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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第六章 来たるべき刻 ~避けられぬ運命~
325/531

323話 決戦前夜⑤(別視点)

予告通り投稿。

久々の休みに万歳。

 

 ◇◇◇




 静かになった部屋に、少しだけ軋む音を奏でてドアが遠慮がちに開く。


「……寝たか?」

「はい。ちょっとだけ苦しそうにしてますけど。弱音をたくさん言ってくれたらそのまま寝ちゃいました」

「そっか」


 部屋の中を覗き込むようにひょっこりと顔を出すシュトルム。そしてシュトルムがいることが分かっていたのか、落ち着いた様子で話すアンリ。

 短いやりとりの間にお互いに無言の了承をしたらしく、シュトルムはそのまま部屋へと踏みいっていく。――すると、ベッドに腰かけたアンリの胸元には抱き止められた司がいるのが目に入った。


「疲れ溜まってたしそうだろうな。アンリ嬢ちゃんのお蔭でお兄さんのケアが要らなかったのは何よりだ」

「シュトルムさんも心配してくれてたんですね」

「まぁな。気に掛けてねーとこっちが怖くてたまんなくなりそうだしな、ハハ……」


 苦笑して笑うシュトルムは自分のお節介が必要なかったことに嬉しさと安堵を露にする。アンリと司の距離の近さに対しては何も言わずに。


 シュトルムはドア越しにだが司とアンリのやり取りを聞いていたのである。別に盗み聞きをするつもりはなかったのだが、廊下を通りがかった際に聞こえた司の声色……それを聞いて足を止めてしまったのだ。

 幸いにも既にアンリが傍にいたこと、話の展開が途中で入り込めるような雰囲気ではなかったという状況もあり、ようやく落ち着いた今になってこうして出てきたという運びである。


 冗談とはいえ司の保護者と言っていたのが本当であったかのように、シュトルムは司をよく気に掛けているのだ。今の司の一見不埒に見える状況も、話を聞いていたならば変なところは何一つないと理解している。


「確かに、寝てるが熟睡って感じじゃなさそうだな」


 司の顔を覗き混んでみると、その顔は安らぎを感じているとは言い難い表情であった。シュトルムはそれを無理もないと思いこそしたものの、やはり仲間が苦を感じていることには自分も辛い気持ちになり難しい顔になる。


「ツカサさんの抱えてる苦痛はツカサさんにしか分かりませんから……」

「だな。なんとか少しでも楽にしてやれたらいいんだが……具体的に原因を聞こうにもそれができないんだもんなぁ。どうしたもんか」


 仲間としてできる限りのことをしてやりたいと願っても、今回のケースではそれも難しい。手の打ちようが殆んどないために困惑することしかできず、アンリとシュトルムは閉口するしかなくなる。


「コイツの未来にゃ一体……何が起こったんだろうな。俺は未来じゃあの時に死んでるらしいけどよ、この神経の太いコイツがここまで恐怖を感じて怯えてるのは尋常じゃねぇ。コイツ何回も死にかけてる恐怖を味わってるはずなのに。しかも、明確な記憶なしでここまで怯えてんだしな……」

「それだけ怖い記憶、なのかな」


 キュッ……とアンリの司を抱き止めている手の力がやや強まり、更に柔らかく司はアンリに包まれる。


 アンリの言葉に返答することができる者はいない。まだ具体性もなく不明瞭なままである運命の分岐点と呼ばれる日の出来事。『ノヴァ』が関与することまでは分かっても、『ノヴァ』が一体何をもたらすのかが一切不明なのだ。

 唯一判明しているのは悲劇が起こされるということ。それも未来の司が過去にやってくる程に回避したい程の。


「多分そうなんだろうな。真実を知りたいとこではあるが……コイツに当時の明確な記憶が無かったのはむしろ良かったのかもしれねぇぞ。それこそ、今日のアレ(・・)が取り返しのつかない過ちになってたかもしれねぇし」

「アレ……」


 重要なこの部分の記憶の欠落は大きな痛手である。だがシュトルムとしては完全にそうであるとも限らないようだ。

 アレと聞けば、それが何を指しているのかは簡単に察することができる。


「アンリ嬢ちゃんの声がなかったら多分間に合ってなかったと思うぜ。アイツがただの人殺しにならなかったのはアンリ嬢ちゃんのお陰だ」

「そんな、シュトルムさんがいなかったらアタシはあの時何も出来てなかった。そんなことないです」

「いいや、そうだろ。俺にはそんな光景しか浮かんでこねぇもん」


 シュトルムの誉め言葉には自信がなさそうにアンリは首を振るが、シュトルムの主張には嘘偽りの気持ちは一切ない。

 ギリギリだったのだ……司の宝剣を止めることが出来たのは。司の挙動は本気になれば気づいた時点で事が済んでしまうので、コンマの差で結果は変わってしまう。あとほんの……誤差と言える程度の呼び掛けの早さのお蔭で司は踏みとどまったと考えているのだ。


 更にシュトルムの見解では、もしも司に完全に記憶があるのだとしたら『ノヴァ』への憎しみはそれはもう常人が測りきれるものではなくなる。

 司が今抱えている憎しみは未来の記憶があってこそである。そもそも司に限らず記憶があって初めてそこから感情が生まれ、思考が始まるのだから。

 もしも司に未来の記憶が完全にあったとしたら、不完全な今の時点で苛烈な思考と行動に出ようとした司はどうなっていたのかということにもなる。


 もしかしなくもない確率で、一瞬で『影』と瓜二つの『漆黒』を惨殺していたかもしれないのだ。それを防いだことは賞賛以外の何物でもない。


「納得してない顔してっけど、そうなんだから取りあえずそう思っとけって。――ま、それはともかく今回は全員生きてる。未来とは違う今がある以上、さっきコイツも言ってたけど体験してきた記憶とは違う展開になる可能性もなくはない。コイツは自分よりも周り優先の思考してやがっから、明日はこれ以上コイツを怯えさせる結果にならないように俺らも全力を尽くそうや? ……つーかしないと冗談抜きで死ぬかもしんねぇし」

「そうですね。やっぱり……さっきは強がってたんですよね」


 自分達に直面している事実でありながら、目を背けてしまいたい『死』という概念。その表現を茶化す口調で誤魔化したシュトルムであるが、アンリはその真意を捉えたのか捉えなかったのか……あまり気にした様子を見せずにツカサに継続して温もりを与え続ける。


 司が強がって見せていたのは自分達に余計な心配を掛けまいとしていた気遣いである。それもまた思いやりという名の温もりと言えるだろう。アンリはそのお返しという意味で、無意識に司を慈しむ。

 ――ただ、今さっき司が弱音を吐いていたので、司の強がりだったことは分かっていたのだが。


「だな。多分全員気が付いてただろうけどいらんところで弱気を見せないんだもんなぁ。ハァ~……身内にゃ弱味を見せてなんぼっだてのにコイツは……」

「シュトルムさん駄目ですよ、起きちゃいます」

「へーへー。起こすほどやらねーって」


 シュトルムの重く深い溜息は、この静かな室内に自然に溶け込んでいく。それは呆れからくるもので、でもどうしようもないとも思っているのを自分が理解した上での気持ちの表れだ。しかしそれでも煮え切らない気持ちがあったため司の額に軽くデコピンをする。

 アンリの嗜めこそあったがシュトルムもそこまで無粋ではない。ただの微笑ましいやり取りに留め、アンリに背を向けて部屋を後にしようとする。


「明日は俺とジークとセシル嬢ちゃんで万全の護衛をする。本当はツカサの傍に居てぇんだろうけどアイツの決めたことだ。アンリ嬢ちゃんも気ぃ張るなとは言わんが落ち着いてな?」

「はい。皆さんがいてくれるなら心強いです」

「お? 俺も数に含めてくれてありがとよ。例え『ノヴァ』が来たとしても、イーリスで不意打ちを食らった時とは訳が違う。来るのが分かってるだけでアドバンテージだし皆遅れは取らねぇよ。明日は俺らが勝つ……そうに決まってる」

「はい……!」


 シュトルムが背中で語る言葉にアンリの士気は上がる。頼れるということもあるが、何より気を遣ってくれていた気持ちが純粋に嬉しかったのだ。それと同時にシュトルムはやはり大人なのだと思うに至った。


「……そんじゃ、あとそいつのことよろしくな。俺もそろっと寝るわ。おやすみー」



「えっ!? よろしくって……もしかして朝までずっと?」

「……そうなりますね?」

「なんで急に敬語なんですか!? ――あ、ちょっとシュトルムさん!?」

「しーっ! 起きちまうぞ」


 シュトルムが小声で指を口元に立て、アンリが取り乱しそうになるのを無理矢理抑え込む。

 実際今の自分の声量は割と大きめだったこともあり、間近で眠る司を起こしかねないものだったのは否めない。だがシュトルムの面白そうなものを見る目はこの状況を楽しんでいるのが丸分かりで、アンリとしては小言の一つでも言いたいところであったのだ。


 あまり大きな声は出せない、動けない。手段が限られている中でアンリができたことといえば、シュトルムを睨むことくらいであった。


「ハハハ、ここ数日イチャつけてなかったんだから役得だろ? 明日は昨日はお楽しみでしたねよろしく、今夜の内にツカサ成分でも補充しとけって嫁さん」

「っ~~! もう……!」


 アンリが恥ずかしそうに睨む訴えも虚しく、シュトルムはケラケラと笑いながら……かつ更にアンリを茶化して今度こそ自室へと戻っていく。

 シュトルムの咄嗟の何枚も上手な対応に、こういうところも含めて大人なのだと思い敵わぬ気持ちで一杯になったのだった。




 ◇◇◇




「(さってと……まさかアンリ嬢ちゃんの方が落ち着いてんのは意外だったが、影響されてなさそうだし良かった良かった。それに少し収穫もあった)」


 シュトルムが司とアンリのいる部屋を出たあと、足元が微かに照らされた暗い廊下で一人考え込んで動きを止める。その表情は暗がりで見えづらいものの、先程とは一変した真剣な表情で。


「(……まだ思い出せてないんじゃなくて、思い出せないことには明確な理由がありそうだな。最も強烈そうな記憶だけが思い出せてねぇのはやっぱり変だ)」


 アンリを茶化していた反面シュトルムは胸中では面倒な思考を繰り返していた。答えのない考え事程面倒なこともない。自分の中で最も納得のいく答えを探るために、作戦会議を終えた時から続く謎の答えを一人追い求めていたのである。


 今までは疑問が疑問を生むだけの意味のないことであったそれだが、今さっきアンリとの会話を経てシュトルムの疑問は多少彩を付けることに成功した。

 司がアンリへと吐いた弱音はともかく、司をここまで萎縮させる記憶が未だ思い出せていないことはおかしいと。


「(未来のアイツが手段を選ばずノヴァ共を根絶やしにしようとしてんなら、手っ取り早いのが完全に記憶を思い出させて復讐心だけに駆らせることだ。中途半端な記憶の復讐心でさえコレなんだ……完全にありゃ命削ることも躊躇わないアイツはあらゆる手段を使って『ノヴァ』達を殺すに決まってる。……何故それをしない?)」


 シュトルム自身、故郷を嬲られたことに対する復讐心が『ノヴァ』に対する9割以上の割合と言っても過言ではない。勿論司達と共にいたい気持ちはあるにはあるが、間違いなく復讐心で今は動いているという自覚はある。

 復讐心は大きな力となりえる。個人の能力の増大や思考の過激さと行動力を無理矢理引き上げることすら可能だ。ジークもこれまで戦ってきた強者達が更に強くなって復讐してくるようにわざと仕向けている程なのだから。


 シュトルムは未来の司に皆を守りたい気持ちがないだなどとは一切思わない。しかし、復讐心がないとも思ってはいない。むしろ最悪の結果があるなら復讐心の方が勝っているとすら考えている。

 自分に当てはめて考えてみると、自分が復讐したいと思うに至った理由は単純だ。イーリスで国民達(かぞく)を手に掛けられたから……簡単に言えばその一言だろう。

 あの時に自分が味わった悲痛さ、やり切れなさ、無力さは忘れようもない。忘れる方が無理という話だろう。




 そんな忘れることができるはずもない記憶を、こうも都合よくその部分だけ思い出せないものなのか? 




 シュトルムはどうしてもそこが腑に落ちなかった。


「(復讐に駆られた傍目哀れな自分にしちまうのは嫌だってか? んなこと気にしてる余裕もなさそうだが……。やっぱ単に思い出すこと事体ができない、のか……? 以前読んだ書物の似た事例じゃ、自分を守るために自分の心が記憶を消しただなんて見解があったな……つまりアイツが思い出せないのは一種の自己防衛……? 思い出したら心が壊れちまいそうになるんだとしたらその可能性も十分にあり得る。現に怯えてる程だ)」


 思い出せないこと、思い出せていないこと。これらに意味があると考えたシュトルムはこれまでに培ってきた自分の知識をフル動員させる。その中で近しい情報を例にしてみると、それっぽい答えを導きだせそうな気がしないでもない。確証こそないため決定づけることはしないが。


「(ツカサが未来のと初めて会ったのはグランドルで過ごし始めてから約1ヵ月後。そんで次に未来の奴が来たのはこの前のイーリスの時だ。記憶が交わったんなら未来のアイツもこうなる可能性があったことくらい分かってたハズ。なのに自分であり未来を変えるための一番の要員をこんな状態に普通しとくか? その間に何の対策もしてなさそうなのは……まさか敢えてツカサは今あの状態にされてたりするのか?)


 自分だけの考えに過ぎないのだが、今の展開が未来の司達にとって予想済みの流れであるならば何の心配も要らないのだろう。しかし、そうなのかを判別する手立てはない。仮にそうだったとしても、自分達が必死に今を生きて動いていることが想定されていたことであるかもしれない可能性は、まるで手の平で動かされ、操られているようにも感じてしまう。




 後味の悪い不快感を覚えそうになったシュトルムは、この時点で考えることをやめた。




「……ハッ、本来ならアドバンテージのはずが逆に負荷になるとはね……全部上手くは廻ってないってことかよ。もうやめだやめだ、わけわかんね。取りあえず寝よ」


 何度も繰り返し考えることはやめられないがその度に結局はこうなってしまうのだ。ゴールのないマラソンをしていてはいずれ疲れ果てて脚を止めてしまうのは明白。

 それにどうせ自分達は守られているという事実には変わりない。イーリスであの巨船を破壊したのも、『影』との激戦の最中で瀕死の司に力を貸したのも未来の司だということは揺るがない事実。自分の考えがもしも合っていたところで、自分達のために動いてくれている奴がロクなことをしないとは思えない。


 シュトルムは最後にそう締めくくり、止めていた足を動かして自室へと向かい始める。


「(あれ? ジークの奴まだ鍛練してんのか。流石に根詰めすぎじゃね?)」


 ――が、部屋に戻る途中ジークの借りている部屋を見て、会議を終えた後に出て行ったジークがまだ宿に戻ってきていないことに気が付く。

 昼間に言っていた『技』の完成があともう少しと言っていたこともあり、なによりジークのことである。子どもでもあるまいし特に心配する必要もないだろうと、無粋な心配をするのをやめたシュトルムは自室へと戻っていくのだった。




 ◇◇◇




「ようやく終わりに近づいたよ、私の役目も」


 夜空に星が幾億にも輝き存在を主張する。

 大きく息を吸えば澄んだ空気に肺は満たされ、鼻腔は草の匂いがくすぐる。耳をすませば風の音が耳をなでる静かな場所……そんな場所にヴィオラは一人足を運んでいた。


 そこが一体どんな場所であるのかは誰も知らない。ヴィオラだけが知る場所であり、また特別な場所なのだ。

 誰にでもあるその人にとってだけの特別に思える場所。所謂そんな場所であった。



 誰かがそこにいるかのように話すヴィオラだがここにいるのはヴィオラだけだ。地面に目を向けて話す様子からそれがどういうことなのかは察することができる。


「ハァ~……永かったなぁ。やっとだよ? 約束守るの大変だったんだから」


 ヴァルダとは対照的に自らの過ごした時間を永いと話す口調は、昨日司達に向けた口調とは程遠い。完全に気を抜いた親しみを覚えやすい柔和なものであった。


「――そろそろ行くね、もうここには戻ってこないから。明日からの運命はもう変えない……最期までそっちで見守ってて」


 もういないであろう誰かへと向けたヴィオラの決意。その決意を揺るがぬものとし、ヴィオラは遥か彼方を眺めて暫くジッとしていた。

次回更新は取りあえず一週間後で。


※5/21追記

次回更新は明後日辺りで。

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