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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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374話 野営③

 


 ◆◆◆




「……」

「火と周りは見とくから寝てていいよー」


 平らげられたスープの食器類を水で洗浄しながら、毛布に身を包んで座っているであろう女の子へ後ろ向きに伝える。

 一見ラフすぎる態度で接しすぎているかもしれないが、俺が些細な動作をする度に驚かせてしまっているみたいなので下手に振り向くよりも良いと思ったためであり、俺もこのやり方の方が接しやすいというのもある。……というより、面と向かってるとさっきみたいにまたやらかしそうな気がする。


 無事に女の子は満足するまで食事を摂ってくれた。久しぶりのまともな食事はやはり我を忘れさせる程だったらしく、凄まじい勢いで減るスープと既に手元に殆ど残っていない肉がそれを物語っている。今は喉を潤すために水の入ったコップを片手にジッとしているのか、衣擦れの音が微かに聞こえるくらいにしか分からない。


 だがまぁ……一応は微笑ましく喜ばしい結果になって良かったかな。寝る云々は不安があるから流石に難しいか――。


「あ、あの……!」

「っ……ん、んー? どうかしたー?」


 うぉっ!? び、ビックリした……。まさか声掛けられるとは思わんかったぞ……。


 身体が少し跳ねそうになったのをなんとか堪えたものの、女の子の突然の呼び声には驚いて心臓の鼓動が早まってしまう。正直器を落としそうになったのを隠しつつ、俺は平常心を取り繕って反応を返した。


「ごはん……ありがと……」


 あ、お礼ですかいな? この子この状況でしっかりしてるわー。それに比べて俺と来たら……。


「あ、あー……どういたしましてー。有り合わせで作ったのが口に合ったなら良かったよー」


 消え入りそうな声で告げられるお礼はしっかりと耳に入った。だが次の言葉が見つからない。そして再び……当然とも言えた沈黙がまたも訪れる。

 今になって気がついたが、気の利かせ方や話の進め方……飯関係はアドリブとノリと感覚であっさり乗り越えたというのに、こと会話に関しては微塵も乗り越えられる気がしてこない。


 あ、アカン。どんな風に話せばいいのかぜんっぜん分かんね!? というか俺ってどんな風に普段喋ってたんだ? まさかこの馬鹿みたいな口調で会話してるわけは流石にねーだろうし……。


 既に馬鹿っぽい口調で話す意味はなくなっている。ご飯を食べてもらうという目的を果たした今、あんな精神のすり減る冗談を演技する必要はないのだ。

 ただ、俺からすれば自分を知らない状態で初めて会話するのがこの子なのである。歳の近そうな人だったらまだしも、年端も行かない少女相手ではこっちの事情を知ってもらうだけでも大変である。更にはこの子の境遇を考えればこっちが色々と配慮してあげる必要があるくらいだ。




「ねぇ……なんで、なにもしないの……?」

「え?」


 しかし幸か不幸か。この沈黙を破ってくれたのはまたしても女の子の方だった。


 内心でこの繋ぎに感謝しつつ、その言葉の意味がどういうことなのかと思い作業の手はそのままに振り返ると、灯りに照らされた碧眼の瞳をした女の子は放心した面持ちで俺を見ていた。なんだかまるで変なものでも見るかのように。

 既に声も身体も震えてはおらず、別の感情にシフトしている感じが表れている。


 ……でも、なにもしないの? って言われてもなぁ……。


「……? なにもするつもりないからなにもしてないだけなんだけど……」


 何かというのは危害を加えるという意味だろうと予測し、俺の思っているままのことをそのまま伝える。


 てかこの状況で俺が何かするって言ったら間違いなく世間的にアウトなんですけど。記憶は死んでてもこんなところで社会的に死んでいられるかよ。

 確かにこの子は見た目は可愛いとは思う。けど別にこの子を見ても当然欲情とかしたりはするわけないわけであって……決して俺はロリコンとかではないわ。


「天使は世界の敵じゃ、ないの……? なのに……なんで……」

「世界の……敵……?」


 ぶっ!? 変な弁明してたらものすっげ重たそうなワード出て来たんですけど。

 世界の敵ってなんやねん!? 世界規模のお話だったんですか!? ハ、ハハ、こりゃすっげーや俺。リスタートしたばかりで早速世界進出ですか、そうですか。いくらなんでもショートカットが過ぎやしませんかねぇ……。

 というかやっぱりお嬢ちゃん天使だったのか。


 明らかになる事実とスケールの大きそうな事態、そしてそこに自分が首を突っ込んでしまっているという驚き。むせ返ってしまいそうな動揺を感じる他なく、だが事の真意をまず聞いてからだと自分に暗示を掛ける。

 そうでもしないと自分の今後の方針さえ定められないうえ、そもそもやってられないというのが主な理由だ。ぶっちゃけまだ取り乱してないことに驚きであるし、自分の肝っ玉の感覚も身体能力と同じくらいおかしいことに気が付くことができたのは……幸い? なのだろうか。


 だがその前に――。


「……やっぱり、さっきの奴等に何かされたのか……?」


 今敵かどうかを聞いてきたということはあの連中に痛めつけられたばかりだという直近の出来事も含まれているのだろう。まだ本人の口から傷の具合についても聞けていないのでそちらに一旦話題を振り、そこから流れのままに最も辛い内容を聞こうと俺は考えた。

 ついでにもう一度傷の具合も確認しておこうと思って女の子に近づいて軽く翼を指差したのだが――。


「嫌っ!? ――あ!? ごめっ――!?」


 バシッと手を弾かれ、その拍子に女の子が手放したコップの水を腹部に浴びてしまった。コップが地面に落ちて転がっている頃にはひんやりと肌に服が張り付いてじっとりし、冷や水が体温で温水へと変わるのを感じていた。

 俺は女の子に対して軽率過ぎたと思って硬直したものだったが、逆に女の子は自分の行為に青ざめた様子に早変わりし、震え始めてしまう。


 うん、やはり軽率過ぎた。無意味に怖がらせちゃったか……。


「いきなり指差してごめんな。あと別に怒ってないから大丈夫。やっぱり、あいつ等に怖い目に遭わされたんだな……」


 小さな子と話す時は目線を同じにすると良い的なことを多分どこかで聞いたことがあるのか。俺はしゃがみ込んで女の子の目線まで視線を落とし、ゆっくりと怒っていないことを、そしてむしろこちらの行動に非があったことを謝罪した。


「あの人達……ぅ……」


 俺の態度にどれだけ安心してくれたのかは分からないが、少なくとも震えに関しては俺によるものではなくなったようだ。その代わり、思い出させてしまった辛い記憶に自分の身体を更に小さくさせてしまう。


 辛いとは思うが……俺も何も知らないから聞かないことには何も始まらない。この部分に関してはできるだけ女の子に耐えてもらってでも聞いておきたいところだ。

 一体何故あんな目に遭ったのか? 何故天使は世界の敵なのか? を。


「っ……っ……」

「大丈夫、俺はアイツ等とは違うし君の敵じゃない。会ったばかりで信用してもらうなんて無理なのは分かってる。でも……敵意がないのだけは本当だよ。そこだけは信じて欲しい」

「……(コクリ)」


 両手を胸の前に置いていた女の子の手に触れ、互いに温もりを交換し合う。寂しい時、不安な時、そんな時は人肌に触れると幾分か緩和されることを俺は知っていてこの時こんな真似に出ていたのだろう。身体は自然と動き出していた。


 また後先考えない行動ではあるが、頷いた女の子からは拒絶が見られなかったことに一先ずは安堵といったところか。




 さて、俺を信じてもらうのはこの娘が最終的に決めること。俺が信用されようと動くことに変わりはないが、結果がどうなるかはこの娘次第。そこをとやかく言うつもりはないし、その時はその時だろう。

 ただ俺の今のこの行いに理由はどうあれ、不安と恐怖に押しつぶされそうな子がいてできることと言ったらその払拭をしてあげることくらいだ。そのため結果的に今俺自身の取っている行動には何も後悔はない。

 一人で寂しかっただろうし、飢えと苦しみに死を予期していたのは聞くまでもないことである。重なった不運な出来事で壊れる寸前の疲れ切った心には今安らぎが必要だ。俺にそれだけの力があるのかなんて知ったことではないが、だが例え力が1だったとしてもやらないよりやった方がいいだろう。




 そう……今この娘には助けが必要であることを、俺は誰よりも知っているんだ。


 かつて、俺がそうであった(・・・・・・・・)ように(・・・)




 ――え……?




 サラッと過去の自分の経験を知っている風に言葉が浮かんでいたけど、どういうことだ……?

 俺はこの娘の境遇が少なからず分かっている……? ただの客観的な考えや感性だけじゃなく……?


 なんだろう……記憶を失くしてるはずなのに、すごく知っているはずなのに……思い出せない。絶対忘れちゃいけないような……そんな出来事だった筈なのに。


 自分の記憶が戻ったわけではないが、何かの度に身体は経験を糧として刻まれた事実を彷彿と浮かび上がらせ、朧げな認識として今の俺に動揺を与えてくる。大切だった筈のことさえ思い出させるには至らず、あくまで思わせぶるような事態は生殺しのように思わざるを得ない。




 ……いや待て、今は自分のことはいい。まずは目の前に集中、だろ? もう忘れてる。




「ゆっくりでもいいからさ。何があったのか教えてくれる? 俺……天使のことも、アイツ等のことも、この世界のことも……ホント全部、何も知らないんだ。なんかこれまでの記憶なくなっちゃってるみたいでさ、君と会う前のことは何も覚えてないんだよね」

「え……?」


 キョトンとした表情を見せる女の子に今は感謝を。

 主張の激しい自分のことを脳裏の片隅へと追いやり、女の子の目を見ながらするべき話へとまた戻っていく。




 そして俺は知ったんだ。天使達の受けた理不尽な扱いと、地獄に耐えてきたこれまでの百余年に及ぶ歴史を。

 この世ならざる力が世界に及んでいるんじゃないかと思う程、あまりにもおかしすぎる違和感に誰も気が付いていない不気味な状況に、記憶が無いながらに疑問を唱えずにはいられなかった。


次回更新は割と早いかもしれないです(希望的観測)。

遅くとも土日です。

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