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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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359話 記憶の解放(別視点)

 


 ◇◇◇




「「「「――ぁ――」」」」」




 何の前触れもなくそれは起こった。ヴァルダの行動に伴い、何もない場所に姿を隠されたものがポッと湧き出すように、ボルカヌ各所で動いていた四名の男女はその瞬間だけ木偶のように動きを止めてしまった。

 世に解き放たれた封じられし力は全部で七つ。だが解放されたことを直に理解できたのは現状四名だけであった。残る三つの力の内二つは底無き影に呑み込まれ、一つは時空の狭間へと消えて行方をくらます。




「これは……なん、で……? 記憶が……。――あの時、カミシロ様が倒れて……私達は……」


 一対一の戦闘の山場を越え、あとは自然な流れに任せるだけとなっていたヒナギ。代用として造り出した刀を解除するのみのはずが、その最後の一時に訪れた自分自身を揺るがした事実は刀を収める寸前の動作のまま、ピタリと固まったままを維持させてしまっていた。


「……くっ……! ――フフ、思い……出したのですね……!」

「ヴィオラ、様……? 私は……私達は一体……」


 血に塗れ、黒い羽が無造作に散った中心に倒れるヴィオラを見つめるヒナギの視線が震える。これは自分のしていたことを自問自答し、また一から本質を問いただす必要性が出たことによる。


「ご安心を……! あの方とは違って、皆様は記憶が混じったわけではありませんから……。代償は起こりませんよ。ですが……遂に、ここまで来てしまいましたか……!」


 ヴィオラは動揺の走るヒナギを咎めることはせず、あくまでヒナギの身を案じるのだった。その表情は苦痛に塗れながらもどこか満足気であり、待ちわびた瞬間が訪れた喜びも滲み出ている。


「っ……」


 ヒナギは、フリード……すなわち未来の司がヴィオラと関わっていたことは一昨日聞いていたため知っている。その真偽の程についてはセシルのお墨付きもあって疑いの余地はない。だとすれば、本来協力しあえる関係上、今までの一連の不可解な突然敵対されたことの意味が再度問われることになる。


 自分達の知らないところで、一体どんな思惑が動いているのか? ヒナギには今その答えを知りたい欲求が膨らんでいた。


「何故、このようなことを? どんな目的があって……」


 刀を向け敵対し、迂闊に近寄ることさえ躊躇われた関係はとうに崩れ去っている。ヒナギは刀を手からするりと落とすと、ヴィオラのぐったりと既に衰弱した身体に寄り添い、真実を求める。ヴィオラもまた肩を支えられ成すがまま……呼吸を乱しながらもゆっくりと答えていくのだった。


 ここまでくれば何も意識する必要はない……そう考えて。


「……す、全てはあの方が……何もかも背負い受け、万が一に備えソラリスに対抗する……ための準備、でした……。そして、皆様はそこに巻き込まれてしまっただけ……」

「ソラリス……?」

「はい。『ノヴァ』を生み出した全ての元凶……時神と並ぶはずだったこの世界のもう一人の神である、空神の真名です。……あの方は、今の時間のあの人自身の想いすら巧みに利用し、常人なら考え付いても実行を躊躇してしまう……自分を厭わない有り得ない方法で無理矢理……自分自身の心に耐性を、つけようとしたのです、よ……」

「心の、耐性……」


 ヴィオラから語られる、聞き慣れず不可解な事実にヒナギの表情が曇る。明らかに話についていけていない様子であり、そもそも事の顛末の断片を知ったところで一つ一つを理解していなければ話が通じるものではないのだ。短い会話で内容が理解できる程小さな話ですらない。


 ヒナギのこの心情をヴィオラは察してはいたが、そのまま無理に会話を続ける。自分の限界が近い以上、せめてもの最低限のことは伝えておきたい一心で。


「ソラリスの世界に対する憎しみは、あまりにも深い……。あの方の強靭な心を持ってしても、それは耐えられるものではなかった……。そこには皆様を失ったことで、既に憎しみの隷属に成り果ててしまっていたことにも、一因があったのでしょうね……」

「……」

「あの方は、皆様を守れなかったことを心底、悔やんでいた……。――特に、貴女とセシル様に関してはより一層。心を預けることのできる皆様の死……それは、あの方の過去のトラウマ(・・・・・・・)を抉り、心が壊れてしまう程の衝撃でした」

「っ……」

「……そして心が壊されたあの方は自我を失い、ソラリスの憎しみの捌け口にされ楽になる道を選ぶことも出来ず、独りこの世界に取り残される運命を辿ったのです。誰も経験したことのない、『無』と呼ぶべき世界でずっと……壊れたまま孤独な時間を生き永らえる生き地獄に落とされた」


 ヴィオラの語る目は薄く、まるで言葉に自分の語る資格などないと言っているかのようであった。

 未来の司の人生は、同胞の皆殺しに遭ったヴィオラよりも更に凄惨過ぎたものだった。しかも自責の念に駆られ心が既に疲弊した出来事の直後に絶望を目の当たりにしていたことから、そのことに自分が感情を剥きだし、起こそうとすることすらおこがましさを覚える程に桁が違ったのだ。


「その結末を受け入れられなかった――いえ、逆に皮肉なことに受け入れざるを、得なかったというべきですか……。あの方が時神より授かっていた力……『無限成長』の執念とも呼ぶべき限界のなさが、今を創り上げる結果を生みました。――ゆっくりと、例え自我を失っていようと……壊れた心を成長させることで無理矢理修復させ、あの方は失っていた自我をそこで取り戻すに至った、そうです。その時間たるやどれ程のものか……そこからがあの方の復讐の始まりです」


 未来の司が過去にまで戻ってきた意味。それがようやく、ここで明かされようとしていた。

 誰でもない、未来とはいえ他ならぬ司の話である。直接命を救われてもいたヒナギはいつの間にか聴き入っていた。


「ソラリスによって壊された心が、成長したことにより修復されたこと……それはつまり、自分がソラリスに対抗できる可能性を持っていたということに他ならない……。既に自分の手で復讐を果たすことの叶わない状況下に、陥っていたことは理解していたあの方は、ならば過去の自分に復讐の願いの全てを託すしかないと……そう決断したのです。幸いにもソラリスが導いた破滅の結末の運命力が強すぎたということもあり、危ない局面は何度かあったとはいえ、今日という日に至るまでの大きな流れを変えない、ことは……思ったほど難しいことでは、なかったようですけどね」

「ぁ……」


 そこまで言われ、ヴィオラの意味ありげな視線に気が付いたヒナギはハッとなる。

 未来に大きく左右される出来事というならば、死ぬ筈だった自分が今生きていることは本来あり得ないことである。死んでいたか生きていたかで結末がどう変化するかまでは予測できずとも、危ない局面というニュアンスを自分に言っているような気がしたヒナギは何とも言えない気持ちになる。


「フフ、そう気にされることはないかと……。あの方も、危険を承知でも愛していた貴女を絶対に……死なせたくはなかったのですから。――大切な人達を誰一人として死なせず、結果的に全ての時間を終わらせることなく密かに強力な仲間達に干渉し掻き集め、そしてこの時間のあの人の心の器をある程度完成、させておく……。あの方が消え、代わりにあの人として戻られた暁に訪れる『力の重なり合い』……それに耐えられなければ意味がありませんから。……今しがたより新たに分岐して始まった、破滅を逃れ世界存続の可能性のある時間軸。それがこの時間です。……ようやくです」

「っ!? ヴィ、ヴィオラ様、身体が……!?」


 深い意図があったとはいえ、何も知らなかった人物にいきなり話をしたところで突拍子もなく信用されない……それだけのことをした自覚はヴィオラにもあった。この話の信憑性を確定付けることができるのは、話の中心である者だけであると。

 ただ、ヒナギは既にこの話に疑いを持ってはいなかった。ハッキリと伝えられたことで、話に思い当たる節がいくつもあったためである。……またヴィオラの力の無い声が掠れ始め、もう間もないことを悟ってしまったためでもあった。既に与えてしまった傷を癒そうと不得意である回復魔法を使用してはいたものの、傷とは別の変化が現れ始めたことで手遅れであることを理解する他なくなってしまう。


 少しずつ、ヴィオラの身体が塵となって霧散し始めたのだ。


「どうやら力を使い過ぎ、たようです……。もう代償を、払いきることもできない身……。元々今日で私は、この暗くて永い人生を終えるつもりでした。このような形になったのは想定外でした、が……。慈悲深き貴女に看取っていただけるのであれば……それも良かったのかもしれませんね」

「何故……何故こうなるまで教えてくださらなかったのですか。教えていただけていれば……こんな……!」


 ヒナギにしてみれば、何も知らなかった自分がヴィオラを追いこんでしまった形だ。先の戦いで与えてしまった致命傷の数々が思い返され、取り返しのつかない過ちと罪悪感に駆られてしまう。なんとか死を免れることはできないかと思案し、思いを錯綜させるのも無理はない。しかしその間にも、無情にもヴィオラの死は差し迫る。


「この手段は知っているかそうでないか……で、結果が百かゼロかなの、です。万が一にでも知られてしまっていたら、あの方の憎しみは育まれません。故に何も知らせず、これまであの方は自分に対して、極端に希望だけを抱かせるように……してきた。そうすることで、より激しく強い憎しみを反動的に生むために」

「それが、あの裏切りの真実、ですか……偽りの……」

「――ええ。光と影が、強まれば強まるほど……互いを主張しあうように、希望と憎しみも同じような関係です。抱く希望が強いほど、湧き上がる憎しみも果てしなく膨れ上がる。……無理矢理奇跡を起こすつもりで臨まなくては不可能だったのです。私はその生贄になったと思えば、安いものです……」

「こんなの、カミシロ様が望むわけ――「ヒナギ様」っ!?」


 この結果を司が望んでいるはずがない。そう言おうとしたところでヒナギの続きの言葉は遮られてしまう。力の無い声のはずなのに、ヴィオラに有無を言わさない力強い声と遜色ない覇気を感じた気がして。


「今言ったことをすぐに理解しろとは言いません……勿論納得しろとも。しかし、これだけはハッキリ伝えさせて、いただきます……。――我々は、初めから皆様の味方です。皆様とお会いするよりも以前から。敵対したのも全て、我々の計画したことにすぎません。……ヴァルダ様が率先して偽りの悪役を演じ、ジーク様があの人を殺しかけたのも、全て……あの方自身に懇願されて行った事……。必要なことだったのです……あの方のために、皆様のために、世界のために……。決して責めないでください。私の言葉が真実であることは、直接あの方から聞ければハッキリすることでしょう」


 伝えたいことはこれに尽きる――言い切ったあとヴィオラが霧散する速度が速まった。たかが言葉……されど言葉である。死力を振り絞って出した言葉は言わずともヒナギの心を打っていた。




「……もうあと僅かですね。皆様を、解放しなくては……!」


 身体の大半が消え入りかけ、震える腕に鞭を打つヴィオラの手が地平に伸びる――。


※11/2追記

次回更新は日曜です。

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