326話 Sランク招集③
キャラ多くてやりづらい。
でも言葉遣いで誰が喋ってるかは分かる……はず。
「何か知ってんのか? 『剛腕』」
「そいつが異世界人の可能性は高いと俺様は言っているんだ。……それだけだ」
俺の立場を擁護しようとした者は、まさに予想だにしない奴だった。先日の激昂していた表情とはかけ離れ、淡々と感情の読めない表情を浮かべた『剛腕』が会話に割り込んできたのだ。
これは完全にノーマークだったんだが……一体どんな風の吹き回しだ?
俺に恨みつらみがあるはずの『剛腕』がどんな意図を持ってしゃしゃり出てきたのか……。それを考える間にも会話は進んでいく。
「異世界人の特徴に他との隔絶した戦闘能力があるのは有名だ。……そいつは間違いなくその強さは持っているだろうよ」
「へぇ……いきなりどうしたよテメェ。そんなキャラだったか?」
これにはチンピラ2に同意である。『剛腕』に対しては自分本位の傲慢な人物であるという認識が既に刷り込まれているのだ。ヒナギさんでさえ毛嫌いする域の人物が、ましてや俺の擁護をしようものなら何か企みがあるのではと疑ってしまうというものである。
もしかしてこの前の一件が関係してんのか?
……ちと突いてみるか。
「一体どんな風の吹きまわしだ? 一昨日も昨日もボロクソの扱いをしたってのに」
「……」
「何の話だァそりゃ?」
短絡的ですぐに激昂するタイプなら余計な考えはいらない。敢えて怒らせて相手の本心を聞き出すのは常套手段である。
しかし煽っても表情一つ変えずに無言であったのはこれまた以外であり、むしろ今は放置しておきたいチンピラ2が別のことに反応してしまったのでそちらに対応することにする。
「一昨日喧嘩を売られたんで返り討ちにしてやったんですよ」
どうせなら更に煽ることも忘れずに。煽りが足りなかった可能性もあるかもしれない。
「……」
「は? それマジかよ『剛腕』。プッ! クク……こりゃ傑作だ。お前自分から喧嘩吹っ掛けといてやられたのか? なっさけねェ……!」
「……」
それでも『剛腕』は何も反論してこない。むしろ邪魔なチンピラ2が盛大に反応してしまう結果になるだけであった。
チンピラ2の他人を完全に馬鹿にした嘲笑いには、例え嫌っている相手に対してであろうと聞いていて俺も腹が立ちそうだ。それくらい嫌味ったらしく人を見下した表情と声色が耳にズカズカと入り込んでくる。
俺に直接実害を加えてきたわけではないものの、コイツが実に嫌な奴であることは理解した。
コイツも只の馬鹿だがそれ以上に……人としての心がまず屑だな。俺が言えたもんじゃないが。
「――ククク…………ってオイオイ、何とか言えよ?」
俺らがお前の屑さに物申したいぞ。皆の冷たい視線にも気が付けないのか?
一頻り笑ったあとに相変わらず口答えの一つもしない『剛腕』がつまらなかったのか、チンピラ2による責め問答が加速した。
そこまできてようやく、『剛腕』が動きを見せる。心底つまらないものを見る冷めた目でチンピラ2を一瞥した――。
「俺様よりも弱いお前には到底分かるわけがねぇよ。そいつは俺様達とは立っている場所が違うんだからな」
「あ゛?」
「お前はまだ知らねぇんだよ」
「……チッ、腑抜けになりやがって糞ハゲが。その図体の見掛け倒しもいいとこだぜ」
「どう足掻いても敵に回してはいけねぇ奴くらいは分かってるつもりだ。……命が惜しくなきゃ精々吠えてるんだな」
……あれ? なんか意外なんだが?
え……ちょっと待てや。何故こんなチャラチャラした口の悪い奴にここまでボロクソ言われてブチキレない? 俺の知ってるお前は一体どこにいった?
沸点が一日二日で伸びるわけないし、青筋から血が噴き出す勢いの形相がないのが逆におかしく見えてくるんだが。
ちょっと頭丸くなった? いや、元々スキンヘッドだから丸めてますけども。
激昂コンビなら大した煽りすら必要なく争いに発展すると思っていたのだが、俺の予想を裏切る形でそれは実現することはなかった。
俺が不審に思っていた『剛腕』の考えが分からず終いなのはさておき。余計な労力を使う必要はなさそうである。
それがまさか『剛腕』の異様な悟りによって防がれたとは……昨日の返しじゃないけど、俺も礼は言わんぞ。
「やれやれ、其方達が口問答をしていては何も進まぬ。見ているこちらのことも考えて険悪なやり取りはそこまでにしておかないか?」
俺と『剛腕』にチンピラ2の三つ巴。その3人が作り出した状況に心底困った顔で助け舟を出すのはマスターだ。周りを見れば言われた通り皆さんは険しい顔を浮かべており、完全に俺らのせいで気分を悪くさせているのが目に見えた。
いや、言い訳じゃないけど俺は皆さんの顔色はしっかり伺ってましたからね? ちゃんと意味もある煽りをしてるから俺はノーカンだノーカン。
「それには賛成なのですが、彼の素性についての説明が途中です。……ウィネスさん、異世界人が本当に現れたとなれば大スクープです。過去に異世界人達がもたらした結果はどれも歴史上に残る快挙……真実なら彼もその一人を成し遂げる人となるでしょう。歴史的瞬間が今ここにあると言っても過言じゃないです」
しかし、すぐに全員の賛同が得られるまでには至らなかったらしい。
書記担当のゼビアさんはノートを書き連ねる手が残像になるほど凄まじい勢いを保ちつつマスターに返答する。ノートに目を向けていなくても問題なく書けるようで、本職がそっちじゃないか疑いたいレベルである。
「確かに世界的な話題になるだろうな。……だが我々は冒険者であって記者じゃない。過去に3回しかない稀有な例に興味津々になるのは構わないが、今回我々が集まった理由を見失っていないか? 彼が異世界人であるかどうかの話をしにきたわけではないぞ。……本題に入るどころか知ることすら忘れてどうする」
「……そう、ですね。取り乱しました」
ゼビアさんがハッと我を取り戻す。記録することに少なからず拘りを持っている様子なので暴走気味だったようだ。
そしてそのゼビアさんのさり気なく凄い特技を流し、遠回しに冷静になれと諭すのはやはりマスターだった。最後の方になるにつれて放つ声はやや低くなり、段々と言葉に強制力を働かせているようでもあった。
この人を見てるとこれまでもこんな感じで場を収めてきたんだろうなぁという気がしないでもない。言わば苦労人、不幸体質、損な役回り。保護者的立場は大変である。
「グランドマスター、彼の自己紹介はこれ以上はいいでしょう。会を進めていただきたい」
俺から助力を求めることもなく、奇遇にもマスターは不思議と俺の望む流れをご所望であるとのこと。
……考えが案外似てるんだろうか? どっちが頭良いかは言わずもがなだけど。
「了解しました。……今回皆様にお集まりいただいたのは、最近多発している大きな事件が関係しています」
「「「事件?」」」
マスターの指令を受けたグランドマスターっていうと立場がややこしいが、迅速に会談は進行を開始した。本題に入るための入り口である『事件』というワードに機敏に反応した人達が声を揃えて聞き返している。
そういやこの世界の人達って事件をどの辺りから事件と認識するんだろうか?
俺にとっちゃもう慣れたとはいえ毎日が事件みたいなものだけど、害獣やらモンスターやらがそこらに蔓延る世界に元々生きる人達からしたら、俺の非日常は只の日常に過ぎないだろうし……。
あんまり事件だ事件だって騒いでるところを聞いた記憶がないような……。
「始まりは数ヵ月前に起こったらラグナの災厄ですね。ヒュマスのグランドル近郊に群生するラグナ大森林より突如として発生した前代未聞の未曽有のモンスター大襲来。この奇妙な事件はご存知でしょう?」
「そりゃねぇ……そこのお兄さんがSランクに昇格することになったアレだし。モンスター達が徒党を組んで街を襲おうとしたって聞いた時は目を疑ったけど、街全体での証言者がいる規模に大きな波紋があったもんね」
……目じゃなくて耳じゃね?
「そうでしたわね。――あとそこは目ではなく耳ですわライツさん」
あ。姐さんがツッコんだ。
「……フッ、細かいツッコミありがとう姫ちゃん。恥ずかしいから後でこっそり言って欲しかった――って言いたいところだけど素で間違えてこれまで誤用してましたありがとう」
「あらあら」
そこ素で間違えたのね。てかこれまでもってそれは恥ずかしいわ。
キリッとダンディーなチャイルドアイを見せる小人さんと魅惑的に微笑む姐さん。お互いに通じ合う波長でもあるのか息がピッタリである。
昨日も思ってましたがこの二人仲良いんですね。この組み合わせでなんでそうなる(絵面的に)。
「――はい。そして直近だと皆様も先日頃には既にお聞きしていると存じます。イーリス三カ国と称されるオルヴェイラス、ハルケニアス、リオールが正体不明の何者かの襲来を受け、国家存亡の危機に陥る大損害を被ったことを」
そんな二人のやり取りはハイの一言で即終了。ラグナから飛んでイーリスへと移行していく。
「なんか空を隠すくらい馬鹿デカい飛行船が出たそうッスね?」
「空を隠す程デカい船なんて現実的に考えればあり得なさそうではあるがな」
「でもそれを示すかのように甚大な被害が出ているのも事実であります。……特に死者の数は余りにも……」
「国力の低下も心配なところであろうな」
事に関与していない聞いて事態を知った者達には何が嘘で本当かの判別が必要になってくる。ましてやイーリスでは現実的ではないことしか起こっていないのだから、実際に目の当たりにしてきた者達以外には理解を得るまでに時間が掛かるのも仕方のないことだ。
今他人事みたいな物言いに対して俺が感じたこの腹正しさは、それは俺が関係者であるからだ。立場が違えば俺もこの人達と似たようなものであるからまだ何も言えることはない。
「丁度その時にセルベルティアでも王城の襲撃事件があったそうでありますな。こちらは未遂に終わったでありますが」
「未遂と言えばセルベルティアだけではないッスよ? 『武神』さんの故郷の方も何やらあったとか……」
「あ、うん。そうみたいだねー。何かお父さんから連絡入ってたよー、変な人達が来たって。でも別の変な人が乱入してきたとか言っててよく分かんないやー」
同時期にアニムの方でも何かあったってのは聞いてたが『武神』の故郷の話だったのか。あんまり話題にもなってなかったからどうしようもなかったが……何もなかったのなら良かった。
――が、ヴァルダも仕入れられない情報の時点で怪しさはあるんだがな。しかもその別の人の乱入ってのも滅茶苦茶気になる。
「各地で一斉に問題が起こっているのは間違いあるまい。つまり――」
「そう……今回の招集の最たる理由はそこにあります。この辺りの話が中心になるだろうと方々からお聞きしております故。――カミシロ様、マーライト様。それらに携わってきた関係者として、此度の招集を望んだ方々としてよろしくお願い致します」
ま、招集に関してはラグナの時から言ってはいたんですけどね。それがようやく実を結んだわけです、ハイ。
さて、どうやらここから先は俺らへと進行役が変更であるようだ。隣に座るヒナギさんと顔を見合わせ、頷き合う。
何も打ち合わせをしていない突拍子もないグランドマスターのバトンタッチであるが、俺が今回最も話したい内容のタイミングで任せてくれるというなら願ってもないことだ。さっさと言うことは言って目的を果たすのみ。
チンピラ2は俺のデカい態度が気に入らないと言ったが……悪いな、これからもっとデカくするから覚悟しろ。今よりも更に反感を買うことは避けられそうもない。
「――んじゃ、お宅らの命を握るのから解放させてもらいましょうかね」
※6/6追記
次回更新は明日です。




