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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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390話 ずっと傍に

 ◆◆◆




「「……」」


 どれだけの時間、何も考えずに歩いただろう。暗い夜の森を『ライトボール』で作り出した僅かな灯りを頼りに、少しでも村から離れたいという漠然とした目的だけを活力に足を動かした。

 木々を踏む音も草木を踏みつぶす音……雑踏の音は認知はしてても気にならない。ただ耳に入ってくるだけの雑音として処理され、何も思わない。思考がほぼ停止し、何かを考えることすら止めていた気がする。


 俺がそんな状態でいる間、セシリィの方も何も話しかけてはこなかった。すすり泣く声もいつの間にか止まっており、足取りも少し軽くなったのは間違いない。だから、もう平気なのかと思って支えていた肩を放そうしたが、それは駄目だと泣きそうな顔で懇願するように見つめてくるのでまだ密着したままの状態が続いている。


 闇の中を歩き続けるのは中々に心細い。ついさっきあんな出来事があれば心中穏やかでいられるわけもなく、俺が人肌とその心音が僅かに伝わって来るだけで生き返る様に心が安らぐ思いだったのだから、セシリィからすればもっとその気持ちは強かったのだろう。




「……ぁ……」




 すぐ近くに光源があることで気づくのが随分と遅れてしまったようだ。気づけば視界の開けた森の外側に、まるで洞窟から出たかのように景色が広がった。

 どうやらポッカリと森の中に空いた隙間とも言える場所に都合よくも出ることができたようだ。切り立った崖の上で、行き先は崖下か崖沿いしかないようだったが。


 既に日は完全に落ちて暮れている。地平線の彼方に夕焼けの木漏れ日さえ確認出来ず、一日の時間の内後半が始まっているようだ。上を見上げてみれば満天の星空が広がっており、夜を待ちわびたように光り輝いている。


 あぁ、こんな時に。タイミングが良いんだか悪いんだかな……。


 幾分か、曇った心が広がる光景の影響を受けて晴れた気分だった。俺らとは対照的に星空は眩しく光り、月も偶然にも満月であるらしい。

 ただの気まぐれな天候が見せた景色に感謝の気持ちが沸き上がる。しかし、同時に少し嫌にもなる。俺らに何が起ころうが、どうせそんなことはお構いなしにただそこに在るだけだと思ってしまって。

 なんだか無性に傍観者と同列に扱いたくなってきてしまうのだ。――実際間違ってはいないのだが。


「ちょっと……休むか」

「……」


 気が抜けたのか、疲れたのかは分からない。でも立っているよりも座れるなら座りたいとこの時は思い、崖の手前に半分埋没した岩が目に付いてすぐ、セシリィに伝えてから一緒にゆっくりと腰掛ける。

 昼間よりも大分冷え込んでおり、頬を叩く風が痛くはないが冷たい。ジッとここにいたらいずれ風邪でも引いてしまいそうだ。


 お互いにまだ大した会話もないまま、夜風に身体を吹かれながら暫くの間ボンヤリと空を眺めた。




「――ねぇ、私って……」

「ん……?」


 随分久しぶりにセシリィの声を聞いたような気がした。


「生まれてきちゃ……駄目、だったの……かな……」


 聞きたくもないセシリィの重い吐露に、心が痛くなる。近くにいながらそう思わせてしまっている自分への不甲斐なさも、この世界への理不尽さにも腹立だしさが再燃する。


「そんなわけあるか。俺はセシリィと会えて良かったって思ってるぞ」


 すぐにセシリィの言葉は否定した。俺はセシリィに出会えてなかったら連中同様に糞みたいな思考になっていたかもしれないのだ。そんなことは考えたくなかったし、何よりこの優しい娘に会えたことは価値ある一生の内の出会いの一つと思っていた。


「でも……! だって……だってぇ……っ!」


 またセシリィから嗚咽が漏れ始め、しがみ付いた辺りが再び湿り気を増していく。……無理もなかった。

 あれだけ堂々と、存在自体を否定されたのだ。幼過ぎるならまだしも、しっかり物事を理解して判断できるこの年頃の子どもには衝撃的すぎるといってもおかしくない。


「どうして……っ……こんなことに、なっちゃうの……? どうしてよ……」

「……」


 言葉が見つからず、俺は何も言えなかった。この狂った状況を考えれば、果たして誰かに責任があるのかと言われると自信がなかった。最初感じたように、不可思議な洗脳染みた影響が世界中の人達にあるなら彼らもまた被害者ということになる。――尤も、連中を被害者だとは思いたくもないが。


 現状ではただ理不尽すぎただけの悲劇として片付けられてしまいそうなセシリィの境遇。俺にできたことと言えば言葉ではなく、セシリィを両手で抱きしめて受け入れてあげることくらいで、嘲笑したくなる程ちっぽけなものだった。

 自分自身、これがただの誤魔化しだと分かっていながらこの時はそれしか出来なかった。


「許せないよ……! なんで、あんな人達なんかに皆、殺されなきゃいけなかったの? 私達、何もしてないのに!」

「うん」

「お兄ちゃんもなんで何もしてくれなかったの! あんな人達くらい、すぐにやっつけられるのに!」


 思い切り、心に矢が突き刺さったような一撃が入る。言われることは覚悟していたとはえ、思わず胸に手を当てたくなる痛みが。

 堪えるために、セシリィの身体を押し付けて無理矢理俺はそれを耐えた。


「……ごめんな。殺すのが……怖かったんだ」


 心に更に重圧を掛けてくるセシリィの本音に申し訳なく思う。俺が連中を殺せるだけの胆力でも持っていれば、セシリィの心の陰りも少しはマシになったかもしれない。

 自分の身内を殺した奴が命を奪われずにのうのうと生きているなんて悔やんでも悔やみきれないだろう。そしてそれが出来たはずの俺がそうしなかったのだ。こうして怒りをぶつけられるのは当然の結果だ。

 セシリィの力のない拳が何度も胸を叩いてくる度、俺も何度も不明瞭な謝罪を心の内でするだけだった。


 ――しかも、まったく耳が痛くなる話だが直に経験して確信したことがある。

 俺は殺してもいいと思える奴であっても、殺してしまったらどうしようかと戸惑ってしまう。強制的に引き留めてくるような、そんな何かをあの時感じた。

 このことはなんとなく分かってはいたことではあるものの、自分の手を汚したくないのか、それともそれ以外の理由でもあるのか。結局はまだまだ俺は自分が想像以上に厄介で面倒な奴であることを知らなさすぎたようである。



「嫌だよ……もう嫌……! 皆酷い、酷すぎるよ……なんで私ばっかり……。お父さんとお母さんに会いたい……会いたいよぉ……!」


 どうにもできない願い。きっと誰もが一度くらいは願ったことのありそうな、望んでも決して得られない叫び。きっと俺だけにじゃない、本当に世界に訴えかけるようなセシリィの嘆きが飛ぶ。

 神様がいるならこの娘にその願いを叶えてやって欲しいと、力無く俺も言ってやりたかった。







 ◆◆◆







 それから、胸と腕の中にいたセシリィは抱えていた胸中の思いを全て吐き出したようだ。いつからか口数は減り、俺の胸を叩く手も収まっていた。

 初めて出会ってから今日まで聞いたこともないような罵詈雑言もあれから何度も言われた。それと同じくらい何度も胸を叩かれた。それに負けないくらいたくさん泣いていた。

 セシリィの本音の数々は胸に刻み込んだし、俺の至らない点に関してはしっかり向き合わなければならない戒めのようなものだろう。


「……」

「……セシリィ?」

「……なに?」


 セシリィが微動だにしないものだから泣きつかれて寝てしまったのかと一瞬思い、小さく声を掛ける。すると、少し間を置いたあとに返事は返ってくる。

 不機嫌にも投げやりにも聞こえるどっちつかずの声は心の不安定さの表れか。実際のところ不明だが恐らくはそれに近いと思われる。


 起きてるなら今しかない、か。

 落ち着くまで待ってなきゃいけなかったのも情けない話だけど、一つハッキリ言っておかなきゃいけないことがあったからここで言っとかないとな。


「――さっき最初さ、生まれてこない方が良かったのかって俺に聞いてきたよな? ……俺から言われたところで不愉快かもしれないけど、ハッキリ言うよ。セシリィは絶対、生まれてきて良かったんだよ」

「……」


 大した言葉も投げかけてやれなかったが、これだけは言っておきたかった。自己満足に過ぎないが言い出した段階から否定してやりたかったことがようやく言え、なんだか胸のつっかえが取れた気分だ。


 現金だよな、俺。


「セシリィがいなかったら俺……連中と同じみたいな奴になってたかもしれない。だから……最初に俺と出会ってくれてありがとう。連中みたいにならずに済んだのはセシリィがいてくれたおかげだよ。俺にはそれだけでもセシリィがこの世界にいてくれて良かったって思える理由になってるんだ」

「……」


 別にセシリィの返答を期待して言った訳じゃない。あくまでもこれは俺が感じている確かな本音で、それを伝えたかっただけである。――そして次に言うことも。


「それにね、俺如きでもセシリィに会えて良かったって思えてるんだ。なら絶対にセシリィに会えて良かったって思ってくれる人は必ずいる。連中みたいにふざけたことを言う俺以下の馬鹿な言葉なんて無視していい。希望はまだあるって……それだけは忘れないで欲しいんだ」


 そう。なにもまだ終わったわけじゃない、むしろここからが始まりなのだ。

 俺という異色の例外だが、これもまた例外と言えど一例の一つ。例は決して一つだけじゃないのだから、俺と同じく例外の存在が他にいないという決めつけはできない。


 どんな状況にだって必ず希望は残されているはずだ。


「俺が諦めてないのにセシリィが諦めるなんて言わないよな?」

「なんで……」


 ん? 


「セシリィ……?」


 本音を言いたいだけ言った後はセシリィを励まそうと前向きな姿勢を示そうとしたのだが、ここでセシリィの様子が変わったのを感じて口を一旦閉じた。掠れた声で何か言いたそうな儚げな瞳……そんな印象が特に目に付いたのだ。


「あんなに酷いこと言ったのに……なんで怒らないの? なんでそんなに優しくしてくれるの? わ、私…………!」


 混乱から取り乱しへと発展しそうな雰囲気を察し、取りあえずセシリィの頭を撫でて落ち着かせる。

 この突然の疑問であり質問には俺自身若干の戸惑いは覚えたものの、これは答えに困るような質問ではなかった。


 そんなの決まってるだろ――。


「なんでかって……? そりゃ怒らないのはセシリィが悪いわけじゃないのが分かってるから。優しくしたいのはセシリィが優しいからかな」

「え……?」


 それに尽きるんだよな……うん。

 色々と気負い過ぎなんだよセシリィはさ。こんな境遇にありながらまだ自分本位にならないなんて。……それが既にとんでもなさすぎるんだよ。


「こんな出来事に遭ってここまで耐えてた方がおかしいんだ。俺だったら暴れまわって手が付けられなくなってるよ。それなのにセシリィはちょっと俺に文句言うだけなんだから大したもんだ」

「……」

「それとこのコートもさ、あんな短時間でここまで仕上げるの相当大変だったろ? 俺がヘマしただけなのにわざわざ直してくれて、本当に感謝してるんだぞ。セシリィ様様だよ」


 ここら辺に関してはぐうの音も出ないくらい、セシリィの行いがもたらしたことによって俺が抱いた感想になる。


 セシリィを怒る? ――いやいや馬鹿を言うな。むしろ俺が怒られていいくらいだ。

 セシリィに優しくしない?  ――それは馬鹿なの? 死ぬの? 色んな意味でガチの天使様やぞ。


「嫌って……ない……?」

「へ? なんだ急に」


 またも突然で、度肝を抜かれたように理解に悩まされてしまう。


 セシリィはどうやら俺がセシリィを嫌いになっているのではないか? 何故かそこに心配を抱えているとのことらしい。俺としては一体どこにそんな理由があるのかが分からず、またなんでそう思われてるのかも分からなかった。


「だ、だって! だって一杯、あんなこと……! 暴力も……っ……!」

「……」


 その理由はすぐに明かされて考える必要はなかったと分かったものの、どのみち思わず放心させられる内容であったのだが。何度か頭で再認識を繰り返す時間が必要だった。

 そしてセシリィの言葉の意味をきちんと整理して汲み取ってみると、徐々に抱えていたであろう心情が見えてくる。


 それは人として感じる申し訳なさの表れ。大小関係なく考えることのできる優しさ溢れる思考である。


 まさかあの程度のことをそこまで申し訳なく感じてるとは……。そこら辺にずっと不安感じてたのか? 逆に嘘だろと言いたいんだが……。


「……最初の時言っただろ、俺はセシリィの味方だって。あの程度のことをされただけで嫌いになるかっての」

「でも……」


 自分の怒りを俺へとぶつけてしまったこと……どうやらセシリィはそこに本気で申し訳なく思っているようである。物理的、精神的に暴力を振るったことが心が落ち着いてきた今気になり始めたのだと思われる。

 理不尽が招いた怒りなら、それによって植え付けられた怒りをどこかにぶつけても仕方のないことではある。俺としてはそれが俺にぶつけられたに留まったのは幸いなことであるし、それもあの程度で済んでいるため気負わないでもらいたいのが本音だ。


 むしろそう思ってくれていてそう言われて、嫌いになるどころかもっと大切にしてあげたくなるわ。この良い子さんめ。

 それに暴言は言われたけど、その中に連中に対して死を思わせる発言もなかったしな……。


「不安なら何度だって言ってやる。例え何があっても、俺だけは絶対にセシリィの味方だ。記憶を取り戻したとしてもそれは変わらない。そして嫌うこともない」

「っ……」

「ぶっちゃけセシリィが可哀想だとか同情する面はあったよ。でも今はもう違う。連中の語る言い分……それは間違ってるんだって、正しい真実はもっと別にあって、おかしいのはお前らの方だって俺が言ってやらなきゃ気が済まなくなってるんだよ。どれだけ俺らの意思が通じなくても、何度でも……何千何万回でも言ってやるさ。間違ってんのはお前らの方だってな」

「……」

「間違ったことを正しいように取り繕うなんて俺はゴメンだ。――だからこんなことで不安になんてならなくていいよ。俺はいなくなったりもしないからさ。……遠慮だってしなくていいからな?」


 俺の本音を証明してやりたくて自然とセシリィを抱く手に力が込もる。

 この事態を受け入れてしまえばそれはセシリィを否定することと同じだ。なんとしてでもそれは認められないし、この気持ちはどうしても隠しようがなかった。




「――いい、の……? 本当に……お兄ちゃんは……いなく、ならない……?」

「ああ」


 セシリィの絞り出した不安の声と同時に、俺が抱く力とは別にすがりつく力が増した。答えは考えるまでもないため即答で返す。


「ならずっと、傍にいてくれる……?」

「ああ、約束だ。セシリィが必要としてくれる限り、ずっと傍にいるよ」


 せめて不遇な環境の対価として……。俺の存在――この持っている力が傍にあること。それがこの娘にとっての幸運になれれば俺は構わない。

 どうせ自分の何もかもを忘れた俺には為さなければならないことなんて一切分からないのだから。ならば俺の思ったことが俺の為すべきことである。


「っ……ごめん、ね……泣いて、ばっかりで……!」

「……気にすんな。セシリィが話してくれた『フリード様』ならこれくらいはして当然だろ?」


 俺の方こそ嫌われて今後大変なことになるかもとか考えたけど、そうか……まだ頼ってくれるんだな。良かった……。


 震える声が次第に嗚咽混じりの吐露に変わると、セシリィのくしゃくしゃの顔は更に酷く、泣き声にも再び拍車が掛かるのだった。

 でも俺でも分かる。今の泣きは……安堵の泣きであると。少しでもこの娘の理想……あの遠すぎる存在に近づけたならいいが……。


「俺の前でくらい心の思うままに振る舞ってくれよ。気ぃ使われて遠慮されるのも困るからさ」

「うん……。うん……!」


 苦しいくらいしがみつかれながら、頭を擦り付けるように頷いての意思表示は非常にハッキリとこちらに伝わってくる。

 セシリィが安心してくれているように、これには俺も内心ホッとした気持ちは隠せない。ちゃんと俺の意思が伝わっているのだと分かったし、何より遠慮されないことを望んでいた分感慨深く感じたのだ。


 俺はセシリィをどのみち見過ごせないし、元より離れてやるつもりはなかった。ただもしセシリィから拒絶された上での敢行となると、恐らく精神的に非常に辛いであろうことは予想できることである。その心配が要らないことは気がかりがなくなったようなものに等しい。







「――ハァッ、ハァッ……! 良かった……追い、ついた……!」

「「っ!?」」







 丁度そんな時のことだった。妙な音が背後から聞こえたと気付いた時点で、既にそこにはもういたようだ。

 セシリィと俺がようやく息つけると思った時を見計らったかのように、息を乱して膝に手をつく誰かの声が背後から聞こえた。


※6/6(木)追記

次回更新は土曜です。

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