372話 野営①
◆◆◆
虫の鳴く声が僅かにし始め、今日が終わりに差し掛かっていることを伝えてくれる。
周りには誰も……それこそ生き物の気配すら感じることはできない。自分達だけしかいない状況は、元々最初から動物なども見かけてはいなかったというのもあって孤独感を覚えずにはいられそうもない。昼間はともかく、今は暗闇も相まって一層強くそう感じるくらいだった。
目の前で煌々と燃える焚き火から飛ぶ火の粉の前で、煮立ち始めたスープの具合を適度に確認しつつ眠りについた女の子にも気を配る。
「すぅー……すぅー……」
掛けた毛布に顔以外全て包み、少しでも熱を逃すまいと無意識に身体を丸めていてまるで小動物のような姿を連想させる。まだ薄汚れているとはいえ金髪の髪が焚き火の光に照らされてチラチラと輝いており、汚れを落としたらキラキラと光るのだろうなと思う。
俺は医者じゃないからなんとなくで判断するしかないけど、見たところ苦しそうにはしていない。寝息も規則正しいし普通に寝ているのと変わらないのではと思う。怪我自体は治っているのでそのうち目が覚めるだろう。
取りあえず、俺自身も……そしてこの娘の難も一時的に去ったと見ていいと思う。
「……ん、割とどころか全然いけるな。うめ」
豪快そうな具材の見た目に反して意外とあっさりかつヘルシーな味に仕上がったなぁ……でも噛みしめるとコクがあるというか……。とりまこれで俺製スーパーミックススープの完成でいいんじゃないか?
今後どうするかを適当に考えつつ、味見してみたスープの予想以上の出来には大変満足だった。唇に就いたスープを舐めとってみてもやはり美味い。自分のセンスに自画自賛したい程であり、実際既に腹を満たしているのに腹が減ってきそうな程の完成度合いと言えるだろう。
うーん。なんかサバイバル知識もあるっちゃあるみたいだな……なんか普通に作れちゃってるし。
「ほい、完成……っと」
自分のことについてまた新たな一面を知りながらスープの煮立つ器具に軽く蓋をし、俺は一息つくためにそこらの倒木に腰掛ける。
なんだかんだ俺も結構今日は疲れた……肉体よりも精神的に。しかしまだ寝るわけにはいかないし、ちょっと気を抜いて休憩したかったのだ。
――さて、何故俺がこんな場所でスープを作っていたのかというと、これは当然あの娘のためである。
起きた時、多分腹を空かせていると思って用意してはみたが……多分どころか絶対腹は空かせていると思われる。
あの娘の服装を見る限り、ここ最近は相当過酷な状況下にいたことは明らかだ。服はここらの気温が随分と低いのにワンピースに近い薄着一枚だけで、それも穴だらけ。靴は履いておらず、なのに人の手が行き渡っていると思えないこの森に素足でいるというのは不可解だ。更に足の爪先に詰まった泥を見ればこの娘がどれだけ慌てていたのかは容易に想像がつく。
恐らくあの連中に追われ、ここ暫くまともに何も食べていない可能性が高い。それを裏付けることとして、抱き抱えた時の体重が驚くほど軽すぎたってのもあるしな。確かにこの娘はまだ小さいし、年齢は……十才くらいかな? けどそれにしてはって感じだった。
なんというか、まだ小さい娘だからフワッとしたような重さならまだ分かる。でも、まるで中身がないようなスカスカした軽さとでも言えばいいんだろうか? 食べ物で言うならマシュマロ的な? とにかく抱えてみてそんな気がしたのだ。
そのため、現在あの遺跡のような場所から結構離れて野営を張り、今はこの娘が起きた時のための食事を用意している最中だったというわけである。……まぁもう終了したわけだが。
一応暫く何も食べていないなら消火機能も落ちていることを考慮してスープをチョイスしたのだが、大丈夫そうならさっき俺が食った柔らかめの肉などもあるにはある。そこは本人の判断に任せよう。
さてさて、なら俺は俺のことをもうちょい考察でもしてみますかねぇ。
「さっき使ったのは『掌底裂衝』で【体術】だろ? あと変な力は火、水、風、土、光、闇、無……七つの属性の魔法か。初級、中級、上級、超級があって……俺は全部使える。――うん。魔法も何を覚えてるかは分かるな。【従魔師】も覚えてるけど……肝心の従魔はどこにいったんだ? 全然覚えてない……そもそもいたのか?」
実戦を経たことで、フワフワとだが自分の持っている力についてはあれから少しずつ思い出してきた。そしてその力達がやはりとんでもない破格の威力を秘めているということも。
さっき連中を蹴散らした俺の動きは間違いなく本物だ。正確な記憶はまだ思い出せないみたいだけど、身体はどうやら覚えていたらしく先程のあの動きをイメージ通りやってのけたと見ていい。恐らく俺にとってあれくらいは当たり前に退けられるレベルの脅威だったのだろう。だからこそそこまで身体が臆することもなかったのだ。
これだけの強さだ。自分で言ってて恥ずかしくなるけど、でも相当俺がおかしな強さを持っていた奴であったということは疑いようもない。
そもそも空から落ちて痛いで済んでる時点でおかしいし……まぁこれは考えたら負けか。
それに――。
「うわ……まだゴッチャゴッチャと色んなもの出てくるなぁ。どんだけ詰めこんでんだよ」
もしかしたら俺の記憶が戻るきっかけになるんじゃないかと思って、先程から『アイテムボックス』に収納されていた物を片っ端から色々と取り出していたりする。そしてまたそれを再開しようと思ってはみた矢先に……これがまぁゴチャゴチャと色んなものが新たに出てくるわ出てくるわ。
なんだなんだ? 次は緑色の液体の入った小瓶が――うん、数えらんね。多分百本くらいにぃ~……おおっ! これ宝石か? あと金だ! 銅、銀、金、白……? ってどんだけ出てきてんだオイ!? 多分一生生活できる分はあるだろコレ!?
……とまぁこんな具合に入ってる物がおかしいのも多いが、まともなものが出てきたと思ったらやたらと桁や質がおかしかったりと……普通ってなんだろうなと思うことがしばしばだったり。
さっき取り出してた時なんか背筋が凍ったもんだ。だって血塗れに固まったボロボロのジャンパーっぽいのが初っ端に出て来たし。それから大量の壊れた武器の残骸、何に使うのか不明な大量の岩、デカい竜っぽい生き物の新鮮な死体が数体、それとシンプルすぎるデザインのくせに切れ味の恐ろしい武器が数種類出て来てドン引き。そんで今度は滅茶苦茶高価そうな宝石っぽいものに遊んで暮らせそうな大量の金ですか、そうですか。
どうなってんねん……。
「記憶失くした方がいいくらいヤバいことしてたのかなぁ……俺って。明らかに普通じゃない生活送ってんだろコレ……。マジで何者だよ、オイ俺……」
自分を知ろうとする度に、自分がどうしようもない過ちを犯した罪人だったような気がしてきて悲しくなってくる。こればっかりは頭を抱えたって仕方ないと自分でも思う。
だってこれだけ見ると俺完全にヤバい奴なんだよなぁ……。普通竜の死体をこんなに入れておくか? ドラゴンスレイヤーでもあるまいし。贅沢にも竜を食料として見てたならまだ分かるけど、なんか当面生活できるだけの純粋に食料っぽいのも大量にあるわけで……明らかに俺一人分どころか数十人でも数日は過ごせる量っておかしくね? ――いえ、疑問系いらないくらいにおかしいんですよ。
もしかして俺、救えねぇくらい卑劣な悪党の集団でも抱えてたり? この竜の死体は密猟した的なやつで、それを闇ルートで売り捌いて大量の汚い金を稼いでたとかの方がしっくりくるんですけど……。
俺が割と本気で想像の中で大罪人である自分を想像して悶絶しそうになっていると――。
「ひっ……!?」
「っ! あ……起きた?」
突然短く声があがった。怯えた声……それを理解するよりも前に反射的に声の方に目を向けると、身体を起こした女の子がようやく目を覚ました様子で俺を見つめていた。
「ぁ……ぁぁ……!」
ただ、とても良い目覚めではなさそうだったが。後ろに身を引こうとしながら震えて俺を見つめるその表情は恐怖に染まり切っており、今すぐにでも逃げ出したそうにしている。しかし足が竦んで動けない、或いはその力さえ今はないのかもしれない。ただ震えているのみであった。
良かった、ちゃんと目を覚ましてくれて。
しかし……う~む、予想的中ですか。やっぱ怖がられちゃってますねぇコレは……。多分俺もアイツらの仲間と思われてんだろうなぁ。俺が向こうの立場だったらそう思うし。
「……」
「っ……!?」
ガチガチと歯を鳴らしながら震えて俺から目を逸らしもしない女の子に対し、迂闊に声を掛けることも憚られる。この怯えようは異常だ。連中から受けた非道がどれだけのものだったのかを表しているようなものである。
こんな状態ではまともに対話も叶わないだろう。恐怖は理性を奪い、思考を放棄させてしまうことを俺は知っている。
多分だが、最初の俺の印象がこの娘に落ち着いてもらえるのかどうか……その分かれ目のように思える。
仕方ない……! ここはさっき考えていた対策の内、特殊コードプランBを実行するしかあるまい。ここまで恐怖を感じられているならプランA、C~Eは論外だ。ポンコツな俺でもやればできる……それをやって証明するのだ!
俺の馬鹿っぽい態度と突拍子もない振る舞いと勢い! 女の子の怯えた状態を一時的でもいい、まずは取り払うのだ……アホっぽさを見せることで。
愛で世界が救えるならアホでだってこの娘を救えるはずだ。
これより、対女の子専用特殊コードプランBを発動する!
「……あのさ」
「ひぃっ!?」
ぐふぅ!? こ、声掛けただけでこの怯えようとは……! く、くるものがあるな……! なんてキツイ怯えた声を出すんだ……この娘……!
い、痛いよ心が。俺怯えさせるつもりなんてちっともないのに……しくしく。
だがしかぁし! こんなことで屈する俺ではない。例え偽善だろうが助けようと思ったからにはやり遂げるっきゃねぇ! この娘に少しでも警戒を解いてもらうには俺が頑張るっきゃねぇんだ。止まるな俺、さっきだってなんとかこの娘を助けられたんだ。それを考えれば……!
「ぇ……? っ!?」
腰掛けていた倒木から立ち、颯爽と煮立つスープの元まで移動し、その間に『アイテムボックス』から取り出した器とオタマを手に取っていざ準備完了。
さぁさぁ皆様お待ちかね。名もなき私の すんごい提供術or傑作プラン開始だ。
出来上がっているスープの器具の蓋を開き、濛々と広がる美味しい匂いをオタマで掻き分けて進み、汁をよそう。
よそう回数は一回限り。その一回で器に適した量の具材と汁を完璧に汲み取りつつ、器に向かって適度な高さから流れ落ちる川の様に注ぎ落せ。決して低すぎず、高すぎずを意識して。
だがここで気を付けることが一つ。それは、注ぎ落した時に決して音を立ててはならぬということだ。泡立たせてしまうなどもってのほか。もし弟子がいてこれをやらかしたら即破門にしてもいいレベルだ。
俺らのいるこの静寂は、普段聞く些細な音が想像もつかない汚らしさを連想させる音へと早変わりしてしまう魔の環境。お客様に不快感を与えかねないためにも細心の注意を払わねばならないだろう。
そこまでが出来たのなら、もう終わりはすぐそこだ。残るは器を真っすぐに差し出し、女の子に手渡すだけ……。
気が付けば俺の手には、完璧に盛られたスープの器が収められていた。具材と汁量はどう見ても完璧すぎており、その出来に顔が緩んでしまいそうになる。
ふ、フフフフ! なんて計画通りの動きだ。流石俺、イメージした通りに出来てるやんけ。
そう……これこそが一流のシェフ気取りが見せることができる、この娘に向けた一縷の策。これならさっき何度も練習した甲斐があるってもんだ。
おっと!? しかし決して最後まで油断はしてはならない。俺は動きを微塵も止めてはならないのだ……何故なら俺が動いていることでその間はずっと俺のターンを無理矢理引き延ばしているに過ぎないのだから。常に動いてあの子の動きを封じろ……止まってしまえばまた恐怖の思考が再燃しかねん。常に動くことでその思考を抑制し、いくところまでいかねば。
「えっと……?」
女の子が若干怯えたままではあるものの、目をパチクリさせて先程よりもマシにはなっているようには見える。
よし、この流れは好機! これでフィニッシュだ。
「君、お腹空いてるでしょ? スープあるけど……一緒に――」
あまり威圧感を与えないように配慮しながら、女の子に向かってサッとスープの入った器を差し出そうとした。これにてプランは完了し、女の子に一先ず落ち着いてもらえると思ったのだが――。
「あっづぁ!?」
俺の手と腕に猛烈な熱さを感じ、思わず声をあげてしまった。皮膚に走る痺れと熱さが痛みとなって襲いかかり、咄嗟に手をブンブンとあちこちに振っていた。
熱い熱い! というか痛い痛い!? は、早く冷やさないと……!
う……あぁああああ~……さ、最後の最後でやっちまった……。
一連の練習はしたが、それはあくまでも練習。予行演習ではなく、しかもそれが本番ともなると当然練習とは勝手が違ってくることを痛感する思いだった。
勢いよく差し出せばスープが零れるのは考えるまでもないことだ。でも俺はそんなことにも気が付かず、練習通りの勢いと動きが生み出した慣性という名のダークホースの出現により、揺られて器から飛び出した汁を手に思いっきり浴び、当然のように火傷したのだった。
「み、水……! どこだっけ……えっと~……!?」
「……」
一人慌てている俺に対し、女の子のなんとも言えない表情が突き刺さってくるようでこれもこれで痛い。
どんな風に今の俺は思われているのか気になる所だが、少なくとも馬鹿だとは思われてるのだろう。一応狙い通りではあるが、これは意図してやっていないハプニングなだけに納得はし難いけど。
「「……」」
火を使っていたので万一に備えて貯めておいた水桶に、あまりよろしくはないが腕を突っ込んで直に冷やす。痛みには気休め程度だが慣れてようやく取り乱すことはなくなったものの、そこで女の子と目が合い固まってしまう。
「あ……その…………大丈夫……?」
俺が心配されてどうするねーん!? 立場逆になってんですけど!?
き、気まずい……。つか今の俺めっちゃ恥ずい醜態晒してね? 痛みに反応してか涙出てきたし情けなさすぎだろ……。
今更だけど俺何やってんだろ……。策……絶対もっとマシなのあったろうに……。
これじゃとんだピエロだ……ハハ、こりゃ嘲笑的な意味で傑作ですわ。
ヤベ……この子と対話できるようにしましょうプラン失敗したよコレ。どうしよ。
フィニッシュしたのは俺の方じゃねぇかよ。あーもう……自分の怪我は治せないってのによぉ……。
次回更新は土日辺りです。
※2/3追記
次回更新はもう少しお待ちくだされ。




