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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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388話 違和感

 




「「「「「……」」」」」




 騒がしい声が一瞬なくなり、不気味な程の静けさに緊張が走る。外は見えず、音と感覚だけが状況を探れる唯一の方法であり、それ故にソワソワしているセシリィの挙動が如実に目立っている。


 セシリィはまだ事態をよく飲み込めていない。まぁ目覚めて早々に危機的状況だなんてそれまでの流れから想像できないだろうし、騒がれなかっただけマシか。




「――なぁアンタ……嘘、だろ……?」




 ウィルさん……?


 向こうの出方を伺っていると、ウィルさんが呼びかけてくる。その動揺している声はやけに耳にこびりつき、緊張を忘れて放心してしまいそうになる。


「な、何かの冗談なんだよな? 僕の見る目が間違ってたとは思えない……」

「……」

「セシリィちゃんが天使なわけないよな? ホラ、さっさと出てきて身の潔白を証明してやってくれよ。そんな馬鹿げた話があるかってさ。……な?」

「……」

「……なんで返事もしてくれないんだよ。別に寝てるわけじゃないんだろ、アンタ……!」


 ウィルさんの声が明らかに動揺から静かな消沈へと変わり果てていく。その変わり様を止めることはおろか、何か俺にできるとすら思えなかった。

 心のどこかでもう手遅れだと思っていたのかもしれない。完全に巡りあわせのタイミングが悪すぎた。


 それに返事なんて迂闊にできるわけがないのだ。仮にこのままノコノコ出たとしても俺とセシリィは連中に顔バレしてしまっているし、撃退した前科有りでもある。ウィルさん達だけならともかく、間違いなく俺らに待っているのは徹底的なまでの尋問ではなく危害だろう。




「――なりふり構ってはいられん。そこを退いてくれ……見えていないならこちらも好都合だ」

「何する気だアンタ!? って、その『陣』は……!?」


 『陣』!? ってことは……何かくる――!?


 男の声と切羽詰まったウィルさんの慌てようで外の状況が手に取る様に分かる様だった。何やら機械的な駆動音が聞こえ始めたかと思えば、家の隙間から鮮やかな光が差し込んでくる。


「先に謝っておく。あの家ごと奴らもろ共消し飛ばす!」

「なっ――!? やめ――」

「「「パイル起動。術式を展開……連結開始……」」」


 これは周囲の魔力が集まってるのか……? 連中め、こんな村の中で正気かよ。


 モゴモゴと外から詠唱のような声が聞こえるのと同時に、それまではなだらかだった魔力の波長に乱れが生じている。一体どんなことが巻き起こるかは不明だが、消し飛ばすと言う辺り相応の何かが起こるのは間違いない。幸いなことに準備に時間が掛かっているので、こちらには十分な猶予はあるのは救いだった。


 だけど前も思ったけど……一々遅すぎるんだよなやってることが。なんで杖やら陣やらで無駄なことしてんのかは知らんが……。




「収束させるぞ! 「「「ハッ!」」」――放て!」

「セシリィ、目と耳塞いでろ」

「っ!?」




 動きは最小かつ手短に留め、守りのみに全霊を注ぐ。

 流れるような展開に付いていくのがやっとのセシリィに果たして俺の注意が間に合ったかは分からない。屋内にいたはずの俺らだが、突如として視界が黒い煙で閉ざされ、チラリと見え隠れする赤い炎の揺らめきに囲まれていた。目の前では高速で舞う火の粉と黒煙が荒れ狂い、事の大きさを十分に表している。


 保険で『ジャミングノイズ』も使っておいて良かった……。下手すりゃ鼓膜をやられてたかもしれない。


 どうやら俺が思っていたよりは強力な一撃だったらしく、恐らく今放たれた一撃で家は全壊してしまったことだろう。もうもうと立ち込める煙が鬱陶しく、『ウィンド』で空気を操って煙を晴らすと思った通り外が広がっていた。そして、俺らを包囲するように連中が散開しているようだった。


「……ここまで木端微塵にしてくれるなんてな。ウィルさんの許可もなく……アンタらの正気を疑うよ」

「想定はしていたが……貴様……!」


 屋内ではなく野外となった場所で驚愕と畏怖の眼差しに囲まれるそんな中、ただ一人だけ敵意のみを向けてくる男に俺も対抗するように睨み返す。勿論批判の言葉も添えて。


 よくもまぁ容赦なく仕掛けてくれたもんだ。俺だからいいものを。


「ば、馬鹿な……!?」

「直撃したはずだぞ! どうなってる!?」


 どうなってもいないからこうなってるだけだろ、アホか。ちゃんと現実を見ろ。


 周囲一帯が焦げ臭く、肌で感じる温度も日照りを受けるように熱く感じる。他の取り巻きが騒ぐ理由も分からなくはないが、以前一瞬で片付けられたことを考えればこの結果くらい予想できそうなものである。一応、それ程今の一撃に自信を持っていたと思えば分からなくもないが。


「半透明の壁……見たことのない術だ。ならば――!」

「殺った――っ!?」

「……」


 最初の策が通じないと分かり次第次の策に移行する早さは素人ながら感心する。そして恐れを知らないその壊れていると疑いそうになる肝っ玉に対しても。


 だが――。


「なン、だよ……っ! この隔たり、急に……!? 直接攻撃しても駄目なのかよ……!」

「残念だったな。その程度で俺に傷ひとつ付けられるとでも? 悪いけどそんなんじゃ一生掛かっても無理だ」

「っ……!?」


 見るなって言っても見ちゃうよな……そりゃ。


 音はともかく目を開いてしまったことでビクビクしながら震えるセシリィを引き寄せ、安心だと言い聞かせるように俺に密着させる。

 男の目配せを合図に、背後から飛びかかる様に斬り込んできた獣人の男の目の前に『障壁』を追加して攻撃を防ぐと、弾くような金属音と反応だけで見て確認する必要もない結果が出たと判断できたのでそちらは気にしない。


『障壁』は物理と魔法のどちらにも有効な防御手段だ。どちらに対しても得意不得意は存在しない。ただ迫りくる攻撃を防ぐ……至ってシンプルな効果しか持たない。

 俺らも動きが制限される点はあるが、そもそもそれを突破できない時点でお前等に勝ち目はない。


「やはり、術式なしでマナを扱えるというのか貴様……!」


 知るか。お前等がそう思うんならそうなんだろうよ。


「マナってのがどんなものなのかは知らないが、だったら何だって言うんだ?」

「くっ……! その稀有な力……そして才能……惜しいな」

「惜しい? 何が?」

「っ……その力を持った者を滅ぼさねばならないことにだ。お前ならばさぞその力を本当に必要とする場で発揮できただろうに」

「……へぇ。アンタには、俺がこの場でそれを使っていることがおかしく見えると?」

「フン、詭弁を……!」


 詭弁か……。今まさに必要としている娘がここにいることすら分からないのかよ。

 この糞野郎共が……!


「馬鹿言え! この不当な扱いを受けるこの娘の為にこの力を使えることが惜しいわけねぇだろうが! そっちこそその腐った自分達の基準で戯言をほざくな!」

「なんだと? 貴様っ……!」


 連中の言うことに対して無性に腹が立ち、気づけばそんな言葉で俺は罵っていた。

 目が曇っているどころじゃない、最早腐っていると。更生などもっての外、対話どころか相対すること事体が間違っていたと後悔したくなった。


「食らえっ!」

「無駄だ! 『鉄身硬』!」

「い゛っ!? 嘘だろ!? 素手で……だと……!?」

「とっととその無駄な攻撃はやめろよな。マナってのを使わなくても、お前等なんぞ生身で十分なんだよ」


 後ろにいた獣人の男が退いたのを確認してから四方に展開した『障壁』を解除すると、狙っていたと言わんばかりに別の者達から即座に追い打ちが入る。どうやら投擲による遠距離支援であったようである。

 左右からそれぞれ一つ、そしてまた真後ろから一際大きな影が迫りくるのを察し、掌を強化して薙ぎ払って弾き返すと、なまくらでも使っていたのかナイフや針が呆気なく砕けて使い物にならないガラクタに果てていく。


 ……随分と舐められたもんだ。殺す気のない行動の割に、これで俺らを殺せる気でいやがるのかよ。


「手を緩めるな! 奴に自由を与えてはならない!」

「「「おおっ!!!」」」


 俺の受け身の姿勢が逆に抵抗と見なされたのかもしれない。連中は持てる全てを出し切る勢いで怒涛の波状攻撃を仕掛け、俺に休む暇を与えないかのように死に物狂いの様相を晒し始めた。

 俺の気を散らす為なのか常に動き回り、視界を外れたと思われた瞬間には死角からの千差万別な攻撃を仕掛けてくるのは嫌らしくもあり、賞賛すべき戦術と熟練度を誇っていると思われる。


 ただ……ハッキリ言って命を狙われているというのに怖くもなんともなかった自分がいることが意外ではあった。例えセシリィを守りながらだったとしても、実力の差があるどころじゃないことに早く気づけとこちらから言いたくなるくらい、攻撃されればされる程にそれが分かってしまった。


 俺の気が短くて殺すことになんの躊躇いもなかったら……息をするようにとっくに全員皆殺しにできている。




「――ハァ……ハァ……!」

「な、なんで、これだけやって……平然としてんだコイツ……!?」

「化物め……!?」


 集中砲火が始まって、ひたすらに防いでみせてから数分は経った頃。適当に流していただけの俺と全力で向かってきた連中の間には明確な変化が訪れていた。

 疲労による所謂ガス欠である。俺からすればただの自滅だろと嘲笑したくなるものだったが。


「だから無駄だっつってんだろ! マナってやつでも、この生身一つでも、そんなちっぽけな力が俺に届くと思うな!」

「チィッ! これでも足らぬというのか……! 何なんだ貴様は! 何故貴様のような者がこの世にいるのだ!」

「知るか! 俺が聞きてぇよ!」


 苛立ちの声と共に放たれた、半ばヤケクソとも思える『陣』を展開しての一撃。男が放った渾身の一撃を素手で叩き割り、いい加減諦めてもらいたい一心で強く叫んでもその声は微塵も届いているようには感じなかった。それは一つの思想に囚われて完全に思考を停止しているような、操り人形みたいなものだと思いながら。


 さっきウィルさんと話した時の話題では、隊長の男は状況判断に長けて信頼の厚いことで慕われるような人物とのことだった。そのため、奴に追従する取り巻きも癖のあるような者の少ない集まりの精鋭で、間違った判断をする可能性はなさそうな印象を覚えたというのに……。


 一体、これは何の冗談だ? 実際蓋を開けてみれば状況を的確に判断できるような奴がこんな無策で無謀な行動に出るわけがない。リーダーとしては素人同然にしか思えない。

 状況を判断することすら放棄してるんじゃないのか? この様子だと……。天使を前にすると明らかに別人みたく変貌してるように思えるのは気のせいか? ウィルさんが嘘を言っていたようには思えないし。


 相対して伝わってくる連中の印象は正直疑問で、話とまるで違った印象しか受けなかった。

 現状から分かる違和感として、連中の殺気とは対照的にウィルさん達にその気がないのも不自然だ。セシリィが天使だと男から聞いたにも関わらず、困惑してるだけで俺らにまだ殺意を抱いているようには見えない。

 天使は全世界の敵だと、これはウィルさんの口からも聞かされたことだ。当然だが全員が全員その意思を同程度保有しているなんてのは現実離れしていて考えづらいが、突然天使の迫害が始まった歴史を考えると当時の一例がその考えを否定する。可能性が低いだけで、なくはないのだと。


 ならこの場合においてのこの連中とウィルさんらの落差は一体なんだというんだろうか。

 連中には個々でそれぞれ過去に何かあった? それが使命だというただの思い込み? もしくはそれこそただの個人的考え? どれもその線はあるだろう。


 ただもっと単純なこととして、ひょっとしてウィルさんと連中が共有している情報の中とは別に、豹変する引き金ともいえるトリガーか何かでもあるのか? 連中は知っていて、ウィルさん達の知らないことが。

 俺はウィルさんの言う連中の評価が偽りだったとはどうしても思えない。何故ならその話をしてくれた時のウィルさんが俺に嘘をつく理由はそもそもないのだから。

 そのまともであったはずの連中の……本来のまともな思考を奪うような何かのきっかけ。馬鹿馬鹿しいがそんなものがあるような気がする。




 物事には必ず何かしらの理由がある。絶対に、何かあるはずだ。


※5/24追記

次回更新は今日です。

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