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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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394話 『慈愛の剣聖』

 

 ◇◇◇




「ぁ――」


 準備と覚悟を決め、あとはもう割り切って重犯罪まっしぐらと思っていた矢先のことだった。宿の扉を開けた直後、微かに視線に入った人物に俺は目的を忘れて一気に視線を奪われた。


「むぐっ……!? お兄ちゃん?」


 急に立ち止まったので背中にセシリィがぶつかり、ひょっこりと横から顔を出す。ややしかめっ面なことに関しては悪く思うが、文句は後にしてもらいたいのが正直なところだ。今はそれよりも――。


「黒髪の人がいる……」

「え? ……ホントだ」


 俺がそう言うと、セシリィもしかめっ面から目を丸くして口をポカンと開けている。


「え、俺がいる……!?」とかは流石に言ったりはしないが、それでもそう言いたくなるほどの驚きだった。

 ――たったそれだけのこと。しかし、まるで違うその色合いは周りを歩く人が主に茶髪を中心とした黒以外であることもあり、そこにいるだけで妙に目立っていたのだ。そして自分もそんな風に見えていたのかと思い知った気分でもある。


「なんだ……この髪色も全くいないってことはないんだな」


 後ろ姿のせいで顔までは見えないが、耳は普通に人族のものと変わらないようだ。察するに他の大陸から来た人なのだろう。


 自分と似た特徴を持つ人がいることが不思議と安心に思えた気がした。大それた言い方をすればこれまで自分が世界にとって異質な気がしていたものだが、柄にもなくなんだか世界の一部にようやくなれた気がした。




 ……ってあれ? な、なんだこのポエミーな俺は? 自分で思っといてアレだけど引くわ~。




「……お兄ちゃんとちょっと似てるね? 誰か探してるのかな……」

「う~ん。なんかキョロキョロしてるしそうかもね。ま、ここら辺結構入り組んでるから見つけるのは大変だろうなぁ」

「見つかるといいね」

「うん」


 セシリィと一緒にお兄さんを見送りながら、心の中でエールを送る。

 あのお兄さんが実際人を探しているかはともかく、この辺りは裏路地も多くて大通りを外れると迷いやすい。人も多いし、特定の誰かを探すのは手掛かりでもなければ中々難しいかもしれない。


 ……ちなみにスーラに来た初日に俺が軽く迷子になったのは内緒である。だって似たような建物多いんだもん。




「……まぁいいや。セシリィ、何か忘れ物とかはない? あるなら今の内だぞ?」

「ん、平気。多分大丈夫」

「……よし! なら気を取り直して行くとすっか! ヒュマスに」

「うん!」


 閑話休題。

 なんだか出鼻をくじかれてはしまったものの、俺達には俺達の目的がある。乗船客が殺到するピークの時間帯まではまだ余裕はあるが、万が一の失敗も俺らには許されない。例の便箋のメモ書きどおりさっさと港に向かうに限る。




「ったく、どこ行きやがったアイツ……!」

「っ!? いた――って、あら?」

「あん?」




 ――と、そのはずだったのが……。


「へぇ……珍しいな、こんなとこでアイツ以外の黒髪に会うとは」

「お、お兄ちゃん……!」


 セシリィがこちらに向けられるとある視線に気づき、咄嗟に俺の手を取って身体を寄せてきた。正直俺にもお兄ちゃんがいたらその手を取りたい気分である。


 次から次に色々起こりますなぁ……。

 え……なんかめっちゃガンつけられてるんですけど。ちょっといきなりすぎません? 私何か気に障ることしましたっけ?

 あと目つき怖いんでやめて欲しいッス眼鏡のお兄さん。セシリィ怖がらせてんじゃねーッスよ。


 大通りを下ろうと歩いていると、下から勢いよく駆け上がってくる二人の人物が目に入ったと思えばすぐだった。騎士恰好の女性にローブの男性が俺らの目の前で急に立ち止まり、マジマジと見つめてきたのだ。流石にガンを飛ばし返すなんてできるわけもない。

 俺らが見られているということは発言からも距離的にも疑いはなく、こうなれば俺らも立ち止まる他なかった。無視を決め込むには少々無理がある状況であった。


「なぁアンタ。ここら辺でアンタみたいな黒髪をした奴見なかったか? 多分こっちに来たと思ったんだが……」

「え?」


 どうやらこの二人、つい今しがた俺達が見たお兄さんを探しているような様子であるらしい。如何にも拘りのありそうな眼鏡を目立たせながらローブの男性が尋ねてきており、もう少し言うなら少々威圧的な態度が気になるところだが面倒事になるのは嫌なので気にせず受け答えする。


「それならついさっきそっち行きましたけど……」

「マジか! ありがとよ……!」


 なんだ、態度はアレだけどちゃんとお礼は言えるんですね。意外にも。


「ごめんなさいね、急に」


 先に俺達の脇を抜けて走り去る男性を後追いする形で、騎士の女性がこちらに丁寧に頭を下げてから後を追おうとする。鎧が地面を叩く音が短い間隔で聞こえ、それが力強さを強調しているかのように。




 急に発生した嵐がまるで突然過ぎ去ったような怒涛の流れには呆気を取られそうになる。だが、まだ終わってはいなかったようだ。


「ねぇアナタ、もしかしてヒュマスの東の方の出身なのかしら?」

「……? ええ」


 後ろで、急に足音が止まったかと思えば声が飛んでくる。思わず振り返ると女性が立ち止まっており、背中越しに語りかけてきているようだった。


「こんなところに何をしに来てるのかはしらないけれど、この先……それも近い内に世の中が大きく荒れるわ。ヒュマスに戻るなら早く戻った方がいい。戻れる内にね」

「……忠告、ありがとうございます……?」

「じゃ」


 何を言っているのかサッパリ分からず、感謝を述べたとはいえ疑問形になってしまった。


 世の中が荒れる? 海じゃなくて? そんなこと言ったら俺のここ最近の生活が毎日荒れてるようなものなんですが。


 女性の意味の分からない言葉は考えれば考える程複雑化して考えを曇らせる。一体どういう意味かと考え込む間にその姿は見えなくなり、俺の心に奇妙な引っ掛かりだけが残ってしまう。


 これは綺麗な見た目かつ礼儀正しそうな振る舞いにまんまと油断したぜ。とんだ食わせ者だったとは。

 最後になんて置き土産を残していくんだ。そんなこと言われたら気になるやんけ。


「なんだったんだ……?」

「さぁ?」


 セシリィと並んで首を傾げ、誰もいなくなった背後をただ眺める。


 言葉の意味も、彼らの行動の意味も俺らには何一つ分からない。ただ、一つだけ分かることがあるとすれば、移動だけとはいえあの二人の身のこなしは相当なものだったのは確かだ。この急な勾配をあれだけの運動能力を発揮して上ってきていながら息一つ乱していない時点で大体察した。間違いなくそれなりの手練れであると。


 騎士と……どちらかといえば研究者的な見た目を男性がしていたことを考えると、どこかの組織に属しているという線も考えられなくもない。それ故に同じ人族である俺に言葉を残していったとかだったり? ――いやいや、それは流石に考えすぎか。

 俺の予想がまともに当たる訳がないだろうに。自分で言ってて悲しいけど。




 なにはともあれ、嵐は過ぎさったらしい。




「行くか」

「うん」


 丘の上からだと俺らがこれから乗る船が微かに見える。そしてその隣に止まった大きな船はさっき見た例の船だろう。ここからだと大きさの比較がよくでき、特別な船が来航したからか米粒サイズになった人達が群がっているのはその影響かもしれない。


 ……もしかしたら、その船が注意を引いている今なら安全に俺らも乗船できるかもしれない。急ぐか……。




 ◆◆◆




「――ほい、これにて乗船完了だ。割と楽に済んで良かったよ」

「どうも、助かりました……!」


 暴れていた心臓がようやく落ち着きそうだった。俺とは対照的に涼し気な顔をした受付人の男性がそう告げ、ようやく張り詰めていた空気が緩和する。


「だから言ったろ? こんだけ堂々としてりゃ皆何も気にしねぇんだって。逆に積み荷とか下手に積んでる方が怪しまれんだよ」


 俺らは無事、船に乗り込むことに成功した。俺の予想とは遥かに違ったまさに意外ともいえる方法で。


 正直積み荷の中に紛れるとか裏口みたいなところから侵入するとかを考えていたというのに、まさか堂々と乗降口のド正面から乗り込むとは思いもしなかった。この作戦を最初告げられた時は本気で「はぁ?」って声が出たほどだ。

 彼曰くこういうのは堂々としている方が案外バレないとのことらしく、まぁ実際その通りではあったのだがこちらは内心ヒヤヒヤが止まらなかった。一応自分が付き添ってるから船員も気にしないとは言ってくれたが……こっちは気が気ではなかった。


「後は向こうに着いたら普通に降りるだけだ。だからくれぐれも渡航中は気を付けろよ? 察するにアンタじゃなくてその嬢ちゃんの方が訳アリなんだろうが……」

「ハハ……分かっちゃいますか」

「わぁ……!」


 こちらの会話に気付くこともなく、手すりにしがみついたセシリィが興奮を抑えきれない様子で声を漏らし、船の上から四方を見回している。船に乗るのはセシリィも初めてのことであるし、ついこの間まで海を見たこと自体が初めてだったのだ。散歩で浜辺まで来た時には子どもらしくはしゃいでいたこともありこの反応は半ば予想していた。


「なんてことはねぇ……ただの嬢ちゃんにしか見えないんだがな……。まぁちゃんと守ってやんな」

「はい」


 闇に通じているだけあって優れた洞察力があるのか、話さずともある程度お見通しのようだ。とても褒められた経歴の人ではないとは知っていつつも、その言葉には頷かずにはいられない。


「――で? ヒュマスに行ってどうするつもりなんだ?」

「どうですかね……。取りあえず人の多いところに行こうと思います。色んな場所を巡って、色んなものを見て、この目で本当の……信じるべきものを見極めたい」


 まだ俺が実際に体感したことなど世界全体のほんの一部にすぎない。……足りない。まだまだ知らないことも多すぎる。だからこそ知っていく必要がある。

 そう、ここから。


「若いねぇ……。飽くなく探求心に身を任せすぎて死んだりすんなよ? アンタは俺にとっちゃかつてない上客なんだ。精々旅の無事を応援させてもらうよ」

「そりゃどうも」


 そう言って、受付人の人は笑みを浮かべた。さっきポケットに忍ばせた金貨をチラつかせながら。


 やはり俺が提示した金額は多すぎたらしい。宿に戻ってメモ書きを読んでいる時、その旨も記されていたことには苦笑したものである。盛大に露見した世間知らずの俺に気を遣ってくれたのかはしらないが、この人も良い人なのか悪い人なのかがよく分からなくて。


「人を求めてるってんならセルベルティアに行くといい。ヒュマスで最も人が多い街で、王族が周辺全てを管理までしてる。このご時世ピリピリしてるっちゃしてるが、行ってみる価値はあるかもしれないぞ」

「そうですか……」


 セルベルティア、か……。良い響きしてらっしゃいますな。

 なんだろう……なんかそこは知ってるような気がしないでもない。こんなこと思ってたらキリがないけど。


「……ついでに最近聞いたばっかの情報も教えてやるよ。聞いたところで意味があるかは知らねーけどな」

「え?」

「アンタが興味なくても聞いてってくれ。俺は情報屋じゃないけど……それでもこうでもしとかないと釣りが有り余っちまうのさ」


 受付人の人は俺の意思も無視して話を独り続ける。金貨をチラつかせる挙動は変わらないが、表情は若干困った様子で。


 恐らくだがこの人……もらった金額に応じて頑張っちゃう的な人なのかな? 要は仕事人みたいな。

 あの毛怠そうな表情で仕事してる人からはとても想像つかなかったもんだけどまぁ、そういうことなら……。


 俺も何がきっかけで自分の記憶に結びつくのか分からないのだ。聞いて損もないしこの人の意向を蔑ろにするのも憚られるので素直に聞く事にする。


「アンタも知ってるだろうが、今セルベルティアにはあの『剣聖』として名高いカリン・アイウォルクが連合軍に食客として招かれてる」


 うん、知らん。


「連合軍の上の奴等はあの護身術を剣に発展させた技を活かせないか考えたのか、随分と前から熱心に誘ってはいたらしい。そんでいよいよ『剣聖』が重い腰を上げたみたいだな」


 剣の使い手の人で連合軍の戦力増強ってことか? ……チッ、面倒な。俺らにとっちゃ連合軍の戦力増強は願い下げなんだってのに。


「ただ、噂じゃ『剣聖』は話に応じるために来たんじゃなく、断るために来たって話もあってよ。そっから先は音沙汰がないから詳しいことは分からないが……だからこそ分かることもあるんだ」

「……それは?」

「応じてたらそりゃ世界にとっちゃ朗報だろ? すぐに噂が広まっててもおかしくない。でも実際はそんな噂が一向にない。そして、『剣聖』がまだセルベルティアにいるってことだけは確かにまだ結構あちこちで聞こえてくるわけだ」

「え? でも断ったんですよね?」


 ……は? なんかそれおかしくね? 断りに来たんならもう帰ってハイおしまいなだけだろうに。

 聞いてる分にはその人がセルベルティアに留まる理由はもうないはずだろ。


「断っても素直にはいそうですかって返すわけないだろ。……ここだけの話。裏の世界の噂じゃ『剣聖』は現在進行形で幽閉されてるんじゃないかって話だ。連合軍にもプライドがあるだろうしな? 有名な奴に断られでもしたら面目ねぇし」

「……だとしたら酷い話ですね」


 一見他人事のように言った俺だが、内心じゃその考えは改めていた。

 そもそも世に蔓延る天使への扱いと認識がある中で、連合軍に加担しないという選択肢をそこで選べる時点で何かが引っかかる。誰もが持つ天使の排他的思考はあのウィルさんにさえ僅かにあったくらいなのだから。

 でもウィルさんは行動に踏み切る前に、自分の中でその疑問と戦ってもいた。


 ということはそれってつまり――。


「そうか? まぁ『剣聖』は人に対しての殺傷行為を嫌ってるってのも有名だ。もしかしたらそれが天使に対しても同じな可能性は否定できない。何せ『慈愛の剣聖』なんて言われることもあるくらいだからな。天使でも関係ないとは恐れ入る話だ」

「……」

「世界の共通認識に歯向かう行為も辞さないんだとしたら相当な意思の持ち主だ。真偽の程は定かじゃないがな」




 カリン・アイウォルクか……。一体どんな人なんだろ? 

 聞いてる限りじゃ俺らにとって害のある人じゃない可能性はある。そして今の話が本当なのだとしたら……それはウィルさんと近い思考の持ち主ってことになる。だったら俺らはその人のことを見過ごせないんじゃないのか……? 


 話をしてみたい、そのカリンって人と。一体どんな思想を持っているのか、じっくり聞いてみたい。




 虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉があったはずだ。実際もう孤児を預かる身ではあるけども。

 俺に何ができるかは分からないけど、セルベルティアに行く理由としては十分すぎる。俺らに危険が及ばない範囲で少し探りを入れてみる価値はあるか。


 行こう――セルベルティアに。


※7/13追記

次回更新は月曜辺りです。

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