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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
395/531

393話 異郷からの訪問者(別視点)

 

 ◇◇◇




「へー……アレがアニム大陸かぁ~! 獣人に早く会ってみたいなぁ」


 断続的な駆動音と水を掻き分ける音が絶え間なく続く中、一人のとある少年の声が紛れ込む。少年の見つめている先には山々に囲まれ、その窪みにぽっかりと出来上がっているような一つの港町があり、徐々にその情景が大きくなっている。


「全くアンタはそういうところ最初の頃と殆ど変わらないわねぇ。……エイジ、流石にはしゃぎすぎよ」


 見た目から感じられる年齢の割にやや言動が幼いことに対し、傍らで腕を組んだ騎士恰好の女性が窘める。腰に手を当てた拍子に引っ提げていた剣が揺れ、合わせて鎧と剣の擦れあう音が微かに鳴った。


「だってこの世界にあるものは全部初めての見るものばかりで面白いんだ。船には乗ったことないし外国にも行ったことなんてなかったからさぁ――あ! なんか沢山人が集まってるみたいだぞ? なんだろ……皆獣人かな?」

「あーハイハイ、獣人には着けば見飽きるくらい会えるから。分かったから落ち着きなさいっての。落っこちるわよ」

「大丈夫だって。流石にそんなヘマはしないさ」


 注意されたのは目を輝かせて興奮を隠しきれない様子の、珍しくも黒髪をした少年である。まだ幼さの残る顔は青少年の域を抜けきっていないと誰をも思わせるだろう。船から身を乗り出している態度も精神的に幼いことを伺わせているようだ。


「ま~るで聞いちゃいねぇ。分かっちゃいたがまだまだ只のガキだな。いっそのことちょちょいと突き落としちまったらどうだ?」


 少年の行動は人によっては目に余る。そして実際目に余ったのだろう。さらりと物騒なことを言うのは二人を若干離れた場所から見ていた銀髪の男性である。

 キツめの目つきに長めの銀髪。グラスチェーンを取り付けた眼鏡は温厚とはかけ離れた印象を覚えさせ、近寄りがたい雰囲気を放っている。


「まぁまぁ。住んでいた環境も常識も……我々とはまるで違う故多少は良かろう。初めて体験することに心が躍るのは自然なことじゃし。お主が研究してる時もそんなもんじゃろ?」

「どうだかねぇ……。けどまぁ、そのお守りをするこっちの気苦労を是非とも奴には知って欲しいもんだぜ」


 少年と女性が組になっているなら、こちらは男性と老人の組である。男性の過激な発言を女性とは違った意味で窘める初老の男性が苦笑いし、顔に皺を作る。


「フフ……愚痴なら酒の時間まで腹の内に取っておくといい。付き合うぞ?」

「……そりゃ断る。クロスの酒に付き合わせられるの間違いだろうが。冗談じゃねぇ」

「なんじゃ、つれないのぅ」


 口を尖らせて不満そうにする老人は白く生えた顎髭を摩りながら男性に辟易する。さながら最近の若い者はとでも言いたげで、自分の楽しみが減ることに落胆しているかのようである。


「エイジ殿は近い内に我々すら軽く越える逸材なのじゃ。その成長の過程を支えられるのなら後進育成も悪くないじゃろうて」

「なら俺関係ないんだが? 静かに研究だけさせてくれよ……お前と一緒にするなって」

「ホッホッホ、それは失礼したの。まぁ儂もまだまだ現役じゃがな」


 二人の会話が少年達の方には聞こえていないのは幸いか。肩をすくめて不貞腐れた子どもみたいに振る舞う男性は嫌悪感むき出しで心情を吐露しつつ、羽織っていたコートのポケットから煙草を取り出して火をつけるのだった。

 一方でこの反発的な言動にはどうしたものかと軽く困惑し、老人はあまり機嫌を損ねないよう気を付けることに決めた様だ。話を区切った後は特に会話を挟むことはなく、落ち着いた目で三人を見守っている。




「――皆さん。あと少しで着くので荷作りは済ませておいてください」


 乗船員達が少し忙しなく動き始め、どことなくそんな声が出てくるということは予想がついた。


「おう、了解だ。――オイ、二人も聞いたな?」


 煙草を吹かした男性が手を軽く振って船員の声に応じると、まだ騒いでいる少年らに向かって聞く。


「ええ、分かったわ」

「うん、聞こえてるー」

「……聞こえてるのは前提で聞いてんだよ。エイジ、お前にだ」

「分かってるって」


 聞こえていても恐らくは応じる気がないことも予想できたのだろう。確認のために男性は聞いてはみたものの、そこまで面倒は見切れないと判断したらしい。後は何も言わず、興味無さげに煙草を再び吹かすのだった。そして女性も自分の準備があるため少年の元を離れるのだった。


「それにしても、最新の技術はすごいのね。まさか半月以上は掛かるハズの渡航が本当にたった三日で済むなんて……」

「ん? まだまだ改良の余地はあっけどなー。――だが試作段階でこれだ。今はまだそんなに運用は出来ねーけど、研究が進めばもっと大陸間を楽に行き来できる時代が来るだろうよ。何時になるかは知らねーがな」

「アンタの努力に世の中の利便性が握られてるわねぇ」


 四人が乗るこの船を設計し手掛けたのはどうやらこの男性であるらしい。女性のすれ違いざまの感想に若干誇らしげに答えた表情には明るさが灯った。


 実際、古来より大陸間の移動自体はあったがこれは非常に長い期間を要するものであった。半月で済むのならまだ早いもので、一月掛かることも珍しくはなかったのがこれまでである。もっと言えば途中で魔物や天候による被害で沈没することすらあった。

 それがものの三日で渡航が可能となれば最早革命の域と言っても差し支えないだろう。しかもまだ短縮できる見込みがあり、それが安定的に実現できる日が来たら経済的な恩恵は計り知れない。海の上という助けを求めることも難しい状況に晒される期間が改善されることはすなわち、生存率の上昇に繋がるのだ。誰もが望む可能性を男性は秘めているに等しい。


「だろ? だってのにこんな面倒事に連れ出しやがって……。記録が取れるのは助かるがセルベルティア王も一体何考えてんのかねぇ」

「一応名誉ある勅命なんだからもう少し許容しなさいよ。子どもが嫌いなアンタの気持ちは分かるけど」

「へいへい。請け負っちまった以上はやることはやるって」


 自分の選択に後悔しながらも、一度了承してしまったことは途中で投げ出す程無責任ではないようだ。自分自身の目的も含め、今回の件を全うする意思を形だけは見せるのだった。




「エイジも程々にして降りる準備はしときなさいよ」


 最後の良心とも言うべき天の声だろうか。女性が再三に渡る呼びかけをしたところで――。


「なんだ……アレ……」


 少し、船上の空気が変わった。

 あれ程はしゃいでいた少年の身動きはいつの間にか止まっていた。凝視した眼は一切動かず、氷漬けにされたように微動だにしていない。口だけ動かしてポツリと呟く声が傍観していた三人の耳にスッと入る。


「……? どうしたのよ?」

「岸辺近くに……な、なんかとんでもない気配が視えるんだけど……」

「あ?」

「気配?」


 少年が真顔で伝えると三人も一様に同じ方向に目を向け始める。岸辺には非常に小さいが大勢の人が動いているのが分かり、その中に該当者がいることを指していた。


「あんなの視たことない。クロスさんやグレイブさん……いや、僕よりも……?」


 少年には何かが視えているのか、その視えているであろう何かの大きさに目を奪われている様子だった。比較対象として老人の名を口にしてはいたが、比較できる対象ではないとすぐに改める。


「ほう? にわかには信じがたいが……エイジ殿よりも巨大と?」

「あの中にか……? 冗談だろ? 今アニムにコイツクラスの奴なんていたっけか?」

「まさか『獣王』とか……? 聞けば肉弾戦で右に出る人がいないとか……確か故郷が近くだったわよね?」

「いや、彼奴が里帰りしているという話は聞いておらんが……」


 少年の疑問を解明するための憶測が飛び交い、情報が入り混じる。しかし事が事なだけにあまり考えられることでもなく、頼みの綱である人物の名を挙げても実際のところはあまり納得などいかないものであった。


 有り得なかったのだ。三人にとっては少年のこの発言が。




「ねぇ、気のせいじゃないの? アンタが驚く程の人なんて早々いるわけないと思うんだけど」

「……」


 困惑しながらの女性の声に少年は何も答えない。あり得ないと思っていたはずの事態、それが既に少年の返答のようなものだった。




 ◆◆◆




「――よし!」

「なっ!?」


 船がもうすぐ岸辺に着く頃だった。三人の不意を突くようにエイジと呼ばれる少年が船の手すりに足を掛けると、羽が生えたように思い切り宙へと飛び出した。風を切りながら残った海を、そして浜辺を越え、易々堤防へと着地したのである。

 この突然の行動は船の到着を見届けに来た者達にどよめきと驚きを呼び込んだが、そんな周囲の声には構わずにまた地面を蹴り、今度は町中へ一目散に駆けだすのだった。獣人に会いたいとはしゃいでいた気持ちは今忘れているようである。


「コラーッ! どこいくのよエイジ!」

「ゴメン、すぐ戻るから! やっぱりさっき視えたのが気になるんだ!」


 大声で呼び止める声に立ち止まって返事はするが、少年の意思を止める効力まではなかったようだ。自分の好奇心の求めるままに、衝動に身を駆られてその姿を眩ましてしまうのだった。


「あの馬鹿……! 素性も知らない奴にいきなり接触図ろうとするやつがあるか! 追い掛けんぞ!」

「ええ!」


 三人にとっては暴走とも言うべき少年の単独行動は放っては置けない。ましてや大陸に着いて早々に自らトラブルを引き起こしていくとは思ってもおらず、この先に不安を抱える他なくなるというもの。


「やれやれ、アレは好奇心旺盛すぎるかもしれんのぅ。心が若いって……いいのぅ……」

「んなこと言ってる場合か! 行くぞクロス!」

「え、儂も? ふむ……ふぐぅあっ!? こ、こんな時に腰が!? う、動けぬー……なんてことじゃー……一体どーしたものかのー。――ハッ!? そうじゃ! ここは手分けしようかの。後の手続きは儂に任せてー……ホレ、二人共エイジ殿を追いかけるのじゃー」


 まるで他人事のような老人を連れ立つべく男性が声をかけるも、老人がここで嘘くさいように腰を曲げてその場にへたり込む。そしてさも妙案を思いついたと言わんばかりに目を見開き、いけしゃあしゃあとのたまうのだった。

 これには女性は額に手を当て、男性は眉がピクピク動かして身体を細かく震えさせた。――要は呆れたのである。


「何が腰が、だ! お前がそんなヤワなわけあるか! ――チッ、次からは首に縄でも付けとくっきゃねーな。疲れんのは嫌いだってのに……! 取りあえず一発殴る。……お前もだからな!」


 焦って慌てる男性を他所に、大人と子供の言動を使い分け男性を振り回す老人はコロコロと表情を変えて場を乱す。本音を言えば少年を追いかけることそのものは老いぼれであろうが関係なく、むしろ他の二人よりも適任だったりする。しかし到着早々に身体を動かすことは億劫だと思っていたようで、他の二人に対処を丸投げするのだった。


「儂、痛いの嫌いじゃ」

「さっさと果てちまえクソジジイ!」


 自分が悪いことは承知の上で真顔で文句など言うものだから、その態度が男性の怒りを買ったようだ。思い切り大きな罵声が海の上で飛ぶ。

 というのも、少年の見せた身体能力は驚異的だが老人は現時点では更にその上を行く傑物なのである。同様のことをやってのけることは造作もなく、この場で最も強者と言える立ち位置にいる。


 そんな存在に駄々を捏ねられても困るもので、だがしかし、それが老人の人となりだったりするのも事実。男性と女性もそれなりに付き合いが長いこともあり、取り合っても無駄なことを知っている手前余計な口論をすることはなかった。


「厄介なことにならなきゃいいけど……」

「そうなることを祈れ……!」


 願わくばそうあってほしい想いを胸に、男性と女性も驚異的な身体能力をもって海を越えて岸辺へと飛び出していく。獣人達からすれば人族にあるまじきこの身体能力は目を疑うだろうが、それだけこの四人の来訪者達が特別な者であるということを証明しているようなものであった。


「さて、荷物まとめとくかのぅ」


 まだ姿を晒してはいない老人は追いかける二人の背中を見守ると、のっそりと船室の扉の奥へと身を隠すのだった。




 ◆◆◆




「確かここら辺だったと思うけど……」


 一気に登るには一苦労する丘を難なく駆け上がり、活気に溢れた人混みの中に混ざり切った少年があちこちに目を向ける。当然だがどこもかしこも店舗があるのみで、利用するために往来する人がいるだけだった。


 少年は例の気配は目に付いてからずっと逸らさずに追っていた。そして気配が岸辺から丘を上り、街中へと進んでいくところまでは船の上から確認していたのだ。

 しかし、気のせいではなかったその気配の持ち主まであともう少しというところまで来たというのに、途中で不自然にも気配が忽然と途絶えて何も分からなくなってしまったのだ。そのため気配が消えたと思しき場所の近くまでは来てみたのだが……少々時間が経った今では例の気配の正確な足取りは不明であった。


「(なんで急に消えたんだろ? あれだけ巨大な気配はそう簡単に抑えられるようには思えない)」


 一旦道の端により、奇妙な事実に頭を悩ませて考え込む少年。

 周囲の人達はこれといって変わった様子はなく、ただ日常を過ごしているだけにしか見えない。まるで何もなかったようにおかしな点などは見受けられない。


「(残滓もない、か……。っ!? もしかして、あの距離で視てることが気付かれてた!? まさかそんな――いや、これだけの人ならあり得るかもしれない……!)」


 有り得ないことなどない。先入観はあるがそれが現実である場合もあるということを少年は意外にも理解はしていた。そう思うと自然と肩が震え始めて止まらなくなり、口元は少々だらしなく緩んでいく。

 震えは決して恐怖からくるものではなく、まだ見ぬ強者が存在していることに対しての興味、そしてもし相対したらと想像した時の武者震いが歓喜として表れているだけだった。




「ホント面白いなこの世界は…! ゲームみたいでワクワクする……!」




 少年の恐怖という概念を知らないように思える態度はまさに、何にでも興味を持ってしまう子どもを連想させる。ある意味で純真無垢に近い。


 少年は例の気配には恐らく出会えないと思いつつも、駄目元でもう少し探してみようと適当に歩みを始めるのだった。


※7/3日追記

次回更新は明日です。

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