で行っているし、仮に見られたらあの連中が使っていた例の術式? とやらということにして誤魔化せなくもなさそうではある。昨日、同じくヒュマスへと戻るであろう客の一人がそれっぽいことを甲板で練習? しているのを確認済みだし、術式というやつは何やら機器のようなものが必要である以外は使える人は使えるものということも判明している。




 さてさて、そんなセシリィの使う法術ですが……これがまぁ聞く限り本当に色々とできるようで。この世の技能を集約したんじゃないかと思うくらい万能すぎる力に若干引いてしまったのは内緒だ。


 まず今セシリィが練習しているこの透明な箱は攻防一体型の結界、『ホーリースフィア』と呼ばれる基本技能の一つらしい。これを上達させることは即ち身を守ることと得物を仕留めることを同義にさせるようで、言い伝えでは極めると結界は世界一硬い鉱石よりも屈強になるそうだ。そしてその中で大出力の爆発を以って獲物の息の根を止めると。これは魔法で例えると『障壁』と『エクスプロージョン』の混合技に近い。


 ……これが基本技能って天使の界隈はどうなってるんですかね? この時点で十分凄い。


 次に『天使の衣』と呼ばれる隠密技能。世界から身を隠す天使にとっては必須中の必須とも言える技能のようで、その効果は自分の存在を目に映す以外での感知が一切できなくなるというもの。匂いや気配といった五感に頼る力をほぼ無効化し、存在を完全に絶つのではなく空気と一体化するようなものであるらしい。

 極めると空気どころの話ではなく認識すら不可能になる言い伝えもあり、かの英雄であるフリード様とやらは使えば人々の記憶からも自分の存在を一時的に消せたという。


 ……は? フリード様規格外すぎませんかねぇ? てかズルい。

 これじゃ女湯覗き放題じゃないですか。これはええ湯ならぬ英雄ですわ。




 ――コホン。とまぁ他にも熾天とか堕天とか禁忌的なものもあるらしいけど、扱える力全てが恐るべき効力を持つのは疑いようもないのが本音だ。そしてセシリィもその力を扱える者の一人でもある。


 何のためにこの力をこの娘が使うのか。いまはただ使える力を使いこなすというだけの理由にすぎないみたいだが、そのうち心身の成長と共に明確な目的意識も芽生えてくるはずだ。正しい答えなんぞ俺には分からないが、身勝手ながら無闇に力を振りかざす道にだけは走らないように今は見守らせてもらおうと思う。


 しっかし……どうやら俺の知っていた魔法とはまるで別物であるようだし、力の練り方も魔力と根本的に違いそうだ。となるとこればっかりは何も教えようがないんだよなぁ。セシリィがこれまでに両親や故郷で教えてもらった知識を頼りに、こうやって自力で地道な研鑽を積んでもらうしかないか。


 なんか効率の良い方法とかあればいいんだけどなぁ。あればすぐ実践してもらいたいトコだけど――。


「むぅ~……っ……!」

「……」


 またセシリィが結界を出そうとプルプル震え始めた。今度は目まで瞑っていて、息を止めるために頬がぷっくりと膨れるオマケまでついたときた。


 ――フッ、神よ……ここが天界という名のユートピアですか? 下賤者の私をお招きいただき感謝します。

 重大事項再度発覚。必死なセシリィ可愛すぎ問題が発覚致しました。本問題を解消するとこの光景が損なわれる危険性があります。


『より良い効率を求めますか? 求めませんか?』 


 ハイ、失礼ながら俺は求めたくないです。欲望のままに後者一択です。全力でその文字をポチリとクリックさせていただきます。


「ぷへぇ~っ! ……や、やっぱり難しいなぁ……」

「ウン。時間ハアルカラ気長ニヤレバ大丈夫サー」


 口では褒めて伸ばします。けど本心はそうじゃありません。

 これセシリィが俺の心覗いてたら終わってたな。なんだろう……見られてなくてこれまでで一番良かったかもしれない。この気持ちは絶対口外しないようにしよう。




 ――お?




「休憩したらもう少しやって……と思ったけどそろそろ切り上げて休んだ方がいいかも」

「え? 少し早くない?」

「いや……な~んか雲行きが怪しくなってきたし……。シケでも来る前に今日は終わりにしとこう」


 少し休憩を挟んでもう少し練習しても良かった。本人も言うとおりセシリィにもまだ余裕はありそうだったから。しかし、快晴の青空の彼方に僅かに掛かる煙のような雲が目に入ってしまった。よく注視してみると船の進行上に誰もが嫌な予感のする色が密集し始めており、よろしくない状況が待ち受けているのは明白だった。


「シケってなに?」

「海が大荒れするってことかな。突風と大雨になるって言った方がいいかも。気づいた時にはあっと言う間だからなぁ……」


 山の天気が変わりやすいように、海原も同じだ。いかに事前に察知して備えられるかで結果がかなり変わってくるくらいだし、細心の警戒を払っておく必要があるだろう。自然の脅威にまともに対抗する術など人にはない。だからこそ迅速に動く必要があるはずだ。

 俺らが気づいたくらいだから船員の人もとっくに気が付いているに違いない。多分そろそろ声が挙がりそうなもんだけど――。




 その時、天候が変わった。まるで水の入ったバケツをひっくり返したように。

 瞬きした瞬間か、一瞬でも空から目を離した隙にかは分からない。ただとにかく突然すぎたのだ。


「……な? こんな風に」

「うん」


 あれまぁ。なんて模範的な回答がここにあるんでしょうか。

 ……早すぎませんかねぇ? そうじゃねーだろ。お呼びじゃないよチクショウめ。


「ああもうっ……なんだって急に!? おかしいだろっ!?」


 何事だと思った。まるで水をぶっかけられたみたいに全身が一気に冷えつく。ペタリとくっついた髪の毛が非常に不快で、拭おうとしてもずぶ濡れのため余計に乱れるだけで更に不快感が増すだけだった。


 変わるにも限度があるだろ!? 数秒だぞオイ! 一体何が起こった……!?


「暗い……。さっきまでまだあんなに晴れてたのに、あの雲どっから来た!?」


 気が付けばいつの間にか日差しがかき消され、辺りが薄暗い夕方のように視界が悪くなっている。

 滝のように雪崩落ちる大雨は甲板を打ち付け、満たされた水が止めどなく海へと逃げ場を求めて流れ落ちていく。十数秒前までに見ていた光景とは思えない事態に直面し、現実的じゃない状況が思考を鈍らせる。


「え……!? なんだよアレ……」


 空を見るとある地点を中心に黒い雲が濃さを増して更に発生しているようだ。まるで墨汁を垂らしたように灰色を黒に染め上げていく様は不気味かつ不自然であり、その勢いもまた増しているようであった。


 これ……単なる自然現象にしてはおかしすぎる!? きっと何かある……原因が……! 


 静かだった海が暴れ馬の如く波を走らせ、空は容赦なく冷水を突風と共に浴びせてくる。船が軋みを上げて悲鳴を挙げるように音を立て始め、マストは今にも破れそうな程に張って膨らんでいる。このままでは船が転覆すると一瞬で思いついている中で俺は疑問に思わざるを得なかった。




 雨音が絶え間なく耳をつんざくその豪雨の中で――。




『この海域は既に私の手の内だ』

「っ!?」

『話にあった通り私が初手か……。君主より聞きし其方の可能性。是非試させてもらいたい』

「また……!? でも声が違う……!?」




 また直接、脳裏に声が届いてきた。こんなに近くにいるセシリィの声も一部かき消されるというのに、ハッキリと響くように分かる。



 今度は女性じゃなくて男性の声? 次から次へと……なんなんだよこれは!?


※7/19日追記

次回更新は今日か明日です。

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