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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
345/531

343話 VS巨イナル三魂②

ギリギリセーフ。

 


「ッ――!?」


 超級魔法を発動させるわけにはいかない。だが、間に合わない。

 魔法で邪魔しようにもその動作をした頃には発動してしまう。宝剣を投げつけたとしても魔法で邪魔するのと大して変わらない。


 どうする……どうする……!? 

 発動は確定、その後の動きを俺は……どうすればいい……!?


「む?」


 焦りが最高潮になる中、厳格な魔法をこれから発動するとは思えない気の抜けた声がした。


「ご主人ッ! ポポッ! 今の内!!」


 と同時にナナの叫びに我を取り戻し、状況を鮮明に理解する。

 ヴァルダの両手は既に合わさったと思いきや、寸でのところで合わさってはいなかったようだ。見るとナナが氷でヴァルダの手が合わさるのを阻止しているらしく、ヴァルダの両手が氷漬けにされて動かなくなっていたのだ。両手を凍てつかせる氷は強引に振り切ろうとして次々に砕け散るも、砕けた側からまた修復されて結合しており、今ヴァルダの両手が震えているのは演技などではないのだろう。必死に拘束から逃れようと抗う冗談ではない仕草だ。


 どうやら俺の焦りは杞憂だったらしい。俺が気づくよりも早くヴァルダの行動を理解し、既に対抗すべくナナは動いていた。


「「っ!」」


 その隙を見て俺とポポも遅れながらも飛び出す。ポポとは意思疎通を交わしたわけではないが、考えていることは同じであるようだった。


 とにかく超級魔法はヤバすぎる。

 俺らが真っ先に潰すべき標的はヴァルダ一人、ナナが防いでくれたこのチャンスを逃しはしない!


「させるか!」


 しかし、俺らの動きに合わせたようにヴァルダの前にジークが立ち塞がった。極細の槍を幾重にも枝分かれさせて、俺らの接近を拒むために複雑に目の前で繰り広げたのである。


「『縮地』!」

「なにっ!?」


 同時に飛び出した俺とポポは、ジークの展開する槍などお構いなしに更に加速する。通常の速度なら俺の方が上だが、『縮地』を使えばポポは一時的に最高速度は俺を遥かに上回る。まずは邪魔なジークを跳ね除けようと先制し、ジークを自身の影で覆える程にまで距離を詰める。


「『鳥爪乱舞』!」

「ちぃっ! うおっ!?」


 ポポの巨体で繰り出される至近距離の高速連打は最早面制圧に近い。全身を打ち付けられるような攻撃は逐一正確に防御すること自体ができるものではなく、ジークが一歩、二歩と押されていく。そして最後は連打の締めとして下から蹴り上げられ、足の踏み込みが効かずに重力を振り切って宙へと舞った。


 ここだ――!


「ご主人上です!」

「おうよ!」


 ポポがジークに攻撃を加えたことで槍の林は展開を止めて脅威ではなくなった。林を突っ切って俺もポポに遅れて追い付き、一瞬屈んで背中を差し出したポポを踏み台にして上空に吹き飛ばしたジークを俺は追撃する。

 俺ならば【隠密】の恩恵でポポとナナに負担を強いることもなく、思い切り踏んづけた気になっても何の問題もない。


 エスペランサーを両手で握り、ジークへと近づきながら振りかぶる時を待つ。


 初めて会った時はエスペランサ―はいなかった。全てを斬り伏せるエスペランサ―ならばジークのオーラも関係ない!


「ジークk「やらせません!」


 空中で自由の効かないジークの身に危険が迫ったことで、守られていたヴァルダも援護のために動き出そうとしていた。――が、そこはポポがそうはさせまいと邪魔をしに入る。

 足場となったあとは低くなった姿勢を利用して突撃の構えを取り、全身を使った『ボルテックス』を放ったのである。ヴァルダは無詠唱を使った『障壁』でポポの回転を受け止めた様だが、今はナナの拘束もあって動けそうもない。


 いける!


「っ!? ガッ……!?」


 ジークの身体を正確に捉え、オーラで身を包んだ上で武器で防御する姿勢を取ったジークを、そのまま俺は無理矢理斬り伏せた。胴体から血が線を描くように吹き出し、ジークの苦痛に歪む顔が眼前で繰り広げられ胸が締め付けられるように痛い。

 脇腹から肩にかけて斬り伏せた感触は余りにも軽く、まるで斬ったとは思えない程である。ジークの武器を持ってしてもものともしないエスペランサ―の恐るべき性能は凄まじいことこの上ないと言えるだろう。――少々気になる点はあるが。


 ジークが力の入らなくなった身体で空を舞うのを確認した後は、地面に残る最優先で潰すべきヴァルダである。


「後ろガラ空きだぞ――!」

「ツカサ……!?」


『転移』を使い、ポポの攻撃に耐えるヴァルダの背後へと一瞬で回り込み、俺は手の空いている左手の拳を引きながらヴァルダへと話しかける。手元もそうだが足も氷のみならず今度は土でも封じているようで、その様子からもとても余裕があるようには見えず、無防備な背中に綺麗に拳が決まった。


「『雷崩拳』!」

「う゛っ……!?」


 紫電と螺旋の衝撃波が辺りを埋め尽くし、元々暗い世界が紫電で更に暗くなる。

『雷崩拳』と『ボルテックス』の板挟みとなったヴァルダは血反吐を吐きながら目の光を失くすとその場に崩れ落ち、微かな息遣いの拍子にのみ動く死に損ねた屍と化した。

 ヴァルダの呻き声が耳にこびりつくようで気持ち悪く、ジークを斬った時の返り血と同様に不快というよりも後味が悪すぎるものがあったが――一先ず沈静化はできたようだ。







「……」


 いや、本当にこれで終わりか? あんなに息巻いておきながら? 


 自分達がヴァルダらを叩きのめした事実が目の前に転がっていようとも、これが果たして本当に確かな現実なのかが疑わしかった。ジークがいて、それと同等の奴も同時に相手になるなど過去に経験はない。激戦は必須である覚悟の上でいたため、どうしてもたった一度の攻防で片がついてしまうことに納得がいかなかったのだ。


 ヴァルダは得体が知れないが、少なくともジークの尋常ではない戦闘力を知っているからこそ言える。こんな呆気なく終わるはずなんてない……! 

 それにさっき手を抜かれたのも変だし、ネズミが今の攻防に何も加わってこなかったことも怪しい。




 疑問を胸に足元に野垂れるヴァルダの身体をポポと一緒に触れようとすると――。




「――あっぶな。命がいくつあっても足りんなこりゃ」

「っ!?」

「……だよな、やっぱり」


 案の定、奇妙な光景に直面し一筋縄ではいかないことを確信することになった。特に焦る気持ちも湧かず、むしろこれが普通だと簡単に割り切れる程に。


「ジーク君無事かい?」

「なんとかな……助かったぜヴァルダ。ネズミの援護もなけりゃ無傷じゃいられなかった」

「俺の方こそありがとう。時間稼いでくれなかったらそのままミンチにされてたよ。けど、なんとか凌いだね」

「見てるこっちは冷や汗ものだよ全く! しっかりしておくれよ二人共」


 俺らの攻防地点から逸れ、声が少しだけ小さく聞こえる辺り。満身創痍で地に這いつくばるヴァルダとジークはそのままに、何故かもう一方の二人がネズミと一緒にいる光景に目を奪われる。


「どういうことですか……? 確かに今……」


 そう。確かに今、この手で捻じ伏せたのだ。ポポが驚いてる気持ちは俺にも分かる。


 ジークはエスペランサ―だったからともかく、ヴァルダに対しては拳から伝わる感触もあって確かに手応えはあったんだ。実際今もヴァルダとジークの身体は俺らのすぐ近くに倒れているし、血だってとめどなく流れている。

 なのに、なんで離れた場所にもその二人がいる……?


 何かしらの力が働いたのか? 脳筋のジークに小細工は不可能。論外だから除外するとして、ヴァルダかネズミってことになるか……。


「ご主人、今相手してたのは偽物だよ。理由はよく分かんないけど、途中までは本物だった」

「……こんだけ精巧に偽装しても一発で気が付くのか。やれやれ、『賢者』としての自信無くすんですけどー」


 ナナの指摘にヴァルダは溜め息を吐くと、指を弾いたのか小気味良い音を虚しく響かせた。その音を聞いて間もなく転がっていた二つの身体は何事もなく消え失せ、血溜まりすら痕を残さない。

 この分け身のような身体はどうやらヴァルダの力によるものであったらしい。


 これといって何の被害も見えない三人は情報の照らし合わせなのか小会議を開き始める。


「オイヴァルダ、チビ助の奴やっぱしこの前見た時よりも遥かに強くなってやがんぞ」

「うん、分かってるよ。これは明らかに予想の範疇を超えてる。これも分岐した影響か……やっぱりポポとナナがいると上手くいかんな。元々情報がなかったとはいえこれ以上放置はできない」

「となると――」


 ジークがネズミをジッと見つめて黙りこむと、ヴァルダも同様にネズミを注視して反応を待っている。そして求められていることを悟っていたような落ち着きで、ネズミは静かに頷いた。




「――ナナ、お前の魔法の発動速度は無詠唱を越えてるな? 一体どうやったらそんなことができるんだか……」


 閑話休題。

 流石に敵の目の前で会議を大きく繰り広げることなどはなかったようだ。ヴァルダは前衛であるはずのジークよりも前に出ながら口を開くと、世間話でもするかのようにあどけなく振る舞う。


 ……何か狙ってるのか? 本来なら油断してられる状況なんかじゃないし、敢えて意味もなく無駄話をするような奴じゃ――いや、お前はそんな奴ではあるけども。


「越えてる? 変わったことしてないしそんなつもりないんだけどっ?」

「っ……本当に? そう言わずに俺にもご教授願いたいんだ……が……!」

「意味……分かんないからっ!」

「ふっ……いいじゃないか。減るもんでもなしっ!!」

「もうっ……しつこい!!!」


 その舐めた態度がナナは気に食わなかったのかもしれない。

 最初に仕掛けたのはナナだった。一言交わす度に恐らく魔法の攻防が繰り返されているのだろう。放出されている魔力が辺りの濃度を上げ、どんどんエスカレートしていく様を表している。

 俺にはナナが何を今しようとしているのかはパッと見では分からない。ナナのオリジナル魔法はそもそも誰かに悟られることなく発動できるものなので理解しようとするだけ無駄とも言えるが……しかし、語尾が次第に強くなっているということから少しずつ力んでいることは分かるし、非常に濃密な魔力を用いながら無詠唱で発動しているということくらいは分かる。

 簡単に見えてとても話しながらできる芸当ではなく、頭の中では一体どれほどの集中力が支配しているのか俺には想像ができない。そしてそれはヴァルダにも言えることで、そのナナについていけているのはやはり『賢者』ということか……。




「フッ、理屈じゃない、か……。お前のその魔法の才には嫉妬するよ。理解度もさることながら世界のシステムに捕らわれずに魔法が使えるだなんて羨ましすぎる。理屈じゃなく、身体が魔法の神髄を知っているのか……」


 世界のシステム……? なんだそれは……。


「ポポもポポだ。俺に魔法を使わせないなんて流石に焦ったぞ。俺から魔法を奪ったら何も残らないんだが?」

「……」


 うん、こっちはまだ分かる。ポポには魔力に対する絶対的な耐性があるし、その力は自身にだけでなく周りにも波及して魔力そのものの動きを止めることも知っている。これは最近ではあるが。

 今ヴァルダが言っているのは、『ボルテックス』を放ったポポと接触した際に魔法が使えなくなった時のことを言っているに違いない。魔法を使う奴からしたらほぼ戦力を無力化するに等しい力なので、それが『賢者』にも通用するのが分かったのは朗報だ。正直俺も驚いている。




「――……ナタさん、ポポとナナの相手は頼むよ。二匹共システムの輪から外れている以上、ナタさんしか相手は無理だ」

「任せな」

「「「っ!」」」


 来る――!


 果たして油断させようとしていたのか、機を伺っていただけなのかは知る由もない。

 同等の力を持つ者同士で以心伝心でもできるのか、ヴァルダらが一斉に俺らに向かって突撃を開始した。



「っ! 下ですっ!?」

「うわっと!?」


 一瞬靴裏から伝わる奇妙な震動がし、ポポが叫ぶままに足元を俺は見た。亀裂ばかりの地面が紛らわしいが、これ以上亀裂が入るのも難しいと思える勢いで亀裂が更に細かく俺らを中心に広がっていたのだ。何かが地面から盛り上がって弾けようとしている気がして、ポポとナナが空へ咄嗟に逃げた行動と同じく反射的に飛び上がってしまったのがマズかった。


「「「――え?」」」


 俺らが驚いた声は同じタイミングで出はしたものの、決して近くで聞こえてはこなかった。何故なら一瞬でポポとナナがそれぞれ別の場所にまた飛ばされており、強制的に『転移』させられてしまっていたからである。


「捉えた!」


 飛ばされなかったのは俺一人だけ……。

 そのまま地面から砂塵と共に飛び出した何かに視界ごと奪われ、気が付けば身体を縛り付けられる感覚と一緒に仰向けにされてしまっていた。


「あ、網……!?」


 俺が身動きが取れなくなった正体。それは、青い網が地面から一斉にその全貌を露わにしたトラップが原因だった。蜘蛛の巣のようなネット状の青いオーラで器用にも俺を捕縛し、巾着袋みたく上部はキュッと締まって閉じられている。罠に引っかかった獲物のような状態にされてしまっていたのだ。


 青いオーラであればジークの仕業なのは間違いないが、この時同時に分かった些細な疑問が晴れてもいた。


「っ……なんでもありかよ……!」


 やっぱしな……おかしいと思ったんだ。なんでお前がさっき空中で防御の構えだけ取って反撃しようとしてこなかったのか……!


 ジークの力の汎用性の髙さを恨めしく思いながら、下から見上げるジークを俺は睨みつける。思い出すのは偽物だったジークを斬り伏せた時だ。


 攻撃にも防御にも、そして今の様に罠にも転用できる万能すぎるジークのオーラだが、このオーラをジークは無制限に使えるわけではない。

 ジークが同時に使えるオーラには上限が存在するのだ。オーラの体積とでも言えばよいだろうか。十の体積があればそれを越える以上の物量を操ることはジークはできず、だからこそジークは自身を覆うオーラは最小限に薄く張り、よく好んで使ってくる槍も極細にして無駄な力を使わない。


 あの時は力を使わなかったんじゃない、使えなかったんだ(・・・・・・・・)。多分このフィールドに移動した時からとっくに張り巡らしてやがったんだ……!


「「ご主人!」」

「ポポ様とナナ様はこっちですよ」

「「っ!? え……?」」

「ポポ!? ナナ!?」



 いきなり離れてしまったポポとナナは、それぞれが俺を助けようとしてくれたのだろう。なりふり構わず俺を優先する思考は主冥利に尽きるというものだ。

 ――だがそれが仇となった。俺の傍に駆けつけようとしたポポとナナの姿がまたもパッと消え、今度はなんとネズミのすぐ近くへと移動させられてしまったのだ。俺に近づいていたはずが逆に遠のき、それどころかネズミのすぐ傍にまで引き寄せられて戸惑う二匹。


 ネズミの力は……自分だけじゃなくて他者のみに絞って強制的に『転移』させられるのか!? セッコ……! ジークも言ってたけどセコイぞオイ……!




「――今だヴァルダ! 急げ!」

「次こそは決める! 『世界よ、禁忌を犯す我を許したまえ』!」

「しまっ――!?」 


 抜かった……! コイツら、何がなんでも超級魔法で全部吹っ飛ばすつもりか!


 俺の動きは封じられ、ポポとナナには手助けさせないような連携が憎たらしい。ヴァルダらの一挙一動ですら非常にゆっくりに感じられるくらいに時が緩やかになった感覚に陥り、思考だけの世界にどっぷりと俺は浸かった気分だった。




 下を見る――ジークが俺から目を離さないようにジッと見ている。


 そのジークの後ろを見る――ヴァルダが両手を合わせようと、悴んでしまったような手を開くのが見える。


 そしてやや遠く離れた右を見る――ポポとナナが、ネズミを背にしてなお俺を見ているのが分かる。




 あぁ、詰んだなコレは。完全に手遅れだ……。







 ――だが、手が遅れただけ(・・・・・・・)であってまだ手が無いわけ(・・・・・・)じゃない(・・・・)……!

 ネズミ、セコイのはお前だけじゃねぇ……俺もなんだよ! 


 ネズミもセコイが、俺だって十分セコイ万能さを持ってるつもりだ。全属性適性、全ステータストップクラス、宝剣という世界一強い武器だってある。むしろこんだけ持っててしてやられることは情けないと言っていいくらいだ。


 さっきはナナに助けられた……このまま情けないままではいられない。次こそは俺が――。







「――なっ!?」

「もう逃がさねーよ」







 例え態勢を崩されようが拘束されようが、『転移』の前では不利な状況は一瞬で覆る。また『転移』で移動すればジークを振り切ってヴァルダを攻撃することは簡単だと俺は考えていた。ヴァルダに密着するつもりで『転移』し、俺の身体全体を使ってヴァルダの詠唱を邪魔をする。些細な動作も要らない最速の抵抗ができる――はずだった。


「なんで……!?」


 だというのに、俺が『転移』したその場所にはジークも既に迫っていた。――いや、これは待ち伏せていた(・・・・・・・)、か。最早俺が消えた直後、身体が反射をする前からそこに全速力で向かったと思える域だった。


 ジークは見てから超反射で対応するはずで、どうしても気が付いてから動かなくてはならない。そしてそこからでは瞬間移動する俺には決して間に合うわけがないと俺は確信していた。じゃんけんで後出しをするようなもので、余裕のありすぎるアドバンテージさえあればジークであろうと出し抜けると。


「一瞬でも時間が稼げりゃ十分だ。詰めが甘かったな」


 ヴァルダの肩を押して俺との間に割って入るジークが眼前で呟き、俺はただ歯を食いしばることでしか力の及ばなかった自分を露わにできる暇がなかった。


 確かに未来予知みたいな動きも、思考すらもすることはあったが……ここまでお前も反則級なのかよ……! 




「間一髪だ。信じてたぞジーク君」




 ちくしょう! 






「『断崖城壁』」







 今度こそ間違いなく、超級魔法は発動してしまった。

 ヴァルダから触れただけで痛みの走る激烈な魔力が発せられ、発動に捧げられた途方もない魔力の塊が変換され、形を変え、瞬く間に現実となって顕現しようとしている。


「ぁ……」


 目の前の光景に圧倒され、思わず目の焦点が定まらなくなりそうだった。

 展開しようとしているのは正に城。まるでセルベルティアの城の真下に来た時に感じた圧倒的存在感を今俺は感じていた。


 ただ純粋に真っ白な壁なだけであるのに、なんて途方もない真っ白さを芯まで秘めているのだろうか。どんなことがあろうと白で何もかもを染め上げ、なかったことにしてしまう。

 その力の巨大さに俺は焦った心すら白に染められ、放心するだけにされてしまっていたのかとその時は思うくらいだ。




 だが攻撃魔法じゃなく、ここで究極の防御魔法? 一体何故――っ!? 




「狙いはポポとナナかっ!!!」


 狙いが分からない種別の魔法を使ってきたことの意味が分からなかったが、展開していく場所が俺のいる場所ではなく少し離れたポポとナナ付近であったことで、すぐに狙いを察した。そうとなれば白くなった心などすぐにまた塗り替えられたようなものだった。


 閉じ込められたら最悪一生出られないかもしんねぇ……! なら俺は――。


 ネズミ諸共『断崖城壁』にポポとナナを閉じ込めようとしているのならば、俺もその中に入ればまだ勝算はあるかもしれない。ポポとナナが逃げようとしてもネズミは無理矢理『転移』させて自分から引き離そうとはせず、本人も心中するのではと思える覚悟を見せている程だ。

 迷わず『転移』で俺も飛び込もうと画策するが、不意にジークの後ろから伸ばされた手が俺の肩を掴んだ。……ヴァルダの手だ。


「――おっとそうはさせん。行かせんぞ?」

「っ!? な、なんで『転移』が使えねぇんだよっ!」

「魔力を使えなくさせられるのがポポだけだなんてどこの誰が決めたんだ? その芸当なら俺も触れられればできるのさ」

「っ……く、くっそがぁああああっ!」


 魔力が使えなくされて『転移』が発動しない。これでもかと魔力を込めても一向に発動の兆しすら見えず、目の前で完成に近づいて閉ざされようとするポポとナナの姿がどんどん見えなくなっていく。

 身体を動かそうと思っても、ジークとヴァルダの二人の力が凄まじくまともに動くこともできず、指を咥えて見ることしかできない状況は拷問に近い。


 助けなきゃ……アイツらを助けないと、もう……!







「「ご主人」」

「っ!?」







 ポポとナナがネズミ諸共呑み込まれてしまう光景の最中。ポポとナナの声がしっかりと、胸を叩くように聞こえた気がした。

 すると、いつの間にかポポとナナは抵抗を止め、その場に立ち尽くして俺を見つめているようだ。凛とした佇まいは迷いがなく、覚悟を決めた揺るがない心を感じさせる姿に映った。




「――勝ってくるよ(きます)」




 ポポとナナのその言葉を最後に、『断崖城壁』は完成した。



※8/13追記

次回更新は水曜です。

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