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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
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332話 頂点の衝突①(別視点)

 



「……」


 セシルの天使の翼が静かに光を帯び変化が起こる。ナナにも劣らぬと思える程の白い輝きを放ち始め、限界まで光が強まると二つの輝きを六つへと枝分かれさせていく。

 やがて輝きが収まると、セシルの背中に生える二つの羽には目に見える形で大きな変化が表れる。大きさを元よりもややコンパクトに抑え、翼が六枚の羽へと増えていたのだ。


「セシル嬢ちゃん……翼が……!」

「……一応奥の手ってやつかな。この子はそれくらい強そうだから。ツカサ達程じゃないけど、もう私も周りを巻き込まないで戦う自信はあんまりない」


 驚くシュトルムにセシルはそう伝えると、自分達の敵の反応を伺う。自分の今の姿を見てどう思っているのか? 味方以上に意識をそちらへと向けているようだった。


「すげぇな……見ろよカイルさん、神気が迸ってやがんぞ……!」

「分かってるっての。まるでマスター見てるみてぇだな」

「(マスター? 誰?)」


 セシルからは今神気溢れる力が滲み出ている。それはジークのようなオーラみたいでもあってそうではない雰囲気のような……非常に形容し難いものである。そもそも神気を纏う者など現代には存在しないためこれが理解できているだけで異常である。カイルの口にしたマスターなる存在がセシルは気になった。


「それがアンタの本気か……! 『セラフィム』だって聞いてっけどよ」

「っ! なんで私が『セラフィム』だって知ってるの? ――いや、『セラフィム』をなんで知って……」

「おっと失言だったか。ま、今のは忘れてくれ」

「それも含めて色々ジークには聞く必要があるみたいだね……!」


 うっかり必要のないことを口にしてしまったのだろう。口が滑ったことを流そうとしたアレクであったが、セシルの気迫を更に高めてしまったらしい。最早どちらが標的を狙いに来たのか分からない程セシルもアレクを目の敵にしてしまう。


『ベ、ベアラ~……アイツ嫌ぁ……! 見たくないぃ~……!』

『お、お家帰るぅ~……!』

「アイツを怖がってんのか? お前ら……」


 今まで恐怖に怯えて声すら発さなかった精霊達の声がシュトルムへとようやく届く。精霊達が怯えていた原因はどうやらアレクの存在であるらしく、精霊達からはアレクを見ることすら躊躇われているようだった。

 必死に伝えようとする姿に鬼気迫るものを感じ、シュトルムにとっても死活問題であるため決して見過ごせない情報であった。


「【精霊師】がいるからなのか? 俺がいても会話出来んのかよ」

「っ!? オイ兄ちゃん、そいつはどういう意味だ? コイツらに一体何をしたんだ!」


 本来なら見えず聞こえずの存在と話しているシュトルムを精霊と会話をしていると察したのだろう。アレクがシュトルムの方に視線を向けて会話に混ざり込む。セシルを前にしてそんな真似ができるのは余裕の証明とも取れそうである。


「俺は何もしてはない――けど俺は生まれた時から世界から精霊に嫌われる呪いを掛けられてるみたいでな。精霊は俺に何の関与もしようとしないんだ」

「なにっ!? 呪いだと……!?」


 かつて自分がクローディアを守るために精霊の怒りを買ったことのあるシュトルムも呪いを掛けられたことがある。精霊を使役する力の減退と自身の能力の衰退だ。司によって偶然にも解放されることになったが、呪いなどと嘘くさいことが現実に存在することを身を持っているシュトルムにはこの発言が嘘くさいものではなく感じられた。しかも同じ精霊関連なら尚更だ。


「これが俺の日常だから今更どうでもいいんだけどな、ガキん時から毎日怯えた目で見られる日々は結構くるもんがあったぜ? 俺が何をしたよってな。他の連中みたいに見えねーなら良かったのに見えちまうしよ」

「兄ちゃん、精霊が見えてんのか……。しかも生まれた時からって……嘘、だろ……?」


 自分やハイリ達の【精霊師】の力を持たずして精霊を見ることのできる者がいたことに驚くシュトルムは、これまでの精霊達と接してきた思い出を振り返る。

 精霊に恐れられたことなど一度もない。呪いを掛けられた後でさえ、いつもわいわい騒いでは話しかけ、時々悪戯をして叱る日々はどちらかというと楽しかったのだ。それは一時期自信を喪失していたシュトルムの励ましにもなり、今後も向上心を忘れないようにするきっかけともなった過去がある。

 また自分の危機には何も言わずとも助けに入ろうとし、自分以外の見えていない者達に対しても手助けを少なからずするような優しき存在……それが精霊なのだと考えていたし思っていた。


 その精霊から、何もせずとも恐れられ嫌われる。生まれた時から常に嫌われる日々というのはどれだけの苦痛だろうか? シュトルムは想像したくもなかった。

 生まれた時からというのがシュトルムとは経緯そのものが違うわけだが、自分のように罪を償うための呪いが重いものであるのはまだ納得できる。しかし生まれただけで呪いを受けるのは納得などできるものではない。今アレクが言ったように何もしていないのだから当然だ。


 敵ではあるがシュトルムはアレクに今心底同情していた。そして自分の境遇が今非常に申し訳なく思えてしまうくらいに。


「でもこの最悪な呪いってのも捨てたもんじゃなかったけどな。今こうしてシュバルトゥム殿下……アンタの力を封じられてんだから。初めて今はこの力に感謝してるよ」

「……だろうな。俺ら以外じゃ全く意味もない力か。俺の天敵だな、お前さんは……」


 アレク自身も嫌っているマイナスの利点しかないその特性は、シュトルムの前ではいかんなくプラスに働いてしまっているようだった。二人はそれを認め合い、シュトルムはどうしたものかと考えていると――。




「シュトルムとは対照的な力か。……だったら君を潰せばそれって解除されるのかな?」




 無表情でセシルは物騒な発言をすると、掌から生み出した光の矢を弓へと添えてアレクに向ける。シュトルム同様に同情してはいるのだろうが、そんなものは関係ないようであった。


「さぁな。どうしても知りたいなら俺を殺して確認してみりゃいい」


 構えている最中ならまだしもこうして既に動作が完了してしまっては銃口を向けられているのと変わらない。それだというのにセシルが構えるのを止めずに眺めているだけ……結果命を握られているに等しいアレクが未だに落ち着きを見せている様には、セシルはアレクが確実に強者である考えが間違っていなかったのだと確信を得る。


「……つってもそう簡単にはやられるつもりはねぇんだけどな。じゃなきゃアンタの相手を買って出たりなんてしない」

「ん、いい度胸してる」


 これまで殺気を向けられてはいても敵意しか放っていなかったアレクだが、そのアレクから殺気ではなく凄まじい闘志がむき出しにされる。セシルが殺気を放出しているのに対し、アレクの闘志は立ち昇るかのようである。


「セシルさん……駄目……っ! こ、こんなの絶対、おかしい……! 何かの間違いですよっ!」


 二人を止める機会はここが最後だとアンリは考えたのかもしれない。セシルの殺気と神気で上手く発声できない状態を想いだけで振り切り、掠れ声で必死に叫ぶ。

 セシルに友人を殺して欲しくはない。アレクをセシルに殺されたくない。どちらも守りたい一心で。


「だとしてもだよ。間違いで最悪の結果になったら何の意味もなくなる。もう私は、リオールみたいな惨劇を起こす可能性があるなら絶対に嫌」


 しかしそのアンリの声は結局セシルには届きはしているものの、受け入れられるものではないようであったが。

 セシルはリオールの民達が絶望して嘆く心を散々見てしまっているのだ。ただでさえ凄惨な光景が広がっていたというのに、更にこれ以上ない程の悲しみを覗いてしまった。その時の覚悟が、セシルをここまで踏み出させてしまっている。


 もう、止まれはしないのだ。




「そこ退いてよ」

「断る」


 セシルが弓矢を構えたまま警告するも当然アレクは断る。


「……退きなさい」

「絶対にアンタだけは(・・・・・・)通すなと言われてる。……諦めてくれ」

「……うん、これが最後の忠告。――退け!」

「断る!」


 交渉は決裂した。始めから結果など分かってはいたようなものだが、お互いに相手の機を伺う程度の考えはあったのだろう。


「『ピアスショット』」


 セシルの抑えつけていた矢が、勢いよく解放される。指を離したが最後、鋭い光を放つ矢は軌跡すら残さない光線となってアレクの心臓を目掛けて放たれる。




「「っ!?」」




 ――はずだった。


 至近距離かつ高速度であるというのに、アレクがセシルの放った矢を躱して見せたのである。上体を横にズラして躱したそれは最早常人の速度を超えており、本来なら躱せるものではなかった。

 セシルが驚愕した反応を見せるのは普通であるが、躱した当のアレクもまた驚きを隠せなかった様子なのは想像以上に速い矢であったことに対しである。

 ただ、次の動きのために二人のその驚きもすぐに切り替わる。


「『マルチストーム』!」

「うぉあ……っと!?」


 今度は先程よりも野太い矢をセシルは射った。放たれた直後に分裂して矢の群れと化し、広範囲を覆い尽くしてアレクを襲う。


 アレクは矢の群れは流石に躱しきれないと判断したらしく、大斧をまるでナイフを扱うかの如く素早く薙いで斬って捨てて凌いだ。そしてすぐにセシルが眼前から消えていることに気が付き咄嗟に上を向く。


「終わり――『魔の烙印よ 罪を刻め』」


 アレクの眼前には、頭上から既に矢を構えたセシルがいた。器用に三本の矢を指の間に挟み込み、同時に射ようとしている瞬間だった。息をつく間もないとはまさにこのことである。

 限界まで弦を引いて獲物を捕らえたセシルが射る矢はまた大きさが別物であり、今度は光ではなく闇へと色を染め上げる。


「『デビルズアロー』!」

「っ……!」


 光とは違って闇を軌跡に残した『デビルズアロー』は、矢とは思えない破砕音を立てアレクに頭上から直撃する。三連打のあまりの高威力に辺りに砂塵が舞い、漆黒の矢も役目を終えて霧散すると砂塵に混ざり込んでいく。


 砂塵に伴って生まれた爆風により、セシルの深く被るフードがふわりと持ち上げられセシルの素顔を完全に晒す。長い金髪を後ろにをたなびかせて弓を構える様は特徴だけ掴めば戦う聖女のようでもあった。

 眠たそうな目など微塵もしていない据わった目つきに加え、纏っている雰囲気も普段とはまるで違う。居合わせただけでかしづきたくなる強制力が働きそうな存在としてそこに立っていた。


「アレクッ!!!」


 今の攻防は早すぎてアンリには思考すら追い付けない程だった。遅れて事態を理解し、アレクのいた地点目掛けて悲痛な叫び声をあげる。

 セシルが放った攻撃が語る威力など惨状を見れば自ずと理解できてしまう。まともにくらわなくても無事では済まされないはずだと。


「頭上からの攻撃は師匠を思い出すぜ」

「っ!」


 アンリの期待に応えたように、砂塵の中からはアレクの声が。

 砂塵が落ち着きを見せると、そこには漆黒の矢を一本手で掴み取っているアレクが大斧を肩に担いで佇んでいた。身体に外傷は見当たらず、健全な状態のままに。


「おかしいと思ったんだ……ちょっと砂塵に紛れる黒色が少なかったから」

「こっちからしたらそれでもやりすぎだって言いたいけどな。……高速の矢で当たらないと分かるや即座に乱れ打ち。そんで俺の意識を一瞬逸らして止めの一撃ってところか……動きだけじゃなくて頭の回転も早すぎるだろ」

「無傷の君に言われたくない。最初躱された時のあれは見てからの反応じゃなかった。事前に察知してたよね?」

「……ジークさん程じゃないが俺も察知には長けてるらしいんでな。ほぼ直感で動いただけだ。多分、動いてなかったら危なかったな」


 アレクが掴んでいた矢を放ると、矢は霧散して景色に溶け込んで消えていく。


「うっは……! セシル、お前ヤベェな。少し前までならツカサよりも強かったんじゃないのか? 今のアレクを相手にここまでかよ……!」

「と、とんでもねー……」


 脇で傍観していたカイルがセシルの実力に称賛を浴びせている。勿論カイルだけでなくシュトルムもであり、セシルが味方で本当に良かったと思う程であった。




 ――だが、セシルとアレクにはその声は聞こえてはいなかったらしい。


「「っ!」」


 目まぐるしい速度でセシルとアレクがこの地帯を戦場として駆け巡った。右で音が聞こえたかと思えば次には左から音が聞こえてくる。音と景色の動きが一致しない二人の戦いが本格的に開始されたのである。




「ふっ……! オラァッ!!!」

「つっ……!」


 アレクが大斧を振るえば地が削られ唸りを上げる。

 セシルが矢を射れば空気を震わし音を奏でる。


 一挙一動が例を見ぬ最高レベルの戦いについていける者はこの場はおろか、世界にすら殆どいない。歴史に刻まれてもおかしくはなかった。




 ◆◆◆




「(チマチマやられてたら埒が明かねぇなこりゃ……。疲れた様子もねぇしホントとんでもねぇや……流石師匠の仲間だ)」


 高速で地を駆けてセシルの矢を躱していたアレクだが、遠距離と近距離では相性が悪すぎると感じていた。躱しながらセシルの攻撃を観察していたが、セシルが生み出す矢の威力はとてつもない威力を誇っている。威力もさることながら矢の速度と連射速度も異常に高く、決して躱しきれないことはないが意識を少しでも逸らせばすぐにでも被弾してしまうだろう。紙一重の状態にギリギリ至らないようなものだったのだ。


 一応攻撃が当たってしまったところで軽傷程度で一撃で死ぬことはないだろう。軽傷程度ならば甘んじて受け入れて懐に潜り込む考えもありはする。ただ、その軽傷がセシル相手では死に直結してしまう可能性が高いとも考えているのだ。


 恐らく軽傷を受ける覚悟で突っ込めば軽傷では済まされない。そんな自己犠牲の考えで突っ込む無謀な策がセシルに通じるとは微塵も思わなかったのだ。自分を殺す気でいるはずのセシルが単調でこんな生易しい攻撃ばかりしかけてくるのもおかしいため、事前情報も含め違和感しかなかった。




 恐らくセシルは狙っているのだ。アレクが迫って来るのを。

 遠距離主体の者が近距離を得意とする者に接近されること、それは即ち死に繋がることである。だからこそそこに狙い目があるのだ。


 油断は心の油断から始まり身体へと現れる。今セシルが繰り出す少し甘い攻撃はその布石……近づけると思い込まされた油断がセシルの思う壺であると。




「(なら、敢えて乗ってやろうじゃねぇか!)」


 しかし、だからこそアレクはそれに乗る。向こうが接近させようと思わないタイミングで近づくことで逆に裏をかくために。そこからのアレクの行動に移すまでは早かった。


 セシルから並行して動いていた動きから一転し、セシル目掛けて接近する点の動きへと急遽変更したのだ。


「っ!?」


 セシルもここで向かわれてくるとは思わなかったのか挙動が一瞬乱れている。そこをアレクは見逃さない。自分の策に逆に嵌まったと……好機を確信し迷いなく突き進む。

 思わぬアレクの行動にほんの僅かに乱れされたセシルの矢の雨。元々最小の回避で掻い潜っていく予定だったアレクにそれは好都合で、本来なら近づけば近づく程にセシルの放つ矢を見てから回避するまでも短くなるため一瞬の判断をより要求されていくはずだった。だがセシルの焦りも加速させていくことになったため、逆に近づけば近づく程に矢は乱れて回避は容易くなっていく方式が出来上がっていたらしい。


 瞬く間にセシルの懐までアレクが到達する。


「(もらった!)」


 全速力で近寄った姿勢は既に低く、アレクの身長がセシルと同じ高さまで下げられている。近距離の大斧を下から振り上げればセシルに間違いなく致命傷を与えられるだろう。アレクの膂力と得物の重量から繰り出される重撃がセシルを襲うが、未だにセシルは弓を構えたままだ。アレクは内心では勝利を確信した。




 ――その時だった。セシルの顔が焦りから笑みへと変わったのは。




「(なっ!?)」




 逆だったのだ。セシルはアレクの策に逆に嵌められてなどいなかった。このセシルの笑みは勝利を確信した笑みだとアレクは悟り、裏をかいたつもりがそれすらも読まれていたのだと。

 全てはセシルの演技であり、盤上を転がすように掌の上であったことが分かり、今この瞬間がセシルに対する恐れを一番抱く時間となった。


 遠距離は近距離に弱い図式など、それはあくまで殆どの者が当てはまるだけにすぎなかった。大方近距離に特化した能力に秀でないから遠距離を取らざるを得ない者が多いだけなのだから。

 だが、セシルは違う。セシルの能力は全てが規格外に到達しているのである。近距離も遠距離も最早関係なく、遠距離を取っているのは本人がそのスタイルに慣れ親しんでいるからというだけなのだ。



 アレクには時が過ぎるのが遅く感じてしまう程だった。ゆっくりと……もう既に動き始めてしまっている自分の腕は途中では止まらないのを見ることしかできない。思考も間に合わず、仮に間に合ったところで腕の抑制に至ることはない。そのままアレクの大斧がセシルへと無謀にも吸い込まれてしまっていく。


「『聖の刻印よ 我を守護する盾となれ』」


 セシルは小さく口ずさむと、そのか細い手を向かってくる大斧へと自ら差し向ける。胴体よりも先に手が切り落とされそうになった瞬間、アレクとセシルに割って入る光の壁が即座に形成され、アレクの大斧を易々と受け止めては防ぐ。


「(守りの……法術……!?)」


 アレクが大きく振りかぶった攻撃の威力は出現した光の壁に吸収され、残った分のエネルギーはアレクの腕に直接返還されると腕を芯から撃ち震わせて隙を作った。そのまま固い壁に棒を叩きつけた時の反動が身体を仰け反らせてしまうような姿勢になる頃には、既に構えを終えたセシルが笑みを止めて真顔で目と鼻の先にいる。


「今度こそ――!」

「(ヤッベ……!?)」


 今度こそ外しはしない。先程の近距離で躱されてしまうならば今度は眼前であるゼロ距離からである。セシルが先制した時に繰り出した最速の攻撃が眼前で繰り出される。




「『ピアスショット』!」




 一点集中の貫通性能に長けたセシルの技が近距離で炸裂する。殺すことを躊躇していない殺意の込められた一撃である。確かに炸裂したことを示すように耳にはつんざくような音が届き、音の大きさが耳を傷めつけた。




 ――ただ、音は鈍い音ではなく、大きな金属音であったが。




「なん、で……!?」

「っ~~!!! あっぶ……!?」


 セシルの最初の感想は、信じられないだった。


 アレクが踏み堪えた跡が二本の線となって地面に残り、砂利音が止まった。

 セシルの放った矢は重力に逆らい空中で止まっていたのだ。正確にはアレクによって受け止められていた。――矢を鎖の輪の間に食い込ませることによって。


 態勢を整える間もないアレクが取れた唯一の防御手段だったのか、アレクは仰け反った身体で大斧に巻き付けられていた鎖を器用にも使ったのだ。

 本人がこれを狙って行えたかは不明だが、セシルにはアレクの理解不能な域なまでの恐るべき実力として伝わったのだろう。アレクが硬直して動けない状況で追撃をできる距離と好機を前にしているのに、動きを完全に止めてしまう程の衝撃を受けていた。


「(嘘でしょ……!? こんな近距離で狙ってできることじゃない! こんなの……人の反応速度を超えてる……!?)」

「(し、死ぬとこだった……!? 自分の直感に感謝……!)」


 セシルが今アレクの心を読めていたなら、これほどの衝撃を受けることもなく緩和されていたのかもしれない。少なくともアレクはその時点でもう生きてはいなかっただろう。


「ハッ、ハッ、ハッ……! ハァ~……生きた心地がしねぇ……! これも、変化の一つってことか。ハハ……言ってた通りだセシルさん。アンタは間違いなく、異世界人がいなけりゃこの世界でも有数の実力者だ。いや、頂点だったかもしんねぇ……!」


 大きく跳躍して一旦距離を取り、乱れた呼吸を整えつつ語るアレクの頬には、大量の汗が溢れ出している。猛烈なスピードで動き回っても出てこなかった汗は強靭なスタミナがあろうと心の疲弊には対応していないらしく、ようやく戦闘をしているらしい姿になった。


「っ……私の千年の人生を甘く見ないことだね。君とは積み上げてきた経験の差が違うの」

「千年の人生か……。その言葉、そっくり返させてもらうぜ。俺も千年の重みを背負った人の代役としてこの場を任されてんだ。……こっからは後先考えずいく。代役とはいえその力を舐めないことだ」

「うん、そうさせてもらうよ……!」


 仕切り直し、再び武器を構えて睨み合う二人。




 お互いの頬には、嫌な汗が同時に滲み出た。


次回更新は割と早めを頑張ります。


※7/5追記

次回更新は金曜です。

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