373話 野営②
先週から残業酷くて遅れました。すんまそん。
区切りの関係でいつもの半分程度ですけど勘弁してくんさい。
「……いる?」
「ぁ……ありがと……」
いそいそと仕切り直し、再び別の器にスープを盛って今度はゆっくりと女の子に差し出す俺。その姿を哀れんでなのか、情けをかけてくれたからなのか……非常にゆっくりではあったが女の子は恐る恐るといった感じで受け取ってくれた。
及第点にも届かない結果だが取りあえず目的は達成だ。
けどもうプランなんてどうでもいいや。なんか会話はできそうな雰囲気はあるみたいだし……ま、結果オーライってことで。
「はぁ……」
だがすぐに気持ちを切り替えることは中々に難しい。更にようやく話ができそうとはいってもまだ警戒されている事実は依然変わらない。俺は女の子との距離が近すぎないようにまた倒木へと戻って腰かけ、そして自分の体たらくに対してため息が自然と出てしまっていた。
――ただ、それを気にしている間はなさそうだったが。
「ん? どうしたの? 冷めちゃうよ?」
「……」
女の子の様子に疑問が生まれ、刺激を与えないように考えてはいたが思わず声を掛けてしまった。しかし聞こえているはずの声に少し目をこちらに向けて反応はしていても、肝心の内容である理由が女の子の口から返ってこない。
俺が声を掛けた理由。それは渡した器の中身をじっと見つめたまま、女の子が石像のように微動だにしていなかったためである。……それも喉を鳴らし、早く味わいたそうにしていながらだ。
俺もその不可解な様子には困惑して硬直してしまい、今この場で時の流れが正常であることを示しているのは立ち昇って揺らめくスープの湯気くらいのものだっただろう。
はて? どうしたんだろうか? お腹減ってるだろうに……何か気がかりでもあるのかな。
「スープ……へ、変なの入ってたり……しない……?」
「変なの? ……?」
変なのって何だ? 材料に何を使ってるのかってことか……? でもそれ俺に聞かれてもなぁ……。
恐る恐る、発する言葉一つ一つに怯えた様子で女の子が俺の内心の疑問に対する返答をしてくれたようだったが、変なのという意味が最初分からなくて一瞬考え込んでしまう。少し考えれば分かることだったが、この時の俺は生憎と頭の回転がよくなかった。
「ど、毒とか……」
「えっ!? 毒ってどゆこと!? 入れないよそんなの!?」
変なのとはどうやら毒のことだったらしい。当然そんなものを入れている訳がないため慌てて俺は手を横に振って否定する。
毒てオイ……俺がこのスープに盛ってんじゃないかってこと考えてたんかい!? 何ソレ、読み違いによっては大変笑えないくらい異常性癖者なダブルジョークですねーアハハハハ。
しかし言われてようやく女の子の様子に合点がいった。冗談はともかくとして一時は俺の脳内にもこの考えがあったため納得は幾分かできるものではある。
――というかさっさと気づけよって話なんですけどね。洒落にならないレベルでさっき命狙われてたんだからそれくらい考えるだろうフツーは。
なにが盛ってる……だよ。こんな小さな子がそんな意味知ってるわけないし、スープに盛れるような馬鹿は流石の俺でも見たことも聞いたこともないっての。……ま、記憶ないから知らんけど。
――いやいや、なんですぐにそっち方向に思考が向いてるんだ……俺はアホか。
「さっき俺も普通に飲んでるから平気だよ。……あ、そう言っても安心できないかもしんないけど……」
「……」
自分で言っておきながらすぐに自信がなくなって最後の方は声が小さくなり、苦笑いで誤魔化して場を濁した。
弁明してもあと一歩……その一歩が重すぎて踏み出せないというのか。俺の言葉などあってもなくても変わりないものだったが、右往左往するように食べる素振りと我慢を繰り返す女の子に俺は身勝手ながらも焦れったさを少々感じていた。
でもそれだけ何も信じられなくなってしまうような思いを体験してきたんだろうな……この娘。まぁ初対面の奴に目が覚めた直後にいきなりスープどうぞって言われたらそりゃそうだって話ですけども。俺だったら悲鳴あげてるわ。
けど信じてもらいたいんだけど、マジでそのスープ何も入ってないんやで? そもそも具材も感覚のままにあるもの放り込んでるから俺も正確には何が入ってるか分かってないところあるくらいだしなー……ゲフンゲフン。
間違いなく言えるとしたら……入ってるのは俺の善意100%(棒)ですよ。
えー……コホンッ! 実際スープに入ってるのは全て『アイテムボックス』から出てきた多分竜の美味しい肉と、多分美味しい水。それと多分美味しい香辛料が少しと、多分美味しい総菜群達だ。聡い方ならこの時点でもうお分かりいただけるだろう。
うん。(多分)美味しいがこんだけ入ってりゃ流石に美味しいに決まってんだろ……実際美味しいし。だから幼稚にも頭にスーパーってつけたくらいだ。闇鍋が案外美味かったりする理由が分かる気がするというか。
そんなものに毒とか悪質なものをわざわざぶち込むわけがないんですよ。もし仮に俺が毒を盛るなら直接相手の口にねじ込む。……もう既に盛ってるとは言わんだろうけどさ。
――ぎゅるぅ~。
「「……」」
どこからともなく聞こえる腹の音が、お互い沈黙していたことで非常によく耳に入って来る。何故か虫の声も偶然止んでいたんじゃないかというくらい、ハッキリと聞こえてしまった。
この空腹音は当然俺ではない。女の子には恥ずかしい思いをさせてしまったかもしれないが、身体は正直なものだ。本能のままに女の子が今何を欲し、何をすべきかを明確に示唆している。
「っ……!」
これが引き金となり、最後の我慢を崩すに至ったようだ。
ようやく、女の子がキュッと目を瞑ったままスープに口をつけた。
俺の身体に緊張が走る。
女の子がスープの熱さにビクリとし、コクリと喉を鳴らす。この一連の過程がまるでゆっくりと見えているかのようだった。
そして――。
「……美味しい……!」
目をパァっと開いた女の子の第一声の感想を聞いてホッとした。作った身としては美味しいと感じてくれたことに嬉しい気持ちがまず最初に、そして次には安堵があった。
女の子は一瞬呆然としたかと思いきや、そこからは歯止めが利かなくなったように再びスープに口をつけ、忙しなくなった。
俺に見られていることを理解していながらも汚く音を立てて啜り、熱いスープが口から零れ、器が揺れて手に掛かろうがそんなことには目もくれない。自分の待ったから解放された女の子は目の前にある栄養源をただひたすらに取り込むように、瞬く間にスープを空にする。
「……」
「っ……!」
その勢いに何を望んでいるかを察し、飲み干す前に俺は別の器にスープをまた注いで待つ。そして飲み干すと同時に差し出すとひったくるように器を奪われた。その拍子に俺にもスープが飛んで熱かったものだが、この懸命にこれまで苦痛に耐えてきた女の子の必死な姿を前には大したことでもなんでもない。
ただただ尊い。小さな身体で必死に生きようとしている姿に心打たれる思いだったのだ。
「美味しい……」
同じ感想をもう一度女の子が繰り返す。
相当、腹減ってたんだな……。
「美味しい……!」
もう一度、スープを飲みながら繰り返す。
……そう思ってくれて本当に良かった……。あと、飲んでくれてありがとう。
「美味しい、よぉ……!」
何度も、何度も……。
「っ……ぅっ……ひっく……!」
「たくさんあるから慌てずゆっくりね。スープ以外も口に入りそうなら他の食べ物もあるから」
少しは安心してくれたのかな……。張り詰めてた緊張の糸が完全に今は解れたみたいだ。
女の子が恐らくはこれまでの辛さに涙ぐみながら安堵し、お腹を満たしていく光景。俺はそれが終わるまでの間ただ静かに見守った。
次回更新は月曜です。




