351話 金と銀の刃
◇◇◇◇◇◇
「どうした? 来ないのか? 世界最強ともあろう奴が随分慎重だな」
「分かっててそれ聞くか? だったらそのオーラ引っ込めてくんねーか?」
「無理な注文だ」
そう簡単に動き出せるくらい、お前が弱いんだったら動いてんだよとっくに……!
さっきから世界最強世界最強ばっかり言いやがって……。最強だったら苦労してねぇっての。
いつ動き出してくるか気が抜けない緊張の中、ヴァルダと対峙しながら慎重に落ち着くことを俺は心掛けた。
突然ヴァルダが纏い始めた不気味な力……あれは明らかにヴァルダの奥の手のようなものだろう。遂に本気を出してきたと見て良いはず。それに今ジークから聞いた自分よりも強いという発言があった以上、これで警戒しないのだとしたらそれはただの馬鹿だ。脳死もいいところである。
「――っ、ゲホッゲホッ! ぅ……!」
ジークもこのままじゃマズいな……!
臓物のダメージも大きいのか吐血しながらジークが力無く咳き込む姿を見て、放置すればすぐに尽き果ててしまうことは容易に想像ができてしまった。俺がここまで追い込んでしまったために複雑な気持ちになってしまう。
ただ、できればすぐにでも回復魔法でも使うべきなのだろうが、俺を攻撃してきた理由がハッキリしないままではそうもいかないのも実情である。もし回復した途端にまた攻撃されてしまうようなことになれば……形勢は一気に逆転してしまう。
なんせジーク一人の相手でさえギリギリでの勝利なのだ。そこにヴァルダも加わったら勝ちの目なんてゼロになるも同然だ。ジークなら恐らく少しでも動ける気力があれば、重傷を気にもしないで動き始めてしまうことは俺がよく分かっている。
迂闊なことはできない……が、放置してたら手遅れになる。
「……初めに言っとくぞ。この勝負――俺の勝ちだ」
「は?」
「すぐに意味は分かる……『ミラージュエッジ』」
「なっ!?」
ヴァルダの堂々宣言がされた直後、ヴァルダは構えていた長物を俺に向かって弧を描く回転をさせて投擲してきた。更に長物は手元を離れてすぐに三つに分裂し、眼前で縦横と向きを変えてこちらに向かって迫りくる。
しかし、俺が驚いたのは攻撃を仕掛けてきたという点ではない。俺のすぐ近くにいる動くこともできないジークを巻き込み兼ねないような手段を取ったことに俺は驚くしかなかった。
「ぐぁ……! チッ……!」
「っ!?」
初見ではどんな作用がこの攻撃にあるのかも分からない。さっき嵌った魔法の無効化のようなことが起きるとも限らないため、ジークの前に立って身体を張って守ったつもりだったのだが……長物はエスペランサ―だけをすり抜け、俺の右肩を大きく抉っていく結果のみを残した。そして長物は後ろにそびえる『断崖城壁』すらもすり抜けて姿を消してしまう。
防いだと思った瞬間には、肩から激痛が走っていた。まるで幻でも見させられていたような奇妙な出来事に訳が分からず、反射的に俺はヴァルダを睨んでいた。
「ほぅ? やっぱりここまで裏切られてもジーク君をなお庇うか」
「当たり前だろ……! むしろなんでお前がジークごと狙ってくるんだ! 味方じゃないのかよっ!」
百歩譲って元気の有り余るジークがいたならまだ許せる。だが、今ジークは瀕死の状態だ。
それが分かっているのに、味方がいるって分かっているのに、死ねと言っているような攻撃をしてくる神経はおふざけの範疇を超えている。
ヴァルダに対して感じた苛立ちをぶつけ、思いの丈を俺は叫んだ。
「お前こそ何を言っているんだ? 味方だからこそそうしたんだろうが」
「なに?」
「今回の戦いでは誰も死なないだとか、そんな甘い考えをお前はまだ持ってたのか? ……ハッ、夢物語も大概にしとけよ。もし本気でそう思ってんだったらとんだ茶番だったな。茶番の中死に掛けたジーク君に俺は同情するよ」
ヴァルダは哀れむような表情でジークを見下すと、そのまま表情を変えずに俺へと向き直る。
そして淡々とした口調が、俺には信じたくない言葉の嵐となって降りかかる。
「例えジーク君が死のうが俺らの目的の前にはその程度のことは関係ないんだよ。そしてそれは俺にも適用される。俺が今のジーク君の立場でもジーク君は俺と同じことを言うだろう」
「っ……!?」
「俺が今勝ちを確信しているのは、お前がジーク君を殺そうと考えていないからだ。――いや、殺させたくないの方が正しいか? ジーク君が辛うじて生きているだけの状況だからこそ俺はお前の優位に立てるって思ったのさ」
「な……!?」
「ジーク君が生きてるだけでお前は庇うんだろ? お前のちょこまかと動きまくる戦闘は頭使うからな。お前の行動力を制限できるし、ジーク君を狙えばお前からわざわざ攻撃の矢面に立ってくれるってなら願ってもない展開だ。お前が周りから優しい、真面目、信念だとかチヤホヤもてはやされてるそれ……思いやりってやつを都合よく利用させてもらうとするさ。だからジーク君に回復を俺は使うつもりはない。それでいいよな? ジーク君も」
「……」
「なん、で……!?」
ヴァルダの問いかけに対し、ジークはほんの僅かに、だが確かに首を縦に振った。
なんでジークがここまでして、されて……首を縦に振るのか俺には理解ができなかった。
今のヴァルダの発言は屑のそれだ。俺らが嫌悪感を示すような連中と同じような思考そのもの。
こんなことを言う奴に、なんで本当は優しいお前が従ってるんだよ……!
味方だからこそ、死ぬことすらも厭わない状況を視野に入れた上で作戦を遂行し、今俺と対峙しているだと?
ふざけるな。目的を達成するための決意がどれだけあろうと、大切な味方を巻き添えにしてまで果たす目的って一体なんなんだよ! 馬鹿げてる!
「最初と比べて大分目つきが変わったじゃないか。俺の言うことが理解できないとかそんなとこだろうがな」
「ああ、その通りだ! んな糞ったれな考えをお前が持ってるとは思ってもなかった!」
「そうか。ただ隠してただけってのが事実に過ぎないんだがな。俺は元々そういう奴……馬鹿なお前が騙されてたんだ」
「っ――!」
俺の中で、ヴァルダに対する今までのやり取り全てで感じたものが崩れ去っていく。
ジークは絶対にヴァルダに何かされたんだ。そうだ、そうに決まってる!
だったらジークの目を俺が覚まさせてやる……! ジークは、俺の仲間なのだから!
「やめ、とけ……。回復したら、俺は今度、こそ……お前を殺しちまう、ぞ……!」
「っ!?」
ジークに少し回復魔法を掛けようと手を掲げたと同時に、ジークによる制止の声が俺の挙動を止める。
先程から度々あるジークのこの情けも俺を混乱させる要因の一つだ。
本当に敵なら、なんで回復しようとする俺にわざわざ警告するのか? そのまま回復を受けて、俺を攻撃すればいいだけだというのに……。
「だってさ。回復魔法を使ってあげたいか? 使いたいよなぁお前の本心的には……。けど使ったらジーク君はお前をまた襲うからそうもいかないわけだ。……ハハハ! なぁツカサ、今どんな気持ちだ? 親友とまで感じる程の仲間に何もしてやれないってのは」
「てっめ……!!!」
ジークの言うことと実際の行動。それが一致しないのは明らかにおかしい。
でも俺は、ヴァルダの言い方から謎が解けた気がした。いや、そうとしか考えなくなった。
ヴァルダは胸糞悪いこの展開を楽しんでいる節があり、ひたすらに俺らを貶めようとしている。ジークの言動が一致しないのは、ヴァルダに操られているからである、と。
一体どんな手を使ったのかは分かるはずもないが、そうだとしか俺は考えられない。
「っ……! っ~~!!!」
思い込みに過ぎない考えを持ち、幾分か決意が固まった影響か。ボロボロで激痛の走る右手の痛みが掻き消え、俺はエスペランサ―を右手に持ち替えて強く握りしめる。強く握ったことで掌に集まっていた血が押し出されて滴るが、血が若干止まったような気がした程度に思うだけだった。
「本気になったか? 怖い怖い。でもまぁもっと言うならいっそ同士討ちになるのとか期待したんだけどなー。そっちの方が俄然面白い展開になったに決まってる。自分の手で味方を手にかける……そんな最高の過ちをお前には犯してもらいたかったのになー」
「黙れ……!」
「憎いか? まぁそりゃそうか。裏切られてんだもんな。でも一つ勉強になって良かっただろ。真の敵はすぐ傍にいることもあるってな」
「黙れよ……!」
「だがよ、なんせ俺らは『ノヴァ』だしな。お前らに憎まれる程度で怖気づく雑魚じゃない。思いやり? ハハッ、んなもん糞くらえってな」
「黙れって言ってんだろ!!!」
憎い。ヴァルダが憎すぎて頭がどうにかなりそうだ……いや、もうなっててどうにかなりそうだ……!
あれだけ仲間だと思って、信じて、ずっとそうだと考えていたのに。ヴァルダが俺は憎くて堪らない。
今までの出来事は全て、コイツに踊らされていたんだ。馬鹿な奴みたいに振る舞うのも、有能な情報屋のフリをしてたのも、全部俺を油断させるため、潰すため。『ノヴァ』としての目的を達成するために準備されてきたことだったんだ。
適当な情報を掴まされ、まんまと運命の分岐点に俺が誘き出されたようなものだ。
「フッ……いいなぁその眼。殺意に満ちたギラついた眼だ。ゾクゾクしてくる」
「それ以上口を開くな……ヴァルダ……! さもねぇと……!」
「……さもないとなんだ?」
「俺は、お前を殺しちまう……!」
もう抑えきれねぇんだよ……! お前を殺してやりたいっていうこの気持ちが。
「ならやってみろよ。今のお前にやれるもんならな――おっと?」
俺が殺意に溺れる寸前を保っている中、ヴァルダはふとズボンのポケットから鉱石を取り出した。鉱石は光り輝いているようで、通信結晶であることが伺えたのだがどうやら違ったらしい。
ヴァルダの目の前に、突如として出現したこちらからは見えない映像のようなものが宙にいくつか映し出されている。
「ん? ……オイオイ、マジか。じゃああっち側は……まだシュトルム君が耐えてる、と……っ!? は……?」
シュトルム? どうしていきなりシュトルムが出てくるんだ?
表情をコロコロと変える様子に何を見ているのか分からなかったものの、シュトルムの名が出てきたのは一体どういうことかと不思議に思う。
その疑問は、すぐに察して理解した。
「まさか、お前らシュトルム達にまで……!?」
「こんだけ用心したってのに……お前、影響与えまくって色々変えまくりすぎだろ。まさかアレクとカイル以外全員やられるとはねぇ……」
「っ!?」
「――少し不安だが仕上げといくか」
独り言を呟き、ヴァルダは俺の懸念を無視して指を弾いて軽快な音を奏でる。すると、背後にそびえていた『断崖城壁』がうっすらと半透明になっていく。次第に背後の景色がくっきりと浮かび上がると、まるで元々何もなかったように存在を消してしまった。
残ったものを挙げるなら、超級魔法に使われた魔力の残滓程度だ。上級でも殆ど残らない残滓は俺が肌で軽く感じ取れる程に多く放出されているようである。
『断崖城壁』が消えてなくなったのなら当然、中にいたポポとナナもいるはずだ。そして探す必要もなく、閉じ込められていたポポとナナそこから姿を現し、俺の視界に映り込む。
向こうもいきなり『断崖城壁』が解除されたことに驚いたのだろう。一瞬目を丸くしていたものの、俺と目が合うなり一目散に飛んで近づいてきた。
「やった、消えたんだ!」
「ご主人!」
「お前ら! 無事だったか!」
俺のすぐ目の前に並んで降り立つと、ポポとナナが頭を擦りつけて無事を主張してくるので一先ずは頭を撫でて俺も無事を伝える。
二匹にこれといった外傷は見られず、あるとすればナナが大分消耗しているということくらいだろうか? 零れる光の粒子がポポに比べて非常に心許なくなっているうえ、少し足取りもおぼつかない。
しかし、言えばそれだけだ。あのネズミを相手に怪我もなく生還したことを今は褒めて喜ぶべきだ。
爆発寸前だった怒りは二匹を見て多少緩和され、多少気持ちが落ち着いたのは俺にとってタイミングは良かった。
独りになったような疎外感を覚えていた俺には、二匹の存在は心が温まる思いだった
「酷い怪我……! 大丈夫!?」
「俺のことはいい。それより、勝ったんだな……」
「うん。私がね」
俺の怪我を心配したと思いきや、すぐに胸を張ってドヤ顔になるナナの態度にポポが若干苦笑している。恐らくナナの態度の移り変わりの早さに思う部分があるのだろうが、それだけの成果を出しているのだから俺からとやかく言うつもりはない。
大いに調子に乗れとまでは言わないけど、本当によくやってくれた。
「ご主人は……ジークさんを倒したんですね」
「ギリギリだったけどな。ジークだけでこんだけやられちまったよ」
簡単にだが状況を告げ、残る相手共へと視線を向ける。
ヴァルダも閉じ込めていたネズミの安否が気になったのか、地面で蹲っているネズミの元へと『転移』を使って移動をしたらしい。ネズミの容体を確認しているようだ。
「生きてるか? ナタさん」
「ゲホッゲホッ! あ、く……。っ……い、一応、まだ……!」
ヴァルダの呼びかけに応じようとしてはいるのだろうか。息も絶え絶えに、ネズミが口を開く度に吐き出される血の滝が唾液ごと地面に流れ落ちる。
ネズミは身体のあちこちを紫色に染め上げ、血反吐を放出するようにぶちまけていた。黒に近い血反吐に命の危機迫る状態である様子が見て取れ、症状から察するにナナによるものであるのは明らかだった。
「誇っていいよ。私の毒を受け続けてまだ死ねないなんて……確かにアンタの防御性能と耐久力は世界最強だった。けど、私は多分天敵だったみたいだね?」
地面に吐き出される血の量の多さには気分が悪くなりそうになる。そしてナナの愛らしい見た目から想像もできない冷酷で容赦の無い残忍性の一端を、改めて身震いする思いで俺は見つめた。
次回更新は日曜です。
※日曜中には更新できると思います。




