328話 Sランク招集⑤
「俺が初めて奴らと関わりを持ったのはラグナの一件でした。次にヒュマスの東の地でも一悶着があって……その次に皆さんの知るセルベルティアとイーリスの件に繋がります。それ以外にも密かに奴らは各地で被害を起こしていて、これまでに起きた大半の大きな事件に関与していると思われます」
……本当は『夜叉』の襲来もあったけど今は省こ。どんどん話進めないとまた脱線しかねんし。
「もしかしたら皆さんも知らず知らずの内にどこかで関わってるのかもしれません。何せ1000年も前から今に渡って暗躍してきた奴らですから。これまでに起こった被害は全部計画的に、とある集団が意図的に引き起こしているんです」
眉唾もので知らない人からすれば突拍子もない話。無理もなく多少のザワつきが見られる。
天災の規模の被害が人為的に引き起こされていたと誰が予想できただろう?
――しかし、それができてしまうのが『ノヴァ』なのだ。特異な条件を満たした極僅かの者に与えられるユニークスキルを遥かに凌ぐ力をそれぞれが持ち、実現不可能に見える所業をこれまで行うに至っている。
奴らの力はスキルの概念を超えた特殊能力とでも呼べよう。この場の皆さんがどこまで信じるかは知らないが、俺はただ事実を突きつけるだけである。
「その集団とは?」
これまで公の場で語られることのなかった名を、遂に曝け出す――!
「組織の名は『ノヴァ』。恐らくこの世に二人といない恐るべき力を宿した超人達の集まりです。『執行者』と呼ばれる幹部7名とその直属の部下が複数いたことは確定しています」
「『ノヴァ』……」
「ノバ……?」
……ふむ、別段変わった反応はなしですか。一応初手だしこんなもんか。
名を晒しても特に反応を示した様子は見受けられない。
初見の反応は大変貴重な情報となり得る。今は誰が敵か味方かの判別が出来ていないのだから、俺が一つ情報を垂れ流す度に見せる反応を見逃すわけにはいかない。
『ノヴァ』の情報は俺らがここの人達に揺さぶりをするためのカードみたいなものなのだ。今は手札を削ってでも情報を収集し、そこから得た情報を手札に加えていく。セシルさん達がこの場にいない以上、俺らにはそれが今得られる精一杯の手段だ。
……今更だけどセシルさんとジークの力ってほんとえげつないな。こんな画策する必要がそもそもないわけだし、二人ともどんだけだっちゅう話だ。俺が不正してるチートならあの二人は正規のチートですよ。
セシルさんは相対するだけでよし。ジークはただ会話してれば嘘が見抜ける。……なにこの歩く超高性能嘘発見機は。
もしカジノにでも行こうもんなら全勝ち余裕だろうに。その力のせいで過去に後ろめたい経験があったセシルさんには特に悪いけど、パリピ思考で考えたらそう思うわ。
あと『武神』や、微妙にイントネーションが違うぞ。君は正しく発音できるところから始めましょう。
「初めてこの名を聞いた――皆さんの反応的にそう取らせてもらいます。今1000年も前から暗躍してるとか言いましたけど、ぶっちゃけその部分はどうでもいいんで忘れてください。俺が今日この場で一番言いたいことはそこじゃない」
既に過ぎ去った過去の話をしても意味がない。今は過去を振り返ってる暇はないのだ。
「単刀直入に言います。そいつらが皆さんの命を狙ってます」
「……なに?」
「へー」
俺があまり抑揚もなく話しているのも悪いんだろうが、気の抜けた返事や最初から相手にしていないような返事が早くも出る。
あんまし現実味がないからまともに受け取ってないんだろうな。……まぁそりゃそうだ。
「今あなたは命を狙われてますよ」だなんていきなり言われて信じる方が難しい。俺が妄想癖の激しい奴に見られるのがオチってもんだ。
「いきなり言われて現実味が沸かないのも無理はありません。そもそもここにいるのは世界の頂点と呼ばれてる人達ですし、狙う輩がいたらそれはただの馬鹿でしょう。身の程も弁えない凡夫……って言ったら言い過ぎかもしれないけど。――でも嫌でもご理解頂きたい。そんなあなた達を事実の元に格下に見る連中がいて、あなた達は狙われる立場にいるんです」
「ばk「いきなりだな? 我々も力がないとは思わないが?」
憤りかけたチンピラ2を手で制し、本来なら言われていたであろう言葉を穏便に翻訳して代弁してくれているマスター。
貴方だけですねー、ちゃんと俺の言葉を会話として受け止めてくれてそうなのは。自分だけじゃなくてチームメイトの言葉のキャッチボールすら代わりに出来るって素晴らしいわ。
「いや、決して皆さんの実力を貶してるとかじゃないんですよ。奴らが異常に強すぎるだけですから」
これは嘘ではなく俺の本音でもある。ドラゴンを始めとしたSランク討伐指定のモンスターでも安心して任せられる実力のある人を弱いと思うわけがない。
今回はただ相手が悪すぎただけである。
「いきなり強いって言われても……具体的な指標とか基準はないんスか?」
お、『真影』さん良いこと言った。そっちから言い出してくれると俺も遠慮なく切り出せる。
連中の強さの具体的な指標。実際は心許ない域に過ぎないが――。
「一人一人が超越者以上の強さはある、とだけ。ちなみに結構控えめに言ってこれです。『執行者』に至ってはたった一人であなた方を壊滅させることなんてわけないです」
「え……ほ、ホントッスか?」
『真影』さんの表情がやや曇り胡散臭くジト目を向けられてしまう。元が明るめの顔だけに変化は極端に見えなくもない。
一昨日に挨拶がてら攻防? を交わした間柄とはいえ、所詮は手の内全てを出し合っていない状態の実力しか見せあっていない。『真影』さんの中では只今絶賛現実味のなさを重ねている俺の信用度は降下中のはずだ。現に今向けられている視線はそれを表している。
――だがこのあとでそれは一気に逆転する。
俺の話したことを信じてもらえるようにできるのは俺だけだ。嘘みたいな発言を信じさせる根拠は……ここにいる。
「俺も聞きたいことあるんですけど、ここに【超越者】に至った人ってどれくらいいるんですかね? 流石に全員ってわけではないと思いますけど……」
「「「……」」」
強さの基準の話をした流れで問いかけるも、俺の声に手を上げる者はいない。
【超越者】は称号だしステータスを暴露することに近い。個人情報を簡単に晒そうとするわけもないし無理もないか。分かったら儲けもん程度に思ってたが……。
そもそも【超越者】に至る者は極わずかだ。手を上げないのではなく上げられないの間違いなのかもしれない。今日は約半数がこの場に出席できていないそうだし、母数が減ればその確率も上がってしまうはずだ。
でも思ったよりも少ないんだろうな……。
「んー? はーい、僕【超越者】だよー?」
……アハハ、お兄さん渇いた笑いしか出てこないよ。他ではあまり大きな声で言っちゃ駄目だぞ?
「そ、そっかそっかー、俺もだから一緒だなー」
「お兄さんも!? やったやった! おっそろいだ~♪」
やっぱりと思ってはいても、紛れもない強者なのだと分かると顔が引き攣ってしまう。特にこの齢にしてという部分に。
無邪気に何も考えていない『武神』には適当にグッジョブしておくと、向こうもやり返してきてニッコリ笑ってはしゃいでいる。
あ、いや、その……なんだ、君は仕方ないわ、うん。一人だけまだ純粋な部類だし。大人の面倒な思惑に巻き込んで汚してしまってゴメンよ。
だが一体どんな生活を送ったら【超越者】になれるんですかね? そこは普通に疑問ですわ。
「――ところでマーライトさん、さっきから口数が乏しいのでは? どうかしたんですか?」
【超越者】がもう一人名乗りあがったのかと一瞬思ったものだが、すぐにそうではないと分かり期待外れな気持ちになってしまう。
無理矢理というか、即座に話したくない内容を意図的に剃らされた感じだろうか。書記のゼビアさんがこれまでずっと終始静観してくれていたヒナギさんに白羽の矢を立てたようだった。
さっきから俺ばっか話してるから黙りこんでるヒナギさんが気になるのも無理ないわな。二人一緒の意志でこの場に来てるのに、一方的に俺が話してたんじゃ明らかに不自然だし。
「カミシロさん? が言っていることは本当ですか? 私達は強者の部類に入る自負はあるし、そこにいる馬鹿も含めて「あ゛?」全員がその資格は持っているはずです。貴女もそれは分かっていますよね?」
「ええ、勿論です」
「その自覚を持ちながら、そうであると?」
「はい。世界は広いとはよく言ったものです。ずっと黙っていたのはカミシロ様の言う言葉に私は異論がないからなのですよ。何故ならそれが真実であることを身をもって知っているからです。口出しする理由が今のところ見当たりません」
特に微動だにすることもなくゼビアさんに返答していくヒナギさん。この急に指されたとしても落ち着いていられるのは俺には真似できない。中高時代は教師に指される度にドキッと心臓が跳ねるくらいにはビビりだったので、未だに咄嗟の対応には毎度内心ではヒヤッとしている。
……あと、ゼビアさんのがさらりと言った馬鹿とは当然チンピラ2のことである。
お互いに性格と身なりがまともな人達だからだろうか。初めてまともな会談をしている気がするわ。
「少なくとも我々は世間の常識の範囲内での強者であって、今話している世界においては全く強者ではない。むしろ足手まといになるでしょう。彼らと2度戦い、2回以上も死にかけている私にはそうとしか思えません」
「え?」
「ヒナギちゃんが……?」
やはりヒナギさんが言うと効果が違う。本人の実体験もあって俺の話よりも現実味が出てくるな。
ヒナギさんの口にした言葉にまずゼビアさんが呆けた声を出すと、波及してこの場の人達もその言葉の意味を受けとめ始めるのだった。
「攻めに難があるのは知ってたけど、『鉄壁』が死にかけた……? あんなに守り堅いのに?」
「そうだとしたら相当ッスよ。何かの間違いじゃ……」
「油断してただけじゃねーの?」
――が、全員というわけでもないが。
些細な一言でも、見逃したくないことはある。ヒナギさんには有り得ないからこそ、自虐的な発言をしてまで伝えようとした気持ちを無駄にはしたくないし、それを軽く小馬鹿にしたような発言は許したくはない。
簡単に言えば気に入らなかった。たった一言と言えばそれまでだが、溜まっていた苛立ちもあって特にヒナギさんの尊厳を踏みにじられたような気がしたのだ。
「油断? 何馬鹿なこと言ってんだよ」
「?」
只のチンピラ如きが……。
「油断……ね。面白いことを軽々しく言えたもんだ。アンタはヒナギさんが命を落としかねない油断をするような人に見えてんのか? 格下との戦闘であろうがいつだって真剣に向き合って、自分の全力を尽くしてきたような人だぞ……!」
思ったことをそのまま俺はぶちまけた。
イーリスでフェルディナント様が操られていた時は油断も糞もないし、俺やジークも下手すりゃ同じ結果にさせられていたかもしれないのだ。こればっかりはどう足掻いたところで無理である。
しかしアンタは俺よりも2年以上は前からヒナギさんのこと知ってるはずだろ。それで本気でそう思ってんのか? その目は節穴かよオイ。
ヒナギさんが自分の弱さを吐露したが、これを一番堪えているのは本人だ。そして力及ばぬと日夜時間さえあれば陰で研鑽を積んでいることを俺は知っている。
魂という概念のせいでアンリさんとは違って天上に届くことは恐らくないのを分かっていながら、それでもその領域に縋りつきたい思いでこの人は努力をしているのだ。
強さを得ればこれまで以上に危険は増すだろう。この人なら進んでその道に進もうとするだろう。俺としては複雑な心境だ。――しかし、もう叶うならば届かせてくれと……報われてくれと思うようにもなる程だったのだ。
そんな人に対して単に油断しただけだろだと? 何をほざいてんだテメェ……!
「……まぁ、腐ったお前にゃ何を言ったところで無駄か。だからシンプルに伝えてやるよ。他の人も、身体の芯に叩き込んでもらいたいんでここらで一つ実演しておこうか? エスペランサー、こっち来てくれ」
「ちょ、ちょっと!?」
「か、カミシロ様何を……?」
「……」
会談の間、あれから浮遊して部屋を徘徊していたエスペランサーを呼び寄せて俺は右手に握る。
武器にいきなり手を掛ければ何をしでかすのかと騒ぐのは当然だが、そんなものは当然今は無視する。ヒナギさんの声も例外じゃない。
プライドも度が過ぎるとただの傲慢だな。
事の大きさをさっさと先に知らせることの方が良かったのかもしれん。全員が実力者であるなら、実力で証明した方が説得力はある場合もあろう。所詮これまでは『ノヴァ』の意図的な判断で生かされていただけの……結局は井の中の蛙であることを証明するっきゃねぇ。
「グランドマスター、先に謝っておきます。ポポとナナは肩から降りろ。そしたら皆さんは俺に注目しててください」
右手を横に振るうための動作に移りながら、伝えておくことは始めに済ませておく。あってないようなものだが……ないよりかはマシだ。
グランドマスターは今の俺の行動に関係していないが、他の人らはあれだけ大口が叩けるんだ。前置きもしてるしこれで十分だって考えて問題ないんだよな? そうじゃなきゃ言葉に何の責任もないことになる。
「カミシロ様、一体どういうことでしょうか? 何をなさるおつもりで?」
こういうことだ……!
肩に乗せていたポポとナナを素早く後方に退避させ、宝剣を掴んだその手で俺は目の前を一閃した。ただ力任せに、【影】に対して刃を向けた時と同じ気持ちで……。
「「「っーー!?」」」
何が起こったのかを知るのはこの場では俺だけだろう。
パラパラと、壁だったものが破片として床に転がり落ちる音がしつつ、煙くなった部屋を強風が即座に洗い流していく。
全員の視界に移るのは別世界。部屋が先程までの光景から様変わりしたことで、声にならない声と見開かれた目が全員共通のものとなっていた。
恐怖政治は好きじゃないが、始めからこうすりゃよかった。俺も好き嫌いをしている余裕はないのだから。
「……この一撃を耐えて無事な奴がいたら言ってみろ。もしいるなら俺が今日ここにいる意味はない」
俺らのいた部屋は、部屋に通ずる通路と床を残すのみでほぼ外がむき出しの状態に成り果てていた。
上を見上げれば天上ではなく空が広がり、辺りを見渡せば遠くに海とオルドスの街並みがハッキリと見渡せる。
戦いを目前にして余計な魔力を消費することは避けたかったため、今のはただ剣を振るっただけだ。【隠密】で部屋の人には影響が出ないように意識したお蔭で誰も傷つけることはなく、そのため机と椅子などの備品はそのまま残り、未だ会談で着席したままの状態である異様な光景である。
「分かるか? 俺らに迫った脅威ってのはこのレベルだ。特にそこのチンピラ風情、テメェに言ってんだよ」
「っ……!?」
「実演すりゃちったぁ話のスケールが理解できたろ? アンタ達よりも遥かに強い奴が……今目の前にいることは分かったな?」
お前らにこのレベルの攻防ができんのか? 無理だろ……なぁ? なんとか言ってくれよ。
ここの人達にも自分の力にも……最早乾いた感情しか出そうもなかった。
※6/18追記
次回更新は今日です。




