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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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370話 暗き始まり

 


 ◇◇◇




 自分が一体今どうなっているのか……俺には全く分からなかった。

 眠り――まるで夢から覚めた直後。そんな一瞬は誰だって周りの状況を、自分のことすらも忘れて分からないのではないだろうか? 


 俺の状態を表わすならまさにそんな具合だった。




『――!』




 なんだ今のは……? 誰……?


 唐突に誰かの声と姿を見聞きした気がした。意識が芽生えて微睡を終える直前に、一気に通り過ぎて瞬く間に終わってしまったので詳細は不明だったが。


 よく聞こえなかった……それなのに、何故かよく聞こえたような……? 

 見たこともないのに……どこか見覚えがある気がするのはどうしてだろう……?


 こんなにあやふやなのに……なんでこんなにやるせないんだろう……。




 脳裏をよぎる疑問の答えを俺自身知っていそうだが知らなさそうでもある。全く持って不可解な感覚を今味わった気分である。――が、曖昧なのにやけに現実味を帯びてるようにも思えてしまう。


 もう少しよくこの感覚を意識しよう……そう思った時、そんなことを考えている暇などなかったことに俺は気が付かされることになった。




「――へ? あばばばっ!?」




 意識がハッキリしたと自覚する頃には場面は急展開を迎えていた。

 全身にぶつかる空圧は壁のように俺を受け止めようとするも、それ以上の下方へと向いた推進力を抑えきれていない。身体中が縛り付けられて思うように動かず、頬は後ろに引っ張られ眼をまともに開くこともできない。まともに動くのは思考くらいで、でもそれもこんな状況であればないに等しいものだった。




「あが……っ……!?」





 白い靄を抜ければ眼前に広がるのは青々とした新緑に染まる広大な森。地平線の果てには眩く光る海と荒廃した大地が並び、それぞれが入り混じる境界線がグラデーションのように確認できる。


 人間危機迫れば普段以上の能力を発揮するというが、この時の俺の一瞬はとてつもなく加速されていたからこそだったと思わざるを得ない。


 俺はどういうわけか遥か上空から落下していた。




「うあああぁああぁああああああっ!!!?」




 な、なんで!? いやいや死ぬ死ぬ死ぬっ!? 死ぬってコレ!? 

 苦しい……こ、呼吸ができない……!? だ、誰か助けてくれ!




 状況が全く分からないというのに、強烈な風圧に上手く呼吸も出来ず更にパニックに陥るという悪循環。これは夢なのかと現実逃避をしたくなる思いで、ただ必死にこの状況を目の当たりにするしかできなかった。


「っ!?」


 そしていつの間にか、つい先程までは彼方にあった緑はすぐそこまで近づいてきていた。


 そんな……さっきまで遠くに見えてたはずなのに!? 早っ――。




 この瞬間に果たして俺がどう足掻いていたのか。その記憶は殆んど残っていなかった。














「――がっ……! ぅ……つつ……っ!」


 次に意識がハッキリした時は、身体が咳き込んで苦しみを吐いたと同時だった。

 内から熱と共に込み上げてくる痛みは火傷のように身体を火照らせ、吐息は焼けるように喉を焦がす。じんわりと……だが激痛で更に熱を生み出さんとしている感覚は、全身を擦って堪えたくなる程に苦しい。


「い、生きてる……? どうして……」


 思わず呟いて自分の安否について疑問を持ってしまった。確かに、俺は落下したはず……なのだ。




 蹲った身体を開き立ち上がろうとするが頭がクラクラして平衡感覚がややおかしい。片手で頭を押さえてふらつくのをどうにかしようとするも、そんなことでは大した意味もない。身体を起こすのが精一杯で、まだ安定して立ち上がることはできそうもなかった。


 五感は健在であり、今盛大にフル稼働していることが身に染みて分かる。この激痛がそうさせているのだろうか。

 それだから尚更理解出来ず、自分が今生きていることが不思議で仕方がなかった。そもそもあんな上空から落ちて助かるわけがないのだから。それがこの程度で済んでしまっていることがおかしい。


 身体中に痛みはある。割と生まれてこのかた一番とも言えるくらいの激痛かもしれない。

 でも痛かろうが普通に手足を動かそうと思えば動いてくれるし、骨も折れてはいないようだ。




「え……?」




 一瞬意識が飛んで気絶していた? ことが悔やまれる。何かしらが原因で地表に直撃する寸前で落下の衝撃が緩んだのかもしれないという考えがよぎったものだが、辺り一面に立ち込めた土煙が収まると、その考えを否定する光景が周りには広がっていた。


 俺の落下地点の地面には四方八方にヒビが走り、まるで鉄球でも落としたんじゃないかと思う程の凹みがあったのだ。これには目を疑い固まってしまう。

 むしろ鉄球などというのは生易しいくらいかもしれない。こんな勢いで地面と衝突すれば、その物体は無事どころか身が潰れて弾け飛ぶか砕け散っているはずだ。




 でも俺は……生きている。




「どういうことだ……?」


 おかしい……何かがおかしい……。どんなに身体が丈夫でもこんな人間がいるわけないんだから当然っちゃ当然か。

 いやでも待て。それ以前に、コレを何故か全否定しきれていない俺自身がいるのは……なんでだ?




「オイ貴様! 何奴だっ!」

「っ!?」




 自分の中にある疑問に気が付き、只でさえ訳の分からない事態にパニックにもなっているというのに、そこで誰かの罵声に似た声が重なり身体が思い切り震えて反応する。

 目を向けようと意識する必要など微塵もいらなかった。すぐさま反射で声のする方へと目を向けると――。




「この仕業はお前だな!? 一体何を……いや、どこから来た!?」

「ぇ、ぁ……その……」

「答えろっ!」




 人がいた……それも大勢。俺は衆目に晒されたことへの萎縮というより、急な問いかけに上手く言葉を返すことが出来ずに口ごもってしまった。

 今目を合わせている人は睨みつけるように俺を見下しており、その後ろに並ぶ他の人達も俺を同じように見てきているようだった。角度の問題もあってか明らかな敵対心がハッキリと向けられていると伝わってくるが、俺にはその理由がまだ分からない。




 誰か知らないけど、痛みに響くから怒鳴るのやめてくんないかな……。というかどこから来たのか知りたいのはこっちの方なんだよなぁ。だって急に空にいて――空に、いて…………ん? 




 何故空を急に落下していたのかということも重要だ。しかし、そもそも自分が何をしていて、何故そうなったかの経緯さえも……些細な自分の情報も思い出せないことに気が付いてしまった。




 あ、あれ……? 俺、それまで何してた……? というか俺って……なんだ……?

 俺……俺……普段から『俺』って言ってたのか……? そんで人……で良いんだよな……?  




「……う、うそん…………!?」




 絶句した。こんな経験初めて――いや、記憶にない以上経験済みなのかもしれないが、今の俺に限って言えばそうであった。


 ……ハッ!? これはもしや……噂に聞く記憶喪失というやつではなかろうか!? というかそれしか思い当たらんし皆目見当もつかん。

 まさか今の落下の衝撃で身体の代わりに記憶が吹っ飛んだってのか!? んなアホな……なんちゅー悲劇じゃ。


「オイ! 何を黙っている!」

「……」


 声に反応するよりもまずは自分のことを優先する方が大事だ。

 むしろこの状況でそのような場違いな腑抜けた考えができてしまっていたのは、元の俺がこういう奴であったという名残なのかもしれない。……だからどうなるというわけでもないが。




 ――あ、だが落ち着け俺。落下中にどうして落下してるか気づけなかった時点でその線はないじゃないですかー。だとすれば記憶が欠落したのは落下するよりも前、もしくはその瞬間ですってやだなぁもう。

 あらあら、そこの奥さん聞きまして? また私ったら勝手に決めつけて間違った判断しかけちゃったんですよーAHAHAHAHA。でも事前に気付けたからこれでもう安心安心。

 自分への嘲笑と大変残念でしたで賞を進呈しちゃいましょーパチパチパチ、パチ……。




 ――なんでこうなったし……。 




 この時点で俺にでも分かることが一つだけ判明した。

 どういうわけか俺は記憶を失っているということ。それだけだ。




「――良い。お前らの手には余る……一度下がれ」




 発狂するでもなく当然かのように俺が溜息を吐いて現実を受け入れていると、叫んでいた男の肩を後ろに引っ張り別の男が前に出てくる。

 紫のローブに身を包んだ男の内の一人。残る二人とは違い、やや高圧的な話し方に先程の叫ぶだけの男とは違う雰囲気を放っている。実際手に持つ杖の質は格差を証明しているようであったので判断はしやすかったが、これは見せかけではないのだろう。ローブ二人がやや捻じれた掘り込みのある木の杖なのに対し、高圧的な男は鉄製の貴金属でできたような杖を持っているのである。


 


 しかぁし! ここで絶句を解除及び終了。なんだろう……記憶喪失って分かったらなんだか少し気持ちが楽になったわ。普通逆だと思うけど。

 さて、なんだかあちらさんは対話を望んでいるっぽいのでまずは今の状況を把握するために会話に応じるとしましょうかねぇ。回答次第でどうなるかは不明だけど、今俺にできそうなことと言ったらそれくらいしかないし、なんか丁度偉そうな人も出てきたことだし。


 自分でも自覚するくらいの行き過ぎた油断が今の俺にはあっただろう。だがこれを直感と言うのだろうか? 何故かなんとなるだろうという根拠のない自信があり、この態度を改める気にはなれなかった。


「グレイブ様、しかし……」

「どこぞの阿呆か知らないが、あれだけの勢いで落下してなお健在な身体……只者ではあるまい。お前等には見えていなかっただろうがな」


 って、俺への質問してこないんかい。まぁ別にいいけど。

 ですが、ふむふむ……アンタはお目が高いようですな。俺をアホと見抜くとは……でも惜しい! 健在云々ではこの脳みその方が身体より健在ですよ。

 どうやら身体中痛くてもこの思考を優先するくらいに制御が聞いてないポンコツ製品だったみたいですし。


「落下してきたのですか!?」

「そうだ。天使は古来より天の裁きを顕現するという……。これが噂に聞く『法術』とやらであるのかもしれん。詳細はともかく、その小娘が何かした可能性は高いだろう」

「なんと……」


天使に『法術』に小娘? それは誰のことを言ってるんだ?


 男達からずっと向けられていた視線が俺から上へと、後方へと変わった。男達の後ろに並んでいるもう一人のローブの男と、剣と金属製の胸当てを装備した異種族混合の男女達もそれに続く。

 流れにつられ俺も後方を振り返る――。すると、微かな呻き声が聞こえる。頭上を見上げてみれば、全身を泥で汚した金髪の女の子が目に入り、俺は今度は絶句ではなく戦慄した。


 軽かった気持ちが消え、瞬く間に背中と首筋に嫌な汗が滲んでいくのが分かった。




「……ぁ……ぅ……」




 俯き薄目でどこを見ているのかも分からず、女の子は声を出す力も殆どないことが見て分かる程に弱りきっている。そんな子が地面から生えるように伸びた一本の木製に見える十字架に磔にされて頭上にいたのだ。


 正直、見ていられない光景だった。背中越しに見える白い翼は今気にもならない。

 磔にされているだけならまだいい。女の子が弱っているのは当然で、その磔の仕方にはおぞましさを感じる他なかった。

 磔にするために手足は勿論、胴体にも何かしらの紐状のものが巻き付けられているのは間違いない。そうしなければ磔にはできないのでここまでは分かる。ここまでは……。


 しかし、紐状のものが女の子の身体に巻き付いているだけでなく、一部直接突き刺さっているのだ。両手両足、そして背中に。四肢を肉ごと磔にされていると称するのが正しい表現の仕方だろう。翼など一部分に限らず全体的に貫かれて血まみれであった。更には片翼は折れ曲がっている。

 四肢を貫かれているのだから当然身体は悲鳴をあげているはずだ。感じている苦痛は今の俺の比どころではないだろう。それでもその悲鳴をあげる力さえ残っておらず、身体は生きることに全力を注いで痛みすら放棄している状態と言えた。


 直接地面に滴り、十字架を伝って垂れ落ちる血の流れを見る度に身体を捩ってしまいたくなる。一秒一秒が女の子のあと少しの命を削っていく。




「っ……!」


 コイツら……一体何をしてやがった……!? なんつーことを……!


 十字架の足元には木々がくべられており、それが何を意味するのかはすぐに大体理解できてしまう。目的は不明だがロクなことではないと、俺の思考は不吉な予感で満たされてしまう。


 この場の奴等全員は人の心など持ち合わせてはいない。人の形をした悪魔であり狂気の塊……俺にはそうとしか思えなかった。




「どこまでも忌々しい種族め。……いい気味だ」




 この発言が、俺は堪らなく憎くて許せなかった。


 女の子を助けたい――。

 例え女の子とコイツらの関係性がまだ分かっていなかろうが、俺の中でそうするべきだという考えが即固まった。


※次回更新は多分次の土日辺りです。


あと、久々に魔法説明に超級を追加しときました。

見る必要はありませんが暇だったらどうぞ。

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