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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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364話 ただ、怒りのままに(別視点)

 


 司の怒号が響き、そして自然と鎮まった。不気味な程静けさの立ち込める時間は全員が息を呑むようにジッとしていることに拍車を掛け、ここには誰もいないようにさえ思わせていた。


 誰かが一声発するまでは誰も動けない呪縛のようなもの。そう思いそうになる中で、全く聞きもしなかった別の声がどこからともなく聞こえてくる。




『……ククク……』

「「「っ……!?」」」




 その笑い声は卑しそうで、まるで誰をも嘲笑っているような印象を覚えるものであった。声がした途端に一同の心臓が掴まれたような気がしたのはそのせいか……一斉に冷や汗が噴き出すのをヴァルダ達は感じてしまう。


「なに気持ちの悪い笑いしてんだエセ神。さっさと出てこいや」

『……』


 ヴァルダ達ですら怯む状況の中で変わらなかったのは司だけだ。声がした途端からその態度が明らかに粗雑になり、荒んだ目は奥底で何かを燻らせているかのように力が宿っている。ドスの効いた声はまるで一触即発……そんな状態を表わしている様だった。


 声がするだけで一向に姿は見せない声の主であったが、苦しみで動きを止めているポポとナナを纏う黒いオーラからそれぞれ一本の帯が伸び、それが合わさって一つの大きな靄の塊のようになる。すると、霧の塊から二つの大きな目がパックリと現れ、ハッキリした声で語りかけてくるのだった。




『……クク……久シブリダ『守護者(ガーディアン)』。イヤ、コノ時間軸デハ初メマシテカ?』




 語りかけてきているのは同一人物であるはずだった。しかし、見える形で姿を見せたからなのか、化物のように聞こえていたはずの声が突然子どものような軽快な声色へと変わっている。一見無邪気な声はグランドルにいる子ども達を彷彿とさせる幼い声ではあるものの、その言葉遣いは違和感を感じざるを得ないものであったが。


「ソラリスだと……!? こ、こいつが……!?」

「ウチらの……宿敵……!」


 初めて目にした宿敵の登場に身体が固まるジークとナターシャを、呼吸も忘れて胸が詰まる感覚が絶え間なくまた襲い始めてしまう。

 それもそのはずだ。本来ならば執行者(リンカー)達が現れるはずだった運命を変え、自分達が今ここに置き換わっている状態なのだ。危険を遠ざけていたはずが、最も危険な存在が出てくる運命に繋がってしまったなどとは想像すらしてなかったのである。


「巨イナル魂ヲ持ツ者達……君ラノコトハ『守護者(ガーディアン)』ノ記憶カラ知ッテイル。叡智ノ『龍人』……ソレト……勤皇ノ『フェリミア』……ダッタカ……? ドチラモ一族ノ正当後継者トハ数奇ナモノダ」

「(……正当だってことを知ってやがるのか……)」

「お前が……ウチの一族を……!」


 自分をそう呼ぶ者――否、その事実を知っているということに、ジークが目の前の存在に一切の疑いを持つ理由がなくなる一方で、ナターシャの杖を握る手が抑えきれない怒りに震えている。感じていたはずの恐れを忘れ、力んでむき出しにした八重歯がギチギチと音を刻んでいるのだ。抱えている恨みつらみがこれでもかと込められているかのように。

 この獰猛に見える姿は人でなく、言うなれば獣そのもの。その身に流れる竜の血が影響しているようであり、竜の化身とでも言うべき気迫を放っている。


「よくも……っ……! よくもウチの一族をっ……!」


 ジークやヴァルダはともかく、ソラリスに直接的な恨みを持っているのは司だけではなくナターシャもなのだ。ソラリスが引き起こしたものはナターシャも到底許せることではないのである。


 しかし――。


『半端者風情ガ……蜥蜴ノ血ノ末裔如キガ勘違イモ甚ダシイ。私ハ単ナルキッカケニ過ギナイ。全テハ虫ケラ達ノ弱サガ招イタ結果ダ。――『平伏セ』!』

「っ!? くぁっ……!? ぐっ……ぅっ……! (なンだ……身体が……!?)」

「っ……! こんな、奴に……! あぁっ……!?」


 ナターシャの反抗心が一際強く癪に障ったのか、対抗したソラリスから高圧的な発言が飛ばされた時だった。ソラリスから黒い波動がナターシャに向けて放たれ、隣にいたジークを巻き添えに直撃してしまう。すると、途端に二人の身体は波動が全身を撫でるように駆けていくよりも前に、意思とは関係なく動かされて思い切り地べたに這いつくばらせられてしまうのだった。


『抗エンカ? 私ヲ前ニシテノソノ威勢ダケハ褒メヨウ』


 強制力に抗い立ち上がろうとしようとする二人だが、重しが乗せられたように身体はピクリとも動けずにいるのが現状だ。自分を恨めしそうに見ることしかできずにいる二人の眼から、ソラリスは取るに足らないと判断したのだろう。つまらなさそうな感想を残し、興味を別の人物へと向けてしまうのだった。


『ダガ人ナド所詮ソノ程度カ。……ソコノオ前ハ少シハマシノヨウダ』

「っ……! 一応は神様からのお褒めの言葉、こりゃどーも……!」


 波動が及ぼす影響は直撃した者達だけにしか及ばないようなものでもない。当然余波だけでも十分に効果があり、むしろソラリスにとっては大した差などなかったようなものだった。

 ジーク程近くにいた訳ではないが、ヴァルダが余波を受けて尚ギリギリのところで姿勢を崩さずに持ちこたえていたことは感心に値したらしい。……ただ、小刻みに震えるヴァルダの様子からとても余裕は無さそうであったが。




 巨イナル魂と呼ばれる程の強者達であっても、ただの攻撃でもない牽制のみで次々に動かされなくなっていく。明らかに格上の存在の出現は一気に戦況を変え、この場に本当の絶望を確かにもたらしたかのように見えた。




「――『掌底双覇衝』!」

『ッ!?』

「「「(も、戻った……!)」」」




 ――そこに同じく別の規格外の存在がいなければ、であるが。


 ソラリスに向かって両の掌を対にして突き出した司から放たれる二つの衝撃波の塊が、先行してソラリスの全身を貫く勢いで直撃する。可視化したことによって実体もあるのだろう。衝突して生まれた打撃音が短く強く弾けると、その次には遅れてやってきた旋風のような衝撃波が更にソラリスを襲う二段攻撃となり、その拍子にジーク達を抑え込んでいた力が緩んだようだ。


 ジーク達は真っ先に司を見ると、ゆっくりと構えたまま話す司とソラリスの会話に釘付けになる。


「未来であんだけ絶望を振りまいておいてまだ飽き足らねーか。どこまでも救えねぇ哀れな奴だ。……俺がいるってのに、そんなちょっかい出してる余裕があんのかよ?」

『不意打チトハ……選バレシ『守護者(ガーディアン)』トハ思エン下劣サダ。……オ前モ所詮人トイウコトカ』

「ハッ、お前を正しく消してやるのが俺の役目だからな。お前相手ならどんな卑怯な手でも正攻法として使ってやる。お前を消せずに失敗する方が世界にとって下劣な行為だ」

『……クク……相モ変ワラズ弱イ者共ハ皆ヨク吠エル。シカシ、今受ケタモノ(・・・・・・)……コノ状態デハ少々侮リハ禁物カ。曲ガリナリニモ『守護者(ガーディアン)』トソノ眷属……弱サモ集エバ普通程度ニナルトモ限ラナイ』


 強烈な一撃ではあったが、今攻撃を食らったことによる損傷はない。だが司から憎しみの感情を真っ向からぶつけられるソラリスは、その憎しみよりも大きなモノを僅かに感じて警戒する。それはソラリスが最も嫌悪しているものであったためだ。


「永遠に孤独のお前にはできないよな。……弱いからなんだ? だから俺らは補うために誰かと繋がっていく。完全じゃなく、誰もが不完全で弱くて当たり前なのが人だからな。全員が全員筋金入りの意思の強さを持ってるわけねーだろうが。そしたら世の中の人は全員が神とほぼ同等だ……全くアホくせぇ。トキならともかく、最初から神で人を知らないお前なんかにとやかく言う資格なんてねぇよ」

『人風情ノ理屈ナドドウデモイイ。私ハタダ許セナイノダ……私ヲ否定シタコノ世界ガ……! ソシテソノ世界ニ当然ノヨウニ生カサレ、与エラレタ甘エヲ貪欲ニ啜リ、当タリ前ノヨウニ生ヲ謳歌スルオ前ラハ忌々シイダケノ存在! オ前等ノ語ルソノ甘イ観念ニハ反吐ガ出ル!』

「うるせぇっ! 存在しないはずの分際が喚くな! 余計な災いの種をまき散らしてお前以外の全員全てを破滅に追いやった糞ったれが……! ――いなかった奴の言葉なんぞどうでもいい、お前はただ消えてろ! 俺は絶対お前を許さない!」

『コチラノ台詞ダ……! 未来モ過去モ、人モ獣モ自然モ……万物ノ全テ! 同ジ舞台デアル限リ私ハ未来永劫許サナイ……! 特ニオ前ノヨウナ輩ハ尚更ダ……!』


 会話ではなく、最早ただの感情のぶつけ合いに近かった。お互いが憎しみ合う気持ちは果てしなく深く、とうに癒される限界を超えているようだった。

 口を開けば暴言……そして暴言という繰り返し。お互いを潰し合うこと以外には癒される手立てがない程の段階にきているのだ。


 当然、二人がこのような状態であれば更なる過激な段階へと突入するのは至って自然であった。




 ソラリスの周囲には黒い霧が深く立ち込み始め、司の身体からは底知れない気迫が見え始めていく……。

 お互いにどうしたらそこまでの力を身の内に留めておけるのかという程の力に、些細な動作をすることさえ誰もできない。そんな中でヴァルダらが正気を保てていられたのは、ソラリスの大部分の力から司が盾になってくれているからであった。




『折角ダ、コノママ使ワセテモラウゾ――!』


 相手の出方を伺い、五感全てを駆使して何手先を見越した読み合いの末……先に動いたのはソラリスだった。不気味な巨大な瞳が見開き、血が溢れんばかりに充血してとある力が迸る。


「カッ!? ッ……ア゛ッ……!」

「ギュァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ――!!!」

「っ!? っ……んの野郎……っ……!」


 ソラリスの出た真似に対し、司もまた瞳を更に険しくさせる。司も頭に留めてはいた行動の範疇ではあったが、実際にその行為に出られて怒らない訳がない。ポポとナナがいきなり苦しみの絶叫を上げ始めてしまえば当たり前のことであった。


『マダ奴ノ器(・・・)ガココニ居ナイノナラコノ器達ヲ代ワリニ使ワセテモラオウ。コレデオ前ヲ糧ニシテ、私ノ本体(・・・・)ヲモ取リ込ンデヤル!』


 ソラリスが出た真似……それはポポとナナを手足として利用するというものであった。先程まではポポとナナの内側に隠れ潜み、二匹の暴走した感情のままに任せていたが今度は違うようだ。

 ソラリス自身がポポとナナを完全に乗っ取り、傀儡の如く使役しようと企んだのである。ポポとナナを覆う黒に、ソラリスが溶けるように混じり込んでいった。




「お前なぁ……そいつぁ俺がすっげぇ嫌いなパターンだぞ。……よーやるよ全く。ほんっと、糞だなお前は……」


 ポポとナナが抜け殻のようになった姿で立ち塞がり、主人である自分に牙を剥こうとしている。司が味方に矛先を向けられて何も思わない冷血な男で、感情を感じない『虚』のような人物であれば何も問題はなかっただろう。しかし、むしろ司は身内に対してどこまでも甘い。ジークに殺されかけても一向に殺そうとする意志を認めなかった筋金入りである。

 そのせいか、ポポとナナが立ち塞がった直後に司から迸る気迫がナリを潜めてしまう。実際ソラリスに悪態をつく声も心なしかナリを潜めており、少なからず動揺しているようには見えた。


『未来同様、絶望ニ再ビ堕チヨ! オ前ニコ奴等ヲ傷ツケルコトハデキナイ。私ハ知ッテイルゾ、オ前ガ甘スギルトイウコトn――「『爆雷拳』!」 ゴファッ!?」


 一瞬の隙が命取り……この数秒で何手先をも読み合える存在にとって、この一瞬は致命的なものであるかに思えた。ソラリスも司の記憶を見て知り、そう思っていたからこそ隙ができたと確信して動いたつもりだった。


 だがその読みは外れていたのだ。動き出そうとした瞬間には既に司が目の前にいた。そして一寸の迷いもなく繰り出された拳は容赦なくポポとナナ諸共爆雷で包み、全身に深刻な傷を残していく。




「いつまでも不甲斐ない親でゴメンな……すぐ解放してやるから待ってろよ」

『オ前……自分ノ従魔ゴト……!?』



 ポポの声でソラリスは司を信じられないといった驚きの末そう零す。一方司には罪悪感のようなものすら感じられず、何をしても揺るがない意思の強い瞳をしている始末だ。

 これがソラリスを逆に動揺させたらしい。



「俺らがこの程度のことで互いを恨むと思ったか? 浅ぇんだよ、考えがよ……!」



 右腕がまだ爆雷による帯電と炎熱を放っている中、司はソラリスに向かって言い放つ。


 司が操られているとはいえ本気でポポとナナに攻撃を仕掛けた理由、それはこの程度のことをした程度では追々険悪になるような間柄ではない確信があったからこそであった。仮に今の一撃で二匹が死んでしまったとしても恨むことは無いし、恨まれることもない。極論から言ってしまえばそういうことである。

 だが絶対に死ぬわけがないという確信も併せ持っており、そこには根拠のない自信があったのも事実。この自信というものが司の極端な行為を実行に走らせている。







『『(ご主人……!)』』







「それにさっきから聞こえてんだよ……二匹の声が。こんなに慕ってくれて……それなのにお前みたいな奴に囚われたままにしておくなんてできるか!」 




 瞬くように、繋がっている心に直接呼びかける声がする。司には先程からこれが時折微かに聞こえていた。

 助けを求め、励まし、期待するような二つの声の数々は早く直接聞きたい声でもある。




あの時の俺(・・・・・)と同じだと思うなよ……! もう絶望なんてしない、そのために俺は戻って来たんだ……!」

『ゥッ!?』



 一転攻勢し、少し腰が引けたソラリスに司が一歩踏み出して近づいた。その一歩はソラリスにとって今どう映っているのだろうか。少なくとも、思わず声が詰まる程の圧力を感じたのは間違いない。


「怖いか? 神のくせに。その神が恐れをなしているのが人だってことは理解してんのか?」

『ッ……人如キガ……調子ニ乗ルナァアアアアッ! ソノ目デ偉ソウニ私ヲ語ルナッ!』

「黙れっ! 半端なエセ神如きが俺らを簡単に語れると思ってんじゃねぇぞ!」


 実力に関係なく、心を追い詰められたことによってソラリスの理性が弾けたように爆発した。その勢いに呑まれるどころか更に対抗し、司も負けじと気迫を乗せて叫んでぶつかり合う。




 そして今度は、司が動いた。


「その憎しみは元々俺のものだ……! ポポとナナを返せ! 糞の記憶風情が出しゃばってきやがって……お前は俺の中で一生黙ってろ! 果てろソラリスッ!!! 『同調暴走(シンクロバースト)』!」

『ナニッ!? ソレハ――!?』




 二匹を制御下に置いている状況で何故その力が使えるのか? ソラリスがすぐさまその疑問を抱いたと同時に、その声が続くことはなかった。

 白と金の両目の軌跡が描く動きは止められず、そして捉えることすら叶わない。瞬間移動なのか高速移動かすらも分からぬ速さに加え、何をされたかも分からない圧倒的な破壊力の一撃二撃の連撃。


 分かるのはただ一つ、乗っ取った身体達が命の危機を感じる悲鳴をあげているということだけだった。




「まだ残ってる分、全部使ってお前を消す! 俺の相棒達をそれ以上汚すなァアアアアアアッ!!!」

『(コイツハ、神デモ……人デモ、ナイ……!? 化物(・・)カ……!)』




※12/20追記

次回更新は数日中です。

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