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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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354話 満ち足りた憎悪

 



『取り敢えず……成功でいいのかな? まさか所有権が僕のままであることが切り札になるとはね。『賢者』さんの立案には驚かされてばっかりだ』

「それほどでも。いやー危なかった。久々にアソコ縮んだわ」

『なにそれ。それだと普段から興奮してるように聞こえるけど……』

「モチ」

『ハ……ハハハ……』


 呑気に雑談を交わす二人の声だけが今は聞こえる。呼吸をするのもやっとな俺にそれを止める力はなく、精々憎しみの感情を込めて睨んでやることしかできなかった。

 そして俺のその睨みに気が付いたのか、二人は俺に向かって言葉を投げてくる。しかし、当然俺に返す力などなく、向こう側からの一方的なものとなってしまって。


「――納得いかないって顔してるな? 自分が瀕死の状態でよくそんな顔ができるなと言いたいトコだが……まぁお前だし無理もないか」

(ハッ……ハッ……!)

「ここでセルベルティアで消えたと思っていた『勇者』さんが出てきたことには驚いただろ? セルベルティアで突然消えたとお前らは思っただろうが、実はその時俺らが強制的に拉致ってたんだなぁこれが。別にこの世から消えてなんかなかったってわけだ」

『全く、もう消えると思ってた僕からすれば何事!? って感じだったんだから。まさか思念の僕に干渉できたってこともそうだけど、その死人にまで協力させる提案を持ちかけられた時なんか特にね』

「……結果的に我ながら良い作戦だったとつくづく実感するよ。何せ相手が相手だからな……手段は選んではいられない。俺らがコイツと真っ向から戦って勝てるわけがないんだから……。だからまぁ、こうなる」

『うん、そだよねぇ……。異世界人最弱の魂を持つ僕とはいえ、それでも曲がりなりにも異世界人としての強さを持った自負はある。それなのにあの時既に軽く超えられてたからね。個人的には絶対やらないところだけど……それも今回は仕方ないんじゃないかな』


 コイツ……そんな前から今の構想を練ってたってのかよ……! どんだけ先を見据えてやがったんだ……化物め……!


 今までヴァルダと会話した時のやりとり全てが思い返され、憎さで溢れかえっていく。

 早朝でのやり取り、『安心の園』での会話、コイツの店に立ち寄った時、些細なことから深い話で幅広くコイツと関わってきた全ての時間が……留まることなく膨張して憎悪へと変わっていく。


 俺が今まで過ごしてきた各地での出来事に四苦八苦してきた一方で、それなのにコイツは……裏で俺らをずっと嘲笑ってやがったんだ。


 動け……動けよ俺の身体! 今すぐコイツを殺さなきゃいけないのに……!


「まぁ……簡単に言や俺達が必要とするエスペランサーを無理矢理制御するためにはまだ所有権を持つ『勇者』さんの存在が必要だったってわけだ。お前を確実に嵌めるためには今回はそれしかないと考え、今こうなった。何にせよ、俺の掌で最終的に上手く踊ってくれたことに感謝するぞ。――しっかし、こうして終わってみると呆気ないもんだ」

(ぅ……っ……!)

「ふーん? 大分良い顔にはなってきたなぁ?」


 屈んだヴァルダが俺の髪を掴み上げ、俺の顔を真正面に向けて覗きこんでくる。

 最早髪の毛を掴まれても痛みなど感じてはいなかった。それどころか痛みではなく身体中の感覚がなくなっていくように痺れ、力すら入らないことの方が問題だ。負った傷が許容しきれない域に達しているのか、あるがままの自分を晒すしかないできない始末。


 触るな……テメェ……!


「始めは最初にジーク君と深手を負わせることで、まずは確実にお前に『同調暴走(シンクロバースト)』を使わせるつもりだったんだ。厄介なポポとナナをお前と一つに統一できるってのも利点として考えてたし、それ以前にお前が自分に使える唯一の傷を癒す手段だからな。早々に使わせておきたかった。――それがまぁ要らん抵抗してあのジーク君を倒しちまって使わない始末。時間だけ無駄にしてくれちゃってまぁ……」

(は、あ……え……!)

「うん? よく聞こえないなーそれじゃ。ああそうか、肺に穴空いてんだもんなぁ? それじゃまともに喋れないよなぁ!」


 ヴァルダの煽り以上に、今コイツに触れられていること自体が既に腹立だしい思いだった。

 こんな奴に成す術がないことも、今日という日の運命そのものも、『ノヴァ』の存在も、最早何もかもが憎かった。俺はコイツらに、自分が負けたことを認めなければならなくてはならないことが憎くて仕方がなかった。



 憎い憎い憎い……! 全部、憎くて堪らない……!


「安心しろ。お前の仲間は全員、俺が直々に後から送ってやるからさ。あの世で仲良しこよしやってくれ」

(っ……や……え……!)

「もっとも、魂は俺らが有効活用さえてもらうから解放したりはしないけどな。死んだあとも精々搾りカスになるまで利用させてくれや」

(っ!?)

「いいなぁ憎いって気持ちが伝わってきて……。けどゴメンな? もう流石に時間ないんだわ。……せめてもの情けだ。誰から順に殺して送って欲しい? 選ぶことができたら一瞬であの世に送ってやるぞ。それ以外はこの上ない苦痛を与えた上で死んでもらうけどなぁ! ハハハッ!」

「ッ――ッ――!!!」


 下卑た笑みを浮かべるヴァルダを認識することもままならないが、ぐにゃりと顔の動きに変化があったことでその表情をしている確信があった。


 殺してやる! 負けたのがなんだよ、だったらありとあらゆる手を使ってお前を必ず殺してやる……! 




 例え身体を八つ裂きにされ、バラバラにされたとしても。例えこの身体が痛ぶられた挙句消滅したとしても。如何なること……何があってもだ……!




 思念となってでもお前の前に何度も現れて、必ず殺してやる……! 

 お前は絶対許さねぇ……!




「……面白かったよツカサ、今までずっと掌で踊ってくれて。お前はこの数百年の間、今までにいないくらい出来の良い最高のオモチャだった。――コイツはもう用済みだエスペランサ―……やれ」

『……うん。エスペランサ―、やっちゃって。吸収はしておいてね』

『……』

「っ――!?」


 腹から突き出ていたエスペランサーが独りでに引き抜かれ、その拍子に大量の血が押し寄せた。

 気力だけで動かしていた身体も、意識も、何もかも失われるように無となり、一気に寒い感覚が強まって無性に温もりを求めたくなる。


 もう瞼すら開けていられない。勝手に閉じられたことで視界はゼロ。そのまま俺は闇の中に沈んでいった。













 □□□













「…………?」


 意識を再び感じた時、俺は見知らぬ場所に立たされていた。

 何もかもが白に染まった空間……第一感想はそれだった。それ以外特筆すべき点も見当たらない、清々しいまでの世界。前後左右、上下も分からない無重力の空間を前に、自分が今地面のある方に足を向けているのかさえ分からない。


 けど……俺はこの場所を知っている? なんだかつい最近も見た気がする……。




「久し振りだな」

「――ッ!? お前は!?」




 気配は何も感じなかったはずだ。だが、俺以外に別の誰かの声がして心臓が跳ねる驚きのままに背後を振り返ると、全身を真っ黒のコートに身を包んだ男がそこにはいた。

 ふわっとした無重力の空間であるようだが身体は自由に動くらしく、真正面から俺と奴が向き合った。


 忘れるはずもない。いたのは……俺自身だ。

 グランドルの西の草原で対面して以来会うことはなかったが……何故こんなところで?



「なんでここに……!?」

「まーまー、落ち着けって。慌てたって何も意味ねーぞ? ……取りあえずアレ見てみ?」

「アレ……? ――ッ!?」


 取り乱しそうになったところを、落ち着くように促す仕草で牽制されたことで声を大にすることはなかった。

 色々と言いたいことがありすぎてどの話題から問いただせば良いのかも分からない。言われるままに、奴が指を指して作り出した丸い輪に映る光景を見て、俺は別の驚きに身体を強張らせる他なかった。


「お、俺がいる……!?」


 映っているのは血の海に倒れ伏している正真正銘俺自身だった。そんな俺を見下ろすヴァルダと『勇者』が傍らに佇み、エスペランサ―を携えている。


「っ……俺……死んだ、のか……?」


 止めどなく広がる血の波紋が、時間の流れを感じさせる。客観的に自分の怪我の具合、死は免れないような現実を目の当たりにしてしまってはそう思うしかなかった。


 あれで生きているのは……もう不可能だ。


「安心しろ、まだお前は死んじゃいない。死ぬ直前で意識だけこっちに引っ張ってきただけだ」

「え?」


 死に直面したことなんて初めてだった俺は、今の自分の状況を咄嗟に受け入れることは出来ずに放心していた。ただ、それは俺の早とちりで、奴曰く俺はまだ死んではいないとのことらしい。

 縋る思いで奴に目を向けると、奴もまた俺を既に見据えている。フードを被って奥底で光る……金と銀の眼光を鈍く煌めかせて。


「――これでようやく全ての準備は整った。あとは運命に身を任せるだけでいいはずだ。……それで誰も死なない可能性に近づく。近づかなきゃいけないんだ……!」

「どういう意味だ……? いきなり何を言って……」


 奴が俺に向かって手を伸ばすと、なんだかゾクリと嫌な感覚がした気がした。頭の中を開かれて覗きこまれているような……誰かに見られていると感じる時の奇妙な感覚に似ているとでも言えば良いだろうか?


この時間だけ(・・・・・・)で言えばすぐに分かるさ。そんじゃ一旦記憶は預からせてもらうぞ。このままだと歴史通りにはならなくなっちまうからな」

「うっ……!?」


 記憶を預かる――そんな奇想天外なことを言われた時には既に遅かった。

 有無を言わさない展開の速さに思考が追い付けず、置いてけぼりを食らった俺は何も理解出来ぬまま。そこから何の進展もないまま、ポッカリと何もかもが抜け落ちた錯覚がした気がしたが……俺は一体、今どんな状況なんだ?




「――こ、ここは……!?」

「……俺の時よりも随分記憶が濃い。憎悪も俺のを足せば十分か……」

「……?」


 気が付くと、いきなり目の前で意味の分からない恰好をした厨二病の塊みたいな奴は、自分の掌を見つめてそう言っている。


 な、何だこの人……。

 てかここ何処だオイ!? 俺今日バイト……つーかもしかして夢かコレ? 寝落ちしてた……?


「行ってこい。お前の手で……今の時間を作ってこい。本来のながれはそのままに、全ての起源として、皆と巡り合う流れを途絶えさせるな」

「へ?」

「お前の中から見ててやる。今回の事が全て終わった時に、この預かった記憶は俺のを書き換えてお前にまた譲渡するよ。俺の力も合わせてな」

「は? え……?」 


 立て続けに意味の分からないことを言われてしまい、混乱して言葉が上手く出てこない。割と人見知りする俺が初対面の人とスムーズに会話をするには心の準備が必要だ。その準備も無しでは会話自体が難しいようなものである。

 しかし、目の前にいる奴は初対面とかそれ以前に紛れもない不審者そのものなのだ。会話すること事体間違っているとも思ったり……。


 というかオイ待てって!? コレ夢なんだよな!? 

 どんだけリアルなんだよ、ここまでハッキリとした夢は初めてで驚きが過ぎるんですけど!? 

 夢なら早く覚めてくれ!


「ん? ……まだ覚えてんのか? ヴァルダみたいに上手くは出来ねぇか……ハハ。やっぱり俺は最期まで締まんねぇなぁ……手加減無しでもう一回だ」

「うわっ!? 眩しっ!?」


 突然溜息交じりに自嘲したように見えた奴だが、いきなり掌を俺に向けてくると辺り一面が一瞬で眩しく輝きだす。あまりの眩しさに目を開けていられず、手で覆って隠したくなるh――。




「抱えた憎しみ……全部希望で塗りつぶして帰って来い」




 ――そんな声が、突然聞こえた気がした。


※9/24追記

次回更新は明日です。

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