356話 完全暴走(別視点)
「……ぁ……くっ……!」
疑似的空間に作り出されている大岩に、自ら潰れるようにめり込んだヴァルダが半目で呻き声をあげる。一瞬の間意識が飛んでいたのだ。何がどうなったかも分からず、自分の身体が次第に理解し始めた痛みによって意識を次第にハッキリさせていく。
「ぐぅ……っ……!」
「ぅぁ……!」
ジークとナターシャも同様で、ヴァルダと同じ思いで血を零している。
気が付いたら既にこの状態だったのだ。その原因を理解しようとする必要などは最早なかった。
「――逃ガサヌ」
「っ!?」
懸命に、せめて身動きが取れるように身体を這い出そうとしたヴァルダだったが、逃げ場のない出口が突然黒で塞がれ目を見開いた。間近で直視する分畏怖も増幅されており、ポポの圧倒的存在感に叩きのめされてしまう。
今自分をこの状況に追いやった存在に忌避感を覚えないわけがないのだ。当然ヴァルダの咄嗟の行動は無意識にであろうと決まっている。すぐにその場から離れて逃げなければと、『転移』を使って脱出を図った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ――!!!」
その直後、恐ろしい雄たけびをあげたポポがヴァルダのいた地点に向かって苛烈な連撃を繰りだし、我を失くした様にひたすらに攻撃を浴びせ始める。そこにヴァルダがいると思い込んでいるようであり、一発ごとに恨みつらみを発散するような重すぎる一撃には山のような大岩であろうと関係ない。できた大きな亀裂が更に広がり続け、やがて耐久値を超えて綻びが生まれると一気に崩壊を迎えてしまう。凄まじく巨大な景観が見る影をなくし、生まれ変わった大岩は岩の雪崩となってポポを飲み込んでいく。
「「「……!」」」
ヴァルダにポポの意識が向いていたお蔭で辛うじて脱出を図った他の二人と共に、ヴァルダは瞬くことすら忘れて自分達の元いた場所を見る。
言葉にならなかった。あれ程巨大だった大岩が一瞬で消えてしまった衝撃は大きく、ただの無造作な攻撃のみでそうなった事実がある分余計にそう感じる他ない。
ヴァルダらも大岩を消すこと事体は可能な力はあるが、短時間では不可能である。質量があればある分だけ準備の時間を必要とするため、どうしてもいくらか時間がかかってしまう。
しかし今のポポはその時間を必要とすらしていない。消そうと思ったものを即座に消してしまえるような力を今ポポは持っているのだ。
こんな奴にどう対処すれば良いのかも分からず、最善の手段がヴァルダでさえ見つけることが出来なかった。
「――毒氷ニ沈メ」
「(っ!? しまった……! ナナもいるんだった――!?)」
完全に意識から外してしまっていたナナの存在に、抱えていた恐怖が三人は更に膨れ上がった。ポポの存在感に全ての意識を集中させられてしまったことで気にしている余裕などはなく、気が付けばナナの攻撃の輪の中に立たされていた。後ろを振り返ったところでもう遅い。
地面から大量に噴出された紫色のガスが視界を染め上げ、そこにいたはずのナナの姿さえ見えなくなる。卑しく、生物の本能に呼びかける危機感の色を前に、同時に三人の抱く考えは見事に一致する。
「「「(呼吸したら死ぬ……!?)」」」
ガスに包まれたことが恐らく影響しているのだろう。三人は全身が刺されるような痛みに今晒されている状態だった。
肌に触れただけで激痛が走る程だ。呼吸などしたらそれどころではなくなるのが目に見えている。どれだけ苦痛の中に立たされようと、生き残るためには呼吸を止める……それしかなかった。それも時間稼ぎにしかならないことが分かっていながら。
こんな状況だからこそ、この程度の時間稼ぎができること事体が三人にとっては救いである。例え命の危険に晒されようと、とうにポポとナナに勝る考えなど持ってはいないため、今は二匹の攻撃をいかにやり過ごせるかが重要なのだ。今こうして生き残る時間を確保できているだけで十分だった。
――そんな一筋の安寧さえ、更に削られる。
「(頭上から極寒の冷気……凍えさせて動けなくするつもりか!)」
どちらにしろジッと耐えているだけなのは不可能だったが、ただそうさせているだけで殺せる状況でなおナナはヴァルダ達を追い詰める。まるで早く殺そうとするかのように。
ナターシャに使った広範囲へと氷の天井を落とすことこそしなかったものの、こちらもまた触れただけで壊死してしまいそうな冷気が上空から押し寄せていたのだ。暗雲によって見分けづらいが空に雷雲が集まってきているようであり、そこから濃縮された冷気が振り落とされているようである。
「(っ……二人だけでも……!)」
地上からは毒ガス、空からは冷気の爆弾が押し寄せる板挟みに、逃げ場のない空間でヴァルダは生き残る術を頭をフルに使って導きだす。
息を止めて耐えているならばもう少しだけ時間が稼げる。――しかし、ほんの数秒程度である。冷気の爆弾が完全に押し寄せればその時点で全員凍えて即死しかねない。また今でさえ口をガチガチと震わせたくなる程の寒さなのだ。本格的に身体の自由が奪われれば、このままで開いた口からガスが体内に盛大に入り込み、ガスによって全員死ぬのは明白だった。
毒ガスの中、ヴァルダはガスが身体に入り込むのを覚悟して二人を助けるために魔法を使う。
生半可な発動など格下の自分には出来なかったのだ。一応はこのガスも冷気も魔法に分類されてはいるのだろうが、こうして魔法に耐性を持つ『アンチジェネシス』を発動していて自分にその攻撃事態が通じてしまっている以上、魔力強度自体が今のナナは自分を超えているだろうとヴァルダは考えたのだ。その時点で無詠唱などをしている余裕は微塵も考えつかない。
「世界よ! 禁忌を犯す我を許したまえ! ――ッ!? (くっ……!)」
幸いにも言葉を吐くだけだったため多くのガスが入り込むことは避けられた。ただ、それでも僅かに体内に入り込まれてしまったのだろう。身体が瞬時に拒絶反応を示し、血が込み上げてヴァルダは吐血した。
眩暈に身体の痺れが遅い、一気に身体中が重くなる。常人ならば意識も手放していてもおかしくない状態に陥ったが、ヴァルダはこれまで培った精神力と今回の計画の重要性を糧に無理矢理抑え込み、自分の考えを最後まで遂行する。
「『プロミネンスノヴァ』……!」
中級に同名の名前が存在し、しかし威力と実態が全くの別物である火属性超級魔法である『プロミネンスノヴァ』。それは触れたもの全てを焼き尽くすのではなく、水分を飛ばし尽くして干上がらせる効力を持つ。水分を含まぬものには一切の被害はないが少しでも含むのであれば効果を絶大に発揮するため、今迫ってきている冷気の爆弾に対しては非常に効果の高いものである。
上空に向かって一点に放たれた熱波の塊と冷気の爆弾がぶつかり合い、冷気は熱波を包まんとし、熱波は冷気を貫かんと相克する。
冷気が届くのが先か、それとも貫くのが先か……どちらが先かで命運の別れる瀬戸際の中、結果を待つことなくヴァルダは二人へと指示を飛ばす。それが、また自分を蝕むことになろうとも。
「必ず貫くから……空に、逃げろ……っ、ガハッ!? ……あ、足場は俺が、つく……る……!」
「(アンタ……! 了解さね!)」
例え意識を失いかけていても、その体たらくでまだできる限りのことをやってのけようとするヴァルダにナターシャは応えたい気持ちになる。地面に倒れそうになった自分達を助けるために死に掛けた馬鹿者を抱えると、ジークと頷きあって未だぶつかり合う場所に向かってナターシャらは大きく跳躍する。
ガスに包まれた地上を飛び出し、今度は絶氷の中心へと。
「(くそ……薄壁に対して一点集中でも駄目なのか……!)」
抱えられたまま、ヴァルダは現実は非情だと思った。自分の言った言葉に嘘偽りはない。必ず冷気を貫くと、絶対にそうさせる思いで魔法を放ったはずだった。
それでも届かないのだ。後一歩、ほんの僅かにもう少しだけ力があれば突破できたところで、熱波の塊が今冷気に包まれようとしている。
「届かなかったか……」
「いや、届かせる! 最後は俺がぶち破る!」
魔法の発動形式的に自分に優位があったはずであるのに、完全に打ち負けた結果。その事実がヴァルダの自分に対する自信を奪っていく中、ジークが引き止めるように前に躍り出る。
ナターシャよりも先行していたジークはオーラに包まれた右手を引くと、冷気の最後の薄い層目掛けて拳を迷いなく繰り出した。
「『ラグナロク』!」
ジークの『技』に実体のあるなしは関係なく、重要なのは触れているかである。『ラグナロク』は冷気を内側から強制的に爆散させ、散り散りとなった冷気も非常に凍えそうになるものであったものの命に係わる程のものではなかった。そのまま冷気で身体を完全に凍り付かされる前に、完全に穴の開いた空間を潜り抜けて三人は外側への脱出に成功する。
「主ら、これは何事だ?」
「「「っ!?」」」
そこで、今度は別の問題に直面するとは知らずに。
「なんだコイツは……!? 一体いつから……!」
「この空間にどうやって……!?」
「(この姿……まさかコイツは……!?)」
目の前に突然現れた巨躯な存在に、ジークとナターシャはまるで存在を感じなかったこと、招いてもいない空間に入り込まれたことに驚愕する。
だがヴァルダはこの巨躯と見た目に思い当たる節しかなく、聞いていたとある名を思い浮かべるのだった。
次回更新は日曜か月曜くらいです。
※10/8追記
朝方までに更新しときます。




