362話 地獄の裁き 死命の行方(別視点)
◇◇◇
「ハァ……ハァ……!」
この時間で最も凄まじい激戦を繰り広げる超常者の集まり。ポポとナナ二匹の攻撃は全てが致命傷になり得る苛烈さを極め、ヴァルダらは劣勢立たされる状況を脱することができずに苦しんでいた。
「愚カ者共メ!」
「ぐふぅっ……!? っのヤロ――」
「終ワリダ!」
「づっ……!? ぅぉあ゛っ……!」
果てしない絶望の象徴である黒炎と毒氷がぶつかり合い、弾けて爆散する――。たったそれだけが天災になり得る力を秘め、生物が形を残して存在していられることすら厳しい環境下である。
最も苦しいのはヴァルダだった。今はポポとナナの攻撃が一斉に集中し、未知の力の板挟みを受けて軽く致命傷を負っている程だ。炎と毒に侵され何度も血反吐を吐く姿は見えるに耐えず、しかし人の原形を保てていること自体が既におかしいのだと、対応すら間に合わずにいた他の者達には考えれずにいたのも事実である。
「……『リ、リバイバル、ライフ』……! ……ちっ……!」
しかし、ヴァルダの目はどれだけ戦力差があろうと、絶望の状況下であろうと死んではいなかった。死にかけで半開きになっていた目に再び光を灯して二匹を睨み、力強く得物を構える。
「何度モ何度モ……不死身カ貴様……!」
致命傷を与えても倒れることなく立ち向かってくるヴァルダに、ポポから愚痴のような苛立ちの声が出る。
いかに格上の二匹を相手にしていようと、一瞬で死ぬような呆気なさをヴァルダは見せることなく今も耐えきってみせた。これは防御に徹することのみに全力を注ぐ形を取ったことと、両手に本来の自分の得物二つを携える形態に移行した賜物だろう。一見用途不明な組み合わせの武器だがしっかりと二つをわざわざ使う意味はあるのだ。
特に左手に持つ本の存在が大きく、虚空から取り出した本を持った瞬間からヴァルダの全体的な能力が一層強化されたようだった。一瞬で蹴散らされる戦力差から二匹と辛うじて渡り合える程度になった単純な力の増大の上げ幅も大きいが、それ以上に自分自身に回復魔法を使えるようになっていることが一番の変化だろう。完全回復が可能な反則級の魔法である『リバイバルライフ』を自前の魔力量を生かして何度も使う。これには愚痴の一つでも言いたくなるのも無理はない。
「(ったく……俺じゃなかったらとっくに五回は死んでるぞ)」
声に出さずとも愚痴を言いたくなっているのはヴァルダも一緒だった。
戦いが改めて開始されてからまだ数分と経ってすらいないが、このヴァルダが凄惨な苦痛を味わったのはこの一度だけではない。既に死に至る程の致命傷を負わされたのは今ので五度目であった。それを示すようにヴァルダの服は正面と背面のどちらも血まみれで肌の露出が多くなっており、みすぼらしい恰好に成り果てている。
「――ッ!? な、ヴィオ、さん……? ぁ……」
人はどれ程切迫していようが、一気に意識を全て散らされてしまう懸念や気掛かりという可能性を誰しも持っているものだ。そして今ヴァルダはそれに直面してしまった。
別の場所にいる把握していたはずの仲間の力がこの瞬間に完全に消失したことを感じ取り、その事実が予想していなかっただけに驚きを隠せなかったのだ。そしてすぐに驚きは放心へと変わった。
「っ!? オイッ! ヴァルダッ!?」
「……」
攻撃にオーラを割かず、扱える全てを身に纏って鎧としたジークがヴァルダの異変に気がつき声を飛ばすも既に遅い。無防備となったヴァルダのこの絶好の機会とも言うべき油断を二匹が逃すわけがなかった。
「死氷ニ震エヨ!」
「何呆けてやがるっ!? チッ、クソッ――!」
ナナ自身から発せられる冷気がポポの黒炎をも上回り、ここで頭角を表した。肌を突き刺す勢いの冷気がみるみる周囲を支配していく中、持ち前の反射で既に距離を取っていたジークはヴァルダが回避に移らないのを見かねて踏みとどまるしかなくなったのだ。
未だ空中で戦闘を続けているため、足場の確保はヴァルダが担っているのである。そのヴァルダが無反応とあれば逃げる先に足場が作られるはずもない。ジークのこの行動は反射的ではあったが仕方のないことでもあった。
「う゛っ!? っ――!」
先行して飛び交っていた氷刃の波に肌を刻まれ、幾つかがオーラの鎧を貫通して背筋に突き刺さってジークの顔が酷く歪む。歯ぎしりしたその表情が訴える痛みは紛れもなく苦痛そのものであったが、それでも咄嗟のこの反射を完全に遂行し、当のヴァルダの身には届かせずに済んだようだった。
「っ……!」
足元が既に氷着して縛られつつあったヴァルダを殴打するように抱えて連れ出したジークは、一目散に自分の危機察知を頼りに振り返ることなく少し離れた位置のにいるナターシャらの元にまで退避する。
振り返る余裕などない。その一瞬の気の迷いをする暇があればほんの僅かにでも距離を取る方が何倍もマシであると……その一心だったのだ。
「(このまま逃げ切って――っ、駄目か……!?)」
余計な判断を限りなく排除したジークの行動は自身の中では最速を誇ったはずだった。しかし、それはジークだけならという話。ヴァルダを抱えている分のハンデが顕著に出てしまい、振り切れると僅かに希望を持ったのも一瞬……すぐに全身寒気立つ気配が背中を引っ張る感覚に心臓の鼓動が更に早まる。
「神気滅龍砲!」
「うぉっ!? ――あっぶね……!」
冷気の魔の手がジークを絡めとろうと、ジークの背中に手をかけた時だった。すぐ正面から大きく口を開いて放たれたクーの攻撃がジークの真横を過ぎ去り、その高密度の圧力と力がナナの攻撃と相殺する。
開いた口をクーに向けられた一瞬は心臓が跳ねたものの、狙いを悟っていたことで安心はしていた。しかし高密度に圧縮された力のなんと凄まじいことか……ジークは今のが当たっていたらと思うとゾッとするのだった。
「今の内だよ! 早くこっち来な!」
「おう!」
ナターシャの呼び声に応え、ジークは重くなった足取りを振り絞った力を使って一気に駆け寄る。――だがこれは一連の展開の終わりには程遠い。協力も得て逃げ切った後の……次の選択がすぐ差し迫る。
「逃ガサン! 『八大ノ熱寒ヨ――!』」
「『地獄ニ堕チテ尚味ワエ――!』」
「「「っ――!?」」」
固まったジークらの前方には引き続きナナが。そして退路を断つかのように背後に瞬間移動したポポ。二匹は阿吽の呼吸を見せ、互いの言葉を二つで一つとして形にする。
炎と氷……或いは熱と寒。相反する性質の極致の塊が八つジークらの四方八方に出現し始め、それは無条件に汗を拭き出させ身体を振るえあがらせる矛盾した感覚をもたらしてしまう。
「『鎮まりし虚無の冥界、夢幻』!」
「『空を別て! 神気聖空域』!」
二匹が動いたと同時にナターシャとクーも対抗すべく動き出していた。冷や汗が噴き出して粒になる一瞬の間にポポとナナの攻撃の特性を考慮し、身体は自然と対策を講じるため反応する。クーの巨体を中心に白の球体状の結界が貼られ、その球体を更に補強するように淡い層が出来上がる。
息つく間もない攻防の展開。そして……辛うじて態勢は整えたナターシャ達を、地獄が襲った。
「「『八大地獄』!」」
ポポとナナが同時に叫ぶ。お互いに左回りに黒い線を伸ばして弧を描き、対角にいるポポとナナへと繋げて円が形成された時だった。出現した八つの力達は天と地に黒き熱寒を放ち、巨大な柱へと姿を変える。そして柱から放射されるように降りかかる黒い闇は、結界を包まんと猛威を振るう。
「(なん、だ……これは……!?)」
ジークは眼前に広がる光景に目を疑うしかなかった。そこには世の中の常識や理屈が全く当てはまらなかったからだ。数多の苦痛の権化を体現したらしきモノが、ただ地獄の名の元に一切の慈悲なく力を見せつけてきている。
果たしてこの八つの地獄を形容できる存在がいただろうか? 繰り広げられる光景は決して相容れぬはずの理屈を覆したもの。炎が揺らめき熱を保ちつつ氷結し、氷が固体化したまま炎の如き熱を振りまき景色を歪ませる。熱と寒の同質化だった。
相反するはずの力が一体化したそれはこの世の常識の通じぬ別次元の力でありナニか。最早人に認知し理解できる域を超えており、形容すべき言葉が生まれていないため見つかるはずがないのだ。
ジークに分かったのは、熱と寒の溶け合う中心の被害は目まぐるしく寒暖の差が逆転を繰り返す。その度に結界が軋み、綻び、付け入る隙をより大きくしていることだけだ。
一方何に襲われてあるのかも分からぬまま、クーとナターシャは力の限り抗い続ける。
「クー様、ウチも手を貸します!」
「っ、感謝する……!」
クーの扱う力にナターシャの補助が加わり、周囲の大気の流れが固定され熱気と冷気の一方的な侵食は一応抑えられてはいる。――が、止まったわけではない。クーの力があれば、本来なら結界を境に外気の干渉を一切遮断するというのにである。
しかし、その程度では止まるはずがないのだ。むしろ次元の違う力に対して既存の力で少しでも対抗できているだけでも健闘しているくらいだった。完全に閉ざされた領域を無理矢理抉じ開け、力技のようにヴァルダらへと無慈悲な結果は近づいてくる。
「『クロスリベリオン』! (――っ、止まらねぇ……!)」
少しでもクー達の負担を軽くするため加勢しようとジークが鎧にしていたオーラを攻めに転用するも、地獄の波にそんなものは無意味だった。攻撃が少しだけ地獄の荒波に触れただけで、宝剣でも斬れないはずのオーラの槍が一瞬でかき消されてしまう。
「なん、と……出鱈目、な……!? こ、れ……以上、は……っ!」
「ぅっ!? (同じシステム外の力……! なのに……『龍気』とここまで格が違うってのかい……!)」
徐々に結界内で熱と寒を感じ始めるようになり、クーの呼吸も止めて力む姿と、鼻血と吐血を堪えたナターシャの様子はもうこの結界の持続が長くないことを悟っているようなものだった。
ポポとナナの放った地獄はこれまでとは比較にならない異常性を秘めており、クーとナターシャが力を合わせた至高の結界であろうといとも容易く踏み倒してしまったようだった。
残るは破滅のみ……そこへ――。
「主ら! その場から動くなぁッ!」
「っ!?」
「 」
クーの掠れる叫びがつんざき、皆の意思が一つになった。クーは翼と尻尾を使って強引にジークら三人を足元へと手繰り寄せると、そのまま身を丸くして三人を覆い隠した。
「鱗装! 『神気聖空身』!」
「 」
その直後――。
「ヌゥ……ッ! グォオオオオオオオオッ!!!」
「(っ――!)」
「(クー様!)」
身動きの取れない暗闇の中、クーの断末魔のような叫び声は鱗を通じ、鈍くジーク達の耳へと直接響いて届く。それだけで尋常ではないことが起こっていると、クーがどんな真似に出たかを察してジークとナターシャは這い出ようともがくが、クーの圧迫する力は強く、決して離しはしないという意思を示すように固く閉ざされてそう上手くはいかない。
長く続いていた断末魔がやがて消え、圧迫する力が弱まりを見せた。闇を掻い潜り抜けた先に再び光を見ると――。
「……プハッ! お、オイ……ど、どうなっt……っ!?」
クーは完全にジーク達の身体を封じ込み、密封された状態を作りだしていた。抑圧された空間から解放されて大きく息を吐きだしたジークがすぐさまクーの巨躯を見渡すと、そこには霜の降り落ちる焦げた塊があった。
言わずとも分かる。白い美しい姿を見る影もなくしたクーだった。周囲は震え上がる程冷えきっているというのに、夥しい程肉の焼き焦げた匂いが冷たく鼻を叩いている。
「ハァッ……ハァッ……っ!? クー様っ!?」
遅れて這い出たナターシャも剣呑な雰囲気を感じて顔を顰めた直後、クーの有様を見て悲痛な声を挙げるしかなかった。
クーは自分の身を犠牲に全員を庇ったのだ。あのままでは全員漏れなく犠牲になることは目に見えていた。ならば全員を守るのではなく自分一人を守ることで力を凝縮させ、少しでも耐え永らえようと考えたのである。クーの力で外気を極力遮断させつつ、合わせて巨躯であることを生かして身を持ってジークらを守り通す。対抗する力を自分自身にのみ掛けることで最小かつ最高の力を発揮して。
クーは辛うじて原形を留めてはいたが、全身を焦がしただけの変化以外にも大きく変わってしまった部分がある。背に立派に生えていたクーを支える雄々しい翼が、塵々になって跡形もなくなっているのだ。どうやら翼も全て犠牲にあの地獄を受けきったようだった。
「……っ……!」
呼吸はまだ微かにある。だがこの巨躯で小動物と変わらないような息遣いは今にも息絶えてしまっても不思議ではない。クーは力なく未だ継続して続く足場に全身を横たわらせ、少しでも動くこともできない死に掛けの状態に成り果てた。
「クク……限界カ……」
「所詮無駄ナ足掻キヨ……」
一方でポポとナナらはようやく……というように一息ついた様子で淡々と呟く。力の差は歴然としており、さも当然の結果だと言わんばかりに。ただあるべき結果を引き延ばしにされ時間を食ったことが気に食わないようだった。
この言葉に偽りはなく、ポポとナナが慢心しているというわけでもないだろう。実際手も足も出ないジークらには何かできたことが一つでもあったというのだろうか? 守る姿勢を貫いた上で大して意味もない行動……言わば無駄な抵抗はこの現状を、結果を無情にも残しただけなのだから。
二匹はこの時そう思っていただろう。――しかし、諦めの悪い輩というのはどこにでもいるのだ。
そう、この場にも。
「『リバイバルライフ』! ――まだだ、まだ終わらせねぇよ……!」
「っ!?」
「アンタ!?」
悲惨な姿のクーの身体が、一瞬にして再び白い輝きを取り戻していく。
結果を覆すために思惑を張り巡らし、先程から足掻くための牙を研いでいたヴァルダが二匹の虚を突いて頭上から強襲を仕掛け、二つの武器を互いに共鳴させて姿を現した。
どうやら『転移』で人知れず移動していたらしく、両手で高速回転させた双刃剣が残像で魔法陣を描き、不気味な紋様の軌跡を浮かび上がらせ唸っているようだ。左手に持っていたはずの本もまた封を解かれて宙に浮かび上がり、ページを捲りながら数え切れない程の魔法陣を周囲に出現させている。
「ここで死ぬわけにはいかないんだよっ! 食らえ――!」
出現した魔法陣からは膨大な魔力の塊がそれぞれ現れ一つに集まっていく。向かう先はヴァルダが回転させる双刃剣の描く陣の中だ。数多の高密度の魔力が集約し、回転からの一振りに全てを込めて放たれる――。
「馬鹿メ、気ヅイテイナイト思ウカ? 気配ヲ消シテモ無駄ダ」
「な……!?」
……はずだった。
ヴァルダは自分の手元にあるべきはずの力達を見失う。自分の管理下から、最も強大だったものがぽっかりと丸ごと無くなり空白になったのだ。それは例えるなら目の前にいる人が急に『転移』したように消えてしまうようなことに近い。
絶句するヴァルダに、嘲笑うのを隠せないナナの卑しい声が続いた。
「ホゥ……ズット一体何ヲ隠シテイルカト思エバ……。ヨモヤコレ程大規模ナ陣ダッタトハナ」
「ナナ……お前……この、一瞬で……っ……!?」
「無駄ナ足掻キダッタナ。ソノ陣、乗ッ取ラセテモラウ!」
ナナが翼をヴァルダに向かって広げると、双刃剣にあったはずの力がそのまま集中してナナの手の内に握られる。完全にヴァルダの管理下の力はそのままナナへと移っているようだった。
「(待てってオイ……! 気づかれてたのか……!? しかも最初から……! ……う、嘘だろ……この糞ったれ……!)」
この状況を打破するため、元々準備していた全てを犠牲にした切り札の一撃。その切り札さえも見抜き、ましてや丸ごと奪われてしまうなどと誰が予想できただろうか。魔法に精通するヴァルダであっても、完全に理解及ばぬ現象に知識がついていけなかった。
ヴァルダはただ茫然としていたのではない。確かにヴィオラの死を知った時点では硬直してはいたが、すぐに意識をハッキリと取り戻してはいたのだ。そこから得意の知略を張り巡らし、状況を整理……手段を吟味して何ができるかを何パターンも考案して天秤に掛けていた。
そしてその案の中には、非道にもクーを盾代わりにする案というものもあった。フリードに育てられ優しく成長したクーならば、フリードを知る自分達を見殺しにするような真似はしないだろうと……。だからこそ、クーが盾になりそうだと感じた瞬間からこの策を実行することを確定させた程だ。
自分の失態すら利用して隙があると思い込ませ、この段階からどうにか不意を付けないかと機を伺い策略を考えていたのである。だがナナのこの切り札の乗っ取りはその策略を行動に移した矢先では不意打ちが過ぎた。
まさに何もかもが無くなったのだから。
「クク……コノ陣、コチラデ使ワセテモラウゾ」
「モウ邪魔ハサセン……!」
ナナの向ける力の塊が不気味な光を放ち始めたと同時に、ポポも翼を広げて姿を大きく見せ始めた。すると影のような黒い波動が一斉にヴァルダ達の間を透過するように走り抜けると、途端に足に力が入らなくなってその場に崩れ落ちてしまう。
「うっ!? (か、身体が……動かねぇ……!? いや、諍えねぇ……!)」
「(意思を……封じられたのか……!?)」
どれだけの恐怖が向かってこようが立ちすくむことなく動ける自信はそれぞれあった。ただ、それすら封じられる。
「(いや、動きたい意思はあるのに身動きが取れない……! これは意思云々じゃない、俺らの本能に結果を直接訴えかけてるのか……! なんだよ、最初から時間を稼ぐとか無意味だったってことかよ。――詰みか……!)」
脳から送られる動くという命令自体を強制的に封じて身体を動けなくしている。ヴァルダはそう分析すると、それではもう為すすべなどないということに愕然とするしかなくなった。
まだ身体だけが封じられるならば限られた手段は残されていた。だが実体のない意思そのものまで封じられてしまっては、そもそも行動に移すことすら叶わない。
落下したまま茫然自失とし、ヴァルダの身体と意思が完全に停止する。
何度死に掛けても折れなかったヴァルダの心が……ここで遂に折れてしまった。
「「滅ベ」」
「(あぁ……終わった、何もかも……。クー、身代わりにして済まなかった……たった数分も稼げなかったのか……)」
ポポとナナが再び地獄を顕現させる。迫る死期を感じながらヴァルダは人知れず懺悔と後悔を始め、全てに対して申し訳なく思うのだった。
ヴァルダがこれまでどれだけ戦力差が開かれようと絶望しなかったのは、自らの内に切り出せる安心材料……切り札とも言えるカードがあったからだ。そのカードは今、もう一枚も手元に残されてはいない。
異世界人であろうと恐怖は感じるのだ。今までそう見えなかった、見せてこなかったのは本人の持つ力が大きかったからに過ぎない。食物連鎖の図式のままに、上に立つ存在にヴァルダは久しく真の恐怖を覚えた。
「(あぁ……ここまでの差があるなんてなぁ……。そうかよ、そこにまで一気に到達してたのかよ……。――ふざけんな……管理してたとはいえさっきまで切り離してたんだぞ、なんで気づけるんだ……。しかもどうやったらこんな馬鹿げた規模の陣達をこの短時間で乗っ取りできるってんだよ……!)」
もう何をしたところで結果は変わらない。その清々しいまでの事実は簡単に自暴自棄な気持ちにさせていく。悪態の数々は抑制が効かずにタガが外れたことによるものだ。だが――。
「悪ぃツカサ。約束……守れねぇや」
最後に呟いたものは、果たすと誓っていた約束を反故にしてしまうことを……純粋に詫びたい気持ちを間に合わなかった仲間へと向けるのだった。
『――いいや、ギリギリセーフだ』
どこからともなく、誰かの声が聞こえた気がした。その声は酷く身近でいて、でもどこか懐かしい安心を覚える声色。
「ぇ――」
「コノ、声ハ……?」
ヴァルダ達だけでなく、ポポとナナさえも突然の声には地獄の顕現を中断して動きを止めてしまう程だった。
「……ハ……ハハ、ハハハ……! なんてタイミングで来やがるんだこの色男は……! ちょー待ちわびてたんですけどっ!?」
ヴァルダの死んでいた表情に生気がみなぎる。それもそのはずだ、まさにこの邂逅を待ちわびていたのだから。
「っ! 来たか……!」
「よくぞご無事で!」
「ぁ――」
ジークとナターシャの声にも張りが出ており、同じく歓喜した様子であることは疑いようもない。そしてクーは探していた人物にようやく会えた事実にうち震え、次の言葉がすぐに見つからない。
「済まねぇなホント……皆久しぶりだ。全てを変えに戻ってきたぞ……!」
全員の視線を集める中、帰還した司がそう言った。
※12/6追記
次回更新はここ数日中です。
現在4000字程度書き上げ完了してます。もうちょい補完したいので暫しお待ちを。




