341話 裏切り
◇◇◇
「お、お前等……なんで、その姿に……!?」
「特訓の成果だよ。とっておきだったからこんな形で出したくはなかったけど……!」
ポポとナナが『覚醒』した姿に、意識を保つだけで精一杯の司であったが驚きは隠せなかったようだ。傷つく身体を省みず、ポポとナナに薄く開けた目で驚きを訴えている。
「そうか……いつの間に……」
――が、そう小さく呟くと目を閉じてしまったが。
何も見えない中、司はふと以前にナナが自分が驚くプラス要素があると言われたことを思い出す。あの時の言葉はこのような意味だったのかと思うと同時に、それが安堵する要因になったようだった。
「どういうことだ?」
「自発的に『覚醒』……? そんな真似ができたとは……」
驚いていたのは司だけではなくヴァルダらもであった。まるで奇妙なものでも見るような目をしているのは司とは若干の違いはあるものの、驚いている事実に変わりはない。
司がびっくりしたというなら、こちらは動揺である。
「っ……!」
刹那――。
「っ!?」
「ちったぁ驚かせてくれたみたいだがよ。チビ助、それでもこんなんじゃ俺らには勝てねぇよ」
普段冷静なポポが我先にと言わんばかりの怒りに身を任せ、力の限り後方のジークに突撃する。大きな翼を『翼剣』へと変化させ突進力を加えた一撃で一刺ししようとするも、ジークの腕を覆う薄皮一枚のオーラがそれを阻む。
動揺があろうが、それは隙を生むだけで実力を下げる要因とはならない。歴戦の猛者のジークが一度対応してしまえば、『覚醒』したポポの一撃とて抑えられてしまう。
ただ、自分の力が通じようが通じまいがポポはそんなことはどうでもよく、思いの丈をジークにぶつけるのだった。
「さっきまでの振る舞いは全部演技だったんですか!」
「……そうだ」
「冗談であっても許されませんよ、こんなことっ……! よくも……よくもご主人を……っ!」
「ッ――!?」
『翼剣』の切先を腕へと突きつけたまま小競り合うポポは感情も、そして理性も抑えきれなかったのだろう。自分の慕う主人が、信頼していたはずの味方からの裏切りによって瀕死に追いやられた事実は我慢ならなかったのだ。怒りの発端に向かってその力を爆発させる。
「この裏切り者がぁあああああっ!!!」
「チッ……! ヴァルダ!」
「ジーク君、こっちへ!」
叫び声の咆哮と共に、怒り狂える獄炎がポポから放たれる。
その獄炎の放つ熱量は先程『灼熱』の見せたものとでは威力の桁が違った。無造作に広がるのではなくジークのいる方向にのみ限定されて放たれており、その分力が集中しているのだ。
流石に大半の攻撃など耐えて見せるジークといえど、それでも真正面から受けるのは危険だと判断したのは危機察知に優れているからか……。ジークは流れる動作で横に躱すと、即座にヴァルダ達の元へと移動する。
「ヒナギ、『超活性』じゃ間に合わない! ちょっと手を貸して!」
「え? あ、はいっ!」
ポポの爆発的な動きだしと共にナナも『クリスタル・ロック』による防御を展開し、既に自分とツカサ達の身を守りに入っていた。あと一歩でも展開が遅ければポポの獄炎に巻き込まれていた程に間一髪であった。
「何をなさるおつもりですか?」
「今からご主人の傷を治す。いいから協力して!」
ポポがジークらに攻撃をしている間を見逃さず、ナナはヒナギの手を少々無理矢理取ると司の身体へと押し当てる。ヒナギにはナナの行動の意味が分からず、戸惑いもあってされるがままだ。ナナがヒナギの手の上から自分の翼を重ね、集中して数字を呟き始める。
「同期開始――……32……67……92、100! よし! 『ヒーリング』!」
「っ!? ちょ、おま!? ……ったく、ナナの方も勘弁してもらいたいな……!」
数字が数え終わると、ナナ達を中心に淡い光がツカサに次々吸い込まれ、次第に包み込んだ。包み込まれた司にとってはこの状態がとても心地良いものであったようで、苦しむ姿から徐々に落ち着きを見せ始めているようである。
ヴァルダは継続して続くポポの獄炎を不可視の結界によって防いでいたが、獄炎に包まれて見えぬ視界の奥であるにも関わらず、ナナの行動が見えているかのような反応をすると、苦虫を潰したように顔を曇らせ、そして苦笑いした。
「うっ……!」
「ぁ……カミシロ様!」
光が収まる直前に、目を閉じていた司の目が再び開かれる。司の容体の変化にいち早く反応したヒナギが安堵して名前を呼び、司を抱える腕に力を込める。その目には僅かに涙が浮かんでおり、手の中の存在を温もりを確かめているかのようだ。
やがて光が完全に収まる頃には数分前と変わらぬ司がそこにはおり、今自分が体験した未知の出来事の詳細を求めるのであった。
「なんで……ナナが回復魔法を……? 光属性の魔法使えたのか……!?」
司が驚くのも無理はない。自分の従魔が使える属性魔法を知らない訳がないのだから。
ナナ本人の口からも水や土以外の魔法を使えるようになりたいという声も聞いている程であったため、今ナナがしでかしたことというのは不可能を可能にした目を疑う所業だったのだ。適性がなければその属性の魔法を使うことはできない。それはこの世界の常識である。
その常識が今、覆った瞬間でもあった。
「使えないよ。だからヒナギの適性と魔力の波長を借りたんだよ。魔力の波長は人それぞれ。ならその人の持つ波長を完全にコピーすればその魔法が使えるってだけ。別におかしなことじゃないよ」
曰くあくまで常識の範疇に則る形で光属性の魔法を使用したということらしく、ナナは大したことはないという反応だがこれはナナだからやってのけることができたに等しい。
理屈では可能であっても、実現できるだけの技量も十分に驚異的と言えた。
「魔力波か……確か王都の時も思ってたけど、そんなことまでできんのか……。でも助かった、あんがとな……!」
魔力波というワードから思い起こされる記憶に、セルベルティア王城に侵入した時のやり取りは今の話を事実たらしめる一件であったと司はこの時感じていた。
しかし感慨に耽るのは一瞬だ。当時から今に至る原点があったことに感心しつつ、一気に身体に活力がみなぎった自分とハッキリした意識を実感し、司が再び動き始める――。
◇◇◇
「ポポ! 一旦止めてこっち来い!」
「ご主人……! はい!」
ヴァルダ達の動きを封じてくれていたポポを呼び、一度態勢を整える。
俺の声にすぐに反応し、呼べば即座に飛びつくようにこちらに来たポポはまるで犬のようだったと思いつつ、それは単に俺がポカしたからなのが悪いとも思う。
ポポの過剰すぎる反応はその分心配されていた証拠でもあるので嬉しさもある。ナナもそうだけど、ポポが時間を稼いでくれたお蔭でとにかく助かった。
二匹がいなかったら終わってたな……。
「まるで太陽だな。迂闊に動けなかったぞ」
ポポの獄炎が収まると、包まれていた場所からはヴァルダ達が健在である姿が映し出される。
太陽ってのはポポの比喩か? 良い感性してるわ。……ただ、そう考えられるのは余裕があるってことか。
「無傷、ですか。くっ……!」
相手にダメージらしきものを一切与えられなかったことが悔しかったのか、ポポがイライラした様子でヴァルダ達を睨んでいるがその気持ちは俺にも分かる。
確かに身動きを取れなくしたのだとしても、ポポの怒り狂った攻撃を受け続けて無傷とは……。防御を張ってたのはヴァルダか? お前こそなんつー力を今まで隠してやがったんだ。
「本来なら適正のない魔法を適性のある身体にして使うとはな。……フフ、面白い方法をよく考えついたもんだ。それを実行できる技量も類稀なる才能だし、確かにナナは天才だな」
先程のナナが見せた力にヴァルダが称賛を送る。ナナの技量の高さを興味の対象にしたらしい。
多少上から目線なのは、ヴァルダがナナのしたことを理解しているからなのか。どちらにせよ、今更感はあるがヴァルダが得体の知れない奴であることが今一度分かるというものだった。
「いやぁ~しっかしまぁ……。ちょいーとこの流れはマズいんじゃないか? というかマズくね? 俺の性格並みにマズくね? あらどーしましょ」
――とここで、急にヴァルダの態度が一変する。それまですかした態度を崩さなかったヴァルダだが、露骨にふざけた態度を取り始めたのである。
「あ~あ……ホンット~に予定通りにいかなくって困るわぁ。相変わらず予想を超えてきやがってさー……。これが運命に諍う俺らに用意された試練ってかぁ? もうそういうのいらないんで、そんな運命は帰ってどうぞ! なんだよなぁ……」
いや、ふざけてるんじゃなく、いじけてる……?
ぶつくさと独りで文句まで垂れ始めたヴァルダを見た俺が感じたのはそれだった。
予定通りにいかないということは、自分の努力に反して結果が報われないから文句を垂れているということなのだろう。つまり、今の状況を快く思っていないということである。
「なぁ……本当にどうしてくれる……」
そこからのヴァルダの変わりように、俺は戦慄した。
ここまで感情を剥き出しにして独りで語るヴァルダを、俺は一度も見たことがなかったから。
「アイツの命令だったけど俺は嫌だからせっかく工夫して極力戦わずに済むようにしたのに……。なんでジーク君の一撃に耐えちゃうんだよ、なんでピンピン回復しちゃうんだよ。なんで殺されかけて今までと変わらないそんな目で俺を見られるんだよ……! 本当にどうかしてるよお前」
「いきなり何言って……」
「もういいさ、もうこれ以上は当初の予定だったこのやり方くらいしか俺も考えつかない。これも運命だってんなら仕方ない、自分の言葉に責任を持って――地獄に落ちていけ」
ヴァルダの頭上、宙に空いた穴から棒のような武器が落ち、そしてその棒が右手に握られた。無詠唱による『アイテムボックス』を発動していたということにはこの時意識は回らなかった。
それ以上に今握られていた武器を扱うヴァルダの方に意識は向いていて、剣を二つ繋ぎ合わせたような両刃をした形状の武器がヴァルダの手によく馴染んでいる姿がやけに目に焼き付いていた。
心が警鐘を鳴らしているような気がしたのだ。とにかく警戒しろと。
「こっからは殺し合うことが生ぬるいと思える殺し合いだ。死ぬほど絶望しろ。ツカサ……!」
両手を使って頭上で回転させる動作はキレがあり、そこから俺に向かって刃を向けられた威圧感は、ヴァルダの冷たい目と共に俺に突き刺さる様だった。ヴァルダの言葉にも棘しかなく、だが何故か心が締め付けられるような気持ちになるのは何故だろう?
「ヴァルダ……」
自分の心に困惑し、見たこともない武器を携えるヴァルダに対しても困惑してしまう。そして畏怖までもが加わり、震撼してしまった。紛れもなくジークと似た恐怖を俺はヴァルダから感じてしまったからだ。
自分が未だなお抱える気持ちに間違いがないと俺は思っている。このように思えてしまう原因は必ず何かあるはずで、その気持ちを確かめたい衝動に駆られてしまっている自覚はある。
しかし、ヴァルダが俺に向けている気持ちが先程の言葉通り偽りがないことも分かってしまった。
何もしなければ俺が死ぬ。今度こそ、確実に。先程のジークの情けは二度と無いものと考えねばならない。
俺も否応なしに離れてしまっていたエスペランサ―を呼び寄せる。
「構えろ世界最強。運命を決する瞬間は来た……世界最高の三人がお前の相手だ!」
ヴァルダだけではない。グランドマスターを除く目の前の3人が一斉に武器を構え、途方もない壁として立ち塞がった。
四つ存在する異世界人の魂が全て集結し、その内三つが相手となると勝ち目のあるなしなど分からない。ただ、少なくとも俺らはこの時点で希望など殆どないのかもしれないと思えるくらいが妥当だろう。
だが俺らは必ず勝たねばならないということだけは確かな事実として言える。負けたら聞きたいことも何もかもが水の泡へと消え失せるだけだ。
俺はジークが何故裏切ったのかも、ヴァルダが何を目的としているのかもまだ知らない。本当に『ノヴァ』であるかもまだ疑わしい。それらを確かめるためにも、こんなところで絶望してはいられないし、するわけにはいかない。
俺のやることは一つだ。
「いい度胸だ化物共……! 精々歯ぁ食いしばれ、お前等全員ボッコボコにして、無理矢理にでも話を聞かせてもらうからな……!」
お前等の目的も、魂の秘密も、何もかも洗いざらい全部な……!
※8/3追記
次回更新は日曜です。多分夜になると思います。




