36話 仕事の前夜
「あれ、誰かな?」
「転校生かな? 随分と小さいね」
「学院長と一緒…。アイツは何者だ?」
「ウホッ!! かわいい子ねぇ」
「学院長…やっぱり綺麗だな~」
「あぁっ! 学院長! その足で私を踏んでくださいましっ!」
――ヒソヒソ…ヒソヒソ…
現在俺はマリファ学院長の後をついて廊下を移動中なのだが、何やら先ほどからまだ学院に残っている生徒達からの視線が痛い。
まぁ見慣れないやつが歩いてたらそりゃ気になるけどさ…。俺もそっちの立場だったら多分見てるだろうし。
学院長と一緒にいるっていうのも注目される理由なんだろうな…。
てか2人、いや1匹と1人か? 変な奴いたぞオイ。俺にそんな趣味はないからやめろ。
「フフフ、皆注目しているな。よかったじゃないか、人気者だぞ?」
「あんまり目立ちたくないんですけどねぇ…。てかマリファ学院長も見られてるじゃないですか。それに2人変なのいましたけど…」
「…どちらにせよ、明日には顔が知れ渡るんだ。問題はなかろう?」
流したっ! 今流したよこの人!
一応気にしてはいるのか…。そうですか、あれは妖精ですか。
随分とでかい妖精もいたもんだ。
私? もちろん何も見てませんよ?
妖精らしき人間は見ましたけども。
「…まぁ、そうですけど…」
そうなんだけどさー、それでも注目されるのってあんまり好きくないんですよねー。
普段地味で特に誰にも見られないような奴が、今みたいに絶対に見られてるって分かる状況に陥ったらそりゃねぇ…。
スター的な人には大好物な状況かもしれないが。
そんなこと考えながら歩いていると、外に出た。
そして少しの間歩くと…
「あの建物が君の寝床になる所だ」
マリファ学院長が指さす方向を見ると、5階建ての綺麗な建物が目に入った。
なんかビジネスホテルみたいな感じで、中々よろしそうではある。
文句なんてもちろんない。
「あそこですか…。少し大きいみたいですけど、まさか生徒も一緒だったりします?」
「ああ、いるぞ? 実家が遠い者が基本的に入居している。一部の警備員もあそこで寝泊りしているが…あれがこの学院の寮だ」
「そうでしたか…。寮としてレベルを超えてる気がするなぁ…」
明らかに寮って雰囲気じゃないんだが…。
でも…
寮、寮ですよ! 青春の証ですよ!
なんかこういうのって興奮するよね。色んな意味で…。俺が通ってた高校に寮はなかったからなんか新鮮だなぁ…。
まぁ仮にあったとしても、家から15分くらいの距離に学校あったから利用できなかっただろうけど…。
まぁそんな話は置いておいて…。
寮ってことはさ、あの…そのぅ、女子とかも…いるんだよな?
不謹慎なのは分かってるんだが、あれこれ想像してしまう。
いや、想像するだけだぞ? 俺チキンだし…。
不埒な行動はしない、不埒な妄想はするけど。男のサガってやつです。
コレ、ワルクナイ。イイネ?
と俺があれこれ考えていると…
「…何を想像しているかは分からないが、あそこは男子寮だからな?」
ガーン!!!
頭に石が落ちてきて俺は潰れる。
…という妄想をする。
「…も、もちろん分かってますよ?」
「君も男の子だね~(ニヤニヤ)。いやぁ若い若い」
「あは…あははは」
から笑いしか出てこない。
やべぇ、絶対に見抜かれてる…。超恥ずかしい。
でも男なんてほとんどがこんなもんだし、大目にみてちょ? 私人間味に溢れてるだけなんです、本当ですよ?
そんな俺をほっておいて、マリファ学院長が寮のドアノブに手を掛ける。
「ほら、着いたぞ。入ろう」
「…はい」
マリファ学院長が中に入ったので俺もそれに続く。
なんかさっきのことで一気にテンションが下がってはしまったが…。
◆◆◆
寮の中に入ると、外装と同様に内装も綺麗であり、管理が行き届いていることがすぐに分かった。
一泊するのにお金を取ってもいいと思えるほどで、本当に俺がここで寝泊りしていいのか疑問に思うくらいだ。
ただ、学生の姿は見えない。まだ戻ってきていないのかな?
「おや? 学院長じゃないですか。どうかしましたか?」
俺たちに気付いたじいさんが声を掛けてくる。
寮の管理人とかか? もしくは警備員か…。
「うむ。探していた臨時講師がやっと見つかってな、寮に案内しに来たのだよ。彼がそうだよ」
「彼がですか…? 随分とお若いようですが…」
「一応これでも成人は迎えているのですが…」
…俺ってそんな若く見えるか? ただ背が低いだけで顔は年相応だと思うんだが…。
「それは失礼しました」
「いえいえ、むしろ若く見られて嬉しいのでいいです」
俺は半笑いで返した。
すると…
「ふむ。私にはなしか?」
学院長がほんの少し得意げに言う。
あ、これ分かってて言ってる顔だ。聞くことでもないでしょうに…。
自分に自信があっていいですね。俺は全くといっていい程に無いです。
意外にお茶目な性格してるんですね、学院長。
「もちろん学院長も随分とお若いですよ」
「フフフ、ありがとう」
さも当然という顔で学院長が頷いていたので、俺とじいさんは半笑いでそれを見る。
多分毎回こんなやりとりしてるんだろうなぁ、じいさんの対応を見ればなんか分かる気がする。
大変ですネ。
「それで挨拶が遅れたが、彼がここの寮の管理人であるクルトだ。そしてこちらは冒険者で今回の臨時講師を務めるツカサ君。どちらも短い期間ではあるが仲良くな」
学院長は俺とじいさんを交互に指差し紹介する。
「ツカサ君か。ワシはクルトと言う。この寮内で何か困ったことがあったら言ってくれ」
「分かりました。それで…冒険者の司です。今回学院で臨時講師を務めることになりました。短い期間ですがお世話になります」
お互いに挨拶を交わす。
「あまりここで立ち話をするのもあれだ。クルト、ツカサ君を案内してやってくれ」
「分かりました」
「では頼む。私はまだ仕事が残っているのでな…」
「あ、わざわざありがとうございました」
俺はお辞儀をして感謝の言葉を述べる。
てか仕事残ってたのか、それは悪いことをしたなぁ…。
「気にしないでくれ。同じ作業の繰り返しに飽きていたし、いい気分転換になったよ」
…気にしなくてもよさそうだ。
「明日朝食を食べた後に学院長室にきてくれ。そこで君を担当する職員と顔合わせをしてもらう」
「あ、はい」
「それじゃ、明日に備えてゆっくり休んでくれ。ただ、資料には目を通すように」
最後に釘をさされる。学院長は手を後ろ手に振りながら寮を出ていった。
様になってるな~、かっこいい。
「それじゃあツカサ君。部屋に案内するよ」
「お願いします」
学院長を見送った俺だったが、同じく見送っていたクルトさんに声を掛けられ返事を返す。
早く資料読んで明日に備えないとな。
俺はクルトさんのあとについていき、一週間お世話になる部屋へと向かったのだった。
◆◆◆
クルトさんに簡単な寮内の設備と俺の使用する部屋を教えて貰ったあとは、部屋に入って学院長に渡された資料に目を通している。
案内された部屋は人1人くらいならちょうど良いくらいの大きさで、ベッドと机もしっかりとしたものが置いてあった。
今は机に向かって資料と睨めっこ中だ。
…内容は思ったよりも簡単そうではある。
なんというか、人としての基本的なことしか今の所資料には書かれておらず、挨拶や礼儀作法、生徒との接し方などの記述が主になっている。
小・中・高と学んできている人で、モラルがある人であれば特に問題ないレベルだったので、ハッキリ言って余裕である。それもすごく…。
正直な所、「ヌルゲーかっ!」とツッコみたいくらいだ。
地球の教育水準が高いのかは分からないが、それでもこの世界では教育水準が低いと思わざるを得ないと感じるほどで、地球に生まれて良かったと思っている自分がいる。
「面倒だな…。でも一応読まなきゃだよなぁ…」
1人そんなことを愚痴る。
だって面倒なんだもん。こんなん鼻くそほじってても問題なくできるわ。
あー、ダリぃな~(ほじほじ)
ただ、仕事でここにいて、この資料を読むことを義務付けられているとあっては仕方がない。
俺は渋々資料を読み進めていく。
早く読んで寝たいところだが…
「ん? 内容が変わった…」
資料の最後の1枚を見ると先ほどとは違った内容が記されており、今度は今回の仕事内容が書かれているようだ。
さて…なになに…?
俺は紙に目を通す。
…ふむふむ。
…。
………。
えーっと、思ったほど重要そうなことが書いてなかったので要約するが…
『冒険者としての在り方をを見せつけること』
だそうだ。
これができればなんかいいっぽい…。
こんなんでいいのか、学院長…。さっきの仕事できる感はどこにいった?
…いやまぁ、考えがあってのことかもしんないけどさ、毎年こんなん渡してるとしたら、流石にドミニクに同情するんだが…。
う~む。
ただこの『見せつける』って何だろう? 普通なら『教える』が正しい言い方じゃないか?
なんか意味ありげな表現だから、明日学院長に会ったらすぐに聞いておきたいことではある。
「ふぅ…。とりあえずこんなところか…。寝よっかなー」
資料にはもう目を通したので、やることがなくなってしまった。
長時間の移動、王都に入って早々のひと悶着、それになんだかんだ昨日はびっくり仰天の出来事があったわで疲労が体に溜まっている。体が心身共にボロボロだ。
異世界に来てからも地球と同じ…いや、それ以上に働いてる気がする。
疲れるのも無理はないだろう。
なのでここはゆっくり休息を取ろうと俺は判断した。
そう決めた俺は置いてあるベッドに倒れ込み、毛布を被って寝る体勢をとる。
まぁ疲れているからといってすぐには眠れないんですけどね。
そこはまぁなんとも歯がゆいところではある。
明日相手する生徒は高校生くらいの年代らしいし、対応の…仕方を考え…が…いい……。
…。
ただ、そんな司の考えとは裏腹にその時はあっという間に訪れる。
気が付けば司は既に眠っていた。
睡眠なんてそんなものである。
気がつけば寝ているものだ。




