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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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357話 神竜(別視点)



 



 ヴァルダの作った足場の上で、三人は巨躯な存在を見つめて目を見開いていた。怪我とは別に身体も一時的に動かせず、ただ驚きのままに。

 荒々しい鱗を備えて雄々しくありながら、全身を純白に染め上げた美しくもある竜。三人の目の前にいるのはそんな存在であり、見惚れる者は見惚れ、恐れをなす者もいるだろう。どちらにしろ目にした者の動きを奪うに値する存在だった。


 竜は流暢に人語を介し、ヴァルダらに向かって問いかける。


「驚かせたことは詫びよう。しかし事は早急を要する。我は祖竜、再度主ら人の子らに問いたい。これは何事か?」


 漂わせる雰囲気は変貌したポポとナナと似ているようで中身はそうではない。ただただ圧倒的な存在感……それは心に圧し掛かかる負の力の重圧を感じさせることはないものの、言葉一つが威厳という異彩を伴っている。


「ゴフッ……! ぅ……」


 決して無視していたつもりではないが、ナナの毒に蝕まれた身体は急速にヴァルダの命の限界を縮めていた。蒼白になりつつある顔と血にまみれた口元が嫌でもそう思わせている。

 事態を最も把握しているヴァルダの回答こそがこの場での最適解ではあるものの、当のヴァルダには既にその余力は残されてはいないようだ。力なく身体が死んでいくのを待つことしか出来ない。


「毒の体でそれどころではない、か……。――『癒しの息吹(セレネスブレス)』」


 ヴァルダの容体を見かねたのか……一瞬を空を仰いだかと思えば竜の口元に幾重にも重なり合った魔法陣が浮かび上がり、大空の中で陣が展開する。魔法陣を通して息がヴァルダに向かって吹きかけられると、それは癒しの力となってヴァルダに降りかかったようだ。吹き抜けた息吹がヴァルダを蝕んでいた毒を掻っ攫い、紫色の風となって彼方へと飛ばされ消えていく。


「……これで十分か?」

「――ありがとう。お蔭でくたばり損ねることができたよ。ナタさん、もう平気だから降ろしてくれ」

「あ、ああ……」


 戸惑うナターシャへとそう伝え、抱えられた状態からヴァルダは解放されると目を閉じたまま自分の体調を確認しているようだった。表情は蒼白から色を取り戻し始め健康的になっており、思ってもみなかった役者が幸か不幸か現れたことに感謝して。


「ふむ……? なんだ、その口ぶりだと死にたかったように聞こえるが?」

「……さてね。一応さっきの質問だけど、見ての通り怒り狂ったアイツらに今殺されかけてる最中だ――ッ!」

「むっ!?」


 ヴァルダの言い方にどこか引っかかる違和感を感じ、竜が思ったことをそのまま告げようとしたものの……丁度間が悪かった。

 少し離れた場所で魔力が異常に膨れ上がり始めたのである。今こうして話している間も未だナナとポポの射程圏内であることに変わりはなく、特にナナはいつ不意打ちの魔法を放ってくるかも分からない。むしろ今正に攻撃を仕掛けようとしていた程であり、これ以上の被害を免れるには千載一遇とも言える周りも安全となったこの瞬間にこうするしかなかったのだろう。即座に絶対の防御魔法である『断崖城壁』を展開し、現れた竜諸共身を隠す。


「これは……超級魔法か。随分と久しく見る……。主、どうやら只人ではないようだな?」

「ここにいる奴は全員只人じゃないけどね……あっぶねぇ……!」


 間一髪で攻撃の手から逃れたヴァルダ達。今回は先程と違って内部に別の空間が広がるわけでもなく外見同様に真っ白の空間である。その中に身を置けたことで多少気が楽になったのか、三人は揃って一斉に張り詰めていた身体を崩して肩を撫でおろすのだった。

 身動きは未だ取れないという事実はある。だが、時間を稼ぐという意味ではこれ以上の手段はない。いきなり三人に巻き込まれる形で取り込まれてしまった竜ではあったが、既知であったのか目にしたものを懐かしそうに呟き、そして超級魔法を駆使するヴァルダには一目置くのだった。


「はぁ……はぁ……」

「一先ず一難去ったようでなによりだ。……そちらにも事情はあるのだろうが、我にも事情がある。気分は乗らぬかもしれんが話の続きに戻らせてもらいたい。我が父が先程この作られた空間内にいたはずだ。その気配を辿ってここまで来たのだが……一体何処へと消えたのか知らぬか主ら?」


 ヴァルダらが極度の疲労を覚えている様子を見て遠慮がちに問う竜。

 これまで人目を阻み、長い年月を生きてきた竜にとって人とは矮小な存在のはずである。しかし、種も違い相容れず、本来であれば人の前に現れることも、また相手にする気などもさらさらないのだが竜を取り巻く状況下ではそうも言っていられなかった事情があった。これまでほぼ全く音沙汰の無かった唯一の手掛かりとも言えるチャンス。絶好のまたとない機会を逃すような真似は到底できるわけがなかったためである。


 そのチャンスを不意にしないためにも、今はヴァルダらに対して慎重に対応する冷静さを見せる。


「う、ウチの空間内の気配を察知したというのですか? そんなことが……」

「そうか……これは主の力か。特異な空間が生じれば平常が崩れるのでな、平常とすり合わせることでこの場を感知したまでだから大したことではないのだが……。――主、外見から察するに龍の血を引いているのだろう? 龍の血によって潜在的に高まった力を持っていようとも、人の子がこれ程の空間を形成できる力を持つに至ったことに我はむしろ驚いているくらいだ」


 言葉はやや固いものの、竜自体の性格は攻撃的なものではないらしい。それはヴァルダらが取るに足らないと思われているのか、はたまた人と竜の種が違うという根本的なものが原因かは分からない。――ただ、それはこの竜が明らかに普通の竜とは別格な風格を放っていることが原因であることは理由の一端としてはあるだろう。


 竜もまた飛翔を止めて静かにヴァルダらの側へと降り立って気を楽にし始める――が、キョロキョロと気を紛らわすように視線をあちこちに飛ばして尻尾をソワソワとさせている様から本心がダダ洩れであった。

 それを見たヴァルダは気を遣われていると察し、恩人に向かって自分の方から知りたいであろうことを切り出すのだった。


「……君が探している父上ってのは、多分フリード(・・・・)のことだな?」

「っ!? 父上を知っているのか!? やはり……!」

「ああ、言う通りここにさっきまでいたよ。そしてもうじき此処に戻ってくる手筈になっている」

「ほ、本当か……!?」

「うおっ!?」


 ヴァルダからフリードの名が飛び出ると、尻尾をピンとして竜は目を見開いた。突然冷静さを忘れた子どものように声が揚々と高くなり、歓喜を露わにヴァルダに食い入るように顔を近づけたが、それはヴァルダを一飲みにしそうな構図そのものである。……実際ヴァルダも突然巨大な顔が近づいたことには驚いてしまい心臓が跳ねた思いだった。


「う、うん。俺らがこんな状況に置かれてるのも奴に協力したことによる予想外の弊害ってところでさ……」

「え゛……。そ、それは……その……なんだか済まぬ……」

「(ん?)」


 目の前に迫った鋭い眼光を間近に、ヴァルダは竜の正体を知っているため事実を言ったつもりだった。しかし、そこで竜はいきなり尻尾をふにゃりとさせたかと思うと、明らかに申し訳なさそうな声で更に下手に出てしまう。竜からすればヴァルダの言葉が真実である確証はないのだが……。

 ヴァルダは一瞬竜の態度に呆気に取られそうになるも、フリードから聞いていた竜の話を思い出して理解する。


 そして思うのだ……あの話は本当だったと。


「いやいや! 君が何故落ち込む? 今回の件は誰にも非はないイレギュラーだから気にすることないと思うんだが……」

「だが父上が関与して主達が不幸を被ることになったのであれば……そうもいかぬだろう?」

「(うーん……竜種の頂点とは思えない謙虚さだなぁ。一応システムに縛られた存在なのに……。アイツどんな育て方したんだか)」


 おずおずと、怒られることを恐れたかのように縮こまる竜はまるで猫のようであった。その巨躯に相反した態度はギャップ差が酷く、度が過ぎると称しても問題ない違和感しかない。

 ヴァルダは竜の生い立ちを知る身として聞いていた話の斜め上の事実に困惑してしまったが、事実は否定のしようがない。そのまま竜の正体を二人にも確信してもらうべく、話へと入り込んでいく。


「……もしかしなくもないんだけどさ、名前……クーって言うんだろ?」

「っ!? 主、我の真名まで知って……?」

「やはり……!」

「コイツがあの言ってた……? マジでデカいな……」


 ナターシャとジークもクーの存在については既に知っている身。誰が敵で誰が味方か未だ確証の持てない者達とは違い、確実に味方である確信を持てる存在である。誰もが此処に現れる予想はしていなかったため、土壇場で第四の戦力が加わったことは純粋に三人の砕かれかけた希望を再燃させることに繋がったようだ。フリードから聞いていた話が正しいのであれば、あの手に負えなくなったポポとナナを打開できる可能性すらある。


「本人から君のことは聞いてたんだ。素直で従順、家族思いの良い子だってな」

「父上が……我のことを……?」

「祖とはいえ竜種でありながら攻撃的じゃない性格はアイツの影響をモロに受けてるっぽいしな、間違いなさそうだ。つくづくとんでもないというか……。まさかここで出てくるとは思わなかったが……」

「う……迷惑、だっただろうか……?」

「いいや、君が来てくれたお蔭で命拾いしたからそんなことは絶対にない。……本当にありがとう」


 クーが聞きたいであろうフリードの話を少し混ぜながら、今一度クーに救われた事実に感謝するヴァルダは内心ではクーがここまで穏やかな性格をしていることに安堵していた。

 竜種に限らず、様々な種に共通して特別な個体とは他種はおろか、同種でさえも馴れ合うような真似をしない場合が多いのだ。特にクーのような竜の祖とも言える特異個体は真の意味で唯一無二の存在……クー自身の本能もあるが、何より世界によって定められたシステムの強制力が働く関係上ゼロに等しいというのがヴァルダの見立てである。しかしそのクーに微塵もその兆しが見られないことはヴァルダの知的探求心をこの上なく刺激する。


 クーも知りたいことがあるだろうが、ヴァルダもクーについては密かに知りたい欲求が出来た。




「君が今回ここに来たのは分岐したことによる影響か……。全てを知ってる君になら何も配慮する必要もないかな。済まないがフリードが来るまでの少しの間力を貸してくれないか? 君のその力なら『寄越セ……!』――ッ!?」




 安全と思われた空間に、おぞましい声がヴァルダの声を割って入り込む。そして途端に湧き上がる、先程まで感じていた張り詰めた緊張感。




『憎イ……其ノ命……寄越セ……!」

「な……!? オイオイ嘘だろ……!?」




 声が聞こえた途端、空間そのものが激しく振動して揺れ始める。異変は空間を形成しているヴァルダ本人以外にも伝わり、聞こえる声を心して聞くように身構えさせていた。


『何処ダ……何処ニイル……!」


 声が……どんどん近づいてくる。それはスピーカー越しの声が生の声に変わるかの如く、至って自然に……。


「っ……『断崖城壁』すら否定するとか反則だろ……!」


 聞こえる声はポポだった声。ポポの力である魔力を否定する力であっても、超級魔法には届かなかったはずである。その事実を覆し、超級魔法をも……その中でも最高の防御魔法である『断崖城壁』すらも否定するに至った力にヴァルダは悪態を吐き捨てる以外の行動を取れなかった。




「――其処カ……!」

「っ!?」




 一番生の声を近くで感じた瞬間――空間そのものに黒く焼き焦げた丸い穴が小さくだが空いた。

 そこでヴァルダは見てしまう。小さな穴から覗いた朱い目を。目を合わせたら死ぬと言われても否定できない憎悪に染まったおぞましい目がヴァルダを捉え、卑しく嗤ったようだった。




「先程は聞かなかったがアレは一体なんだ? アレが父上がもたらした弊害とやらか……? どうやら主達を目の敵にしているみたいだが」

「ああ……! フリードの指示とはいえ、それだけのことを仕出かしちまってるから仕方なくはあったが……こんなことになるなんてな……」


 ヴァルダらの仕出かしたこと……それはクーには決して言えない内容である。今は何も知らないため害意のない味方でいてくれているが、真実を知れば非道な真似をした自分らに怒り狂うことは必至。フリードがいない限り敵に回ってしまうことは容易に想像がついてしまう。


「(クーがいればなんとかなるか? そのためには……)」


 ポポとナナを交えた三つ巴はそれこそ最悪の形であり、確実に避けねばならない形である。幸いにもクーは今フリードについて知りたいという欲求があるからこそヴァルダらに下手に出ている。その事実を有効に使うためにはヴァルダはフリードが戻るまでの間真実を秘匿するしかない。


 ヴァルダは真実を言うのは避け、無理矢理そこで会話を途切れさせてはぐらかした。フリードの情報を餌に、クーに今味方でいてもらうために……。

 知らねば良いこともあるとはこういうことを言うのかもしれない。


「アレを一先ずどうにかせねばならなさそう、か……。父上から始まったことの尻拭いは子が払拭することが務め、そして逆もまた然り……。父上を知る主らにはたっぷりと聞きたいこともできた。父へと繋がる手掛かりをここで見殺すことは出来ぬ……我も今は主らに力を貸そう。話はそれからでも構わぬ」

「(悪いなクー。今は許してくれ)」


 騙している罪悪感はあったが、自分だけでなく二人の命も懸かっているため無理は押し通せねばならない。

 何も知らないクーはヴァルダの後ずさる気持ちを押しとどめるように、頼もしくも共闘案を自ら持ちかけるのだった。そして返答を待たず『神気』を既に迸らせ、練り上げられた力が限界に向かって高まり始めていく。


 当然クーのその姿勢を見れば、ヴァルダ達の士気も高まる。


「助かるよ。今は猫の手でも借りたいくらいヤバくてね……」

「フッ、我を猫の手とは笑わせてくれるな。――伏せて衝撃に備えてくれるか?」


 自分のことを猫と言われたことに茶化された気分だったクーから軽く小言が出る。ヴァルダは決してそのように思っているわけではないが、この世界に馴染みのない言葉は少々意味が通じなかったようである。

 内心でヴァルダは次回以降は気を付けようと軽く気に留めると、クーの口元には再び幾重にも重なった魔法陣が浮かび上がっていた。先程と同様完全な攻撃性こそ感じられないようだが、抗うことすら許さないと主張する比べ物にならない力を秘めたものとなって。同時に息を深く吸い込み、周囲に暴風が巻き起こされる。


「どうやら奴らは憎悪に囚われているだけのようだ。ならばその憎悪を引き剥がしてくれる!」



 息を吸い込みながら、クーがポポ達に対して感じ、認識したことを告げる。その状態となった元を払うため、鋭い牙の生え連なる大顎を穴に向かって今向けた。




 ――それと同時だった。




「全テ失エ――!」

「『神気滅龍砲(グラン・メギテルス)』!」




 穴が完全に空いた瞬間、ポポがそのまま中へと侵入しようとしたところを見計らい、クーの口から凄まじい勢いの息吹(ブレス)が放たれる。その勢いは空気を一瞬で摩擦で焦がして熱波を生じさせる程であり、忠告通り身を伏せていなければヴァルダらは肌を焦がしていたことだろう。

 一方で、全貌を晒したポポにはまるでようやく見えるはずだった光景がすり替えられた思いだったはずだ。入ろうとした瞬間に息吹(ブレス)が侵入を許さず、そのままし痛烈な痛手となるだけだったのだから。




「これが、神竜の力か……!」




 口から余った息吹(ブレス)の残りを発散させるクーが穴の先を見据える中、一部始終を見届けたヴァルダらは息を呑んでクーの力に言葉を失くすのだった。


遅くなってすみませぬ。

休日出勤はホントなんとかならないですかねぇ……。


※10/13追記

次回更新は火曜です。


※10/17追記

毎度告知破ってすみませぬ。

次回更新ですが金曜頃になりそうです。


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