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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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386話 目指すべき地

 

 ◆◆◆




「アッハッハッハ! そうかそうか、それは責任重大だなぁ……!」

「あのですねぇ……こっちは笑いごとじゃないんですけど。まさかあの娘の期待がそんなに大きいとは思ってなかったんですから」

「フフッ。でも実際そんな風に見られてるわけでしょ? ……セシリィちゃんには今みたいな顔は見せちゃ駄目よ?」

「うっ……。まぁそれは……分かりましたし実感もしましたけど……」


 ウィルさんとミルファさんと共に、沈む夕日を眺めながら他愛もない話を弾ませる。


 俺が眠っている間に、昼は過ぎて夕刻に随分と近づいてしまっていたらしい。更に二人と随分と話し込んだこと、またセシリィとの会話時間も含めて既に辺りはオレンジ色に染まり始め、軒を連ねる家と周りの草木から伸びる影の色が濃く伸びている。


「それが分かってるなら、自信を持ってセシリィちゃんの傍にいてやるといいさ。まだたった数日……その期間の間でアンタ――いや、フリード(・・・・)はセシリィに安心感を与えてたってことなんだろうし」

「そうね。早々できることじゃないし凄いことよ。あの娘が貴方を信頼しているのは紛れもなく本物。信用は見せかけでは買えても、本心は買えないものよ」

「そうだな。しかも寝てる時もすり寄ってくっついてくるんだろ? アンタ相当信用されてるよ」

「……」


 二人に論され、受け取る言葉一つ一つがこれまでの記憶と合致して腹にすとんと落ちていく思いだった。俺のセシリィに対する認識を、確信へと変えていく。

 ――事情は話したとはいえ、まだ少々名前呼びされるのはむず痒いものがあるが。


「最初、無理して取り繕ってるだけなんじゃないかって思ってたんです。身よりもなくて宛もなくて……たった一人だけ。そんな状況になったら誰彼構わず頼るのは当たり前だろうって。だから傍にいるのが別に俺じゃなくても変わらなかったんじゃないのかなって……思ってたんです」

「……その直された服を見てまだ言うのか?」

「いいえ。もうそうは思いませんよ。――思えません」


 シャツ一枚から再びコートに戻った装備を見つめ、感触を確かめるため腕を摩る。元々所々解れて肌触りの良くはなかった生地が、指でなぞれば滑らかに滑り四肢に馴染む。穴あきの部分は塞がれ、コートの端もキッチリと整えられている。


 今日中どころかこんな短時間でここまで……。しかもボロボロになる前よりしっかりしてるんだもんなぁ。




 今セシリィはここにはいない。俺としこたま会話をした後は入れ替わる様に眠ってしまい、現在はあの借りた家のベッドに寝かせている。

 随分と機嫌が良かったようだし、要ははしゃぎ疲れたのだろう。睡眠は沢山取れてはいたがこのように安心できる状況はこれまで限られてきた。やはり地べたよりもベッドの方が心地良いはずであるし、俺が休めたようにセシリィも存分に休ませてやりたい。


 俺も起きた時不安に思われないように、もう少ししたら戻らないとな。セシリィが俺の傍についててくれたように。




「なんだ、良い顔できるんじゃないか。それだよそれ。――なぁ?」

「うん。断然そっちの方が似合ってるわよ」

「っ! ……そうですか。なら善処しますよ。今後も」


 セシリィのことを考えていると、不意に二人からさっきまでとは真逆の評価が送られてくる。

 意識していたつもりはないがそれっぽい顔に自然となれた――いや、出来ていたようである。




「それより、さっきの続きいいですか?」

「え? ああ……天使のことについて、だったな」


 俺の無意識な表情の変化についてはともかく、中断されていた話の続きを今はしたい。


 果たして天使以外の種族が、現時点で天使について実際はどう捉えているのか。生の声を聞けるチャンスなのだから。


「お二人は天使を見たことはありますか?」

「ないな。ミルファは?」

「ウィルが見たことないんだからあるわけないわよ。……でも、どうしていきなり天使なんかのことを?」


 俺の質問に耳と首を傾げる二人は、逆に俺に質問を投げかけた。突拍子もない質問なのでこれは当然の反応である。


「実は天使って言葉を妙に覚えてるような気がして。それと、何故か個人的な都合で俺にあんまり時間がない気がしたというか……。天使のことなら何でもいいです、教えてもらえませんか?」


 わざわざ天使という言葉をこちらから出すのは危険な可能性はある。だが今の俺の状態なら不自然な発言も多少は誤魔化しが効くし、表向きは俺の記憶のルーツかもしれないという説明にすり替えができる。


 さて、世界の持つ偽りの常識ってやつを教えてもらうとしましょうか。


「……? そこら辺の記憶も全部ないのか?」

「はい」

「はぁ……そりゃマズいかもな。――天使ってのは端的に言えば生きてちゃいけない種族のことだ。獣人に匹敵する身体能力にエルフとはまた違った手の付けられない未知の異能。更に心を読む力の他……他者を操る力すら持ってるって言われてる」

「……へぇ」


 最後のは違うんだがな。なんでそう思うようになったんだか。


「その昔、天使はその余りに突出した力を悪用して他種族を貶めたことがあったらしい。その危険性は世界を揺るがしかねない可能性が大いに予想でき、見過ごせないということで天使の殲滅が決定したんだよ。特に誰かを操れることが最も脅威だって当時では判断したみたいだな」

「実際に誰か操られたんですか?」

「さぁ? 流石にそこまでは知らないけど、先に手を出してきたのは取りあえず向こうだって話だ。ただやられてても仕方ない……ならやられる前にやっちまえって具合だったんだろう。そして、それが今もまだ続いてる最中ってわけさ。僕達も実感はないけど世の中は一応戦争真っただ中ってことになる。実際、まだ各地でチラホラと天使の生き残りが確認されてるのは偶に聞く」

「そう、ですか……」


 生き残り……セシリィがそうだったからいるとは思ってたけどやっぱりまだいるのか。探そうとしてもそう簡単に見つからないから生き残っているんだろうけど……。

 でも良いことを聞けた。セシリィが望むならそっちも探してみるのもアリ、か。


「記憶がないのに天使のことが気になるだなんて……もしかしたらアンタは実際に何かされた側だったのかもしれないな?」

「どうでしょうね。今のを聞いてもあまりピンとはきませんでしたけど」

「そうか。――ま、僕らが知ってるのは精々これくらいだ。天使は取りあえず滅ぼすべき対象だって思ってるよ。ここは辺境だから情報も入ってこないし、他の場所で聞いた方が色々聞けると思うが……大した事を教えられなくて悪いな」

「いやそんな、ありがとうございます」


 ウィルさんから簡単に聞いた説明はセシリィと似たようなものだった。ウィルさんを見る限りこれ以上の情報を知っている雰囲気はなさそうである。




 ここで得られる情報はこんなもんか。その他に聞いておきたいことはもうあらかた聞いたし……これ以上、この村に必要以上に留まる理由はもうない。




「……今日はここで一拍していくだろ?」


 話に区切りがついたのを機にこちらの考えを汲み取ったのか、ウィルさんが俺の考えを言い当てて家に戻ろうした俺を引き止める。


「ええ。お邪魔にならない範囲で今晩だけお世話にならせてもらっても?」


 自分でも答えの分かっている断られるわけがないことを承知で聞くと、当然のようにイメージ通りの展開はやってくる。


「ああ、泊ってけ。――しっかし残念だな。アンタ強いから指南とかしてもらいたかったし、来客事体珍しいから暫く滞在してもらいたかったんだけどなぁ……」

「すみません」

「いいよ、僕らが止める理由もないし事情が事情だからな。ここで道草食ってる場合じゃないのは分かってる」


 いきなりやってきていきなり去っていくだけの、ウィルさん達の厚意にあやかりっぱなしな点は申し訳なく思う。実際は急いでもいないわけで、村の人達の迷惑にもならないのであればゆっくりしていく選択肢は俺にもあったかもしれない。

 ただ、長く留まればそれだけセシリィの正体が露見する可能性も高まるからそうもいかない。ずっとローブを纏わせたままでいても不審がられてしまうため、俺達は訪れる場所には長く留まってはいけない。


 そこで出会う人達とはなるべく深く関わるのではなく、浅く関わるべきなんだ。

 恩すらまともに返せそうもないとはな……ホント、申し訳ない。




「となると……一体次はどこを目指すんだ? 西か? 東か?」

「……考えてないです。取りあえず、まずはここから一番近い村とかにでも行ければと……。今は手に入る情報があればなんだっていいですからね。手あたり次第行ける場所ならどこにでも行きますよ」


 目的はあっても目的地は俺らにはない。人が多い所に出来れば行きたいところだが、その分危険性が増すことを考えれば街に行けるかどうかを判断するための情報も必要になってくるはずだ。

 急がば回れという言葉もある。小さな村に立ち寄るのも重要なことになってくると俺は思っている。


 さて……どうすっかね。まだ駆け出しで経験も感覚も掴めてないのも痛い。

 今回みたいな運の良さが続く保証もないし、俺はそもそも運なんて良くない予感がするしなぁ。


「手当たり次第……か。情報を求めるならそれだとちょっとこの大陸だと効率悪いかもな」

「そうねぇ……」

「……?」


 俺が明日からの予定に詰まっていると、ここでとある助言をウィルさん達がしてくれた。


「セシリィちゃんはともかく、フリードは自分の記憶を取り戻すのが目的だろ? なら多分出身地のヒュマスに行ってみるのも手だよな。情報に疎いこの大陸で何か探るよりも、元いたはずの大陸に戻った方がいいんじゃないかと思うんだが……」

「ヒュマス……ですか」

「……その反応からして、やっぱりその辺りの記憶も微妙にないの?」

「他に大陸があるのは知ってます。けど名前はすぐに出て来ませんね。うろ覚え……?」

「そう……。ヒュマスは恐らくだけど貴方の故郷になる大陸よ。さっき身体を診させてもらった時に人族だって分かってるから間違いないわ。ご家族だっているかもしれないし一度戻ってみたらどうかしら? 何か思い出すかもしれないわ」


 ふむ……別の大陸に行くという考えは正直なかったので盲点だった。まだ村に訪れたこと事体初めてだからそ早すぎるし、その考えに行きつく方がむしろ難しいとも言えるが。

 にしても、俺の故郷かもしれない大陸か……。興味がないと言えば嘘になる。


「ちなみにヒュマスってどんな場所ですか? ここみたいに緑が生い茂ってたりするんですか?」

「いや? ここまで緑が深いのはアニムとイーリスくらいみたいよ。ヒュマスは草原みたいな場所が多いそうだから」


 ふーん。


「全大陸中人の数が一番多くてマナの技術? なんてのも高いらしいぞ」


 ほーん。


「僕らもこの前来た部隊の人から聞いただけだけど、噂じゃ今とんでもない奴がどっかから来たとも言ってたっけ」


 お、おう……。なんかよう分からんが知らん言葉がチラホラ出てきましたな。

 マナ? にとんでもない奴? 何ソレ、マナーのとんでもない奴の間違いじゃないでしょうね。


「マナとかいうのも分かりませんけど、そのとんでもない奴というのは?」

「それがね、僕もよく分からないんだ。ただ、聞く限りじゃ『イセカイ』? ってところからきたそうでさ。今や連合軍で一番腕が立つって言われてるくらいの実力を持った人らしいぞ」

「え……?」


 俺が唯一まともに知っていたと言ってもいい。ウィルさんの口にした言葉の一つを頭の中で認識し、どんなものかが明確にイメージできるものがポッと浮かび上がる。


 異世界って、あの異世界のこと……だよな?


「ん? 『イセカイ』が何か知って……いや覚えてるのか?」

「は、ハイ。言われてすぐに意味は理解できましたね」

「ふ~ん? 何か思い当たるんなら丁度いいじゃないか。尚更ヒュマスにいく方が無難だな」


 俺の反応が大きかったことがウィルさんらには朗報だったのだろう。即座にヒュマス行きを勧めると、嬉しそうな顔で俺を見つめてくる。




 何故俺がウィルさん達もよく知らない異世界について知っているのかは不明だが、これは……終わり間際で思わぬ記憶のルーツへの手掛かりっぽいものが掴めたんじゃないのか?

 もしかして異世界が俺と関わりがあるんだろうか。だとすればヒュマスに俺は行くべきだろう。そこで掴めたものが、恐らく次の目的と道筋を示すことになるはずだ。


 よし……よし……! なんか前向きに事が進み始めたんじゃないのかこれは……! そうと分かればセシリィが起きたら早く伝えておかないとな。




 心踊りそうな気持ちに染まりかけたそんな時――。







『――今すぐそこから逃げなさい――』







 頭の中に直接響いてくる、女性の声が聞こえてきたんだ。



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