355話 絶望の果てに(別視点)
◇◇◇
「――行ったか」
天に立ち昇っていく光の柱。昇る途中で零れ落ちて散りばめられた光の粒子が空に溶けて消えると、伏していた司の姿も同時に消えた。ヴァルダは今まで押しつぶし、ひたすらに隠していた本心をさらけ出したのか全身から汗を一気に噴き出すと、感傷に浸るように目を閉じた。寂れた異空間の景色がそのままヴァルダの心境を吐露しているようでもある。
「――っと!?」
「ぅっ……!」
「すまんジーク君! 無事か!? 『リバイバルライフ』!」
感傷に浸ったのは意識的なものではなく無意識な部分が強い。ただ、その意識を跳ね除けて現実に引き戻す事実にヴァルダの優先順位が即座に切り替わった。
今まさに命を散らすのではという、三途の川に身体の大部分を沈めたジークへと『転移』で駆け寄ると、一切の遠慮も躊躇もなく回復を施す。
「つっ……悪ぃな」
「本当によくやってくれたよ。君がいなきゃ憎しみは足りてなかっただろう。……魔力も既に空か。ホレ、コレを早く飲んで楽になるんだ」
司に与えられた致命傷は重要器官である臓物を始め、身体に刻まれた傷そのものを一切なかったことにしたと言っても過言ではないだろう。ジークから負傷という概念がなくなった。
ただ、命に別状がなくなったところで、スタミナとはまた別である魔力という部分。そこの著しい消耗までは流石の超級魔法であっても癒すことは叶わない。ヴァルダがスッと差し出した青い液体の入った瓶をジークは受け取ると、飲み口を加えて豪快に根こそぎ飲み干していく。
「プハッ! ……ハッ、今の言い方だと俺を殺そうとしてるみたいに聞こえっけど?」
「そんなこと思ってはないけど……けど別にどうだっていいでしょ、どうせ君殺しても死なないんだから」
「テメこの……良くはねぇだろ。まぁどうせ――」
「……うん?」
「いや、なんでもねぇさ。それより――」
薬を飲みほした傍から怠そうな顔が少しずつ緩和されていくジークはヴァルダに小言を挟める位には余裕が生まれたようだ。そこで何やら神妙な顔つきを一瞬見せてヴァルダに勘ぐられそうになるも、はぐらかしてそれ以上詮索されることを嫌がった。
ジークの抱えるモノをこの場で理解できる者はいないのだ。どんどん膨らみ上がった別のモノは別の意味で限界を迎えようとしている事実に変わりはない。いずれは同じ末路を辿るのと変わらないと内心では悟っていたためだった。
「これで第一段階目と第二段階目は同時に成功したってことでいいんだよな?」
「うん。後はアイツが抑えてくれていた連中がどう動くのか……だ。計画をとことん邪魔したことで一体何を仕出かしてくるやら……。大人しくしてくれればいいんだが……」
ヴァルダ達の目的は一気に折り返し地点を迎え、後一歩のところまで到達している。残る最終段階に備えヴァルダは携えた双刃剣を肩に担ぎ、期待は出来ない予想に真剣な表情を浮かべるのみだった。
「そうか……。じゃあアイツはもう……」
「満足して逝っただろうさ。意思は全て引き継いでね……。此処に戻ってきた時、そこからがいよいよ本番さね。あの人の願った結末はここから佳境に入るとウチは思ってる」
「だな。結局……結末が変わったかどうかは分からず終いだったしな」
異世界人の魂を受け継ぎ、そして本人が未だ保有してもいる輪の中、その全員を味方に加えた原点にして現在最後の存在。その存在がどんな末路を辿ったかを知るヴァルダらは各々で別々の感情を燻らせた。
「う……ご、ごしゅ、じん……」
「そん、な……こんな、こと……が……」
そんな折、司と違ってこの場に残ったポポとナナの掠れた声が三人の耳に入る。
エスペランサ―が司の腹から引き抜かれた直後、司と一体化していた二匹は強制的に『同調状態』から解放されて地面に投げだされてしまっていたのだ。
ポポとナナには外傷はない……が、『同調暴走』を使ったことによる代償から免れることは叶わなかった。全ての能力がこの世界に来た当初の値へと低下し、極端な力の減少に身体の自由が効かず動けずにいる。
もがくように、或いは蠢くように、どちらにしろ虫けらのように一捻りされるか弱い状態。今のポポとナナができる抵抗など何もありはしなかった。
「あ……ああ……! あああああああっ――!」
「いや……嫌ぁ…………っ! ごしゅっ、ごしゅじん……! 死ん、じゃ……っ……!」
木霊する嘆きに、三人は口を閉ざす。
分かってはいたことだが純粋な二匹のこの感情は強烈すぎた。目の当たりにしてみると心の準備はしていたとはいえ、容易くその備えは意味をなくさせてしまう。
巨大化が解けてなお誰の耳にも必ず入る声は命を削っているようでもあり、正に慟哭という表現が正しいものであった。
目を逸らすこともできず、ただただ苦痛な光景。かと言ってどうすることも出来ず、この時間が早く過ぎてくれと願うことでしか解決できない関係上ある意味地獄の一時であった。
「どうして……こんなことって……! 嘘だ……嘘だ……! こんなの……っ!」
「守れなかった……ごじゅじ……ま゛もれ……っ!!」
ポポとナナが泣き喚きながら、司を守れなかった事をひたすらに嘆く。
今回は存在が感じられなくなっただけという希望すらない。認めたくない現実だが司の死を受け入れざるを得なかったのだ。頭での理解と心での理解は別物にして。
ポポとナナは司の中から一部始終を全て見ていた。それこそ、司がエスペランサ―にまで裏切られたその瞬間に至るまでは勿論、司が感じていたそれまでの想いも全て共有して何もかもを見てきた。
二匹が次第に力尽きていく司に投げかけていった言葉が届かなかったことも、主人にロクに何も出来なかったことも……。全ては二匹にとっては後悔として嘆きに顕れ、絶望と成っていた。
今二匹が味わっているもの……それこそが真の絶望そのもの。消えた司の絶望をそのまま引き継いでいるようなものだった。
司の絶望をその身で共に共有し合い、そして残された二匹に残ってしまった絶望は……この時司が感じていた以上のものとなっていてもおかしくない。
「「っ――!」」
司はかつてこう考えたことがあった。自分達にとっての憎しみは、『ノヴァ』を全滅させるための目標を生み出すと。
恨みや憎しみは決してマイナスなだけというものではない。当然人によってもたらすものは千差万別だが時に力を生み、生きる活力となり、生き物としての限界を引き上げる大きな要因になることもあり得る。
「「「っ!?」」」
その言葉の意味や本質が直接司の口から伝えられていなかろうが、二匹は否応なしにその力を引き出すことになる。
これは奇跡などではない。ただの必然だったのだ。
「「殺シテヤル」」
突如として発生したドス黒く汚れた粒子が霧のように霧散して広がっていく。爆発したかのように、見かたを変えれば噴出したかのように。天から地を蹂躙するかの如く、瞬く間にこの空間の空を覆い隠して薄闇に辺りが包まれた。
ヴァルダら三人はこの事態に取り乱したりすることはなかったものの、目の前に広がった光景には恐れ慄かずにはいられない。ヴァルダ達歴戦の猛者であろうが関係のない、身体が全身全霊で警鐘を鳴らす次元の違う圧力を感じたためだ。
まだ、第二段階は終わってなどいなかったのだ。むしろ最早終わらせることすら危うくもあった。
「ご主人ノいなイ世界なンていラない。ソんナ世界、ドウでもイい」
「皆……死ネばいい。全員死ンで……世界ゴと消エてなくなレバいい」
ポポとナナが再び巨大化し、絶望を象徴するように漆黒の色に染め上げた姿でヴァルダ達の前に立ち塞がる。美しく幻想的に零れ落ちていた光の粒子とはかけ離れ、光すら呑み込みかねない深淵の色合いだ。
「「ホロビヨ――!」」
声色すら変わり果て、口調までもが別人になったポポとナナ。
二匹の見た目は見分けることが容易い従来とは異なって非常に酷似しており、ポポは血のような朱い瞳で、ナナは吸い込まれるような紫焔の瞳以外に判別が出来なくなる変貌を遂げていた。
「(『威圧』か!? いやそんな生ぬるいもんですらねぇ!?)」
「(この力……一体どこから!? 『龍気法』とは別の……!?)」
「(お、重すぎる……。存在感だけでここまで重圧を感じたことなんてこれまでないぞ……!?)」
司にすら引けを取らない三人の共有する思いは表現こそ違えど答えは一つである。
すぐに殺される――と。
「オ……オイオイ、なんなんだその力は……? ツカサの恩恵は今ないはずだろ……なのになんでゼロからそれ以上の力が使える……?」
「世ノ塵ト化セ――」
「(言葉は通じないか……!)――グフッ!?」
「――ア゛ッ……!?」
「い゛ッ――!?」
ポポの動き出しまでは誰もが確認できた。別に次元が違う圧力を感じようが関係なく、ゆっくりと身を屈める動作を一から最後まで見れば誰でも分かることだ。
「(こ、これ誰も太刀打ちできないんじゃ……!? マズイよ、本当にマズイって……!?)」
しかし『転移』を使おうとしようが『反射』で反応しようが『龍気法』で対策を講じようが……それでも止めることは三人には到底無理なことだったのだろう。
だからこそ、気が付いたら三人はポポに正面から一撃を加えられたのだから。
ヴァルダ達が後方へと吹き飛ばされていく中、見ていた『勇者』はたった一撃で全てを悟った。
※9/27追記
次回更新は月曜辺りです。
※10/2追記
明日の12:00に更新します。




