348話 期待 殺意 決意(別視点)
◇◇◇
「っ!? この魔力は……!?」
誰も関与することも出来ぬ人が生きられぬ環境下。成層圏付近より太古より息吹くスカイゴッドドラゴンが、何かの気配を感じ取り飛空を急遽取りやめた。
首を曲げて見据える先には、散り散りになって気にも留めることもどうかという程度の魔力の残滓。魔力感知に優れた者程度であれば気づくことすら出来ない魔力を感知し、スカイゴッドドラゴンは目に見えて興奮し、歓喜を露わにする。
「(遥か北西……此処の反対側から……! まただ……やはりあの時感じた気配は気のせいではなかった……!)
感じた魔力の残滓はこの座標の正反対側辺りである目途を付けたスカイゴッドドラゴンだが、その距離は本来人であれば乗り物を駆使したとしても数日では辿り着けない距離である。しかし、その距離が然程遠くもないとでも言うかのように、一目散にその方角へと羽を羽ばたかせて突き進み始める。
「(急がねば……!)」
車のギアの段階を上げたように、一定の間隔を置いて飛行速度は桁違いに増していく。
その巨体から想像もつかぬ速度は、ただそれだけで脅威だ。もしも万が一この力が大陸に衝突しようものなら、衝突した地点が国であればその国は一瞬で滅んでいたことだろう。
あまりの速度に全身は摩擦で赤熱し、白い鱗は見る影をなくしていた。その姿は最早隕石となんら変わりなかった。
「(今度こそは必ず……! やっと、お会いできる……!)」
薄っすら青い上空に赤い軌跡を描いて飛ぶスカイゴッドドラゴンは、意図せずにリベルアークに多大な影響を及ぼしていたことなど気にも留めていなかっただろう。実際、その日は地上から赤い彗星が観測できたとされ、数え切れない者達に北西に向かって伸びていった光景が目撃されることになった。
ただ、後日世間を騒がせる程の出来事の真実はスカイゴッドドラゴンによるものであることを知る者は、一部を除いて知ることは無かった。
「(父上は……私をまだ覚えていられるだろうか)」
当の本人が当時考えていたことはそれのみ。他のことになど気を回している余裕などなかったのだった。
◇◇◇
ポポとナナが『断崖城壁』へと閉じ込められてすぐ――。
『断崖城壁』へと閉じ込められたポポとナナは、急ぎ行動を起こすよりも前に落ち着いて内部の状況を確認していた。外側からは白い色に埋め尽くされて何も内部が確認できず、また内側も同じであることは既に知っているところであったが、それが少々知る部分と異なりすぎていたためである。
「ふーん? すっごく広いね……というか眩しっ」
「風の流れも確認できます。多分、さっきと変わらないくらいの広さじゃないですかね」
ポポとナナは早々に自分達の立つ場所が先程の荒野と広さが大して変わらないことを理解する。そして何故そうであるのかを疑問に思う。
というのも、自分達の知る『断崖城壁』の内部は外側から見た大きさと変わらず、見たまんまの広さをしていたからである。更には四方八方を白で埋め尽くされており、今広がっているグランドルの平原のような大地に立っていること自体がそもそもおかしかったのだ。
しかし今見える光景はどうだろうか? まるでただの外の空間。空間に閉じ込められ閉鎖的な光景を想像していただけに、日常で目にする光景が広がる現実は違和感でしかなかった。
「お宅何したのかなぁ? 外じゃんこれ」
「秘密、とだけ……」
「私達以上にこの力を熟知しているってことなんですかね」
「さて、それもどうでしょうね」
のらりくらりとポポらの質問に適当を返すナターシャであったが、声だけで態度は適当ではなかった。あくまでも話そうとしないだけな様子である。
始めから疑問に囚われそうになっていた二匹はナターシャからは情報を得られそうもないと悟り、諦めたのか『断崖城壁』のことについてはこれ以上質問することをやめた。何より今は時間がない……そう思って。
「――ところで、見事にこの空間は閉ざされてしまいました。ですので入り口も出口も既になく、もうこれでウチ達の意思でここから出ることは叶いません。そこでご提案なのですが、無駄に争うのはやめにしませんか? 意味がありませんし」
「は?」
「何を世迷言を」
二匹はナターシャが急に言い出す言葉に呆けてしまい、動き出そうとしていた身体が一時停止してしまう。
そもそもいきなり襲撃してきたのはナターシャらであり、散々面倒事を運び込んで被害をもたらし、そこからのいきなりの停戦の申し出は一方的過ぎる。両者が同程度の損害を被り
妥協案として言われるのならばまだ話は分かるが、その土俵にすら立てないでこの提案は理不尽に近かった。
しかし、ナターシャはそれでも続ける。
「ウチらが用があるのはそちらの主人さんの方だけなのですよ。ポポ様とナナ様は違う」
「……へぇ? だからこうやって閉じ込めて隔離して落ち着いててくれってこと? ――アハハ……なぁに戯言言ってんのさ……」
『ふざけるな』――。
今のナナの本心を語るならばこの言葉よりも優れた言葉はないだろう。ナナが薄ら笑いで応答してしまうしかなかったのも無理はない。
そしてその怒りは既にナターシャへと向いている。本来はジークとヴァルダにも向けるところではあるが、ここにはナターシャしかいないので仕方がない。その分、怒りはより濃くなっていたが。
「ポポー、あのさぁ……土属性使ってもいーかな?」
「むしろ使うべきかと」
「ナナ様……」
ナナの目がナターシャを獲物として狩る目へと切り替わる。――否、狩るとも違った。自然界ならば生物として生きるために必ずある『殺す』という概念。それを理性を持った形で露わにしていた。
今まで殆ど使ってこなかった片方の属性の使用許可を間延びした声で求めたナナは、ポポに異論がないと聞いてほんの少し目を見開いた。逆にナターシャは目を険しくしてナナを注視する。
「何? さっきからその見た目で私達を様付け? なんか想像してたキャラと違うんだけどなぁ……まぁいいや。ポポ、私はポポごとやるけどそれでいーよね?」
「どうぞ。盾役は引き受けました。私の分も思う存分暴れて下さいよ?」
「……ありがと」
ポポはナナの気持ちを汲み取り、自身も感じていた衝動は全てナナに預けることにして一歩身を引いた姿勢を見せる。ナナはポポが衝動の発散を譲ってくれたことに感謝しかなく、よりナターシャへの殺意を強めるのだった。
ただ、一応はポポとしてはどちらとも理性を失ってしまうのは流石にマズイと考えてもいたのだろう。ナナに比べてまだ我慢強いポポだからこそ、その判断が今はできたようである。
「出られないから何? 争っても出られないから戦うのはやめましょう? ……ふざけないで。じゃあ私達の怒りはどこに向ければいいのさ」
司に危害を加えた時点で二匹の……特にナナの怒りは既に限界に達していたのだ。ジークの時は司自身に抑えられたために行動にこそ出るには至らなかったが、今はその止めるべき司がこの場にいない。
怒りが魔力となってナナの周囲に漂い始め、足元に茂っていた草花が枯れて朽ち果てていく。心なしかナナ自身から零れる白銀の光もどこか色をなくしているように見えた。
「やはり駄目ですか。聞く耳も持っていただけないとは……。――ま、分かってはいましたけどね。ウチはウチの役目を果たします」
「最期に一つだけいいですか? 聞いても無駄だとは思いますが駄目元でも敢えて聞いておきます。あなた達の目的は一体なんですか?」
「ちょっとポポ、そんなこと一々「この世界の礎であるお方の悲願を果たすことですが?」……え゛、そこは普通に答えるんだ……」
どうせ意味のない質問だと、ナナは早く衝動を解放したいがためにポポを非難するが結果はそうでもなかったことに驚く。
単純に今は話せることと話せないことがあるにすぎないのだが……二匹はそれを知る由もない。
「礎?」
「必要なのですよ。今を流れるあらゆる時間……ウチ達が生きている時間の存在のためには……! 全てを犠牲にされたお方の無謀な救いのない願い。その絶望に染まった悲願は世界の意思も、繰り返される運命にある力すらも超えて達せねばならないウチらの願いそのもの。決して譲れないのです――!」
「「っ!?」」
ナターシャの言葉に隠されていた感情が込められたと思った瞬間、目にも見えず気配にも抵触しない未知の圧力が二匹を襲った。
「(なんだこの圧力は……? 闘気や殺気でもないというのに……)」
「(魔力でもない……?)」
恐らくナターシャから放たれているであろう不可視かつ感じ取ることすらできない無と評すべき圧力。そんなものを二匹が感じ取ったのはナターシャの振る舞いからであり、これまでの経験則による勘だ。説明などできるものですらなく、理屈ではなかった。
闘気や殺気であれば、不穏な気配を察知することは弱き者にもできる芸当だ。ポポのように獣の気質を研ぎ澄ませているのであればより些細な気配を察知することもできる。怯む、竦む、そう感じたのであればそれを世間では当てられたと言うのである。
この闘気や殺気は、例を挙げるならばジークの『威圧』が該当するが……今回のはそれではないようだ。そして、魔力を練り上げたり魔法を使ったりする際に漏れ出る魔力を感じる類のものというわけでもない。
恐らくはナターシャによるなんらかの力ではあるのだろうが、その実態は正確には掴むことは今の段階では出来なさそうであった。
「やっぱり持ってる魂はヤバいってことか……」
「感じるだけが力ではないということでしょう」
――ただ、二匹は感じ取る。今自分らの目の前にいるのは、紛れもなく異世界人の魂を持った規格外の力を持った者であると。司やジークと同じ次元の違う強さを誇った桁違いの力の塊そのものであると。
「始めるのであれば早く始めましょう? ――龍人族筆頭、ナターシャ・デュルゼルです。ポポ様、ナナ様。どうかご容赦を……!」
ナターシャは手に持っている杖を棒のように流麗に振り回し、身に付けた装飾品がじゃれ合う音と共に言い放つ。同時に日差しが強まり、風は荒れ吹き、大地が蠢いたように見えたのは偶然か……。
二匹を前にして堂々な姿を崩さない様は見た目が示す通り武人のようであり、彼女程であればあるはずの強者として気配が微塵も感じられないことが逆に二匹の警戒心をこの上なく高まらせる。
「(時間の存在に世界の礎、か……)」
その最中ではあったが、ポポはナターシャの先程の言葉が何故か妙に近しいことのように聞こえて仕方がなかった。脳裏を掠めては消え、だがまた掠めるを繰り返すその違和感は不快であっても止めることはできそうもなかったためだ。
ポポはナターシャの言う人物に心当たりなど決してないというのに。
※9/2追記
次回更新は火曜です。




