334話 頂点の衝突③(別視点)
光線は射線上にあるもの全てを跡形もなく掻き消した。触れた空気は焼け、光線の直下の地面には僅かに溶けたような跡が残される程の威力である。凝縮された膨大なエネルギーの余波が生み出した破壊は非常に大きく、彼方へと光を刺す光線は何処まで届いたのだろうか。
「……」
光線を放った出力はこれまでの比ではなかったのだろう。カイルは撃った地点よりも5m程後ろに後退していた。また一段と砲口から噴き出すように硝煙が立ち昇っては硝煙ごと景色が揺らいでおり、視界に関してはカイルが視線の先を目を凝らさなければならなくなるくらいに悪化しているようだ。
その時、まだ状況不明の前方からは地面が掠れた音が僅かにする。
「ハッ……ハッ……!」
「(なんでまだ意識があるんだ? 急所は避けたが今直撃したはずだ……)」
カイルが目を凝らして見ようとしていたのはシュトルムの姿であったらしく、どういうわけかシュトルムはうつ伏せに倒れた状態からゆっくりと起き上がろうとしていたのである。
シュトルムには外傷こそあちこちに出来ているが致命的そうな傷は見られない。右肩にゼロ距離から光線を放ったのは疑いようもない事実だが、当然あって然るべきであるはずの右肩の傷も然程無く、結果が奇妙極まりないその光景はカイルの思い描く想像とは違う状態だったため腑に落ちなかったのだ。
「(服が溶けてるってことは当たってるはずだよな。――でも肩は焦げた程度……)」
カイルの見立てでは攻撃は間違いなくシュトルムに当たっている。直に当てた部分を中心に大きく空いたシュトルムの白銀の鎧が紛れもない証拠である。
つまり、光線は鎧を貫いたあとに何か別の力によって阻まれていた……というのが自然だろう。
――ただ、当の本人が困惑しているため確証はないのだが。
「(……え゛!? なんで無事なんだ俺!?)」
自分が何故助かったのかはシュトルム自身にも不明だった。焼け痛む右肩を抑えて身体を見回し、身体中を巡っている活力にホッと一息つく余裕もない。自分の掌を呆然と見つめ、摩訶不思議な出来事にカイル以上に疑問を持っていた。
更にあれだけ疲労困憊であったというのに、今は疲れが和らいでいるということも気になる。意識が混濁しかける程辛かったはずなのに、魔力も底をつく寸前から安全圏まで回復している。
何が起こったのかと二人の共通の疑問は絶えない。
『だい、じょぶ……? ベアラー……』
シュトルムの耳にだけ、小さく弱弱しい子どもの声が届く。
心配そうな声はこれまでの人生でどれくらい聞いたか分からない。だが、確実に言えることは自分が危ない場面に遭った時必ず聞こえていた言葉であったということだ。
「もしかして、お前らが助けてくれたのか……?」
『うん』
小さな精霊達がシュトルムを心配して見下ろしていたのだ。見上げて精霊達を見るシュトルムの目には安堵の色が見え、一瞬だけ大の大人のシュトルムの方が子どもの顔になったように見える。
疑問の答えはすぐ傍にあった。身近でとても親しい存在こそが、自分が無事でいられた理由であったのだとシュトルムはすぐに悟る。
『ごめんね、ベアラー。怖くって……助けるの、遅くなった……』
『ゴメン、ゴメン……アイツこわくて……! ゴメンなさい』
「な、何言ってんだよ。助けてくれたろ?」
『恐い、アイツ嫌……。でも、ベアラー傷つくのもっと嫌ぁ……』
『助けるぅ……だからお願い、元気出してぇ……』
「ぁ……」
こうしている間にまた、身体に魔力が満ちていくのをシュトルムは感じた。通常ならただ出ていくだけの魔力が逆に入って来るという感覚は心地良く、例えるなら失った血液が輸血されることに近い。
精霊達との会話が成立しないことに当初困り顔にされたものの、精霊達が泣きそうに口々に言うのは自分の安否についてが殆どだった。そしてアレクという自分達を脅かす存在に怯えて手助けになれなかったことをひたすらに謝ってくる態度は、シュトルムに無力感を芽生えさせてしまう。
「(怖いって言ってたのにコイツら我慢して……。お前らが頑張ってくれてんのに俺は……)」
精霊の性格は子どもそのもののようなものである。悪いことをしでかして叱られるならまだしも、その精霊が何の非もない状況で一方的に罪を被って謝ってくるとはどういうことだろうか。そんなものは間違っているとしかシュトルムには考えられなかった。
自分は精霊達に何かしてやれたのではないか? セシルがアレクと戦っているのをいいことに問題を任せっきりにし、自分勝手なことしかしていなかったのではないか? 心配する気持ちを蔑ろにして周りが見えていなかったことがシュトルムは悔しかったと同時に情けなく感じてしまう。
遅ればせながら精霊達を少しでも安心させるべく、シュトルムは一人ずつ顔を伏せながら自分の身体に触れさせ落ち着かせる。シュトルムの傍にいると幾分かアレクへの恐れが和らぐらしく、精霊はそのままピタッとくっついて離れようとしなくなったが。
「精霊か? ――ああなるほど。『マグナブレイズ』でなんでお前が無事なのか分からなかったけどよ、例の『魔滅』の力で吸収されたのか。『覚醒』もなしにそれが使えるなんて思わなかったぞ」
「(はぁ? 『魔滅』? 何言ってんだカイルのやつ……)」
シュトルムの独り言に精霊と会話をしていると察したカイルが納得した顔になるが、シュトルムはカイルの言う『魔滅』の意味が全く分からなかった。幸いにもカイルはシュトルムの内心を察することはなかったようで、興味が向いたのかそのまま話を続けていく。
「俺の目論見じゃお前の後はアンリを確保して終了って流れだったんだが、よくもまぁ昨日といい今日といい色々掻き回してくれるもんだ」
「昨日……?」
「シュトルム、やっぱお前は生きてなきゃいけねぇな。アイツとジークにあれだけ影響力を与えられる奴は中々いねぇよ。流石けn――っと。空気、変わったな……」
急に周囲一帯の空気が張り詰めカイルが喋るのを中断する。
恐らくはもう少しで興味深い話になりそうなところにとある邪魔が入ったのだ。それはカイルのみならずシュトルムも肌で感じていることで、禍々しい空気に気を取られてしまう。
『『『『ッ――!!!』』』』
シュトルム一人にだけ、声にならない威嚇する声が聞こえる。
この張り詰めた空気の正体は、集まった精霊達の怒りが生み出したものであった。
『うるさい……うるさいうるさいうるさい!』
『ベアラー混乱する! やめろ!』
「(な、なんだ、これ……!?)」
子ども声での激しい口調にも度肝を抜かれるシュトルムであったが、それ以上にこれ程にまで激昂した精霊達など見たこともなかったためそこに一番驚愕していた。
怒りの感情が作り出す空間は忌避感を直接心に訴えてくるようであり、人の本能を刺激し逃げ出したい衝動を呼び起こす。無論シュトルムも例外ではなく、逃げられる状況であったのならどんな行動に出ていたのかは分からない程だった。
『アイツ許さない。ベアラー傷つける奴……!』
『ベアラー一緒なら頑張る……! アイツ倒す……!』
『倒す違う。アイツ殺す……!』
『排除……!』
「ちょっ、お前ら……落ち着け……っ……!」
『やだ!』
『無理!』
自分もギリギリ踏みとどまるのがやっとの中殺気立つ精霊達に制止を呼びかけても一向に止まる気配はない。精霊達がシュトルムの声に耳を傾ける兆しすらない状態は、まるで力が暴走しているかのようだ。
「(大方、精霊の方が俺に殺意でも持ってるって感じか?)」
『『『『消す――!』』』』
「「っ――!?」」
シュトルムに纏わりついた精霊達が示し合わせていたように一斉に叫ぶと、カイルの真横を何かが猛烈な勢いで通り過ぎた。
その場にいながら全く反応できなかったのは余りにも唐突だったからか……。シュトルムとカイルは石像のように固まって動かない。唯一動いているのは服と髪の毛くらいであり、それもただ爆風に弄ばれ音を立て荒ぶっているだけだ。
「これって……!?」
「(オイオイ、精霊達が自発的に直接干渉できんのかよ……!?)」
シュトルムはただ目の前を、カイルはゆっくりと後ろを振り向いて今の何かを確認する。カイルがゆっくりとした挙動なのはわざとでもなく自然と出た挙動で、それだけカイルが今平常心ではいられなくなっていることを示している。
二人の思うことに多少の違いはあれ、共通の認識としては誰の指示もなく精霊が勝手に攻撃したということにある。
元来精霊は普通人には見ることが出来ず存在も感じられない存在として語られてきた。そして精霊も人に悟られることがないように人の世界に干渉することは良しとせず、お互いの生きる場所を同じくしながら関わり合うことがない関係をこれまで保ってきていたという歴史があるのだ。
精霊を使役する特別な力である【精霊師】とは精霊に人の世界に干渉することを許可する門番のようなものであり、精霊達は【精霊師】の命令という名の許可を持って初めて干渉を許されるのだ。
ただ、そのはずなのだが今の精霊達の行動はその決まり事からはみ出している。シュトルムの許可も無しに干渉してきたというのは有り得ないことであり、これが当てはまるとしたら世界は精霊達のしでかす現象に苛まされるも同然である。
――今現に引き起こしてしまった事実達は言い逃れを許さないだろう。
「お前の詳しい力はこっちでも把握しきれてないし仕方ないっちゃ仕方ねぇが……マジかよ……」
後ろを振り返り、放出された力がどんな威力であったかを確認したカイルは、今日初めて顔を僅かに引き攣らせた。
精霊ならば各属性に見合う効果を持っていると考えるのが普通だ。火の精霊ならば火を伴う結果、水の精霊ならば水を伴う結果といった具合に。
しかし、今精霊達が放った力はカイルの知る結果とは大きく異なっていた。勿論シュトルムも同じことを考えている。
燃えもせず、濡れも凍りもしないどころか切り刻まれもしていない。力の直撃した場所は、そこにあった物質をゴッソリと崩壊させ、木々や石、地面さえも関係なくそこにあったものが歪にも消え残っているのだ。
大した音もないままに起こった光景は嵐が過ぎ去ったなどという表現の使いようもない。筆舌し難いとはこのことである。
「(土壇場で新たな力に目覚めたのか? それとももしこれが『力』に触れた影響だったとしたら、ヒナギの方にも可能性があるんじゃ……。――マスターも危ねぇかもしんねぇな)」
カイルはこことは違う持ち場を任されている者を心配しながら、今目の前に現れた脅威に対抗すべく抱えていた魔導銃を虚空の彼方へと収納する。
「参ったよ……手ぇ抜いたら間違いなく殺されるな。言うこと聞かない子どもとかやりにくいったらねぇぞ」
「(また無詠唱! しかもやっぱ無属性持ちなのか!)」
カイルが再び無詠唱で魔法を……『アイテムボックス』を使用したかと思うと、今度は新たな銃が姿を覗かせカイルの手に握られる。やはり無詠唱が使えることに疑問はあったものの、自分を追い詰めた得物を変えて次に何を持ち出すのかも気になるところだったのだ。そちらに注意を取られてしまう。
「(二丁……? 随分小せぇ)」
精霊達への対抗として取り出したカイルの武器はまたも銃。黒と銀の二色の光沢が特徴的な、両手で銃身を抱えていた先程までとは対極的な拳銃程度の大きさの魔導銃であった。
そのサイズの銃を両手に持つ二丁スタイルは身軽さを重視したスタイルであることは明白だろう。拳銃を握ったまま腕を自然に動かす動作には無理が全く見られない。
「はぁ~……ホントにもう一人こっちに回して欲しかったぜ。じゃなきゃコイツを使わなくて済んだってのに」
カイルは垂らしていた右腕を気だるげに振り上げ、シュトルムらへと銃口を一つ向ける。一見溜息を吐いて面倒臭そうな仕草に見えなくもないが、据わった目は既に先の動揺を感じさせない。銃口と揃ってシュトルム達を静かに見つめている。
『無駄……! これで終わり!』
――ただ、カイルが銃口を向けたのは、脅威である精霊達に早く対処しようと考えての行動ではない。
何故なら既に精霊達もシュトルムの意思に関係なくカイルに向かって先程の力を準備しているようで、基本属性である火・水・風・土色の濃縮された魔力が融合を開始していたからである。
宙に浮かぶ四つの色が光の帯となって織り込まれ、編み込まれ、重なり合う。そこから生まれる色合いは常識に当てはまらず灰色だが、抑えきれずに漏れ出ていく微かな魔力はそれぞれの属性の色を帯びている。
この灰色の力に看過できない危険を感じたカイルは、そのために銃口を向けていたのであった。目の前で膨れ上がっていく力は全てが自分を消すためのものであると理解して。
「これで本当に終わりかどうか試してみっか? この銃とお前らの力とどっちが強いか。受けて立ってやるよ」
相手はシュトルムから精霊達へと変わった――。
物質が崩壊した力に真っ向からぶつかる表明をするカイルに精霊達が遠慮なく放つ力が迫りくる。カイルもまた右手の銃の引き金を引き、遠慮なく弾を撃ち出すのであった。
※7/12追記
次回更新は金曜です。
更新は夜になります。




