380話 掟
う~む……投稿はやはり一週間に一回くらいが限度ですかねぇ。
「あーーーっ!? ウィル! どこ行ってたのよ! 探してたんだよ!?」
「……?」
村の敷地が少しずつ近づいてきたかと思えば、一つの人影が軒から出てきたのが分かった。恐らく何気なくで意識してこちらを見たようではないものの、こちらをチラッと見るや表情を変え、すぐに駆け足で向かってきては男性に大きな声で話しかけてくる。
「ちょっと出てたんだ。ゴメンゴメン」
理由は俺には分からない。しかしどうやら名前をウィルというこの男性。彼に反省している様子はなく笑って誤魔化していることから、そこまで重要なことではないのだろう。
おー……それはともかくこの人もアレだ、狐さんなんですね。察するに村の人かな……。
男性と女性とで身体部位にそこまでの差異とかはないのか。こう、耳と尻尾の長さが違ったりとかの。
取りあえず、これでコンが二人でコンコンですね。ハイこんにちは。
「……また稀人さん? あらその娘可愛い……ってちょっとそっちの人大丈夫!? すごくボロボロじゃない……!」
女性は男性に文句を言いたげな顔を見せてはいたものの、傍らに立つ俺とセシリィが気になったのだろう。そしてセシリィ、俺と視線を移すと、最終的には慌て始めてしまう。俺はそのコロコロと忙しく変わる表情に、感情表現が豊かな人だなと言う印象だった。
「怪我はないみたいだから平気だ。昨日からそこの小川で野営してたみたいでさ、旅の途中っぽい」
「な、なんだ、ビックリしたぁ……。――それより旅の途中っぽいって……じゃあ訳アリってこと?」
「っ!?」
「うん、多分ね」
俺に身体的な外傷がないことを知ると、女性は不安気な表情は流れるようにすっとんでいったようだ。胸を大袈裟に撫で下ろしている。
一方で俺は訳アリの件がまた掘り起こされそうになったこともあり、咄嗟に身構えてしまった。この流れはマズイ……そう思って。
「そう――うん分かった。怪我がないなら良かったわ」
……は?
耳を疑った。怪我がないことに安堵するのは人としてまぁ分かる。ただ、訳アリと聞いて特に何も問題なさそうな態度に対してもではあるが、本来ならば真っ先にあるはずの追求がそもそもないことはどういうことか分からない。聞き忘れるようなことでもないはずだ。
この人もなのか? 何も聞いてこないなんて。
無用心にしたって流石におかしくね……?
「セシリィ!」
「わっ!?」
二人に不可解な疑心が芽生え、今見せている姿や振る舞いが偽りに思えてきてしまう。素性も知らない奴を平然と自分達の生活スペースに引き込むなんてことは、自分だったら余程のことがなければしないと思ったからだ。
何か……裏がある。そんな予感が胸の内でざわついていた。
「お? いきなりどうしたんだ?」
「……一つ、今ここで聞きたいことがあります。なんで……そんなに俺らに対して無警戒なんですか?」
「……? なんでってそりゃ……なぁ?」
セシリィを後ろに隠しつつ、その場から一歩退いた俺の問いかけにウィルさんが首を傾げて反応した。
杞憂であるならそれでいい。でもこの態度すら今は疑わしいものとしてか見ることができそうもない。
今俺はすごく失礼なことを言っている自覚はある。手を差し伸べられて一度取ったにも関わらず、その手を蔑ろにしかねない浅慮なことを。
けど一度正体がバレたら終わりなんだ。ここは慎重すぎるくらいでいきたい。
「――だってウィルが連れてきたんだから平気に決まってるもの。この辺りまで来る人は大抵が訳アリだって分かってるのもあるけど、もうその人の目を見るだけでどんな訳アリなのかなんとなく分かるのよね私達って。何か貴方達は……貴方達自身が危険ってわけじゃなさそうに見えるから……」
「……」
経験則に基づく判断がそうさせているのだと、女性は言った。
それが事実なら誠に嬉しい限りだ。それだけ俺らが第三者から見ても疑わしく映ることもない、真っ当に生きている者達ということを証明しているようなものである。自信をくれたことに感謝したいくらいだ。
ただ果たして本当にそれだけか?
口では何だって言える。嘘も事実も……。
「――お兄ちゃん、多分大丈夫だよ」
一気に頭の中が疑心で溢れかえって、俺は冷静さを失っていた。そこへその疑心を晴らす一言が傍らからし、その碧い瞳に釘付けになる。
「セシリィ……」
「うん、平気だと思うから……ね?」
短く、これこそ根拠のないように思える言葉と言ってもいいのかもしれない。でも俺にはこれ以上に信用のおける言葉がないと断言することもできた。
俺とは対照的にセシリィは極めて落ち着いていた。俺が行動に突っ走らないようにか腕を両手で引っ張っており、あろうことか俺を嗜めようとする余裕すらある始末だ。
疑っていないということはつまり、この人らに嘘偽りがないことを示している。
こうなってしまえば俺が考えていたことは全て無駄だったようなものだ。セシリィの腕を引く力に逆らおうとすることを止め、懐柔され為すがままとなっていく。
「なんだなんだ? 俺らを疑ってたのかアンタ……。――いや、その娘が大切すぎて気ぃ張りすぎてた、か……?」
……ご明察。参ったよ、確かによく見てるんだなアンタ。
男性の察しが的を得すぎていて俺からは反論の余地もなかった。完全に俺の空回りで、全部俺が悪いことをしてしまった。この作り出してしまった決まずい空気がグサグサと身体中に刺さるかのようだ。
余計な言い訳はおろか、口を開くことすら躊躇われる。
「ふ~ん? どっちが主導権を握ってるってわけでもなさそうね。……まぁいいわ。それよりウィル? アンタ一体なんて言ってこの人達連れて来たの? どうせ軽いノリで来ないか~? ……なんて言ってないでしょうね?」
「お、よく分かったな。大体そんな感じだ」
「馬鹿! いつも言ってるでしょ!? 無償の厚意は見知らぬ人からすれば怪しくもあるって」
俺が黙っていても場は展開する。女性はウィルさんの返答が気に食わなかったのか、声を大にして食って掛かる。
幸いなことに、この若干フォローされた具合のようで意図していないであろう展開は今の俺にとってはありがたい。少なくとも空気の流れは変わったように思う。
「二人ともごめんなさいね。見ての通りコイツ誰彼構わず馴れ馴れしい悪意ゼロの馬鹿なのよ。戸惑ったでしょ?」
「仕方ないだろ? こんな格好見たらミルファだって放っとけないだろ」
「それはそうだけど……」
場を賑やかす二人のやり取りを目の当たりにし、どうやらこの二人については深く考えるだけ無意味なことだと俺も悟った。
疑心暗鬼になりすぎてたのかもな……俺。
考えれば考えるほどドハマりして、自分で余計な面倒を作っていたのかもしれない。怖じ気づいていたとも言える。
「――すみません……俺の考えすぎだったみたいです。ごめんなさい」
「別にいいって。言葉足らずでこっちこそ悪い」
俺が謝罪を口にするとウィルさんも謝罪してくる。それはこの際限なく続くやり取りの終わりを告げており、これ以上の疑心を生ませないことを指している。
バツの悪さはすぐになくなりそうもないが、とにかく二人の理解には感謝を。そしてつくづくこの巡り合いを良く思う。
「――でも招いたってことは……ウィル、一応念のため聞いておくけどまたアレやるの?」
「ああ、やる。掟だしな」
仕切り直された雰囲気を動かしたのは、どうやらミルファさんと言うらしい方だった。
急に目を細めてウィルさんに問う姿は呆れと疑問を同時に感じさせている。……所謂ジト目であった。
やるって何を? というか掟ってなんぞ?
「……ハァ~……そのことって伝えた?」
「いや、まだだけど?」
「ああもう……ほんっとにアンタってやつは……! あのさぁ、確かにここはお世辞にも辺境って言えるよ? 一住人……というか残り最後の若者の意見として言わせてもらうのだけど、これもうやめた方が賢明だと思うわ」
「うん。このままじゃ確実に近い未来にどころか数年後には村が消えてそうだよね。僕らが最後の砦になるかもしれない」
「へぇ? アンタにまだ最後の砦の自覚があるなら尚更言いたいわね。ここらに寄り付く人が現在進行形で減ってる原因がこれからしようとしてることな可能性が高いわけだけど……時代錯誤なことは理解してるわよね?」
「当たり前だろ? こんなことしてて人が集まるわけないだろ」
「あ、アンタねぇ……」
あのぅ……俺の杞憂、それが原因な一面はあったんだろうけどさ……これさっきから何の話してんの?
いきなり始まった話についていけず置いてけぼりを食らう俺達を他所に、二人の話はまだ続く。ミルファさんは額に手を当てて頭を痛くしているようで、対するウィルさんはあっけからんとした態度である。この二人の温度差が話をこじらせ、特にミルファさんこ頭を悩ませているのだと思われる。
「でも掟は掟だから……。長がまだ存命である以上、こんな後もないような血族の僕でもさ、そのしきたりを外すことはできないんだよ。――ミルファもこんなヘンテコな村は放っておいて他の人達みたいに行動に移したらどうだ? そろそろ適齢期なんだし婚期逃したくないなら出てく方が絶対いいぞ?」
「余計なお世話よ! それに私がいなくなったらウィル一人になっちゃうでしょ! そんなの不憫じゃない! 残ってあげてる私に感謝しなさいよね、まったく!」
「……?」
……分からんわ。さっきから何を話してるのか、何でいきなり甘酸っぱい話をしてるのかも……。
つか二人でなに夫婦漫才しながらイチャついてんですかね? 独り身の俺への当てつけかよ。泣くぞ。
「……ありがとな。お蔭でいつも寂しくないし……感謝してるよ」
「ばっ……馬鹿! なによいきなり……! す、すぐそうやって調子いいこと言っちゃってさ……! 」
あ。この態度……そういうことですか、そうですか。尻尾が盛大に動き回ってるってことはもう確実ですわ。
ミルファさん、貴女まさかのツンデレとは御見それしました。よもや現実で伝説的な属性持ちに出会えるとは思ってもみなかったです。空想の中にしかいない絶滅危惧種だと私は個人的に考えてたくらいですよ。
「……? 尻尾振り回してどうしたんだミルファ? 落ち着けよ」
「なんでもないっ!」
流石伝説級属性、見せつけてくれますねぇ。ウィルさんの方は天然級の間違いですが……。
いやぁあっついわ~。心見えなくてもラブコメの波動をザクザク感じちゃってるわ~。ちょっと一方通行なのが気の毒なところですけど。
ミルファさんがプイッとそっぽを向いてウィルさんの視線から逃げた。後ろから見える横顔は若干朱に染まっており、白い肌にポゥ……と浮き上がった花のようだ。――依然、尻尾は挙動不審のままだったが。
「朝から変な奴だな……頭大丈夫か? 具合でも悪いのか?」
そういうアンタも大概ですけどね。だって鈍感具合酷すぎ悪すぎですし。
というか何故そこまで隠せてもいない好意を見せられて気がつかないんだ。鴨が葱を背負ってるようなもんだろう? せっかく綺麗な人なんだから、狼なら迷わず食って掛かりなさいよ。まぁ貴方は狐さんではありますけども。
「フンッ……アンタにだけは言われたくないわよ!」
至極ご尤も。貴女の方は年がら年中朝昼晩、恋という名の魅了を掛けられた正真正銘の状態異常を発症しておられるから言葉に重みがありますな。
俺も貴女の方に十割の同情をしますよ。
しかし個人的な意見を言わせてもらうなら……ツンデレって中々苦労すると思ってたんですがやっぱり実際その通りみたいですな? 特にお相手がめっちゃ鈍感な人だとそりゃ大変なことでしょう。
この言葉の節々から分かる丸わかりな好意と照れ隠しに気が付けないとは……ウィルさん罪な人ですわ。照れ学士号取得済みの俺が太鼓判を押してあげましょう。はよ気づけ。
ま、お二人があとどれくらい掛かるかはわからないけど……ケッ! この恐らくは確定リア充達め。末永く爆発しやがってください。どうか最期までお死合わせに。
「――それで、やるって何を? 何かやらないといけないことがあるんですか?」
「「あ」」
あ、じゃねーですよ。どんだけ二人の時間に浸ってんスか。吐くぞ。
このままじゃ埒が明かないことは明白だった。そこで自分から二人の痴話に横やりを入れて中断させ、話の主題を元の路線に戻す。すると、割とすんなりとお互いに正気に戻ってくれたようだった。揃って俺を見つめる目が並んでいる。
「悪い悪い、さっき言ったやつな? 今簡単に話すから。――取りあえずアンタ……旅中に使ってる得物ってなんだ? ちょっと出してくれないか?」
「え? 得物?」
「おう。見たとこ何も持ってなさそうだが……見た目に反して案外体術一本だったりするのか?」
いきなり自分の得物は何か? と聞かれてすぐに答えられる人は決して多くはないと思われる。特にこんな脈絡の無い会話の流れであれば尚更に。
ウィルさんは旅をしている以上はほぼ必需品と言える武装が俺には見当たらないことで、これまで体術のみで過ごしていたのかと考えたようだがそれは半分当たりで半分間違いとも言える。
「えっと……はい、そうですね。ちょっとこっちには自信がありまして」
――が、俺は肩を叩いてウィルさんにその旨を伝える。
得物……ねぇ……。そういえばえらく沢山の武器を持ってたのに、思えば最初から生身でしか戦う考えがなかったな俺。それが一番しっくりきてたのか知らんけど全然不自由もなかったしなぁ……。
正確には『アイテムボックス』にわんさか色んな種類の武装が入っているのだが、俺が目だって用いた武装が特になかったのなら、このありのままの自分こそが得物と言っていいのかもしれない。となればこう答えておく方が間違いはないだろう。
「人族なのに珍しいな? まぁなんでそんなこと聞いたかって言うとさ、もう分かってるだろうがアニムなりの伝統的な挨拶をさっさとしとこうぜってことだよ。ここもそれは例外じゃないからな――!」
「っ!?」
何故得物についてを聞いてきたのか、その答えはすぐに明かされた。ウィルさんが俺に向かって見せたモノによって。むしろわざわざ前置きをつけてくれている分、かなり配慮されていたといっても過言じゃない。
そしてその瞬間から同時に、ウィルさんが笑みを浮かべて覗かせている八重歯は俺を既に捕らえていたようだ。
「っ……」
呆気に取られて言葉が一瞬詰まってしまった。いきなりウィルさんが何処からともなくナイフを一本取り出し、逆手に持ちながら組手の構えを取ってきたのだから。
悪意こそ言葉の圧からは感じなかったが、態度はそれとは逆なことが戸惑いを更に大きくさせる。何故こんな真似に出たのかがさっぱりわからなかった。
そしてその俺の心情に対する答えは、ウィルさんによってすぐに明かされることになった。
「知ってると思うがアニムには古来より『獣神』の定めた3つの掟がある。一つ、家族と仲間を大切にすべし。二つ、自然の恵みと共に在れ。三つ、力ある者に畏敬の念を。そしてそこに各地域での独自の掟が加わって僕らはこの大陸にこれまで住んできている。……この大陸に踏み入ってるなら今更だろ?」
「……そーでしたねー。知ってますヨー?」
――嘘である。
当たり前と断定して言ってきている辺り、今言われたこととは一般常識程度の情報なのだろう。だが俺は知らないし心当たりすらない。
しかしここで知らないと答えるのは余計に肩身が狭くなりそうな気がし、気が付いた時には俺は咄嗟に片言と共に首を縦に振ってしまっていた。
あ? 知らねぇよんなもん。申し訳ないが初めて聞いたぞ、だって記憶ねぇんだもん。つか掟とかが本当にあることに一番驚いてるわ。確かに時代錯誤云々は言いたくもなる。
「この村の掟は、3つ目の掟を特に尊重して滅多に訪れない稀人との演武を行うんだ。村に訪れる意思がある以上……受けてくれるよな?」
「只では入れさせない……そういうことですか……!」
へーそうなんですか。それはこれは情報ありがとサンキューベリマチ、さよならグッバイシーユーアゲイン……って言ったところで断る選択肢はどうせないんでしょう? これが強制イベ的なことだってお兄さん知ってるんだから。
避けられぬ戦いが男にはある……今がその時である、と。そういうことだろう? ただ村に入るだけにあたり。
――ハァ? 何ソレ意味分かんないんですけど。
避けられぬ戦いだぁ? いやいや普通に戦いたくないし。尻尾巻いて逃げて事なきを得るなら断然そっち優先しますから。むしろそっちの方が俺にとっての戦いですから。だって戦ったら負けですから。
オイコラ獣神様とやら、何を勝手にそんな掟を定めてくれとんじゃい。過去から現代まで続く滅茶苦茶な掟を未だに送信しおって……おかげで受信しちまったじゃねーですかよ。挙句こっちの文句の送信は受信できないとか、そんな名前で呼ばれてる癖に恥ずかしくないのか? 死人に口なしとはこういうことかよ畜生め。死んで寝とる場合か、起きろよマジで。
ウィルさんにしたってそうだ。こんな爽やかに「戦おうぜ!」とか言ってこないでもらいたい。
あんまり度が過ぎるとその尻尾モフりたおすぞ? 感触がどうなのかとかの純粋な興味本位的な意味で。
取りあえず……ウザくせー、キナくせー、しゃらくせー。
俺の獣神に対する掟は以上です。これこそ後世に以後伝えられるべきでしょう。多分これを獣人の人に言ったら殺される気がするけど。
獣人に崇められるような神にだって冗談で馬鹿を言ってしまえるこの一時、こんな日々ばかりが続くのだとしたら俺らの旅は――と、思わずにはいられない。
俺がこの時の俺自身に一言言えるとしたら、現実はただ淡々と、それこそいつも通り非情だったということだけだ。
日陰者である俺達が簡単に陽の光を浴びる日など、来てくれるわけがないのだから。
そう……俺は運が良かったんだ、本当に。
※4/3追記
次回更新は明日です。




