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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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336話 運命開始 ~前兆~


 ◇◇◇




「っ!? な、なんだぁ!?」

「今の音はなんだ……? お、オイ! 早く確認しろ!」

「上階……から……?」


 突然起こった現象にギルド全体に動揺が走った。建物を揺らす規模の轟音に身体が竦んだ瞬間には空から瓦礫が闘技場へと降り注ぎ、整地されたフィールドを一瞬で荒地へと変貌させたのだ。居合わせた人々の無防備だった危機意識は嫌でも咄嗟に警鐘を鳴らしてしまう。

 そもそも空から瓦礫が降って来るなど誰も想像するはずもない。ここはギルドの総本山であり、厳戒態勢を常に敷かれた要塞なのだから。


「控え室にいる奴呼んで来い! 緊急事態だ!」

「皆さんお怪我はありませんか!?」

「あ、慌てないで……今職員が状況を確認しますので……!?」


 年期の入ったベテランの職員の咄嗟の事態対応が飛び交うも、慌てたばかりの人達の耳にその声は中々届かない。その場に居合わせた冒険者達は勿論、職員も事態の把握が出来ていないのだ。

 幸いにも闘技場は現在封鎖されていたため怪我人がいなさそうなのは不幸中の幸いだ。――が、その確認もしないわけにもいかない。Sランク招集によって通常態勢が敷かれていない不規則な人員配置も影響し、連携の取れた対応をすることが難しい状況だった。




「始まったね……急ごっかナタさん」

「はいよ。いよいよ仕事の時間さね」


 そんな中、取り乱す人々とは様子の違う二人組……ヴァルダとナターシャの二人が喧騒に紛れ人混みを掻き分け進んでいく。


 ヴァルダは人族の成人男性の標準的な体格をしているため人目を気にする必要がなく、服装も軽装な装備の上から灰色のコートを着ている程度である。しかしナターシャは2mには届かなくとも大きな体格をしているため、目深に被ったローブに身を包み極力人目を憚ろうとしているようだ。

 龍人という種族はどうしても人の目についてしまうためそれを隠すためである。流石に背の大きさは誤魔化しきれないのだが、騒ぎになっていることで気に留める人の方が少ないようで、悠々とロビーを抜けて脇にある通路へと進み、二人は喧騒からどんどん遠ざかっていく。


「しめしめ、どうやら誰もいないようですな。ポイントB地点クリア、続いてくれぃナタさん」

「はいはい。アンタも飽きないねぇそういうの……」

「侵入成功! 本部、これより作戦を遂行する!」


 本来は職員が封鎖しているはずの闘技場への入り口に二人が辿り着くと、ヴァルダは通路の角から顔を覗かせにやりと笑う。職員がどこにも見当たらないのは緊急事態が発生したことで持ち場を離れる必要が出たのだろう。コソ泥が忍び足で移動するまんまの動作でわざとらしく歩き、ナターシャを連れて闘技場内へと躍り出ていった。ナターシャはというとヴァルダの行動に呆れながら堂々と歩いていたが。


「でもアンタいいのかい? 『闘神』がまだ来てないけど」

「ん? それなら大丈夫だよ。今こっち向かって来てるからすぐに追いつくさ。それに合わせて始めさせてもらうつもり」

「そうかい。アレク達の方も上手くやってるといいけど……」

「何も連絡ないし上手くやってると思うよ?  じゃなきゃジーク君だってこっち向かってこれないっしょ」


 ナターシャがほぅ……と息を吐いて心配そうな表情をフードから覗かせるも、ヴァルダはアレク達の心配はそこまでしてはいないらしい。当たり障りのない表情からは信頼しているからなのかも分からない。


「アレク君達が上手くいったなら仕掛けといた罠も使わなくて済むからもう解除しとこうかな」

「ちょっと待った。連絡があるまでは残しといておくれ。万が一があったらどうしようもなくなるだろう?」


 今日という日に備えて前夜にも施していたヴァルダの仕込みはアレク達のいる場所にまだ常在している。万が一の保険にと思って施していた仕込みとはいえ、それを使う機会がないならば残しておく意味がない。ヴァルダは無駄になった負担を軽減する意味でも仕込みを解除しようとしたのだが、そこにナターシャの強い介入があり尻込みしてしまう。


「心配性だねぇナタさんは。そんな心配しなくても大丈夫だって、アレク君そんなヤワじゃないし……仮にも獣神の血を引く末裔だよ?」

「そうは言ってもアレクが血族でも人との混血なのは違いないじゃないか。現に見た目だって人族だ。それにまだアイツ子どもなんだよ? ウチ達が任せてることは子どもには随分と酷だろうさ」

「あのー……そんなこと言ったらジークきゅんと今のツカサだって似たようなもんじゃ「あの二人は特別さね!」……さいですか」


 ナターシャが目をギラつかせてピシャリと言い放ち、ヴァルダを一喝する。

 アレク本人の前では心配を見せないようにしているせいかコロコロと表情が変わるのはギャップが酷いものであった。また見た目から想像がつくわけのないナターシャの過保護すぎる一面にヴァルダは内心困惑してしまう。


「(親馬鹿というか姉馬鹿というか……そういう星の下に生まれたんかね? マリさんがいたら笑ってそうなんですけど)」


 ナターシャは子ども好きであるが、自分が子どもと認識している者にはとことん過保護になるのである。例えアレクのように不良のような見た目をした限りなく成人に近い者であろうと関係ない。

 分かってはいたことだが今後のアレクを取り巻く展開を考えると苦笑いが頻出するものであり、ヴァルダは未来のアレクには頑張れと思う他なくなっていた。


「アレク君も苦労体質だn「貴方達! そこで何してるんですか!」……およ?」


 闘技場へと躍り出た直後、真正面から二人を凝視する警備係らしき人物が二人を呼び止め話が中断する。


「なんだこっちにいたのか。ってそりゃそうか」

「ここは今立入禁止です! 離れていて下さい!」


 警備員を見たヴァルダは入り口にいなかったのは現場に急行していたからだと納得する。

 急に本来入ってはならない場所に立ち入った二人は警備員からすれば怪しさ極まりなく映ったかと思いきや、危険がまだある可能性を危惧していた様子らしい。職務に忠実であることに純粋に感心しながら、近づこうとする警備係に向かって指を軽く鳴らした。


「う、ん……」


 一気に力を無くした身体に足がもつれ、膝から崩れ落ちていく警備係をヴァルダは支えるとそのままゆっくりと地面へと横たわらせる。

 それだけではない。警備係はおろか騒ぎ立てていたギルド内にいる人々全てがその場に倒れ尽くし、いつの間にか安らかな寝息を立てて深く意識を落としていく。


「ナタさん、この人達退けてちょ」

「……息をするように広範囲に幻術を掛けたねアンタ。よくやるよ全く」


 いきなり鎮まり返ったギルドにポツンと取り残された二人。ヴァルダがナターシャにそう頼むと、ナターシャは手に持っていた杖で地面を軽くつつく。すると警備係の姿は忽然とその場から消してしまった。




「よし、これで邪魔は入らないから後は思う存分やれる。――世界の運命に諍う時だ」




 誰の邪魔も入らない状況と、適度に暴れられるだけの空間は用意された。

 ヴァルダとナターシャは闘技場から半壊した上階を眺め、来たるべきその一瞬(とき)を待つ。







 ◇◇◇







「何を、しやがったんだ……テメェ……ッ!?」

「ただ剣を振っただけだが? 何を驚いてんだよ?」


 俺に対して辛うじて聞けるのがそれだけだったのか、チンピラ2の声がつっかえながら俺に向けられる。さっきまでの見下されていた態度から一転して動揺した顔は非常に滑稽だった。

 ひび割れた部屋の一部が地表まで落ちて地面に突き刺さる音が聞こえてくる。音からして相当な勢いで壁が落ちたようで、内心ではコイツらの今後の心配よりもそっちの被害の心配の方が大きい。


「奴らとの戦いはこれが普通の世界なんだよ。全員が【超越者】どころかそれ以上。下っ端でようやく【超越者】並みなんだ」

「これが普通って……」

「もう一度聞くぞ。あんたらの中に【超越者】如きで優越に浸ってる奴が何人いるよ? 大していないんだろ?」


 俺は改めて全員に聞く。相手を見下した言い方なのはストレートな言い方の方が伝わると思ったし、何より現実を見たらそういう言い方が一番適しているとさえ思えたからだ。

 まずは相手との実力差を受け入れなければ始まらない。ただでさえ個々の戦力だけでも世界中から頼りにされてきた人達なのだ。そう簡単に考えを改めさせるのは簡単なことじゃないのだから。


「……」


 俺は一時離れたポポとナナを再び肩に止まらせ隣に座るヒナギさんを見た。ヒナギさんは俺の視線に気が付くと小さく頷き、そのまま話を続けるように促してくるだけだった。さっきの俺のいきなりな行動も短絡的とはいえ見逃してくれているようだ。


 ヒナギさんとこの人達の実力が近しいのだとしても、ヒナギさんがどれくらいこの人達の認識している事態よりも深く考えているかは一目瞭然である。

 ヒナギさんは実力差をハッキリと自覚しているのだ。俺の言葉が嘘でも何でもないということを最もここでは理解しており、だから下手な気遣いは一切要らないと言っているのだろう。そうでなければこんな反応をこの人はしない。




「よくこれまでその集団の存在に誰も気が付かなかったものですわね?」




 このまま誰も口答えしようとしないのかと思ったところで、ようやく口を挟む人が出てきたようだ。


 良い質問だな姐さん。ポーカーフェイス得意なんかね? チンピラ2と違ってもう素面に戻ってますね。


「それができるくらい向こうは余裕を持っているってことでもあるんですよ。誰にも気が付かせずに他者を自由自在に操る力に、材料と理論さえ整えば大抵のものを創造して作ることすらできる力。閉ざした自分の感情を現実に具現化して戦うやつもいる。それらを駆使すればそれだけは絶対に不可能と思えることもできるんですよ。実際できるからここまで誰も気が付かなかった」

「……」

「今まで1000年もの間ずっと人目を忍んでいた奴らは、集大成が目前に迫りつつあるみたいでして。だからこうして目立った大きな事件も起こすように積極的になってるんです。……気が付いたら手遅れ一歩寸前。もう俺らに残された時間なんてないんですよ」


 まぁ連中がここまで気が付かれなかった一番の理由って、単純に気が付いた奴を消してたからだと思うけどな。それか自陣に強制的に取り込んでたとか……。


 それはまぁともかくとして。とにかくもう時間がないことは伝えておく。少なくとも今日という日を乗り越えなければ時間すら与えられはしないのだ。


「そうなのですね。でも、何故貴方がそのことを知っているのかしら? 1000年も前からだなんてどうして分かるの? 貴方が異世界人という話が本当なのだとしてもおかしいのではなくて?」

「あー……それなんですけどね、俺らの仲間に元メンバーいるんで」

「……え? あ、ちょ……え……?」


 姐さんが俺の返答にポーカーフェイスを崩し引き攣った顔で困惑している。まさか俺の身内にそんな奴がいるとは思っていなかったのだろう。同じ立場だったら俺もそう思っているはずだ。


 ハイ。そんなわけでこの疑問は解決したっぽいんでもうよろしいッスか?

 俺の記憶を持ち出したところでそれこそ非現実的。だったら現実的というか事実というか、一番効果てきめんな奴の存在を持ち出すしかあるまい。必要とあらばそいつ連れてくるんで納得してくれ。




「――そうそう、話が一度逸れますが『漆黒』さん。その『執行者(リンカー)』の一人が貴方に酷使した人だったんですよ」

「っ!?」


 姐さんの疑問に答えたあとは、まだ約束を果たせていない『漆黒』の番だ。突然俺が話し相手を変えたことに『漆黒』は驚いた様子を見せる。


 待たせたことは素直に申し訳ない。この会談が始まってから内心早く聞きたいと思っていたにも関わらずずっと待ってくれていたわけだし、ここらで昨日の続きを話しておかねばならないだろう。丁度恐怖を植え付けた後だから話の内容と『影』の結末は『漆黒』には大きな影響を与えるはずだ。……果たして『漆黒』がどう動くか不安ではあるが。


「昨日は弟さんって言ってましたよね?」

「そ、某と瓜二つであったというなら……間違いなくそうでありましょうな」


 俺の話に食い付いている反応を見るのは結構くるものがあるが、昨日の『影』を弟と呼んだことを改めて確認し、俺は『漆黒』が『影』の兄であるということを受け止めて話す。


 話すなら、一気に話してしまおう。最後の結果を考えれば、な……。




「俺からは実際に見てきたこと、そして真実だけを言わせてもらいます。貴方の言う弟……そいつは『影』と呼ばれていた。この前ハルケニアスに現れたそいつは名前が示す通り影を使った未知の力でハルケニアスをたった一人で占領しようとしたんです。その時俺らは丁度ハルケニアス近辺にいたから、全員で同時に起こっていた事態の対処に当たったんです」

「神鳥殿が三カ国を救った経緯ですな」

「俺がじゃなく俺達がの間違いですよ。俺以外の仲間はオルヴェイラスとリオールの対処をして、俺は単騎でハルケニアスの対処に当たったんです。そこで丁度ハルケニアスに奴はいて……国中の人を影で拘束して身動きを取れなくしていた。国全体の人を拘束できる程の力です。それはとても普通の力じゃなかった」

「国全体を……でありますか。にわかには信じがたいですな。それだけの規模ができるなど……」

「俺もそう思います。――でも真実なんだ。その時には三カ国の王がハルケニアスに集まって会談をしてましてね、『影』はどうやら三カ国の王族が持つ特別な力……【精霊師】の力を狙って攻撃を仕掛けていたみたいなんです」

「【精霊師】? 確か精霊を使役できる力……でしたかな?」

「その通りです。そこら中にいると言われる精霊達を見て会話が出来て、なんでも適正以外の魔法も精霊達のお蔭で使えてしまうという恐るべき力です。実質全属性が使えるってことですから」

「ふむ……全属性が使えるのであれば戦闘能力も高くなりましょうな。しかし、何故わざわざ王達を弟は狙ったのでありますか?」

「……これも信じてもらえるか分からないですが、連中は殺した対象の力を奪うことができるみたいなんです。実際、その時王達は奴からお前らの魂を貰いにきたと言われたそうですから」

「魂を……? それが力を奪う、ということでしょうか……? して、それで貴殿は……王達を助けるためにその者……某の弟と対立したということですかな?」

「ええ、その通りです」

「そうだったのでありますか。あぁ……全く何てことを……アイツは……」

「奴は……とんでもなく強かった。影一つで魔法を超える多彩な技の数々を見せつけ、俺のさっきの攻撃以上の威力すら無効化した。あの手この手でどうにか奴にダメージを与えても何発も耐えられた奴のあのタフさは尋常じゃなかったです。戦った後は俺……五日間昏睡したみたいで意識不明になりましたし」

「なんと……死闘、だったのですな……」

「少なくとも、『執行者(リンカー)』がいかに化物か今のでもなんとなく分かるでしょう? 貴方の弟は紛れもなく化物でしたよ」


 俺の言いたいことだけを言った説明がどれくらい『漆黒』に伝わったかは分からないが、今は『影』の詳しい能力とかじゃなく、恐ろしいくらいに厄介な強さを持っていたことが伝わりさえすれば良い。


 何発か耐えられたことに関しては『影』が耐久性に異常に特化した奴ではあった……っていうのが正確だがな。あとアイツ分身使ったりするし。




「それで弟はどうなったのでありますか?」

「……」


『影』が一体その後どうなったのか? 肝心なこの部分を当然聞いて来ないわけなどない。しかし俺は『漆黒』の見つめてくる目をとても直視できなかった。

 俺もさっさと言ってしまおうとは思っていた。だが『漆黒』の問いに俺はすぐに返すことはできなかったのだ。逃げてはいけないことから、無意識に逃げようとしてしまう。


『影』を殺したことに後悔はない。むしろ死んだことに喜びすら感じている自分がいるのは事実だ。ただ、何も知らないだけの人をどん底に叩き落しかねない発言をすることが躊躇われてしまったのだ。

『漆黒』には罪はない。どうしても報われずやるせない思いの方が強くなってしまう。


「貴殿とそれだけの戦闘を繰り広げたのであれば弟とて無事ではないはずであります。……どうなったで、ありますか……?」


『漆黒』が恐る恐る、ゆっくりと肝心の部分を再度聞いてくる。


 あぁ……この人察してるな、言い方からして。けどどこかまだ淡い期待を持ってもいるんだ……。

 身内なら、思う部分がないわけないもんな。




 糞ったれ――。




「奴は……死にましたよ「っ!!!」いえ、正確には殺しました。俺が(・・)


 殺した奴の兄に殺害した事実を伝えるとは思いもしなかった。殺した相手が最悪最低で殺されても文句の言えない奴だったとしても、今目の前の善良そうな人に伝えることは辛かった。


 絶句して俯く『漆黒』に、俺は掛ける言葉が今は見つからなかった。



※7/19追記

次回更新は日曜かと……。

昼には間に合わないかもしれません。


※7/22 23:35追記

結局昨日と今日で時間取れなくて今書いてる最中です。

もうちょっとお待ちを……朝までに投稿しときます。

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