表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
384/531

382話 遥か後ろで

 



「……何が起こった……?」


 ようやく身体の異変に対して思考が追い付いたのか、ポツリとウィルさんが言った。放心した様子なのは変わらないが、徐々に状況は理解し始めたようだ。


「ウィルさん、アンタが仮にそこらにいる獣と同じだったらこのまま命を奪って終わってます。ここら辺じゃ負けなしだったのかもしれないですけど……俺も今のところ負けなしなもんで。――どこか痛いとことかないですか?」


 念には念を。何か痛みを訴えるのであれば手当てをする必要があるので取り合えず聞いてはみたが……その心配は要らなそうである。


「……ハハ、こりゃ驚いた。まさかこんなに手も足も……あの隊長さんどころじゃないとはな。――よっと! 受け身も要らないくらい配慮してくれてありがとな。全く痛くなかったから平気だ」


 胸倉から手を離してウィルさんを楽にさせ、手を差し出す。繋がれたことで軽く張った腕を緩やかに引き上げると、フワッとウィルさんが立ち上がった。

 一気に演武を終わらせてしまったことに反感を買わないか不安だったが、どうやらその心配は必要なさそうである。しみじみとした表情は不満を露にしているとは思えなかった。


「最近の人族は身体能力でも上がってるのか? 人族の人に獣人が身体能力でまで上回られてるとは思わなかったよ。それとも……一体どれだけの研鑽を積んできた……? 血反吐吐くくらいのことはしてそうだが……」

「……想像にお任せしますよ」

「なんだそりゃ」


 血反吐ね……吐いてたかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 でもかなり修羅場は潜ってそうなのは間違ってないかもな。当然覚えてないけど、腹に絶句するくらいやばめの傷痕あるし……。


 適当に答えにくい問いかけをはぐらかしつつ、自分の身体に刻まれている痕について思い出すと苦笑いしか出てこなかった。それか失笑という方が正しいのかもしれない。どちらにしろ誰かに見られたら気の毒な顔をされるのがオチである。


「その娘に怪我がないのはやっぱり当然だったのか。あーあ、まんまと騙された……。それだけ強くてなんでアンタがボロボロなのかも合点がいったよ。そうだよな……身なりは第一印象として重要だよな。そのわざとみすぼらく見せた恰好は予防線で、相手を欺くための保険ってわけか……」


 俺の心境も知らず、ウィルさんは俺の手を離すと腕組みしながら一人……今の演武の感想を述べていく。俺という相手に対しての分析が足りなかったという反省に近い形で。


 でも納得してるところ悪いんですけどこの見た目には何も意味なんてありませんから。ただの私の今朝の失態がそう見させることになっただけですから。


「い、いやぁ……これはちょっと今朝にポカしただけの自爆というか……」

「ん? ポカ?」

「別にそんな意図はなかったといいますか……」


 自分のヘマで偶然できた要素をさも別の意味に解釈されるのはかな~り恥ずかしい。状況も影響しているが何よりも原因が原因なだけに。


「獣相手にやられたって? 僕でもそこまで悲惨な恰好になるのが難しいのに何言ってるんだ」

「……」


 やめろよ、ホント、そういうの……! 『冗談キツイぜお兄さん』って言いたそうな反応されると尚の事恥ずかしいからやめて欲しい。

 しかも今朝のことで記憶がまだ鮮明。尚且つ原因があの誰でも勝てるようなスライム如きですし。これでは恥の上塗りもいいところだ。

 今回は自分の尊厳を保つためにも黙秘権を行使させていただこう。……うっわ、俺の人生ってなんかしょーもな。一人悶々としてることもそうだけど。



「全く世界は広い……。そして――流石にそこまで甘くはない、か……」

「もう不意討ちは食らいませんからね」


 例えモヤモヤして隙ができていても、急所を突かれるには至らない神経は残している。まだ不意打ちを狙っていたウィルさんが独白を続けている中でさり気なく手を伸ばした手を掴み取り、最後の足掻きを捌き切った。


 最後まで諦めず勝ちにいこうとする意志は失われていなかったか。でもこういう人程本当に土壇場の時力を発揮しそうなので、意地が悪いとも思う反面たくましさも覚える。

 ぶっちゃけ俺は嫌いではない。しつこいとは思うが。


「甘く生きられるなら断然そっちの方がいいですけどね。でもどうせ甘くない現実は勝手にこっちの意思とは関係なくこうしてやってきますから……難しいですね本当に」

「違いない」


 あら~……皮肉を込めて言ったつもりなのに、無意味というか当然というか……全く気付かれてもないな、うん。

 だからミルファさんの気持ちにも気づけんへんのやぞ? そういうとこやぞ? ん?




「――完敗だよ。実力差すら見ぬなかったのも含めてな。アンタが今の挨拶に不快を感じていないようであれば、今度こそ歓迎させてもらうよ。勿論、これが嘘でいきなりまた仕掛けたりするとかはなしだ」


 なんだ分かってんのかい。回りくどいな。

 あと挨殺の間違いに訂正して頂くことを所望します。じゃなきゃ不快ですよ俺は。




「……はい。少しお世話になります」




 ――ま、俺はこれしか言えないんですけどね。だって情報欲しいんだもん。ぶー。


 密かに口を膨らませてみた抵抗はともかく、演武で猛っていた空気が日常の雰囲気は既に元通り戻っている。意識してみれば再び感じるのは村から漂う生活臭のみであった。




 こうしてようやく、俺らは当初の目的を果たす足掛かりまでこぎ着けた。







 ◇◇◇









「くっ……! また道が険しさを増してきたな……!」

「ええ。当初と比べれば慣れたつもりでしたが……やはり未開の地は辛いですね。もう懲り懲りですよ」

「フフ……同感だ……!」


 司達が演武を終えて村に立ち入った頃。村より程々に離れた山間部にて一部隊程の規模の人が行軍を続けていた。先頭を軽装な恰好の獣人の男が先導し、続いてローブに身を包んだ三人と残る数名が後ろに並んでいる。


「しかし、もうそろそろか?」

「はい。恐らくこの勾配を抜ければもう間もなくかと」


 未開拓の土地であり、元々この大陸特有の起伏の激しい地形を進むことは訓練を積んだ者でもかなり厳しい。――がセシリィを連れて進み、更にはまだ成長も追いつかないセシリィに自力で歩かせていたのはもっての外の行為に他ならない。

 セシリィがそれでもへこたれることもなくいられたのは、――が共にいて献身的なまでのサポートをし続けていたからである。険しすぎる道は必ず手を取り、身体的に不可能な道は――が抱えて進む。そして夜間は――が睡眠を削って見守り十分な休息を取らせていた影響が大きい。土地勘はなくともこれ以上ない程の引率者がいたことが幸いであった。


「その通りだぜ。この山を降りられればもうちょいだ。今日中には戻れるだろうよ」


 しかし、この者達の中に――程の引率者はいない。今先頭を切っている男は土地勘もあり十分な引率者ではあるがその他のサポートまではできない。その中でここまで人員を欠落させずに部隊が残っていられているのは個々の能力が鍛えられているからであり、無謀にも未開の地に突入しただけの者達ではないことを表している。


「そうか……。皆、体調は問題ないか?」

「まだ平気、です……!」

「僕も。この程度で根はあげるわけにはいきませんからね……!」


 部隊の隊長である男……グレイブが全員の様子を確認する。先頭はともかく、同じく二人のローブの恰好をした仲間の疲労は激しく、主にその二人に投げかけているようだった。


「猟兵組も平気だぜ。こっちはこんなの日常茶飯事だからな、全員心配無用だ」

「そうか……。終始頼もしくてなによりだ」


 グレイブと呼ばれる男の額にも汗が滲み、粒と粒が合わさり滴り落ちている。疲労もあり表情は決して険しいとは言えないが、二人よりかはまだ余力を残している様子だ。加えて放つ雰囲気もやや固い口調とは裏腹に柔らかく、以前見せた冷徹な眼差しとは無縁であった。


「この仕事ももうちょいで終わりか……。しっかし驚いたぜ。最初は報酬が良いから引き受けたが、ヒュマスのお偉いさんの部隊だから無理難題ばっかりの要求しかされないと思ってたってのに。……アンタ良い隊長さんだなー。安全行軍はこちらとしても助かったぜ? ヒデェ時だと散々コキ使われることもあったからな……」

「仕事……といえばそれまでだが同情はする。……フッ、そういう私も打算ありきの安全策を取っているだけで人の事は言えないのだがな。――私一人で部隊は成り立たぬ。それに土地勘のない場所では私らは無力だ。国から直々の命を受けている以上失敗はできん……其方らに無駄に迷惑を掛ける訳にはいかぬさ」

「そうかよ。素直じゃないねぇ」


 決して楽な仕事ではないが、それでも予想以上の好待遇を享受させてもらった。先頭の男がそういうと、後方に続いている者達も僅かに笑みを浮かべて肯定する。一方でグレイブは割り切った様子で理由を語り、それを素直じゃないと受け取ったらしい。


「ま、なんにせよ仕事は完遂できそうだぜ。こっちもまさか本当に天使と出くわすことになるとは思わなかったが……全員軽傷で済んで良かったもんだな。――今更だけどよ、他の部隊の方はいいのか?」

「『千里眼』で無事は確認できているし、残りの部隊とも既に合流を果たしているから問題ない。私達はそれよりも取り逃がした生き残りの天使を追うのが優先だ。……逃がしはせん!」


 ここでグレイブの目つきがガラリと変わった。こと天使という存在が絡むと様子が一変し、殺意に塗れた冷徹な人物へと一気に変貌していく。

 そして、それはグレイブだけでなく差はあれどこの場の全員に言えることでもあった。


「ま、そうだよな。天使が近場に潜んでるかもしれないのはこちらとしても勘弁だ。あの村には馴染みのある奴もいることだし……どうにかしねぇとな」

「ああ。先日確認した限りではこの山を降りていったのは間違いない。となれば我々同様に村を目指している可能性は高いだろう。間に合わぬかもしれぬが……追わないわけにはいかない」


 グレイブの杖を持つ手が力強さを増し、ローブの内に潜む身体を強張らせる。

 全員が天使を好ましく思わず、排除しようと動く。そこには理由もなくただ機械的なまでの使命感に似た力が働いているかのようだ。誰にも止められず、誰も疑問に思わない。異常が日常とすり替わった非日常に誰も気が付くこともできない。


 戻るべき地点を目前に、部隊が殺気に満たされ更に充満し、膨張していく。

 この大自然を、殺気で汚染し汚す様に。一度湧き出した殺気は収まらない。




「(あの二人の移動速度はこちら以上。被害を拡大させぬためにもなんとしてでも追いつく必要がある……。しかしあの男がいる以上は何か手を打たねば……)」


 殺気は放ちつつもグレイブは冷静さは保ったまま、まだ森に隠れて見えない村の方角を山から見つめる。当然、そこに間違いや疑問は感じずに。


 足を止めている――とセシリィに、後方から刃が迫りつつあった。


※4/16追記

次回更新は明日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ