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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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363話 葬られた歴史 伝説の帰還(別視点)

 

「……」


 落下していたヴァルダは『転移』でクーらの元に移動して態勢を整えると、背中越しに見る司の後ろの一帯がどれだけ安心感を覚えるものかをしみじみと痛感する。絶望に満ちていた一帯にできた湧き水のような温もりは活力の源であり、乾ききった心に潤いを与えられたかのようであったから。


 紛い物である空間の風が司の縛った後ろ髪と、身に纏う黒いコートを捲し上げた。ただ、司がここにいるという事実は紛い物などではない。この時間に確かに存在する者として静かに生きている鼓動を世界に刻み、そこに立っている。


 今のこの瞬間こそが本人も願っていた結末への通過点の一つ。ヴァルダらを始めとした協力者達は、無事そこへ辿り着いたことに安堵の気持ちで溢れかえりそうになる。




「「ゥ……ァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」」




 司が現れたことでポポとナナに異変が訪れた。突然、身体を震わせながら大声で唸り声を上げ始めたのである。


「ク、苦シイ……ア、頭ガ……割レル……!

「貴様、ハ……一体、何者……ダ……ッ!」

「やっぱり、ポポ……ナナ……お前らなのか……」


 ポポとナナが宙に浮いたまま頭を抱え痛みに苦しみもがく姿を見ながら、司はポポとナナの形をしたナニカにある確信を抱く。姿のみならず気配や声すら見る影もない程に変貌しているが、二匹がポポとナナであるということを。

 対してポポとナナは司が現れたことに戸惑ってしまう。それはいきなり現れただけで訪れた途轍もない頭痛を想像していなかったことであり、原因不明の現象が今の二匹には不可解なものであったからだ。


「そうか……俺のが『同調』したお前らに全部逆流しちまったのか。それで記憶も――つっ……しかもお互い、頭が痛いのは一緒ってか……!」


 理由は全く不明だが自分達が黒く変貌したきっかけでもある司を前にしてのこの発言……これは司の記憶が失われているであろうことを示唆しているようなものであったのだろう。司はこのことに心当たりがあるのか、同じく頭を押さえながら苦々しく呟く。


「頭痛ってお前、受け継ぎに失敗したんじゃ!?」

「いや、成功はしてるよ。けど、まだ完全に馴染んでなくてさ……。統合されたっつっても流石にアイツの記憶量が多過ぎる……っ! 俺のと未来の記憶がごっちゃになってて整理がまだ……もうちょい時間掛かりそうだわ」

「な、なんだ……脅かすな」


 一瞬ヴァルダは計画が成功した様に見えて失敗していたのかと背筋が凍りそうになるも、それが杞憂であったことでホッと一息をつく。そしてもう少し言い方というものがあるだろうと苦笑するのだった。




「そうか……。――フッ、流石ツカサ……伝え方に一種の焦らしプレイを持たせるとはな。しかも性別の垣根を越えてまだ今月の生理が来てないとな? だから頭を抱えてると……」

「「……」」」


 頭痛は継続しているが、司の辛そうにしていたはずの表情に僅かに呆れが滲む。声にならない吐露と共に。

 一息つけたことによる反動故か、一気に本調子になったヴァルダのトークは場を選ばず発揮され、先程までの冗談が一つもない人物とは思えない変化を見せる。当然ヴァルダをよく知る者であるジークとナターシャも司と同じく、げんなりした顔でただ一言……心の内で馬鹿と言う他ない。


「……お前な……今この状況でそれぶっこんでくるのか。さっき死んだ目してたくせに……」


 軽く首だけ後ろを振り返る司の横目からでも呆れた様子は十分に伝わってくる。しかし、その反応を待ってましたと言わんばかりにヴァルダの通常トークは更に促進を促されたようなものだった。

 心なしか、後ろに縛っている一本の髪束が犬の尻尾のように揺れ動いている。


「切り替えだよ切り替え。緊張高まるこの場の気とお前の苦痛が少しでも紛れるならと思ってな。どうよ?」

「どうよ? じゃねーよ。逆に紛れてねーから。……ハァ。お前初めて会った時と性格変わりすぎだろ。あの頃のスカしたヴァルダはもういないのか」

「馬鹿め! 黒歴史は死んだ! もういない!」

「今の方がよっぽど黒歴史だっつの! アホか!」


 一般的な厨二病や、或いは理解不能な言動を敢えて行うような時期を黒歴史と呼ぶか呼ばないかは本人の感性次第だ。そして間違いなくヴァルダは現在進行形で黒歴史を更新中だろう。悪質極まりないことに本人がそれを公認しているためお手上げではあるが、司曰くヴァルダは過去と今とでは随分と性格が異なるようでまだ当初の方がマシだとのことらしい。



「ま、そんくらい茶化しが言えれば平気そうだな「いや、本音なんだが?」……うん、も、もういいから……てかやめて」


 症状が手遅れな者に敢えて治療を施す意味もない。頭痛に加え、ヴァルダの真顔の返答に対して更に頭の痛くなった司は忘れていたことを思い出して悟った。自分が最も始めに知ったヴァルダはこんな奴で、元々止められるような奴ではなかったと。

 こうしてまた出会い、久しぶりに会ったような感覚は嘘であり真実ではある。そして事実は事実としてヴァルダのありのままを……今の姿を物語る。


 だからこそ、何故こうなったのかと司が悩むのも無理はなかった。




「――で? 何か言いたいことあるなら早く言えよ」

「っ……!」

「重要なことなんだろ? 聞く覚悟はできてる」


 ヴァルダの言動はさておき。内に隠している本心を晒すのはまだなのかと、急に司は声のトーンを落として突きつける。司のその切り出しの仕方がヴァルダには予想外だったのか、一瞬ヴァルダは勢いを削がれてそのまま閉口してしまう。


 唐突だった。司の声も、ヴァルダの様子の変化も。

 一度勢いを失くした途端、ヴァルダに今度訪れたのは真剣な雰囲気のみ。肩を竦ませて降参したように、言い出そうとしていたことをさらりと素直に述べるのだった。




「やれやれ、ちょいと一息入れただけだってのに……お前に隠し事は出来ないな。――ヴィオさんが逝ったぞ」

「っ……! そう、か……」




 司の表情が固まった。一拍置いて吐き出した呟きに覇気は微塵もなく、


 仲間の死――これは極めて重大な事実だった。ヴァルダが早々に言えなかったのはむしろ当然で、司の戻り早々に伝えていいものかどうか分からなかったためである。


「これまでのお礼……言いたかったんだけどな……」


 ただ、司の固まった表情がこれ以上酷くなることはなかった。逆にやんわりとほぐされ、次第に元の平常時の表情へと戻っていく。そして明後日の方を見ながら、司はまるでそこにヴィオラの姿を投影するように続けた。


「まったく、どうして死を望んだ奴等は知らない間に勝手にいなくなっちまうんだか。――向こうでユーリィに会えるといいな、ヴィオラさん」




 ヴィオラがいなくなってしまったことは寂しくなにより嘆かわしく、加えて後悔もある。しかし、司のその表情は悲しみを帯つつ晴れやかでもあった。同じ感情を抱いていた者としての共感もありそれは当たり前のことであるから。


 逝けたということはようやく満足できたということを意味する。ならば満たされたことを今は喜ぶべきだと……喜んでやれた方が最期の手向けになると司は考えたのだ。そこに自分の後悔をまず先行させてしまうのは無粋だと思ったのである。





「……父……上……」

「ん、クー……か……」


 辛気臭くなった司をそこで反応させるのは、感極まったことで一言も喋れず動けずにいたクーの震えた声だった。本人にとっては酷く小さな声量であっても、元が大きいため小声でも十分に聞こえてきたようだ。


 今司達の会話はクーの耳には一切入っていなかった。何故ならかれこれ数百年以上もの間クーは一人で司を探し続けており、その間に如何に精神と肉体が熟し大人になっていようと、待ちわびたにも程があるこの変えようもない歳月はこの邂逅において一瞬でクーの中を大きく揺らしてしまっていたからだ。

 言葉を失くすのは当然。身体が硬直してしまうのも当然。思考が一点だけとなって他が何も見えなくなることも当然だったのだ。


「あぁっ……! ほ、本当に、父上だ……父上が、いる……っ……! 父上――ッ!?」


 その当然達は、今しがたようやく解放された。解放された直後に見せるクーの衝動的なこの行動もまた当然であり、父である司の名を求めてその巨体を直進させてしまうのも無理はなかった。


 足場が崩れそうになる圧力で踏みしめられ、その勢いだけで風圧が起こる。――だが一回二回と風圧が起こって三回目が起ころうとした瞬間、強制力を伴って向けられる掌にその身を押し留められる。


「悪ぃな、再開を喜ぶのはまだあとだ」

「ぁ……」


 竜からすれば小さな手……ただしクーにとってはとてつもなく大きく映ってしまう。まるで拒絶されたような態度にクーの表情が悲しみで曇っていく。


 ようやく会えたことを自分は嬉しく思っていても、司はそうではないのかもしれない。そんな負の感情が先行してしまったのだ。感情のままに、落胆する声が無意識の内に漏れてしまう。

 ヴィオラの話をしたばかりということもあり、ヴァルダ達は見ている傍らで司が少々荒んでしまったのではと憶測をするも――。




「クー、本当に立派になって……見違えたよ。……フーさん(・・・・)そっくりになっちゃってまぁ」

「っ! は、はい……はい……っ……!」


 ただ、そんなことは決してなかった。司が微笑んで投げ掛けた立派に成長したことを誉める言葉は、クーの抱いた不安を一瞬で晴らした。

 司は再開を邪険にしてはいなかった……。それが分かっただけでも、言葉を交わすことができただけでも、クーは再び感極まってしまって泣きじゃくりそうになり言葉がつっかえてしまう。


「……取りあえず一旦落ち着いてくれるか? お前等もそうなんだろうけど、俺もお前らに話したいことは山ほどある。後でならゆっくり話せるからさ――っ!?」

「父上!?」


 どのみち話すには少し落ち着かせなければまともにできそうもないと思ったのだろう。落ち着くまでの時間を取ろうとする意味も込めて司がそう告げた。――が、クーの潤う瞳から大粒の涙が落ちようとしたその時、事態は一転する。


「「「っ!?」」」


 クーの咄嗟の叫びは開始の合図であった。フリーの状態から一気に、司ともう一匹が戦闘態勢へと移行する。



「ウゥッ……! 止メ、ロ……(ナカ)デ、蠢ク……ナ……!」

「――っと! ……ハハ、重っ……! どしたポポ、ジャイロボールのことは覚えてるのか? でもあん時と比べて愛情表現が過激過ぎるんじゃ……? 右腕……ちょっと捥げそうなんですけど……!」


 いつの間にこの状況になったというのかも分からない一瞬で、司とポポの距離はゼロ距離となっていた。

 苦しそうに、そして恨めしそうに言葉を発するポポ。そして同様に、しかしこちらは苦しそうにしながらも笑みを浮かべる司は冗談交じりに、目と鼻先にいるポポに向かって小言を言う。

 司の折り曲げた右腕の前腕部にはポポのクチバシが思い切り突き立てられており、超速の突進を右手を盾に防いだようだった。


「(今のチビ助の攻撃を受け止めた!? マジかよ……つーかなんて反応速度してやがんだ……!)」


 ジークは自分が殆ど見えない一撃に対して反応し防御して見せた司から目が離せなくなる。一体どうやってポポの見えない程の素早い一撃を察知して防いでみせたのかが分からなくて。


 司が持つ化物部分に『反射』はない。それはジークの専売特許であり、唯一無二の力だ。聞き及んでいた司に訪れるであろう変化を考慮したとしても、生まれ持ったステータスと魂の度外視である化物部分は到底真似できるものではないのだ。


「分カラ、ナイ……! 我ラノ中、カラ……出テ……イケ……! 『蠱毒ノ贄ト、化セ――!』」


 司とポポの鍔迫り合いのような拮抗が暫く続きそうな予感がにわかにし始めると、その均衡を崩そうと反対方向から追撃の手が迫る。

 退路を断つように壁状に発生した禍々しい毒素が、突然司の背後へと出現したのである。ヴァルダ達ですら即死させかねない威力を持った容赦のない力が、ポポごと司を包もうと猛威を振るう。


「(マズイ!?)『アルスマグナ』!」


 その威力は初見でも大方予想はついたのだろう。司も咄嗟に対抗すべく、空いている左手を突き出して超級魔法である『アルスマグナ』を瞬時に発動し、無の空間へと毒素を強制的に引きずりこんで直撃を回避する。

『アルスマグナ』発動による弊害の荒れ狂う暴風が辺りにざわつき、発動が停止するまでの間一帯には風の刃が縦横無尽に駆け回った。


「ちょ、おまえなぁ……!? いきなり毒かよっ! 毒死とか勘弁してくれよ……」


 やがて嵐が収まる頃を見計らい、ナナのえげつない行動に引き気味に反論する司であったが、その声が届いていないことは分かっていたようだ。だからなのかそれ以上文句を言うことをやめ、攻撃を仕掛けてきた二匹をマジマジと観察して様子を伺う姿勢をとり始める。


「(超級の無詠唱まで……! 確かに受け継ぎは出来てる、しかも本調子じゃなくてコレって……想像以上だな)」


 一方でジークに引き続きヴァルダも司のしでかす真似に驚きを隠せなかったようだった。ジークとは違って不明な点があったというわけではないが、自分と同じく超級魔法の無詠唱が使えるようになっているということ、そして本人の様子からまだこれで本気を出していないということに対して。

 ある程度は予想していた変化でも、現実を目の当たりにすると凄まじいという感想しか出てこない。


 ヴァルダはこの時懐かしい記憶を頼りにふと思うのだ。自分が知る司(・・・・・・)はこれであったと(・・・・・・・・)


「(未来と過去の力を一つに統合する、本来であれば為すことは叶わぬ荒業。心と肉体が大分出来上がっていた分、先程とまるで比べ物にならない強化がされているようだね……これが結果(・・)かい)」


 天使とは違う理由から司を崇めるナターシャも、今は既に亡きフリードから司へと想いが託されたことを見届けて感慨に耽っているようだ。そしてここから更に先の見届けがこれから始まるのだと、期待に胸を膨らますのだった。





「(しっかし、この力はどうなってんだ? どこから湧いてやがる……)」


 司がヴァルダ達に強烈な印象を持たせる中、当の本人は右手はポポ、左手はナナの追撃に備えて意識を集中させる。その状態を維持したまままるで何かを探る様に、ポポとナナを未だに隅々まで見ているようだった。


 ポポとナナが自分の憎しみを背負っていることは予想できたものの、その憎しみの力だけでここまで桁違いの強化が起こるものなのか疑問だったのだ。


「(どっちもハンパねーが……憎しみに囚われただけにしちゃここまでの強化は何かおかしい……――っ!? こ、この感じ……!?)」


 司の疑問はやがて不信感へと変化する。明らかにおかしいと思った時、自分の中の感覚に引っ掛かる何かに気がついてしまった。


 気づいたもの……いや、気づいてしまったものは巧妙に隠されていただけだったのだ。ある者によって意図的に。

 司はまるで首を引っ張られたように一瞬呼吸を止めると、引き攣った顔へ……そして鋭く尖った眼差しを見せるのだった。




「……ホントにとんでもねーな。この感じ……そうか、お前なのか……。まさか俺の記憶と憎しみの中からも現れてくるとか相当世界に恨みが溜まってるじゃねーか……!」

「なにっ!? ま、まさか……!?」


 ヴァルダも司の怒気を孕んだ呟きの意味をすぐさま理解したのだろう。自分は知りもしないが、この世で最も警戒しなければならない者を想像して身構え、目を見開いて喉を鳴らしてしまう。

 気がつけば早くも冷や汗が吹き出そうであった。



 かの者はこの世にいてはならない存在。全ての元凶たる絶望を生み出した人物なのだから。




「そうだろう? なぁ……ソラリスッ(・・・・・)!!!」




 感覚的に伝わってくる衝動は確信も同然だった。司の喉が痛みそうな程の声量により、宿敵の人物……悪神の名が周辺に轟くのだった。




※12/14追記

次回更新は月曜辺りです。

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