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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
333/531

331話 離反②(別視点)

「ジーク――っ!?」

「……悪ぃけどジークさんの邪魔はさせねーぞ」


 ジークを追おうとしたセシルのすぐ足元が大きく割れる。行く手を阻むために大斧がアレクから投合されたのだ。慣性を失って柄から長く伸びる鎖が地面へと横たわる。


「……一体なんの真似?」

「アンタらにはこれ以上動いてもらっちゃ困るんでな。向こうと合流させるわけにはいかない。こっちはその邪魔をしにきてんだ」


 静かに、今の真似はなんだと訪ねるセシルの声は冷たい。それを意に介さずアレクは無神経なまでに淡々と答えるのみであった。


「アレク! 何するの!」

「……」

「っ、答えてよ!」


 アレクの言動に対して当然アンリが叫ぶが、アレクは気にしたふりをしつつその声を無視する。それによりアンリの反感を更に買うことになったようで、アンリの声が一層強まることになった。


 アレクは意識が自分達に向けられたことを確認してから大斧を鎖で手元に手繰り寄せると、騒ぐアンリと他の二人に切っ先を向けながら言い放つ。


「簡単に言う。要はお前らの敵だ」


 これがアレクの答えであった。


「オイオイ、イカツイ見た目の兄ちゃんや。それがどういうことか説明はしてくれんのか? アンリ嬢ちゃんの友達でもやっていいことと悪いことがあるぜ?」

「……」


 言葉通りそれ以上多く答えることはない。黙りを決め込んだのかただ面倒になったのかは不明だが、シュトルムはそれなら……とさっさと次へと移っていく。


「それとカイル、なんでお前さんがここにいる?」

「ん? そりゃ俺もアレクと同じ用件があるからだよ。対象はお前達のな……」

「っ……」


 シュトルムの睨みながらの質問に対し不敵な笑みを浮かべ、カイルもアレク同様に自身の持つ武器をセシル達へと向ける。これまでに見たこともない極めて珍しい大型の魔導銃は、アレクの武器と並ぶことでとてつもない巨圧を感じさせる。

 少なくとも、敵意を自分達は向けられていることだけはシュトルムは悟った。


「――カイル! 一応気を付けろよ! 旦那の奴マジ強くなってっからよ!」

「知ってるっての! なんとかするから早く行けって!」


 遠ざかっていくジークは振り返りながらそう叫ぶと、カイルの言葉に頷いて瞬く間にこの場から消え去った。

 ジークの速度に追いつける者などここには誰一人としていはしない。だが指を加えて見ているわけもなかった。


「くっ!?」

「セシルさん、アンタは俺が相手だ」


 しかし当然、動こうとしたセシルの前にはアレクが立ち塞がる。何がなんでも通さない。その巨体を壁にしてセシルの行く手を無理矢理阻んだのだ。

 二人の身長の差は著しく、セシルにとっては文字通り壁に見えていることだろう。


「セシル嬢ちゃん! ――ちぃっ!」

「おっとシュトルム、アンタの相手は俺が務めさせてもらうぜ。余所見してる暇はねーぞ?」


 ――乾いた短い音が、小気味良く空気を震わした。


 セシルの助けに入ろうとしたシュトルムもまた、今度はカイルによって邪魔されてしまう。

 シュトルムの足元には大きな弾痕のような跡が残されており、カイルの持つ魔導銃の砲口から立ち昇る硝煙から察するに弾丸を撃ち込まれたようである。その証拠に、カイルの魔導銃からは鉛弾が勢いよく飛び出して地面へと転がった。


「シュトルムさん! セシルさん!」

「大丈夫だ!」

「ん、こっちも……!」


 自分達を心配するアンリにそれぞれ力強く答え、相対した者達を強く睨む二人。

 二人にとってアレクはともかくとして、カイルは司とヒナギの一件で協力しあった仲である。他にも日常的に冒険者稼業で仲良くやっていた間柄でもあり、できればこんな敵意を向けることも向けられることもなければ良かった。


 しかし、絶対確実に遂行しなければならないセシル達の作戦を狂わす存在となって立ち塞がれてしまっては答えなど出ていたようなものだったのも事実。苛立ち、苦悩、戸惑い、悲壮――様々な葛藤を抱えずにはいられなかった。


「そんなに睨まんでも大人しくしてくれさえすれば何もしないんだけどな」

「ん、そんなこと言われても信用ならない」

「……だろうな。アンタ達を取り巻く環境を考えたら当たり前だし、元々そういう人達の集まりだ。身内でもなんでもない俺風情が理由も話さずに黙って従ってくれるなんざ思っちゃいないさ」

「じゃあ理由教えてくれるの?」

「言えないな」

「なら話にならない。というか、理由はともかく二人共まさか『ノヴァ』側の……?」

「さてどうだろうね。『ノヴァ』じゃないけど『ノヴァ』とも言えなくもない」

「え……?」


 のらりくらりとするアレクと対話をするセシル。意味ありげかつ肯定とも取れ否定とも取れる曖昧な返事が更にセシル達を混乱させていく。

 特にアンリには『ノヴァ』という発言が強烈で、アレクがいたことによって受けた衝撃が段違いに大きかったようだ。呆けたように動きを止めてしまう。


「欲を言えばあと一人くらいはこっちに人を回して欲しかったけどなー。……でも生憎こっちもそっちと一緒で人手不足なんだわ」

「人手不足――っ!? くっ……カイル……!? うぉっ!?」


 セシル達のことはよく知っている風な口振りにシュトルムが不公平な感情を抱きそうになっていると、事態は急に動き出す。

 突如先制を仕掛けたカイルの最初の動きは、まさかの接近攻撃であった。構えていた魔導銃を肩にぶら下げたかと思えば、疾風の如くシュトルムの目の前へと移動し回し蹴りを繰り出したのだ。

 シュトルムも銃を向けられている中で間合いを詰められるとは思ってもおらず、咄嗟に腕で防がぜるを得なかった。ダメージこそ大してないもののバランスを崩して少し吹き飛ばされてしまう。


「だから悪いことは言わねぇ。できればそのまま時間が過ぎるのを待っててくれよ。そうすりゃこんな真似する必要もなくなる」

「っ……!?」


 驚愕してカイルを見つめるシュトルムがいる一方で、これが普通だと言わんばかりの余裕を見せるカイルの顔は涼しい。今の一撃の重みと洗練された動き、そして何よりもカイルの涼しい顔が何を匂わせてくるのかを直感的に理解してしまったがためにシュトルムの心臓は警鐘を鳴らし鼓動が早まっていく。


「それでもジークの奴を追いたいなら――」

「「「っ!?」」」


 シュトルムの警鐘に追い打ちを掛けるように、カイルは今度は威嚇射撃のつもりなのか銃を両手で構えると辺り一面に乱射する。銃の乱射音が強烈に耳を叩きこまれ胸をも震わす程であり、三人には見聞きしているだけでも攻撃されているような気分を感じるくらいだった。




「俺とアレクを倒していくことだ。それがお前等にできるって言うならな……」




 銃声が鳴り止んでカイルが言う頃には、銃弾はシュトルム達を躱して周りに生い茂っていた木々を粉砕し尽くし凄惨な光景を作り上げる程であった。自然でできた閉鎖的な空間は姿を失くし、見渡しの良い開けた場所へと姿を変えてしまっていた。

 考えるまでもなく凄まじい威力が想像できてしまう上にそれに加えて先程のカイルの動きはセシル達の知るカイルの実力とは程遠い。完全に自分達の知っているカイルとは別人の域に達しているとしか思えなかった。


「……銃を使う冒険者がいるのは知ってたけど、実用段階には程遠いって聞いてたけど?」


 セシルが驚きながらも冷静に、カイルの使用している武器について尋ねる。


 魔導銃は武器ではあるが所詮魔導具に変わりない。人が造ることの出来るものが発揮できる力には限界が当然あり、それ以前に使用した素材の許容限界を超えることは不可能である。超えれば素材が崩壊して只の残骸となるだけとなるはずだが、今の光景を一瞬で作りあげる程の威力を発揮して健在なカイルの銃は純粋な疑問だったのだ。

 仮に弾が如何に特殊な性質を用いているのだとしても、これだけの威力を発揮していれば明らかな出力オーバーは明白だ。世間に出回っている魔道具には自壊してしまうのを防ぐために魔力を出力するに当たって繊細な構造がなされているため、充填は容易でも出力に関しては未だなお研究者の課題とされている程だ。特に殺傷能力を秘めた魔道具ともなればこの問題は更に顕著になり、実際に使用している者が殆どいないのはこれが理由である。


「世間的にはな。まぁ俺には関係ない話だってだけだ」

「(俺には、か……)もしかしてカイルが造ったの?」

「まさか。俺にゃそんな技術力なんてねぇよ。……世界最強の知恵を蓄えた化物がいてな。お前らもよく知ってる奴が造ったんだよ」

「(『銀』のこと……? それしか思いつかないけど……よく知ってはないし……)」


 カイル曰く銃は自分で造ったわけではなくセシル達も知る人物が造り出したらしい。

 セシルが思いついたのは精々『銀』くらいのものであった。『ノヴァ』の力があれば先の課題を既に解決可能にしていてもおかしくはない。イーリスでのあの熱線の印象が強烈すぎることもあってセシルにはその考えしか今は生まれてこなかった。


「(答えられることは答えてくれるっぽい? 銃もそうだけど生身で……咄嗟とはいえシュトルムがカイルに力負けしてるのも変だし不可解な点は多いな。でもなによりも――)」


 不可解なことであっても自分の専門外の分野の話であればそこまで深く追求することでもない。しかし自分の分野のこととなればまた話は別だ。

 自分が最もあり得ないと思う部分に関しては、もし答えないようであればセシルの取る行動は一つしか最早ない。


「それよりさ、ジークに一体何をしたの? 何か弱味でも握った?」

「……」

「答えて。ジークが裏切るはずがない。ジークがあの日フェリミアの血に誓って言った言葉は忘れない。絶対に、私と司をもう裏切れないはずなんだから」

「……」

「そのジークが私達を貶めようとしてる真似をするなんてあり得ないの。ねぇ、どういうことか答えてよ」


 セシルの声は淡々としつつも段々と怒気が含まれていく。一見何も答えないことに対しての怒りに見えるが、アンリとシュトルムにはそれがいつもとは少し違って見えた気がした。

 どこか、自分にも怒りを覚えているような気がしたのだ。


「親父から聞いてはいたが……やっぱジークの奴そうだったのか。セシル嬢ちゃんの方は知らなかったけど」

「?」


 シュトルムは曖昧ながらも少し理解はしているようだが、アンリにはセシルが何を言っているのかはサッパリだった。状況についていけていないのが明らかで困惑したままである。


「……答えるわけにはいかないな」

「私はジークを信じてる。だからこそジークの真意を知りたいし、それならそのために私はジークを追いかけさせてもらう」

「それは無理な話だな」

「そう……じゃあいいよね?」

「っ!? セシル、さん……?」


 セシルから殺気が放たれその勢いが急速に高まっていく。殺気は敵味方問わずに心へと威圧感を与え、強制的に不穏な気持ちにさせてしまう。

 その一方で、本人は手のひらに光を収束させていくといつもはどこかに隠し持っているはずの弓ではなく、銀色に輝く弓を手元に出現させた。

 いつの間にか天使の翼を広げて弓を携えたセシルと、純白の弦によって強調されている銀色の弓。セシルの顔立ちも整っていることもあり非常に見栄えは良いはずなのだが、本人が放つ殺気はそんな気持ちを微塵も思わせてはくれそうもない。


「邪魔するなら容赦しない。カイルもそっちも――冗談じゃなく殺してでも通らせてもらう……! 少なくともジークが私達に何も言わずにそんな真似をさせる原因を作った二人を、私は……!」


 最後まで言葉を綴らなくても言わんとしていることは伝わった。この場で最も小柄な者から放たれる圧倒的な殺気……その姿にシュトルムとアンリは司の姿を重ねてしまう。

 味方ですら畏怖を覚える姿であったのだ。


「来るぞアレク。用心しろよ……!」

「ああ、分かってる」


 流石にここまで余裕を見せていたカイルも冷や汗を流し始めたらしい。ただ、声を掛けたアレクは殺気を今最も近くでぶつけられているはずが表情を険しく変えるだけであった。鎖を再び大斧へと巻き付けて戻すと腰を落として両手で構え、大きく息を吸って吐くを繰り返して落ち着きを見せている。

 アンリと同年代と聞いていたセシルは内心アレクのその胆力に驚きはしたものの、立ち塞がるだけあるとだけ考え躊躇することはなかった。どちらも視線を逸らさずにぶつけ合い譲らない。


 既に戦いは始まっているようだった。


「シュトルム、この二人と会話する余地なんてない……本気でいくよ。じゃなきゃこっちがやられる」

「そう、みたいだな。何も分からねーままってせいで、全然気は進まねぇけどよ……」


 セシルの有無を言わさぬ態度を見れば拒否権などないようなものだった。

 シュトルムもカイルに向けて剣を構えて臨戦態勢へと入ると、嫌々ながらカイルを敵と認識しなくてはならないことに悲しみを見せる。カイルとは仲の良い間柄ではあったと思っていた分心苦しさが尋常ではなかったのだ。カイルを見つめる目はセシルとは違ってまだ情けを求めている。


「うん、押し殺して。それで精霊達はどう? 扱えそう?」

「そっちは無理だな。さっきよりヒデェ状態だ」


 シュトルムの代名詞とも呼べる力である【精霊師】。使うべき場面ではあるのだが、先程聞いていた時よりも扱いが困難と聞いてセシルはますます不信感と殺意を強めることになる。


「そう……。私もさっきからあの二人の心が全く読めないし、多分あの二人が何かしてるんだと思う」

「ヘェ、マジか。精霊に干渉までしてセシル嬢ちゃんの力まで封じてるってことかよ。……普通じゃねーよな、それ」

「うん。これは向こうにとっては意図的に想定されてた展開なんだと思う。その分私達は不利って考えた方がいいね」

「冗談キツいぜ……。なんでお前達なんだ……」


 シュトルムのやるせない声が虚しく呟かれるが、誰の心にも届きはしなかった。

 セシルとシュトルムに焦点を絞っているような展開は、怪しいでは生ぬるい程に確信をついているのだ。しかも誇張でもなんでもなくセシル達の力は封じることができる人など考えもしていなかったくらいに希少な力でもある。

 尤も、セシルが天使だと知って対策を練ってきている時点で黒と断定されておかしくはなかったが。



「なんでよアレク……アレクが『ノヴァ』……? それは嘘、だよね……?」

「……」

「なんで違うって言わないの? もしかして、アレクも何か弱み握られてるとかじゃないの?」

「……」

「アンリ、いくら聞いても無駄だよ。最初から答える気なんてない……そのために私の力も通じないようにしてきてるくらいなんだから」

「そんな……」


 アレクとこの場では最も親しいアンリは自分の言葉なら届くかもしれないという淡い期待で最後の抵抗を試みるが、セシルにバッサリと説き伏せられてしまい言葉を失くす。

 認めたくないが、認めざるを得ない証拠が充実しているのも事実。アンリもそれは心では分かっているのだ。しかし、それでも認めきれない気持ちが勝っていたのも事実。

 もう少しだけ余裕のある状況ならまた対応も余裕も違ったのだろうが、この短い時間に詰め込まれた衝撃の発覚はまだアンリには許容できそうもなかった。


「もし私があの子を殺しちゃったら恨んでいいから。「えっ!?」ここは私達に任せて……あと自分の身を第一に考えてくれないかな」


 そんなアンリの気持ちを知った上で、これ以上ない追い打ちを掛けることを自覚したセシルはできるだけさらりと非情な事を口走る。アンリが驚く声も無視し、自分達のためを優先して……。


 実際セシルも今は余裕など殆どなかったりするのだ。落ち着いているように見えてその実焦りはアンリと然程変わらない。二人共態度の現れ方が違っただけに過ぎない。

 アンリは戸惑うことに暴走し、セシルは静かな怒りに暴走しているのだ。




「万が一『ノヴァ』が相手なら、最初から全力でいかなきゃいけないのはイーリスで知ったからね。悪いけどそうさせてもらうよ」

「っ……ぁっ……!?」



 自分すらも急かすように、セシルは殺気と同時に自身の内に秘めていた力の蓋を今開けた。

 セシルの言葉に悪寒がした時には既に遅く、アンリは初めてセシルに対して純粋な力の恐怖を覚えることになる。一瞬掛ける声を失う程の。




「『――天上たる証を解き放て――』」




 セシルの声が紡がれる――。


次回更新は割と早めです。


※7/2追記

次回更新は今日です。

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