330話 離反①(別視点)
◇◇◇
「あちゃー……いつもながらとんでもないね」
「ですねー。皆さん固まってますし」
シュトルムが精霊の力を借りて作り出した別の場所を映り出す輪。そこを覗きこむアンリとセシルが見ていた光景に感想を漏らしている。……それもそのはずだ。たった今司が会議中に事を荒げたのを目撃していたのだ。
たった一振りによる部屋の崩壊。一瞬で形が無となるそれは最早テロに近いものがあった。
「あっちはこれでもうパニックだな。まだこっちは平和だけどよ」
アンリ達がいる場所は、ジークとアンリが修業の場所として使っていた地点である。司とヒナギが会談の場を担当し、残りの面子はこちらでの待機という手筈と事前に決めていたためだ。
何故二つの地点に面子を分散しているのかというと、会談の場とこの場所でこちらの戦力を分散することにより、『ノヴァ』の襲撃の戦力も分散する狙いがあるのである。……尤も、正確にはアンリと二手に分かれることにより、であるが。
イーリスでの一件からアンリが狙われる可能性は非常に高いと司達は予想している。
アンリだけ先に強制転移で避難させた後にあの熱線の発射。アンリの命が欲しいのであればそんな真似をわざわざせずにまとめて一網打尽にしまえばよいはずだった。しかし、『ノヴァ』はそれを選択しなかった。
これが何を意味するのか。――それはつまり、『ノヴァ』はアンリを殺せないということである。
アンリがいる限り、無差別に大量の命を奪う規模の攻撃……死ぬ可能性のある攻撃はしてこないと踏んだのだ。脅威が一つだけでも省けるなら、情報が少ない立ち回りとしては選ぶほかなかったというのもある。
ただ、全滅の脅威が無くなったならばこちら側も戦力を集中させておけば良いとの考えもあったが、『執行者』達がまとめて集結してきてもそれはそれで厄介だ。
『ノヴァ』側の実際の戦力がどれほどのものかは不明で、更にはSランクにまで手が回っている可能性もある。乱戦になってしまえばいつどこで後ろから刺されるとも分からず、どこにも危険なリスクが点在していたために常に命を危険に晒されることは避けられない。
『ノヴァ』達にSランカー達の強き魂を明け渡してしまっても負け。アンリを奪われても負けなのだ。そのため、司達にとってはこれでも考えた策で最も安全ではないかという期待を込めての判断だった。
「……」
「ジークさん? どうしました?」
三人が輪を見つめている一方で、ジーク一人だけは輪を見ずに明後日の方へと目を向けている。それに気がついたアンリがどうしたのかと聞くが、たった少しでも自分達の安全を忘れていたことにすぐに気が付かされることになる。
「――来やがったか」
「「「っ!?」」」
ジークがそう言った瞬間には、既に逆手に持たれた例の青白い武器が両手に握られていた。
ここはジークが自らの鍛練のためにも使用するような場所だ。人が来るような場所手はない。そこにわざわざやってくるとしたら誰かを推測する必要はないのだ。
「敵は二人、か……」
「ど、どこから!?」
「正面やや右だ。とんでもねぇ速度で近付いてやがんな……」
それなりに辺りは開けているとはいえ、少し離れれば木々が生い茂って途中で視界は分断されている。接敵中の相手はまだ木々の奥にいるため姿を捉えることは肉眼では不可能である。
「お前ら、補足できるか? …………お、オイ、どうした……?」
ジークは桁外れの嗅覚と気配察知で感知ができているがシュトルムにはそれができない。自分にできる感知の仕方……精霊を駆使した万能の力を使おうとするが、どうもそれが上手くはいかないことが発覚したようだ。いつもとは違う違和感にこれまでとは一変した様子を見せてしまう。
「ん、どうしたの?」
「いや、なんかコイツらがやけに怯えててよ。会話が、上手くできねぇ……」
シュトルムの異変に気が付いたセシルが様子を伺うと、どうやらそういうことらしい。
今まで精霊と共に在ったシュトルムからすれば、当たり前のものがいきなり欠落したに等しい。そしてそれが大きく信頼を寄せる力であり頼っていた部分ともなれば、心に余裕を無くさせるのも無理はない。
「精霊が?」
「さっきからソワソワしてるとは思ってたがなんか急に……! こんなことは初めてだ……くっ……!」
非力な自分を嫌い、唇を噛みしめているシュトルムがどうにかならないかと足掻く様子を、セシル達は不安げに見守ることしかできない。しかし、どうにもなる様子は見られずにただ時間だけが過ぎていく。
「お前らは最初下がってろ。『刃器一体』、『自動強襲』――」
シュトルムに即発されて狼狽えていたアンリとセシルを見かねたのかは分からないが、ここでジークが動き出す。4人固まっていた輪の中から一人足を踏み出して抜け出すと、一新された数多の武器を宙へと出現させて自在に操る。
司と戦った時に見せた本気の態勢。通常時が臨戦態勢のジークの、更に本気の態勢である。
「これが……ジークさんの力。初めて見た……」
「恐ろしい光景だな……。これ全部が自動で動くのかよ」
初めて目にする圧巻の光景に息を呑む3人。これまではジーク単身による戦闘スタイルしか見てこなかった分、司達以外にとっては新鮮さと畏怖が大きいのだ。
個々の鍛錬に付き合うこともあったジークでも流石に味方に本気の態勢を見せることはしてこなかった。そもそもしては鍛錬にそれこそならないため、出す必要がなかっただけであるが。
「俺が先制して確実にまず一人は倒す。旦那、剣だけでも構えとけ。セシルと二人でアンリの傍を離れんじゃねーぞ」
「ん、了解」
「っ!」
冷静に、極めて落ち着きつつも人知れず闘志を剥き出しにしたジークに呼応するかのように、浮かび上がっている刃達が切先をジークの目線の方向へと向けられる。そして手に生えるように持っている青白い武器もバチバチと震動する力が強まっていく。
ジークの指示通りアンリを両脇から守る形でシュトルムとセシルが陣形を組むと、各々武器を構えて待ち構える姿勢を見せる。アンリもレイピアを手に携え、いつでも自分にできる限りのことをする準備を整えた。
「……来る――!」
一瞬の静寂のあと、運命の瞬間は今ここに。
ジークがそれを口にした時、全ては動き出した。残像すら残さない速度でジークはその場で姿を消す。当然残された三人にはそれすら理解できない。残されたのは煙の舞った地面のみで、それを頼りに察するのがやっとであった。
姿も見えず、目に見えるよりも先に分かるものは恐らくジークが相手を一人確実に始末する音であると3人は思ったはずだ。あれだけの速度ならば音の方が早く情報として伝わるに違いないと。
――だが音は聞こえてはこない。聞こえたのはむしろジークの姿を捉えることができた後で、そんな音もジークの声によるものであった。
「よぉ? やっぱ助けが必要だったよな?」
「……だな。悪ぃ助かったぜ、そんじゃあと頼むな」
「ああ。ジークさんは早く向こうに助太刀に行ってくれ。こちらこそ遅くなってすまない」
「「「……は?」」」
ジークは一体何をしているんだと、3人はそう思っただろう。
ジークが今しがた見せていた敵意は安堵した表情からは欠片も感じられず、向かってくる敵というのも見知った二人を相手には理解が及ばない。一斉に舞い込む不可解な光景は三人を戸惑わせるには十分過ぎた。
「アレ、ク……?」
辛うじて言葉を絞り出すアンリが呼ぶのは、学院を卒業以来会っていなかった旧友のアレク。クレアやエリック達と同じくらいに仲の良かったアレクの行方が知れずと聞いて心配していたというのに、そのアレクが今目の前にいる。不自然な状況を作り出した当事者として。
クレア達とセルベルティアで再会した際と同様積もる話は多くある。こんな場でなければ談笑できるはずだった。
「よぉ、久しぶりだなアンリ」
「マムスに行ってから行方知らずって聞いてたのになんでここに……じゃなくて! ど、どういうことなの!?」
「どういうことっつってもなぁ……。話したとこでしゃーねぇし」
驚愕するアンリとは対照的に困ったような表情を浮かべるアレクが頭を悩まして頬を掻く。
「アレク? 確か……アンリ嬢ちゃんの友達だっけか? 学院の時の」
「ん、多分そうだったと思うけど……」
アレクの顔をセシルとシュトルムは知らないため、名前だけの情報ではやや理解に欠けてしまう。立派と称せる程の逞しい肉体と、背中に背負った異常な大きさを見せる大斧が特徴的な人。アレクを二人はそんな風に今は見るしかなかった。
「……で、久々の再会がまさかこんなところでとはね。そっちも気になるけど……カイル。なんでこのタイミングでカイルもいるの?」
「一緒に共同作業した以来だな。元気だったかお前ら?」
――ただ、セシルとシュトルムにとってはアンリの旧友と共に現れ、ラフに話しかけてくる者の方が今は気になって仕方がない。
グランドルのギルド所属のAランク冒険者であるカイル。ギルドマスターからも一目置かれた街の者にも好かれ頼られており、便利屋である司がギルドでの活動を休止する旨を伝えてからは、その負担をより一層被ることになって奔走していたとセシル達は聞いていた。
グランドルの街の規模は割と大きく、その分そこに住む人の数も多い。当然ギルドに舞い込んでくる依頼の量も比例して多くなっているため遠方に出向く余裕もあまりないはずなのだ。
だというのにカイルは今ここにいる。行方知らずであったアレクと共に。
「……」
「待ってジーク! どこにいくの!?」
カイルとアレクの登場に動揺していたのを良いタイミングだと考えたのか、アレク達を過ぎ去りこの場から立ち去ろうとするジークにセシルが咄嗟に反応する。
仲間の理解できぬ行動が生み出したこの状況を問いただすためジークを呼び止めるセシルだが、ジークが答えたのはたった一言であった。
「……王の所に」
「っ!? それって……」
王が差している人物はセシルならば誰かは分かる。何故ならば自分も今同じ立場にあるはずだからである。
自分と同列に在るはずの存在をわざわざ普段通りの呼び名で呼ばずに敢えて使っていることに、セシルはただならぬ覚悟を感じずにはいられなかった。
※6/28追記
次回更新は土曜日です。




